3話
戦力がバグレベルで高かったとしても僕は困らないし、困りごとと言えば神様に苦情が行くくらいだが僕には関係のないことだろう。
「まぁ戦力があることはわかったけど。僕って何をすればいいの。人類殲滅とかすればいいかな」
「元の種族は人類なのにめっちゃ割り切ってますね……別に具体的に何か定められた目的があるわけではないですよ」
そうなんだ。てっきりダンジョン拡大して人類を攻めるタイプの魔王かと思ってた。
「勿論、人類を攻めて頂いても構いませんが基本的に神様は『思考には干渉せず』が鉄則なので、何をするかは自由意志としてます。ただ目的があるとすると」
「定められてはないけどやっぱりあるんだ」
ていうか今絶賛干渉中じゃない?あ、神様?これはチュートリアルだからいいって?なるほど……全然わからない。
「神が選んだ駒、あなたも含めて何人いるかは不明です。それらは基本的に領地……ダンジョンマスターの場合ダンジョンですが、それらを大きくすることが目的となっています。その方法は問わないってことなので、人類を攻めてもいいというわけです」
「僕以外って、例えば?魔王とか人類がいるっぽい世界観なのはわかるけど」
「そうですね。挙げていただいた通り無難なのは国王や魔王、それに類する指導者ですね。中には獣を選び繁栄を促す、所謂獣神。龍を選び圧倒的力で蹂躙させる龍神なんて方々もいます。稀にですが奴隷とかを観測する神もいます。参加している数は明確には決まっておらず、極端に遅くなければ途中参加もありえますね」
僕だったらダンジョン、王様だったらその国の拡大とかが一応の目的か。
……ん?それだと奴隷とか獣に国王、難しくない?そもそも聞いた感じ僕がよく知っている生物たちと同じであるならば、寿命の問題があるんだけど。
「ああ、身分や能力によって初期に干渉できる度合いが変化するんです。奴隷なんて所謂チート能力とか持っていたりしますよ。寿命に関しては子孫ができた場合それに観測がシフトしたり、国の指導者が変わっても国自体が存続しているとそちらの担当になったりします。そうやって続けて、星が寿命を迎えるか、決められた期間が来れば終了です。それまでにゲームで定められたスコア……実績みたいなものを多く獲得してるとその神すごい、って感じらしいです」
「星の寿命ってスケール長い話だね。さすが神。……もしかして決められた期間が来たら僕らポイされる?」
「神様からしたら1つの世界を存続させる程度代謝と同じようにできますから。宇宙が寿命を迎えるくらいまでは大丈夫でしょう」
いいなー、チート能力。僕にもあったりするのかな。いや、ダンジョンを自在にできるなんて一般人からしたらそれこそチート能力と言っても過言ではないのかもしれないけど。
「ちなみに僕の特典は」
「ダンジョン作成及びそれに類する物はダンジョンマスターの標準機能なので、マスターの恩恵としては私ですね。チュートリアルです」
終わった、外れだ。
おお神よ。何故僕にこれほどまでの試練を与えるのですか。え?現代知識があるんだからむしろ普通より優遇してるって?……確かに。
……さっきも思ったけど神様の声すっごい自然に聞こえるな。
「とりあえず神様を祀る神殿とか立てたほうがいいかな」
下手に声が聞こえた分、身近に感じてしまった。神様。
「いずれ立てましょうね。チュートリアル読んでから」
そういえば未だに読んでなかった。でもここまで読まなかったのに今さら読むのもな。
「いいから読み終わってチュートリアルを終えてくださいよ。じゃないと私、すごい俗的なこと言いますが、お給料貰えないじゃないですか」
「僕には関係ない……優先度低っと」
「なんでそういうときだけ教えてないのにチュートリアルのメモ帳開けるんですか?」
そういう性格の前世だったからじゃないかな。ちなみに文字は日本語だ。おお、極東の小さい島出身だったのか僕は。余談だが日本はそんなに国土は小さくない。山が多いせいで居住可能地域は面積比で小さいが。
「とりあえず私の本懐を遂げますね。まずはダンジョンは基本的に攻略される物……扱いとしては魔物の前哨拠点です。見つかって余裕があれば潰されますし、戦力が低いのに刃向かうようなら潰されます。弱くて利のあるダンジョンはたまーに生かされます」
「やっぱり人類の敵サイドじゃん」
「別に人類を殲滅しないでもいいと言っただけで魔物を扱う陣営は基本的に人類の敵です。なので、最初は人類が見つける前にダンジョンを拡張、罠や魔物を充実させてからダンジョンに人を招き処することでまき散らされる魔力によって魔物とダンジョンの強化を……」
「もう50年くらい経ってるし、もう勇者に見つかってるらしいよ。そのアラートで起きた」
妖精は何かに気づいたかのようにプルプル震えたかと思うと僕に向かって突撃してきた。
威力がないとはいえ僕は断崖絶壁から落ちたら普通に死ぬんだぞ。やめたまえ。そう思い手で受け止めると、言葉にならない言葉を必死に絞り出すように喉に手をやり、そして吠えた。
「チュートリアルが!チュートリアルをするための知識が役に立たない!なんなんですか50年って!なんなんですか軍力9万って!なんなんですかチュートリアル終わる前に勇者って!入口解放されたのがさっきのはずじゃないんですか!」
軍力9万に関しては高い方らしいしいいじゃん。まったく無能め……と口に出すとさすがに唯一の話相手がへそを曲げかねないので言葉を噤む。正直元人間のダンジョンマスターができたんだから天にいるらしい神もそれくらい妖精に把握させておいてほしかった。神は全能ではないというのか。
「ととと、とにかくダンジョンマップを開いてください!幸い私たちがいる場所は恐らく大穴状になったダンジョンの真ん中!上から侵入して直接このコアルームにくることは早々ないでしょう!というかされてたら既に勇者が目の前にいます!」
「……ダンジョンマップとはどこで……ああ、見たような気もする。ベッドの下とかだっけ」
「本ー!こういうのは全部本ー!はやく!」
思ったよりも深刻そうなので今回は適当言わず素直に本を開く。妖精が指定するページを開くと、空中にスクリーンのような物が投下される。我がダンジョンは広い螺旋かネジのような構造で下に行くほど細く、上は幅が広い。まるでドリルを途中で止めたような、ネジ穴のような地形だ。地図で見てわかったけれど、大穴の真上は更にぽかんと広がっていて何もなく、妖精が言うように勇者もそこから入ってきていない。
地上付近の様子まで見られるので確認すると、無数の穴が開いていることを確認できる。穴を辿ればそのすべてが大穴、つまり我が家の庭に繋がっており、まるでアリの巣や地面に作るタイプのハチの巣に見えるかもしれない。にしては出口が多いけれど。
「うーん、なんでこんな風通し良い構造になってるんだろ」
「たぶんスライムの影響でしょう。スライムは基本的に魔力を食べるので、魔力が多い場所を目指し自分たちで少しずつ、障害物を溶かしながら進みます。しかも壁や天井にも張り付きますから。穴をあけた先の地上に魔物の糞や死体なんかがあったのではないですかね」
「そういえばスライムって魔力を吸収して循環させるんだっけ」
50年前にそんな話を聞いた気がする。僕ももう歳だからすっかり忘れていたよ。……そういえば50年間寝ていたのに一切の代謝や空腹感がないんだけど、本当にこれ人類種でいいのかな。ダンジョンマスターだからと言われたらそれまでなんだけど。
「それでいてこの螺旋構造は地下に潜るほど魔力が濃いので、スライムたちが至るところから地面を掘っていった結果でしょうね」
「でもそれなら上側にはあんまりいかないんじゃない?」
「スライムは知能が低く、それでいて集団主義と言いますか、生存戦略として強いスライムほど魔力の濃い場所へ向かわせる習性があるので、弱いスライムは上に行ったのでは……ってそんなこと話してる余裕はないんですって!」
いや、大事なことだよ。スライムしかうちのダンジョンいないんだから。ていうか解説役を買って出てくれたから、喋っていたのはほとんど妖精だった気がするんだけど。
とりあえず赤く、明らかに敵ですよ~的にピカピカと光る点があるので、その部分を触ってみる。わかりやすく勇者のステータス?が表示された。
「それであってます!勇者アルフ、レベル106……106!?」
「レベルとかあるんだ。UIとかもそうだけどゲームっぽい世界観」
「通常……最初に召喚できる、この世界でもありふれたそこらへんにいる弱いスライムは人間種の大人が戦うならレベル換算で1から、強くなっても5くらいです。106と言うともうダンジョン1つか2つ潰して、魔王を討ち果たしているレベルですよ。救国の英雄来てますね」
「レベルで例えられてもそれだと単純比で強いスライム20匹いれば倒せそう。そうじゃないんだろうけどね。軍力で言うとどのくらい?」
「職業:勇者は与えられた恩恵にもよりますが基礎ステータスも高いですし、レベルごとの上昇幅も大きいです。おおよそレベル1つで軍力1000程度と計算されます。装備やスキルなんかもある世界ですのでここは大雑把な計算になってしまいますけれど」
職業なんて概念もあるんだ。ニートだったらレベルアップしても能力あがらないのかな。いや、ニートはレベルが上がらないのかもしれない。
えー、じゃあうちの軍力が9万だから……90レベルくらいなら撃退できていたってことか。とはいえこの一軍を全部一斉にぶつけられるわけではないし、相手がどんな手段を持ち合わせているかもわからないので一概には言えない、と。
なるほど、確かにゲームの感覚では100レベルを超えてる奴がいるとはいえそれが魔王撃破後性能ならうちのダンジョンも結構強そうに思えるし、勇者がぶっ壊れているようにも見える。
「……僕がめっちゃ寝ていたとはいえ人間側強すぎない?神様ゲーム的にはまだ序盤から中盤くらいでしょこれ」
ストラテジーゲームで言えば中世くらい。産業革命すら起きないぐらいの。魔法とか魔物がある世界での産業がどうなっているかまでわからないけれど。水車とか、蒸気機関はあるのかな。もしくは必要ないのかな。
「人類側は序盤強くて、魔物側より早くスタートする上に、強力な兵士を出せるんです。それが神の駒自身か駒の効果によって出た存在かは分かれますが」
今までもこういったことをした経験があるのか、それとも刷り込まれた知識かわからないが内情に詳しい妖精はただし、と遠い目をして続ける。
「人類側も万能ではなく、忠誠度が乱高下しやすい種族特徴が……」
「僕でもわかるくらい簡単に言うと」
「頻繁に内部分裂や裏切りが発生しますので、安定しません」
うわ、嫌な特性。そして微妙に納得できるのも嫌な感じ。しかしこれを人間らしいと感じるのは僕が元々人間だったからだろうな。
「それでどうしますー?降参でもして命乞いとかしますかー?」
ひとしきり話終えて投げやりになった妖精が横向きになり腕を枕にしている。
「それで許してもらえるんならやってもいいけど。僕のヘッドスピン土下座が火を噴くよ」
「いやー、勇者って魔王とかに連なる強力な魔系統を倒すとスキルなんかにボーナス入るので……無理じゃないですかね」
じゃあチュートリアル妖精がそんな提案をしないでほしい。当初と比べて随分投げやりになってきたなぁ。とはいえ僕も転生して早々……もう何十年も経っているらしいけど早々にリタイアしたくない。勝手もわからず本を適当に弄っていると、ステータスではなく映像でリアルタイムのダンジョン情報が表示される。
「んー、でもなんか勇者……ボロボロじゃない?」
「……え!?本当です!なんで!?」
マップを開き確認したところ、勇者の装備は所々装飾なども剥がれ落ち、そんな状態でも目的があるのか足を引きずりながら剣を杖代わりにダンジョン深部へと歩き続けている。
「チャンスですよチャンス!勇者がダンジョンを破壊すればボーナス入る様に、私達だって勇者を倒せばボーナスがあるんですから!」
「と言ってもどうやって?僕は無理でしょ。うちのスライムもほとんど下で穴掘りの最中みたいだし」
自慢じゃないが僕自身は剣どころか、太めの木の棒ですら振り回せる自信がない。
なんとなく体も感覚的にだけれど重たいような気がするし……筋力とかどうなっているんだろうか。ステータスなんてものがある世界で握力だのと物理学に則って測った数字が役に立つのか疑問だけれど。
「ダンジョンに所属している魔物には本から直接指令を出せるんですよ。いくら知能の低いスライムでも、仮にゴブリンでも、ダンジョンマスターの指令には逆らえず、理解を拒めないのです!それに上位種たるカオススライムなら指令の内容もある程度把握して行動するはずです!」
「へー。じゃあスライムたちも好きに動かせるんだ」
脳も脊髄もなさそうなスライムに知能……?という疑問は置いておき、本を開きそれらしきページを見つける、前世があるからかダンジョンマスターだからか。直感的に操作できるそれらを駆使しスライムたちに命令を一括送信……おそらく成功したので本を閉じる。
「できましたか?」
「できたと思うよ」
「それはよかった。ラッキーでしたね!マスターにはスキルでは見えない幸運がありますよ。あとはスライム達が仕事をするのを待つだけです」
そうしてしばしの間待つと、闇の中にスライムたちが見える。下から見れば高所、上から見れば大穴の中心にぽつんとあるこの寝床へどうやってたどり着いたのかと思ったが、ここに一番近い横穴から、スライム同士がくっついて橋を作ったらしい。器用なものである。命令の効果なのか。元からこれくらいできるほど賢いのかは要検証だ。
「……さすが上位種のカオススライム。応用する知能も下位に属する魔物とは一線を画しますね……でもなんでここへ?なんかやらせたいこととかあったんですか?」
逆に下位の魔物ならどうやって運ぼうとしたんだろうか気になる。投げたのかな。もしくは溶かしてここで吐き出すとか?それもそれで頓智が効いていて逆に賢い気がするし。普通に運ぶの失敗して解散するのが一番知能低そうか?
妖精はというと感心したように腕を組みながら頷いた後に、冷静になったのか訝しげに僕へ視線を送ってくる。
「うん、荷物を運んで貰ってる」
「あー、魔石とか。おそらくスライムがほとんど消化してしまったのでしょうが本来ダンジョンの資産にもできますからね。これからはそういった物も活用していきましょう」
そういうのもあるんだ、知らないことだらけだな。まぁ今回に関しても今までも、普通の人間なら知りえなかったことなのでしょうがなくなぁい?
そうこうしているうちに横穴からせっせと身体を伸ばしてくっついてを繰り返し橋を渡し終えたスライムが、それの上を通ってこちらに近づいてくる。集団で人ほどのサイズがある物……というか人を運んできた。
「……勇者ですか」
「勇者だね」
「……生きてますよね」
「そりゃ生け捕りって要望したからね」
信じられないものを見るような目で僕を見る妖精。へへ、そんな熱視線送られても照れるだけだよ。
「なんで本拠地に勇者ご招待しちゃってるんですかー!」
妖精のドロップキックが炸裂した。