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6話


「というわけで、私は勇者様をお救いするべく大穴へと単身、いつの間にかはぐれた護衛を置いて向かった次第なのでした」


 一人で語るには少し長い独白と身の上話を終え、一息つく。自身の心の内や王国の地理的状況、勇者の特性など【魔王の利益になりそうな情報】かつ話として隠せそうな物は伏せ、あたかもクリスティア自身の思い立ちであるように話を終え、一息つく。


「ようは勇者が奴隷になりそうだから、自分の命を使って時間稼ぎしたってことなんだ。……勇者様はそれで君を助けに来ちゃったってわけだけど」

「計算外でしたわね、思っていたよりも懐かれていたのかしら」


 作った笑いではない、ただ心の底からではないくすくすとした笑い声をあげる。これも相手によっては失礼になる行為だ。しかしながらこの魔王、一見人類種(にんげん)であるようにしか見えない。だが確かに表情に目、情報への関心や話を聞いているときの身体の動き……全てをつぶさに観察してもそれらの一切が『現代を生きる常人』とは異なる。故、恐らく魔王であると結論づけるに足りえた。こういった存在には一般的な社交術などは効力を発揮するのだろうか、探り探りで話し方や表情などを変えて相手を観察し続けている。現在は多少砕けた態度で話しているが、現状は一番魔王の印象がよさそうである。確かに王族であるとか、女であるなんて言う物は一般常識に囚われた相手へ使用するカードであり、こういった場には適さない。


 ……しかしながら油断することもできない。王族にそういった態度をさせて自尊心を満たしている、という可能性だってあるのだから。観察は執拗に、それでいて並列で状況を整理する。


 まだ何色にも染まってない相手だった場合、対する言葉は薬にも毒にもなりえる。第一目標……最低条件は私と勇者様の身の安全、第二目標に私の(・・)国民の安全確保。第三に王国への侵略阻止……と言ったところだろうか。

 

 今も私の話を聞き、何事かをこそこそと背にいる妖精――本来高位の妖精や精霊を扱う魔術師か、それらに愛される森林人(エルフ)種の傍にしか侍らない妖精――と仲良く話している。私自身もその反応に怯えながらも観察しながら正解を探り続ける。

 

「私としましては魔王様がこの先どうするのかが気になりますわ。近くにある国を滅ぼすのかしら」

「ああ、やっぱり魔王って聞くとそういうことした方がいいのかと思うよね」


 今の会話は少し攻めすぎだっただろうか?いや、私が彼に影響を与えられるのならば、この程度挽回できるということだ。問題はない。

 地理的に言えば一番近いのは王国であるが、貪欲の大穴は緩衝地帯とも言える場所なのだ。


「僕としても、リード……この妖精ね。彼女にしてもそんな積極的に攻勢に転じる、みたいなことは考えてないよ。あとなんか神様も別に侵攻しないでもオッケーって感じらしいから。まずは快適に暮らせる環境作りかなぁって思ってた」


 思わぬ言葉に呼吸が乱れた。


「げほっごほっ。……失礼。神様?魔王様と呼んでいましたが貴方様は神に遣わされた方で……失礼ながら、どの神に遣わされたかなどお聞きすることは」


 まさかこんな暗い瘴気渦巻く地の底で、信仰などとは無縁そうな者に神から遣わされたという言葉を聞くとは思わなかった。そんなことを言うのはあの意地汚い創世教の教主どもや一部の信仰心が溢れすぎた狂人たちだけかと思っていたが。


「僕も名前知らないや。誰?」

「自由の神たるエリュシア様ですよ!」

「そんな名前だったんだ……」

 

 はてさて、その発言が妄言かはさておき、創世教の聖書に登場する神の一柱ではある……人間社会に精通している?

 表情には出さないように考える。いや、それにしては聊か世間知らずのような立ち居振る舞いをしているし、私たちとこのような冗長な会話を続ける必要はない。

 で、あるのならばこの言葉は真実であると判断した方が賢明だろう。魔王を人間が信仰する神自ら遣わしたという事実を受け入れられるのであればだが。

 いや、これが一番厄介なパターンかもしれない。なぜならば彼の自由は神に保証された物であり、私たち風情が抗っていい物ではないことになる。いくら神に祝福を与えられし存在である勇者様であっても、だ。

 思考を悟られないよう表情を笑顔に戻し「そうでしたのね」と嬉しそうにニコニコ告げる。


「エリュシア様は麗しき女神にして、自由を愛する方……我々、王国民が幼き頃に諳んじる教義では束縛を嫌い、常識を打ち破ることを美徳とされているかの御方ですわね」


 だから、魔王という型に嵌められた行動をしないでほしい。そう思っていても態度にはおくびにも出さず、告げる。今のところ第一目標だけは達成できるだろうか。全ては神の御心のままに……とでも言うべきかしら。


◇◆◇


【魔王視点】


 神様の名前を出した当たりで少し空気が変わった。それにしても魔王サイドの神様なのかと思ったら人間サイドでも名前が知られている存在だったんだ。リードみたいな神様界隈に詳しい人間があっち陣営にもいたのだろうか。

 それにしても……すごい警戒されてるなぁ。僕が魔王だからかな。うん、そりゃそうなんだけどね。元日本人としてなんとなく空気が読める、という必須技能を習得しているのだがその必須技能が先ほどから、(お姫様が探りつつ怯えながら話しているぞ~)とずっと告げてくるのだ。

 そういえばこの世界にはファンタジーでいうスキル的概念があるのだろうか。後でリードに確認してみよう。もしあるならば空気読みEXとか持っているかもしれない。


「なんかさっきの話を聞く感じ別に国王とかその派閥に思い入れなさそうだけど、それでも王国には侵攻してほしくない物なの?」


 思い切って聞いてみることにした。何回も言うけれど、本当に現状その王国とやらに遊びに行きたいという気持ちは皆無なのだが……いやファンタジー世界の王国はちょっと見てみたいかもしれない。やはり色んな人種の人がいて大通りは賑わい、冒険者ギルドとかで新人チート主人公に「おいおい、ここはお前みたいなガキが来るところじゃないぜ」とか「な、初級〇〇でこれほどの威力を!?」とかやっているのだろうか。でも現実的問題として中世フランスとかもそうだけど糞尿の処理だったりお風呂に入らないから人も街も臭いって聞いたな。そこまで含めると微妙なところだ。

 

「そうですね。国民たちに罪はありません、貴族のうち半分……の半分……いやさらに……ごほん。貴族の幾何かは領民を富ませようとする賢君です」

「半分の半分のさらに……多く見積もっても4分の1しかいないんだ」

「4分の1()いるのです。国民たちは力がなく、貴族と軍は力を有しています。どうしたって教育の足りない物は横暴に振舞う物です。先日そのまともだった軍のトップも消されてしまいましたし」

「やはり種族:人間は運用が難しそうですね~」

 

 リードがしみじみと呟いたが同感だ。中世かそれ以前の文化っぽいけど、この時代平民は生きるのが大変だろう。魔とはいえ王でよかった。好き勝手出来そうだし。少なくとも僕のダンジョン内では糞尿の処理だけはしっかりさせよう。スライム君なら糞尿だってなんとかしてくれる。


「うーん、やりたいことできてきたな」


 上下水道……やりたいことができてきた。まずは50年分の溜まりに溜まったダンジョンの整備でもしよう、と区画整備系のゲームが好きだった――なおこれは正確な記憶ではなく、今の気分である可能性は多分に存在する――僕はウキウキでダンジョンを作ろうのページを開いていく。


 基本スライムたちが整備してくれている道だからか乱雑ではある、やはり左右非対称にしても機能的であってほしいし、できれば美しさを感じられるA型建築にしていきたいよね。


 そして糞尿の処理はマストだ。少し可哀想な気もするがたいして思考力はないが全てを消化できるスライム君に下水処理施設を担当してもらおう。とはいえ現状糞尿をまき散らしそうなのは僕だけ……いやまき散らさんわ。

 

「……私と勇者様は用済み、ですか?」

「いや気になることもあるにはあるけど……なんか何とかなりそうな気がしてきたし」


 少なくとも姫様と勇者が無事に戻れたとしても、一波乱起こりえるだろう。眠っている間だったら困るがもう目覚めた上に多少の世界観を把握できたので隣人たる王国が混乱している間に態勢は整えられるだろう。勇者の回復力がどんな物かわからないが。……もうだいたいの時間稼ぎギミックは思いついた。

 

「ダンジョン内で殺せばボーナス入りますし、始末した方がいいとチュートリアル的には思うんですけど」

「野蛮なチュートリアルだ」

「本来野蛮な仕事なんですよ、ダンジョンマスターが」

 

 小声でいうリードの言葉が聞こえたのか、身構える姫様だけれどそんな意思はない。なんか僕らが始末したらそれはそれでめんどくさそうだ。今僕が起きたことが知られたら、このほぼ無害な大穴が前線基地になったのなら、万が一にも王国が団結する、ないしは姫様一派が侵攻してくる可能性もなくはない。


 とりあえず勝手に住んでるっぽい原生生物の調査をしよう、僕の上下水道整備案を拒否する奴はレベル見て弱そうならカオススライム送り込んでやる。ははは、楽しくなってきたぞ。

 

「……帰っても良い、ということはここにいても良いということですか」

「え、住む気?」

「私と勇者様が国軍へ絶対に見つからず身を隠せる。かつ、無辜の民に負担をかけずに住まえる場所が……ここです」


 逆転の一手だと言わんばかりにどや顔をする姫様。それっていいの?人間的には。

 ……疲れてきてるんじゃないだろうか姫様。それに勇者様とお姫様が住むなら糞尿の処理施設に関するルートも……糞尿生産マシーンが僕だけじゃなくなってしまう。現地生物次第だが構想が。


 でも、うん。


「いいけど」

「え、よろしいのですか?」

「うん、別にいいよ」

 

 提案した姫様が一番驚いている。考えた結果が別にいい、だ。これから作る予定の居住区域と上下水道にさえ従ってくれれば。

 うーむ、家賃とか取った方がいいかな。あ、勇者様だけは接触しない仕組みにしておきたいな。念の為ね。


「食料とかどうするの?」

「逆にお伺いしますが、魔王様は何を食されるのでしょうか?伝承では人間の生き血や臓物と……」

「グロい、やめて」


 種族は一応魔王になったはずなのにすごい倫理的な部分で忌避感を感じるから。そうじゃないにしても人間って絶対美味しくないでしょ。雑食だし、可食部少なそうだし。あと内臓は絶対臭い。専用の家畜ですら癖あるやつらがいっぱいいるのに。

 

「えー、リード。解説」

「はい!魔王となった際にマスターの人間的欲望は全て無視できるものとなっています!あくまでも無視できる、なので食事や睡眠、性交などは娯楽として可能です。食事の際は胃へ当たる器官に入った食物がすぐさま分解され、全て少量の魔力としてダンジョン内に蓄積されます。栄養素どころか食物がそのまま魔力へ変換されるので、老廃物の塊、栄養のないカスたる糞も出ません。ただし摂食による毒なども効かない上に分解されるため、そういった意味では人類種の内臓なども食することが可能です」

「うわ、僕自身が言う分にはいいけど他人が自分の排泄物のこと糞って言うの嫌な感じ!」


 久々のチュートリアル……というか解説の出番でウキウキのリードだが言ってる内容は結構酷い。

 僕だって元々は人間なのだからこう、せめて他人が言う分には便とか尿とか表現してほしい。心の中で糞尿と既に5,6回言っている僕の言えた台詞ではないが。


「でも確かに元人間として食べられるなら美味しい物食べたいかもなぁ。その場合は?」

「狩猟採集を行い食事することは当然可能です。ただマスターなら魔力を使って食料を生産することが一番用意でしょう。ダンジョンに生成される宝箱の中には食糧などを配備することもできますので。ただマスターが魔力を消費して生み出した物をマスターが食べると、生成した際の魔力がロストするので、本当に娯楽以外に何の意味もありません」

「へー。ダンジョンの報酬ページに食べ物があるんだ。お、日本食出せる」


 さっそくおにぎりを手元に指定してポップさせる。本が現れた時と同じように光が集まり、物になる姿は何度見てもファンタジーでちょっとワクワクする。うん、食べてみるとぱりぱりとした海苔の触感と冷たいご飯の中に、多すぎない程度のおかずが入っている。

 中身は鮭だね。家庭の物というかコンビニおにぎりって感じだけど50年ぶりの食事はとても美味しく感じる。

 現地人類枠たる姫様が驚いているようなのでこれもまた特殊な事象なこともわかった。


「大型のダンジョンでは食料をドロップすることで長期滞在させる、深部へ招きやすくするというテンプレが……」

「日本食が何のことかわかりませんが魔物が消滅した後、綺麗に解体された食料品を落とすことがあるという話を耳にしたことはありましたけれど……まさかそういう仕組みになっていたとは」


 本物の魔王……と呟いているのが聞こえたけれどこんなんで確信持たれるのも魔王としてはどうなんだろ。おにぎり召喚系魔王だよ今のところ。

 

「これスライムを召喚した時も思ったんだけど消費はどんなもんなのさ」

「蓄積された魔力が消費されています。基本魔力という物は土に含まれていたり、空気に漂っていたりします。空気に漂う魔力の少量はダンジョンが吸収しますが、その余りのほとんどを土や近くにいる生物が吸収します。なので吸収された物がマスターの魔力、というかダンジョン全体の魔力となり、本で魔力を使う場合そこから消費されるってことですね。ちなみに生物が吸収した際がレベル……ユニットの成長に繋がります」

「経験値的なゲーム要素が世界観ではそうやって処理されてるんだ……僕理系だから全部数字で見られると助かるな」

 

 ちなみに理系かどうかの記憶はない。何ならたぶん文系だった気がする。

 

「ダンジョンの情報はだいたい本に書いてありますよ。ほら、ここのページ」


 おー、本当だ。軍力とかのページによく見ると保持魔力やら面積やら必要そうなデータが……めくってもめくっても色んなデータが出てきて怖くなったので最初のページに戻る。

 おにぎりを1つ生成、魔力消費が2程度で、残存魔力が200万くらいあったからあと100万回は生成できる。まぁおにぎり一個作り出した程度では50年間放置されていたダンジョンのお財布事情的に屁でもないってことがわかったし。


「ちなみにカオススライム君が取り込んだ魔力はどういう扱いになってるの?」

「カオススライムが分裂、結合する過程でダンジョンに還元されますね。じゃないとこんな魔力溜まってないですよ」


よし!カオススライム君の有能さを噛み締めその収入から生成したおにぎりを姫様に投げ渡す。魔王が生み出したもの、しかもお姫様にあるまじき素手の食事ということで恐る恐る食べ始めるが、すぐに食べるペースを上げていった。味覚はだいたい同じらしい。


「魔王様!これで天下を取りましょう!」

「おにぎりで取れる天下は嫌だなぁ」


 

 我ら日本人のソウルフードは現地人の口にもあったようである、そこまで笑顔で褒められると誇らしいと言えば誇らしい。だがコンビニおにぎりで天下取っても……食文化には相当の差があるのか?もしかして。だとしたら転生したメリットの1つに日本食、というか現代の食事を出せるということが追加された。


「ああ、最初は野営食にも劣る原始的な素手での食事かと思ってましたがなんと柔らかで自然な甘みのある穀物……それが包むは臭みのほとんどなく、味わい深い魚介……穀物を包む海の匂いがするこの紙のような物もまた柔らかな穀物を直接触れずに済むので手が汚れず、それでいて豊かな香りと食感の違いを生んでいる……」


 うーん、確かにヨーロッパ、というかお隣の大陸なんかでは香辛料や布が高値で取引されたって話もあったな。食文化は現在発展している最中なのだろう。

 そしてこれが先ほどまで強かに交渉していた姫様の発言。まさかの食レポですよ。容姿も端麗だしむしろ姫様こそ日本で天下取れるよ。テレビとか動画でウケると思う。


「まぁ食料に関しては大した負担にならないみたいだし……とりあえず現地人のアドバイザーってことで」

「お任せください。仮にも王位継承権を持つ姫と、人類最強と名高い勇者。魔王様の覇道のお手伝いいたしますわ」


 魔王様が覇道を歩んだ場合一番近い相手君のご実家だけど大丈夫?あと勇者は……ちゃんと首輪つけておいてね。

 

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