12話
魔王様……お名前はわからなかったので魔王様とお呼びするしかない方は光の粒となって姿を消した。高度な転移魔法……とはいえ私にはその全貌を掴むことはできないので推測にしかならない。
何気なく腰掛けた、横長に作られた椅子は王都にある自室のベッドよりも柔らかく、まるで沈み込むようになる。驚いて立ち上がり、再度座り直す私を見て勇者様は訝しげにこちらを見ている。
「勇者様。これ……すごいですわ。椅子かと思ったけれどこれがベッドかしら」
「いえ……魔王の説明では寝室が別にあるようですのでそれは椅子で間違いないかと」
「ダンジョンというのはこの世界の理に近い部分で存在している物だと認識していましたが……こうなると魔王様が特別なだけなのでしょうか」
高所から低所へ移動する魔法に転移魔法、モンスターを操る。これはわかります。魔王として当然の、と言っていいかはわからないが人類でもできる魔法の範疇。
……魔法。詠唱や動作により不思議な力が発生するのはひっくるめて魔法とされている。ただしこれは多少の改変はあれども基本定型化された現象が引き起こされる物である。想像したことができると言えば聞こえはいいけれど、想像したことまでしかできない。そして漠然とした想像では現象として発生しない。
植物を生やす、石を箱の形に作る、糸を動かして布を作るのを手助けするなどはできるかもしれないが、ふわふわな素材の物を柔らかな布に……などと言った漠然とした動作かつよく知らない物を生成することなどできないのが魔法である。
「やはり神聖な力……女神様のお力が関わっているのでしょうか」
人の身体を癒すなどと言った術は魔法よりも神聖な力に分類されることが多い。そして神聖な力、聖魔法と呼ばれる物は他の魔法と違い熱ならば火。液体ならば水と言った系統から外れた物かつ不思議な物であることが多い。と言っても、あの頭でっかちな教会が神聖な力を研究することは神への冒涜であるとして宮廷魔術師たちなどでも研究することができないのも原因であるかもしれないけれど。
「女神ですか。私では力の源泉を感じることはできませんでしたね」
「勇者様でも……とはいえ彼の魔王の女神はエリュシア様。勇者様の力の源泉であるオルディナス様とは神話であまり同様の場面に登場することがない御方ではありますね」
勇者様も扱いとしては創世神話に登場するオルディナス様の御使いである。神聖なる魔法、その源泉が同じような場所から来ている場合は何かしら感じ取れるようですが、魔王様の物に関しては何も引っかかる物がなかったらしい。
「ま、難しいことは今は置いておきましょうか。ふふ、柔らか~い」
柔らかい素材の長椅子で軽く跳ねる。いくら力をかけても柔らかく押し返してくる。
「姫様、些かはしたないかと……」
「今の身分は捕虜ですし。特に私を咎める方もいらっしゃらないのでいいんじゃないかしら。勇者様もお散歩に行っていいのですよ?何もないらしいけれど」
「軍属の者として姫様に護衛がいないのであれば私が護衛を務めます」
あらあら。あんなことがあったのに心はまだ軍属なのね。
◇◆◇
あれから数日が経った。村人たちは当初の目論見通り数人でここを訪れ、僕がダンジョン内を徘徊させているフィードスライムたちを倒して、食料を得て帰っていくのを幾度か繰り返していた。まだ外は日も差している温かい季節だというのに彼らは空腹を抱えてきているようでスライムたちを放流する端から処分しているようだ。今までは浅層で粘っていたが、最近は我慢できなくなったのか少し深くまで潜り始めたのが空腹の表れであるかもしれない。
「ちょっと奥まで来るようになりましたね。そろそろ処します?」
「村人たちが荒らしまわったり奥深くまで侵攻してくるタイプだったらそれもありだったんだけど今のところただお腹が空いているだけの人たちなんだよね」
「良いじゃないですか。空腹ってことはいつもより力が落ちている状態なんですから」
「とりあえず今はダンジョン機能とか、現地人の実験している側面もあるからね。姫様たちはセレブリティだから世界情勢とかに詳しくても常識って面では些か」
勇者に遠征とか魔王倒すとき、食料はどうしてたか聞いたら剣1本で魔物の屯する森に攻め込んで、食えそうな魔物を焼き殺しながら食料にしてたとか言ってたからね。本人は知恵なき魔物に限るが……とか言ってたけどそういうことではないと思うんだ魔王。
とりあえず食料に関しては姫様たちのお世辞抜きで受け入れられる土壌があることはわかった、最悪の場合地表に近い部分で飲食店をやるとったことも可能だ。そして僕として収穫だったのは人間がダンジョン内で魔力を使用するとそれはダンジョン内に拡散し、そのまま吸収できるということだ。食糧とスライムを生み出しているのでプラスマイナス0……マイナスなくらいだけど。こんな微々たる量じゃそりゃ人間を留めようとするダンジョンマスターいないよね。
「それで、マスター的にこの後はどうなると思うんですか。どういう展開がお望みかって意味でもありますけど」
「そりゃ村人たちは食料が得られてハッピー!……とはならないよね。地上を散策させているスライムたちが山、というか丘?まぁ特になんもない洞穴みたいなところで頻繁に反応がロストしてね」
死にかけの時に周辺の音を記録し、死ぬと近場のスライムに情報を伝え危険を知らせるスキルを覚えている通称スカウトスライム……メニューでは以下略称。彼らの物量による作戦で生命が存在する危険な地域とそうでない地域を分けることには概ね成功した。ちなみに村の位置はもう把握しているのでその周辺には近づけないようにしておいた。彼らが警戒しても困るからね。常に周辺の音を聞いていて欲しいがそれをすると高くなってしまうしそれならスライム使わない方が安い。
「おそらく盗賊か山賊っていうのかな。荒っぽい奴らが流れてきたみたいだって噂になってたよ」
「え~、村人たちが村で殺されちゃったら勿体ないですよ。やっぱり処します?」
処さない。とはいえここまでしてご飯を上げた村人たちが横からかっさらわれるのも癪である。
「とりあえず村が襲われるのはたぶん確定。ここら辺ご飯がないから奪うか、もう少し先の商業国家やらまで行って高値で買うかしないといけないんだけど。そんなところに最近ご飯食べれてそうな村を見つけたら襲われるでしょ。村人たちはあんまりわかってないみたいだけど。」
「じゃあどうするんですか。まさか魔物送って守ってあげるんですか?」
ちょっと考えたけどカオススライム君じゃ村人も巻きこんでしまうし、新たに守る用の魔物を出してもコストがかかるし使用感がわからないのだ。ここで慣れるというのも手ではあるが現状スライムの利便性が結構高い。直接戦闘を行っていないからこそ動きの遅さなどは気にならないで済んでいる。
「それするとちょっと色々ロスが大きいから……とりあえず村あるじゃん?」
「はい」
「あの辺の地下全部くり抜いて、ダンジョン化させてある」
「……はい?」
ぽかんと口を開けるリードの顔を久々に見られたのでそれだけで満足した感。
村の地下には今軽く百匹ほどのカオススライムがミニ大穴とでも呼ぶべき場所を形成している。勝手にやっていたのでかなり巨大な大穴を作ってくれたカオススライム君たちも指示を出せば穴掘り名人になれる。ギリギリのところで崩落しないように水道やエレベーターで培った建設技術により固めてダンジョン化させているため、村人が新たに井戸でも掘ろうとしなければバレないはずだ。水も適宜スライムからドロップさせているので井戸の必要もない、と思う。ダンジョン化しているので地面をぶち抜くのも大変だろうし。
そしてそうまでして地盤を強化しているメリットがある。ダンジョン化かつただの通路……つまり実験と同じく強化を解除して少し振動を与えてやれば崩落させられるのだ。
「村人たちはたぶん逃げる。食料があると自分たちだけが知っていて、今のところそこまで危険はない場所かつ人数の少なさをカバーできる一本道に」
「そう上手く行きますかね~。仮にもダンジョンですようち」
そう、ここまで盛大に僕の策(笑)を述べているが……全然自信はない!
軍略家というわけではないのだから普通に賊と穏便に済ます可能性だってあるし、ダンジョンと反対方向へ逃げる可能性だってある。逃げないで村で抗うというのなら仕方がないので地盤クラッシュする。
そうするとどうなるか。村が1つ潰れたとなればここの領主らしいセリウス子爵とやらが調査に来るだろう、来てマジで。実験対象はそちらへ移る、移したい。村人と比べて貴族の関係者というのは少々危険そうな気もするがいざとなったら姫様を矢面に立たせて。
……うーん、王国軍とやらが来る方が危険かな?時間稼いでる間に戦力増強をはかるというのも。うん、攻め込まれても勇者が特別なだけで本来カオススライムでもかなりの時間を稼げるということは調査済みだしいけるだろう!
そもそも瘴気対策をしているやつらの方が稀なのだ、稀な奴らが最初と次の来訪者なのなんなんだ。
「おっ」
村の周辺に潜ませていたスカウトスライムが死んだ。死んだということは音を拾い、等間隔で自宅ダンジョンまで埋めてあるスライムたちを通じて僕のところへ届けてくれる。村人たちとは違う金属の武器防具の音と、意図的に鍛えているであろう足音。獲物は食いついたようである。さて、あとは餌の動き次第。




