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10 魔晶石の坑道での魔物退治


 ソファに座ったエルシオンに、侍女が紅茶と菓子を運んでくる。

 いつもベアトリーチェの世話をしたがるユミルとノエルは、エルシオンが現れるとすぐに逃げてしまう。二人はエルシオンのことがあまり好きではないのだという。


 確かにエルシオンは、本音がわからない、底が知れないところがある。

 命をかけて妹姫のシルファニアを助けようとしたのだから、悪い人間ではないのだろうが──。


「日に日に、魔道具の素材が増えていくな、リーチェ。君は魔法の才も豊だが、魔道具作りもできる。それなのに何故、魔力がないと偽っている?」

「偽ってなどいません、魔力がないのです、私。魔道具は、ノエルの趣味です」

「……何か、俺には言いたくない秘密があるのか」

「違います」


 空色の双眸でじっと見つめられて、ベアトリーチェは視線をそらした。

 ベアトリーチェも、この敏い婚約者が少しだけ苦手である。ユミルとノエルのように逃げるわけにはいかないものの、心の奥底まで見透かされている気がするからだ。


 エルシオンに非があるというわけではないが──ベアトリーチェはできることなら、王族や貴族などではない相手と結婚したいと思っている。

 今生ではできれば恋などしたい。穏やかな恋がいいと望むぐらいは、許して欲しい。


「君が話したくないのなら、無理には聞きださない。そのうち、話してくれるかもしれないしな」

「だから、魔力がないのですよ、私には」

「必死なところが、可愛い」

「……何をしにいらっしゃったのですか、エルシオン様」

「君の顔を見に──というのも理由の一つだが、王都の傍に魔物の巣ができたようだ。今日は魔物の討伐に行くつもりだ。出かけるついでに、君の顔が見たいと思って」

「……魔物の巣ですか」

「今のは、言い方を間違えたな。君の顔を見に来る口実で、魔物の討伐に行くことにした」


 それはそれでどうかと思うが、エルシオンは至極真面目な顔で言うと、立ちあがる。


「君に会えて嬉しかった、リーチェ。では、行ってくる」

「あ……あの、エルシオン様」

「ん?」

「私もご一緒します。あ、私、魔力がありませんので足手まといにしかなりませんけれど、でも、その」

「一緒に来てくれるのか? 君が一緒にいてくれるだけで、嬉しいよ、リーチェ」


 なんだか、嫌な予感がする。

 慌てて言い訳を付け加えるベアトリーチェに、エルシオンは優しく微笑んだ。


 ユミルとノエルに出かけることを伝えて、ベアトリーチェはエルシオンと共に家を出た。

 エルシオンの乗って来た馬に相乗りを勧められたが、ベアトリーチェは丁重にお断りして、自分の馬に跨った。

 いつでも外出できるように、ベアトリーチェは普段からスカートの下に長めのドロワーズを履いている。空中浮遊などを行うと、スカートでは心許ない。だが、貴族令嬢としてドレスは常に着なくてはいけない。

 ベアトリーチェの服は、母やユミルが張り切って可愛いものばかりを用意してくれるので、親切を拒絶できないのもあるのだが、ありがたさも感じている。


 王都の門から出て、馬を駆けさせる。街道から外れて西に向かう。


「魔物の巣は、西の森の奥。魔晶石の採掘所だ」

「被害がありましたか?」

「採掘員たちは異変に気付いて先に避難をしたようだが、仕事にならないと聞いた」

「何故エルシオン様が直々に?」

「人々を守ることが力ある者の義務だから。君と同じだ、リーチェ」

「わ、私は、か弱い一般人です」


 人と違う形をした人に危害を加える存在を、王国では『魔物』と呼んでいる。

 魔物たちには社会性があり、より強い魔物の傍に集まり『巣』を形成することがある。

 そうなってくると、よりいっそう人の脅威になりうる。魔物の大軍というだけでおそろしいものだが、巣の奥には必ず『親』と呼ばれる強力な魔物がいるのだ。


 森の道を抜けて、魔晶石の採掘所に辿り着く。

 危険を知らせるために、坑道の前には赤いロープが張られている。

 馬をロープの前に止めて、エルシオンとベアトリーチェは馬から降りるとロープを跨いだ。

  

「さぁ、行こうか、リーチェ。デートにしてはやや物騒で申し訳ないけれど」

「デートではありません。エルシオン様、私はエルシオン様の後ろに隠れていますね」

「あぁ。是非そうしてくれ。俺から離れるな」


 魔晶石とは、魔力を秘めた石のことである。

 魔力に対する感受性が高く、魔力を込めることで魔石となり、魔道具の動力源に使われたりもする。

 例えば炎や水、氷といった性質を持たせて、生活に役立てたり、飛空艇の動力源にしたり。


 広い坑道の岸壁には、等間隔で魔石ランプが並んでいる。

 所々突き出しているのは発掘中の魔晶石だ。青色の魔力を帯びて、ぼんやりと輝いている。


 他の坑道とは違い、魔晶石の坑道は美しい。宝石に囲まれているような風景が続いている。


「リーチェ、下がっていろ」


 エルシオンが剣を抜く。白刃が、炎に包まれる。

 坑道の奥から姿を現した、坑道などによく住み着く半透明のゼリー状の魔物、ジェルプリンをエルシオンが炎の剣で斬りつけた。

 ジェルプリンには物理攻撃はあまり効果はないものの、魔法剣であれば話は別だ。

 じゅっと、焦げた匂いと共に、ジェルプリンはべしゃっと潰れて溶けていく。


 次々に現れる魔物を、エルシオンは軽々と倒して奥に進む。

 ベアトリーチェも、彼の少し後ろを歩き続ける。確かに魔物の量はかなり多いが、エルシオンの敵ではないようだった。


「エルシオン様は、お強いですね」

「ありがとう、リーチェ。……父と母は、俺が十二歳の時からサイアリーズに操られていた。城の者たちは両親の陰口を常に言っていて、苦しむ民の声も耳に入ってきていた。俺は……いつか両親を、父を玉座から引きずり降ろさなくてはならないと考えて、鍛えていたのだが、そんなことにならなくてよかった」

「……本当に、よかったです。魔物化については、何かわかりましたか?」

「いや、何も。サイアリーズは口が固く、誰にも己の話をしなかったらしい。家族さえ、彼が魔物になれることを知らなかったぐらいだ」

「そうなのですね……」


 魔導師の塔についてエルシオンに伝えようか、ベアトリーチェは迷った。

 だが、その話を聞いたらエルシオンは、一人で魔導師の塔に行きかねない。

 底が知れず、飄々としている人ではあるのだが、その心根にあるものが民を守るという正義感だということに、ベアトリーチェは気づいている。


(悪い人ではないのよね……)


 嫌う理由は、なにもない。クリエスタの記憶のせいで拒否感があるのが、申し訳ない。


「シファが、君に会いたいと言っていた。君を恩人だと言って、すっかり慕っている。たまには、城に招かれてくれないか?」

「シルファニア様に会うためなら、もちろん、喜んで」


 ベアトリーチェは微笑む。

 あの愛らしい少女に姉と慕われるのは、悪い気がしない。

 ベアトリーチェは──女性や子供に対して、昔から甘いのだ。




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