18話幕間① 運営側4人、のどかな日常
ある日のダンジョン居住区。王国から実質追放されている姫、クリスティア。これまた人権を奪われかけた勇者、アレクストは暇を持て余していた亡命者、悪く言えば捕虜待遇であるとすれば当然のことではあるが、あまり不自由のない暮らしをしているとどうしても欲が湧くものだ。その点ここは食事以外の娯楽は少なく、話をする相手もいない。
「勇者様は……鍛錬ですか」
「そうですね。魔物の討伐をするわけにはいきませんが素振り程度ならできます」
「……それって楽しいのですか?」
共同生活をするうえで幾分気を許す間柄になったのか、身も蓋もない姫の発言に、肩をすくめておどけるように言う。
「楽しい楽しくないではなく、必要なことですから」
「それもわかるけれど……暇だわ!」
「姫様、些かはしたないのでそのように長椅子で横になって足を広げず……」
「ここで勇者様以外に誰が注意するのよ。あー、暇よ暇。ここ本もないし勉強もできないし暇だわ。私も剣でも振ろうかしら」
「そのように危険なことをするお立場ではありません。お控えください」
「ぶー」
頬を膨らませて不満をアピールする。王国にいたころであれば考えられない気の抜け方だ。しかしながら退屈だと主が言うのであればそれを解消するのもまた従者の役目なのではないだろうか。勇者という立場から今ひと時解放されて、姫をお守りする立場であるという自認が勇者に強い責任感を与えていた。
「姫様ー、勇者ー、いる?」
「マスター、いない方が問題ですよ。庭くらいは出てるかもしれませんけど」
もう彼女たちが慣れ親しんだ邸宅に突然来訪者の声がする。やや幼さの残る中性的な青年。彼女の国では見たこともない黒髪黒目と言う珍しい色を持った、それだけで目立ちそうな存在とそれの周りを飛び回るこれまた人間族が暮らす土地では珍しい存在の、魔法に慣れ親しみ魔法を操り自然の糧のみで生活をする妖精であった。
なお見た目と反して彼らは、このダンジョンの魔王とそれに付き従う従者である。
「ノックくらいしろ魔王」
「チャイム鳴らすとびっくりするって怒るから開けて声かけたのに……」
「急に甲高い音の鳴る装置が付けられたこっちの身にもなれ」
「だからってスピーカーを剣でぶった切るのやめてね?あれ高いんだから」
なお全住宅に標準搭載されている。それだけで疑似太陽と同じほどのコストがかかっているのだがそれに見合う活躍はしていないため魔王はリードに怒られていた。
正確に言うと大きな音という物に対して勇者はそこまで忌避感を持っていない。ただ蝶よ花よと育てられた……文字通り王国の花であったところのクリスティアが、前回魔王が訪問した際のチャイムに驚いて悲鳴をあげてしまったこと、その元を絶ったのをクリスティアが気にしないように庇っているだけである。
「あら魔王様。ようこそ……と言ってもここも魔王様の土地ですのでいついらしても構わないのですけれど。事前に言っていただければお茶の準備くらいはいたしましたのに」
「うん。というかお茶しようと思ってきたんだよね。いつも通りアドバイザー企画ってことで」
「私は酒でいいが」
「勇者、飲みすぎるからダメ」
「前回はすごかったですからね。マスターが絡み酒されて死の危険を感じてたのは面白かったですけど」
「そうですわね。勇者様はしばらく禁酒です」
「そんな……!」
今までにないほど項垂れる勇者。見事な項垂れぶりで思わずクリスティアが吹き出してしまうほどであった。本人は今まで嗜んだことないほど美味い酒につい飲みすぎた程度の記憶はあるが、あまり飲酒した後の記憶がないための行動である。魔王からすれば試飲程度に提供した酒を瓶ごと要求され、かと思えば『一人で飲ませる気か』とアルハラされ、こいつが酔って肩に回された手が首を締め付けるだけで僕は死ぬんだなという恐怖感の中で、別にアルコールが好みではないらしい今世の舌で、恐怖で味のよくわからない酒を飲まされた苦い思い出である。
「それで、お茶と言いますとまた魔王様の土地の物かしら?抹茶、でしたか?あれは前にいただきましたけれど」
「お茶はなんでもいいんだけど、どちらかというとお菓子かな?なんかお菓子の生産コストが高くなってるからやっぱりこっちでも高いのかなって」
「そうですわね。王国でもやはりお砂糖は高いですよ。王国ではあまり生産してないので商業国家を間に挟みますから」
「私も姫様の茶会に招かれて幾つかいただきましたが、あの口の中が甘さで染められる感覚は……」
「あんまり甘くないのもあるから勇者も食べなよ」
そう言っていつも通りどこからか取り出した本が光を発すると卓上に色とりどりの――魔王が言うにはすべて食せるお菓子であるらしい――物が並べられた。それらは見た目からして生粋の王国人が見ても美しいと感じられる。何でもいいとは言うが湯気の立つ温かいお茶も、心から落ち着くような良い香りを醸していた。
「わーい、マスター私マカロン食べますね」
「リードって微妙に現代かぶれてるよね」
「現代人のマスターをサポートするためのチュートリアル妖精ですからね」
魔王が躊躇なく手で菓子類をつまみ、口に放り込む。リードの体格では少々大きいそれらお菓子は、彼女専用の席に運ばれ両手で抱えるようにしてぱくつく。味覚としては魔王よりも勇者たちに近い彼女からしてもこれは美味しい物であると見て判断したクリスティアとアレクストはおずおずと同じお菓子、マカロンを口に運んだ。
「これはまた、確かにお菓子というだけあって甘いですが……砂糖だけの甘味というわけでないですわね……」
「甘い物を好む貴族あたりがこれを見つけたら魔王を捕獲するためだけの兵団が組まれそうだ」
「この辺もダンジョンの報酬入れてみたいけどね」
「人気が出るとは思いますが、お菓子ですと少々足が早いのではなくって?」
「冷やせば1日2日くらいは持つんじゃないかな。魔力で出した食べ物に賞味期限って概念がどうなってるかわからないけど」
「むむ!チュートリアルの気配!魔力で出した食べ物は基本存在が揺らいでいますが、人が発する魔力に触れた段階で存在が世界に定義されます!要は拾った段階、食べた段階から元になった食べ物と同じ存在として世界に認められるというわけです!なのでマスターが1日2日くらいと思った故に、このお菓子は既に1日2日くらいは冷やせば美味しい物という概念が世界に定義づけられたってことですね!」
魔王が顎に手を当てる。
「勇者、意味わかる?」
「おそらく神の思し召しということだろう?」
「勇者様と姫様はともかくとして、マスターはわかってくださいよ」
「まぁ要は僕のイメージから出してるから僕のイメージと同じようになるってことでしょ。イオンが別のイオンと結合して化合物を作り出すとかじゃなくて、イメージ通りに状態が進行すると」
「そうです!」
「要はと言われても私にはさっぱりですわね」
魔王はファンタジーだなぁとしか思ってないがクリスティアとアレクストは急に始まる随分と壮大な話に驚いていた。
「1日2日となると氷を扱えるような術者は希少なうえに、ここからだとどこも移動がかなりギリギリなことを加味すればかなり高額になりそうだ」
「そうですわね。届けるためだけに転移なんて訳にもいきませんし、もっと希少ですわね」
「ほーん。そこら辺どうなるのかね」
希少になればそれを生産する魔王が当然最大手となる故、需要のあるところから無限に金を搾り取ることができると考えての特産品なのだが希少性が高すぎても低すぎても価格のコントロールが難しいという問題がある。ダンジョンが影響力を得るためには経済的に滅ぼしても、輸出先を富ませすぎても微妙なところだ。
「タルト、ケーキ、パイ、まぁ小麦とバターを使うお菓子は王国でも馴染みあるのかな」
「いえ、このような出来の物は……」
「魔王。いい加減学べ。外とここでは文明に明らかな差がある」
「わかってるけど、それを現地に合わせたり、現地をそれに合わせたりするのが難しいけど面白いところじゃないかなって」
なんてことはない。魔王は自身の、神の駒としての支配地を増やすための行動が武力による侵略だけではないことを、自身がその土地を守護、支配していると住民から思われることでも得られるということを知ったが故に、武力で持って制圧するよりも面白そうな行動をとっているだけなのだ。
それは最初に会った存在が武力の極みと呼べる勇者がいたからだったのか、交渉で自身の存在感を主張する姫を見たからなのかは今はまだわからない。




