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5話

 僕が玉座に座り偉そうな(まおうですよ)オーラを出しながら名前なんて名乗ればいいのかな~と考えていると、僕が攻撃しようとしていると考えたのか勇者は意を決したように剣を抜く。やめて、その剣先でつつかれただけで僕たぶん死んじゃう。


「おおっと、姫様とやらの命はこちらで握っているのを忘れるなよ……」


 動揺を見せないように、かつ偉そうな感じにあえて頬を吊り上げてみせ……絶対違うなこれ。次でやめよう。

 

「屑が。貴様、何が目的だ」

「いや、そんな目的とかないんだけど。なんか自宅周りの地理とか教えてくれたらそれで別に」


 僕が偉そうなオーラを解除すると毒気を抜かれたのか、剣先を少し下げてくれた。よかった。ただし僕が何を言いたいのか、真意を理解しかねているような顔をしている。


いやね、こちとら50年間寝ていた引きこもり、いやニートの上位種ネオニートなんですよ。少なくともその姫様とやらとか勇者様がここまで来られるくらいには人類の文化圏が近くにあるみたいだし、それの対策だけは打ちたいところだけど。それさえ何とかなるなら今のままもうちょい引きこもりたい。なんて言えるわけもないのでどうしようかと思案する。


「自宅……?お前は何を言っているんだ。王国の手の物ではないのか」


 どうやら偉そうなオーラを見せていたけれど別の勘違いをしていたらしい。おそらく王国……ボロボロになる元凶?の方だと思っていたのかな。

 

「うん、全然関係ない。ダンジョンマスターらしい。このダンジョンの。魔王的なやつ」

「あ、それ言っちゃダメなんじゃないですか?せっかく人間と勘違いしてくれているのに」

「魔王!?……貪欲の大穴にダンジョンマスターは存在しない。しかも、貴様はどう見ても人間だ……!」

 

 剣先をまた掲げる勇者に内心怯えながらも肘置きに腕を乗せながら頬杖を突く。

 僕存在しない扱いになってたんだ。

 ……そりゃまぁ50年間寝ていたけれど、その間侵攻もされてないからお互い様なんじゃないかな。僕も人間がこんな近くに国を構えてるなんて知らなかったんだし。そちらから季節の挨拶とか送ってくれればよかったんじゃないかな!?


「あー、そういうのもっと頂戴。まずここ貪欲の大穴?そんな名前僕はつけてないけど」

「……ここはいつから存在していたかわからない謎の大穴だ。瘴気の濃さからダンジョンではないかと幾度か調査されたが、通常のダンジョンなら存在するはずの鉱石や宝物などが一切存在しないこと、大穴から出てくるのは生存競争に追われたスライムなどの弱い魔物たちであり、ダンジョンの常たる人類侵攻の意思が見られないこと。これらの事柄ゆえダンジョンではなく、特殊な地形が相まって生まれた生態群系である。稀にスライム以外の生物が大穴へと続く横穴に存在しているが、組織だった行動をしないことから野良の魔物が生息していること……それらを加味した結果、恐らく巨大な魔物の巣穴が魔物の死後、崩落し原生生物に使用されている物だと判断されている。……されていた」

 

 侵攻ではないけど調査はされていたっぽい。そしてカオススライム君が大活躍してくれていた。そりゃ寝ていたのでダンジョンに動きないよ。スライムたちが掘った穴って勝手に野良魔物が住んでいるんだ。別に家賃は取らないけどちょっとなんか、癪……なのだろうか。この気持ちにうまく説明はできない。

 組織だった行動がどうちゃらについては寝ていたことが原因みたいだ。それには侵略しなくていいとお墨付きを貰っているので、まずは自宅のセキュリティをどうにかしてからだよねそういうのって、という気持ちもある。

 うん、何回か言ってしっくり来た。ダンジョンマスターならばここは僕の家だろう。僕だって家に屋根くらいは欲しい。話聞いた感じなんもしてないのに屋根崩落したっぽいけど。ダンジョンってもうちょっと耐久性あるものなんじゃないんだ。ていうかじゃあこの物理法則に従ってないようなこの中心の拠点と大量の隣接した横穴はなんなんだよ。


「普通のダンジョンは鉱石とかあるんだ」


 疑問を解消するために質問を発するが、そういうよくあることならリードの方が詳しいらしく後ろから話しかけてくる。

 

「ダンジョン内で拡散された魔力の量でダンジョンの機能が解放されたりしまして、その一種ですね。生物を殺害するためにはダンジョン内に招かなきゃいけないのですが、それっぽい物さえあれば勝手に入ってくる人間を始末する……っていうのがテンプレです」

「ああ、ゲームで言う宝箱とか設置するみたいな」

「そうそう、そんな感じです。『あれ誰がわざわざ置いてるんだよ』 ってやつです」

「本当に魔王ならばそのようなこと勇者に聞かせないで欲しいが……」


 あ、姫様がカオススライム運輸によって運ばれてきた。カオススライム君、ベッドに寝かせて、その後待機していろと命令を続ける。姫様を運んでいないカオススライム君たちも普段の仕事たるダンジョンの拡張作業をやめて、コアルーム(らしい)ここに集合してもらっている。死角になる位置……大穴側を覗かなければ見えないようなコアルームの真下に張り付いてもらっているけど。勇者が攻撃してきたらマスター死んじゃうからね。カオススライム君が咄嗟に僕を庇えるかは不明だがすぐに呼び出せる位置にいてもらうのもおかしくはない。


「姫!さ、ま……」


 運ばれてきた姫様を見て勇者は安堵したように崩れ落ちた。あ、まだ会話の途中なのに。


「勇者~、寝ないで~。この世界のこと教えて~」


 硬そうな地面、岩肌に前から崩れ落ちた勇者。その骨格から整った、ただし戦闘を生業にしている物としては柔らかい頬をぺしぺしと叩いていると、カオススライムたちは仕事を終えたとばかりに真下に貼りつきに行った。そしてカオススライムが全員去ること数分、その短い期間で残された影が起き上がる。

 

「いえ……勇者様はそのまま寝かしておいてください。魔王様、私から話させてはいただけないかしら。なぜ今私たちがここにいるのか。そして我が王国がどのような国なのかを」


 先ほどベッドに寝かせたばかりの姫様が起き上がり、知りたいでしょう?という言葉は伝えずこちらを見つめていた。こうしてみると勇者と比べても明らかに軽装。だけど細かい刺繍や豪奢な装飾の入ったドレスとアクセサリー類は確かに――推定現代日本人の魂が入っている僕からしても――中世くらいが舞台のファンタジー世界にいるお姫様ってこんな感じなんだろうなぁとみてわかる程度にはお姫様しており、それに指先や髪の毛に労働などでの痛みも見られない。うん、貴族階級か僕みたいに転生した地球人のどちらかだろう。


「てかLINEやってる?」

「らい……?」


 うん、振りとかじゃなくて本気で通じてなさそう。僕と同じ時代の転生者ではなさそうだな。よし。


「カスみたいな判別方法しないでください。あなた以外いないですよ転生者は」

「でもリード、神様が嘘ついてるかもしれないし……!」

「だとしたら私含め抗う術はないので諦めて天罰、もしくは天意としてください」


 それもそうだ。神様が関わるとスケールがでかいな。

 まぁそんなことはどうでもいいんだ。それじゃあさっきからずっと、こちらを見定めているような目でやりとりを見ていたお姫様に話を伺おうかな。とりあえずなんでお姫様と勇者様がこんなところまで来ることになったのか。詳しいことでも聞こうか。確かにそれは気になっていたし。さすがにこっちの世界でも普通じゃない……よね?

 そう思い顎で促してみると、お姫様はぽつぽつと語り始めた。


 

 ◇◆◇


 某日。貪欲の大穴へ勇者と姫が訪れることになる前。

 

「おお、勇者よ。恩ある祖国へ刃を向けるとは」

「貴様がそれを言うか!アレクス王!」

「罪人が許可なく喋るな!」

 

 うめき声をあげるほど強く取り押さえられてなお、玉座に座り勇者と呼びながらも豚を見るような目で見下す王を睨み返し、全身を拘束されなお獣のように吠える者がいた。それはどう見ても【勇者】と呼ばれるものの態度ではなく、まさしく罪人のそれであった。


 ――聖史200年。人類が魔族たちとの戦いを終え、200年を迎えた記念すべき日に、勇者は兵たちに捕らえられていた。腕と脚に嵌められた枷に加え、身すら乗り出せぬように長棒で持って抑えつけられている。


「どうしてだ勇者。幼い頃村を魔族に焼かれ、村最後の生き残りになった貴様を救いし騎士団長と、そんな貴様を傍に置き重用した軍務大臣。その両名を討つとは」

「すべて貴様らの自作自演だろうが……!貴様らは魔族以下の化け物だ!」


 勇者は今より15年前。まだ幼い頃に全てを失くしていた。村を焼かれ、兄弟を裂かれ、両親を殺された。それら絶望を経験した勇者は魔族への恨みだけで15年を過ごした。戦場に出ては魔族と魔物を執拗に攻め潰す様はまるで獣のようであると称されていた。しかし獣は出会いを得て、人となり、人となったが故に真実を知らされてしまった。村を襲った魔族などは存在しなかったこと。予言によって勇者が生まれるとされた村は他ならない王国軍により侵略され、従順な駒となるように勇者だけを残し攻め滅ぼされた。


 そのことについて最後まで反対していた高潔なる王国騎士団長、そして冷徹な判断ながらも軍事行動の必要性がないことを説き、それでもなお決行された襲撃の責任を取るために勇者を育てた軍務大臣。15年の時がたち、勇者の心の成長を確信したことで全てを告げ、王国から離れるように指示しようとしたところを国王と宰相の手によって葬られた。それら全ての罪は勇者へと擦り付けられた。


 今この勇者は罪人とされ、奴隷となる魔法を刻まれる。今までも幾度となく勇者を奴隷とするように国王たちは企てていたが、国民感情や貴族たちの横やりなどでできなかった、そしてやっと今、国王たちは単独で一軍に匹敵する者を自由にできる権利を得たのだ。

 

(軍務大臣、騎士団長……私は貴方達のことを第二の父だと思っていました……)


 奴隷の印を刻むための魔法使いが到着したことで、勇者が諦めたように力を抜く。しかしその魔法使いの後ろから、争いごとに縁もなさそうな娘が現れた。整えられた美しい金髪を流し、聡明そうな眼差しで持って自身の父親たる王を見据える。第一王女クリスティアその人であった。


「おお、クリスや。斯様(かよう)な場はそなたに似つかわしくない。用があるなら後で余から訪ねてやろう」

「父上……いえ、国王陛下。なぜ勇者様は鎖に繋がれていらっしゃるのですか?先の戦争もこのお方がいた故に勝利したようなものでしたけれど」


 国王からの言外に邪魔だという言葉を跳ね除け、今は娘ではなく国民の一人であるとして王に問うた。兵士たちにざわめきが生じるが、王の隣に立つ宰相は長く伸ばした髭をしごきながら余裕そうな笑みで返した。


「クリスティア様。勇者は今や罪人となったのです。王国法に基づけば当然死刑ではありますが……確かにこやつには今までの功績がありますゆえ、奴隷落ちにて罪を償わせようと沙汰が下されたのですよ」

「罪?勇者様にどのような罪があるというのかしら」

「もちろん貴族殺しの罪ですな」

「騎士団長と軍務大臣の死体も出ぬ間にですか?些か早計ではないかしら」


 娘どころか孫ともいえるほど歳の離れた女子がバカにするように反論する。顔を顰めた宰相はまくしたてるように言い返した。

 

「勇者が貪欲の大穴にて死体を処理したと目撃者が出ている」

「そんなの言わせればいくらでも出るでしょうに……」

「姫様自身が証明いたしますかな?勇者が無実であるという証拠を手に入れたのならば、皆も納得するでしょう」


 そう言いながら宰相は勝ち誇った顔をし謁見の間を見渡す。そこにいるグルの――宰相と国王に協力的な派閥へ属する貴族たちが一様に薄ら笑いを浮かべながら頷き同意した。

 クリスティアは歯噛みし心の中で下種どもめ……と一人悪態をつく。しかしながら宰相が告げた言葉はこの状況を脱するためのカウンター足りえる。心の内を一切見せずに、あくまでも毅然とした態度で顔を上げた。


「そうね、そうしようかしら」


 そう言うと謁見の間にしばし冷たい空気が流れる。そう、本来はその解答などあり得ないはずなのだ。姫自身に多少魔法の才能があったとしても、出現以来どの国も、どの冒険者も最奥に辿り着いたことがない場所へ王女殿下が向かって無事でいられるはずがない。それゆえの揶揄のようなものであり、それができないのなら引っ込んでいろということを言外に述べていた。

 しかしながら勇者を救うための妙手であるのは事実である。【勇者】の持つ【聖剣】には斬撃と共に延焼を与える効果があり、さらにはその特殊な効果故か聖剣は勇者が自身以外の武器を持つことを許さない。故に仮に貪欲の大穴にて出てきた死体が通常の武器で死していた場合は勇者が犯行に及んでいないことを証明する。悪魔の証明たりえるのだ。


「では皆さま。『私が王家の血を持ってして』証明するまでの間、少なくとも勇者様が裁かれることなきようお願いいたしますわね」

 

 クリスティアは足早に謁見の間を去って行った。『王家の血を持ってして』という言葉は、いうなれば王家のみが発揮できる公的な効力を持った『一生に一度のお願い』だ。

 これを使用した王家の言葉を汚すことは国家の恥とされており、有史以来一度も反されていない。逆にこの言葉を使用したうえで、それを簡単に反故にした場合発言者は王族ではないと宣言するものであり、王位継承権などの一切を捨て去ることになる。それほどの言葉である故、あまり使用されるものではなかった。

 しかしこの場にはクリスティアや勇者の派閥……とは言わないまでも、国王などの派閥に属する物以外も存在する。それらが見ている状況では現国王と言っても勇者に罰を執行できない。そんなことをすれば国王派閥自体の求心力が地の底へ沈むからだ。それ故に、姫の立場を使用した『一生のお願い』は最も効果的な『時間稼ぎ』になる。


 (勇者様ならば恐らく1日や2日でも時間を稼げば自力で脱出することが可能でしょう。私は恐らく監視をつけられ、大穴へ向かわなければその場で処される。まぁ、宰相たちも証拠が残るような殺し方はしてないでしょうし、どちらにせよ証明できず廃適からの処刑かしら。逆に言えば、私が大穴へ向かっている間は勇者様の回復へ充てられる……なるべくゆっくりと大穴へ向かうべきね)


 そうして本来姫につけられるにはあまりにも少ない護衛の数を連れ、貪欲の大穴へとクリスティアは向かって行った。その眼差しは勇者を救うための義憤に燃えた目……などではなく、自身の言葉、死すらも盤上に乗せて計算する冷たい執政者の目をしていた。


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