1話
「……ここはどこだ?」
目を覚ますと、洞窟のような空間にいた。窓もなく日差しが差し込まない地下のようだが、何故か不思議と明るく視界には困らない。剥き出しの地面に触れてみると少し冷たく、手の中で土を弄ぶ感覚からここが夢ではなく現実であることがわかる。
「と、言っても……」
思考に困るほどの混乱はないが、どうしてこうなったかを探れるほどの記憶もない。記憶喪失なんてものではなく、パーソナリティに関することが一切思い出せないのに、現代に生まれてごく普通に暮らしていたであろう知識はある。
何か手がかりがないか周りを見渡すも、壁にも天井にも床にも、出口らしきものはない。それどころか土を掘って後から埋めたような繋ぎ目すらない。岩肌というべきか、洞窟というべきか。元からここはそういった空洞であったかのように振舞っている。
「どうしたものか」
困ったように呟くと見かねた僕を助けるように、突然光が集まりそれは一冊の本となって出現した。文字通りお手上げと広げた手の上に出現したのだ。導かれるようにその本を開くと、何もなかった洞窟のような空間が原色の絵の具で塗りつぶしたようにどろどろになり視界を曇らせる。数度瞬きをするたびに姿を変えたそこには、1つの玉座とそれで隠すように淡く光る球体が現れた。
「座って読め、ってことかな」
導かれるように玉座につく。するとそれは耳に聞こえたか、はたまた脳内に響いたのかわからないが。ともかくどこからか『ダンジョンマスターを登録しました』という言葉が脳裏に伝わった。
え、ダンジョンマスターって僕ですか?という疑問を解消しようとしてくれているのか、僕が何かせずともひとりでに本がパラパラと捲られ、行動を示唆するような文字が連なる。恐らくこれはチュートリアルだろう。なんだかどこかゲームみたいな世界観だなと思いながら、文字に目を通す。
あらすじ……全スキップ!
目次……後で見る!
序章に……神訓?意味がわからないのでスキップ!僕は仮に他のゲームでもチュートリアルや説明書は読まないタイプなんだ。
こんな謎の技術力があるのに、本なんて旧媒体使ってる時点で遊び心を配置できるほどの余裕があるということ。つまりUIが優れているに決まっている。全てを無視するかのような僕の行動に視界の端でチラチラと『チュートリアルを始めよう!』とか『OPを始めますか?』との文字が主張し始めたが無視だ。どんなに目を逸らしても一定の位置にあるその文字は脳というか視神経に直接投射されてるようでだいぶ怖いけど。
えーと、なるほど、大雑把に把握したけれど、今できることは召喚、拡張、設置だね。だいたいわかった。さっきダンジョンマスターとか言われたしモンスター召喚してダンジョン拡張して罠とか置くタイプのやつじゃないかな。
召喚ボタンを押すと視界の端のチュートリアル始めよう君が点滅し始めた。本のページをめくり目次を見る。ああ、本なのによく見ると検索ボックスがある。やっぱり普通の紙じゃないな。しかも脳内タイピングできる。未来すぎない?
えーっと、チュートリアル 表示 消す方法……検索0件。視界の端 文字 消す……0件。よし、じゃあもう召喚しよう。
チュート始め君の点滅が早くなり始めるがまだ大丈夫だろう。本をめくり召喚のページを開くも1ページ以外、接着剤でくっつけた様に開くことができない。こいつ以外召喚できないってことか。そのモンスターの名前は……スライム。ゲームによって最弱か中堅くらいの扱いに幅があるスライムだけど、この本的には最弱であるらしい。というより強さ云々ではなく施設ギミックのような扱いだ。
魔力を吸い、一定まで吸うと2つに分けて分裂する。寿命が来るまでそれを繰り返し、寿命が近づくと魔力が少ない場所へ移動し、そこで溶けるように死ぬ。死んだ際に残っていた魔力が弾け、そうやってダンジョン全体に魔力を散らす役目を持つらしい。また縦移動は苦手だが落下耐性はあるらしい。
なるほど、設計した人の意図を組めば、これを使ってある程度動きをコントロールしろということか。まずは物の試しだ。本に触れ、スライムを召喚してみる。本と同じように、だが少しの光が集まり形を成すと、ぽとりと目の前にどこからか落ちてきたこれ、ぷよぷよとした流線形のフォルムではなく、少しどろどろとした粘菌のようなタイプ。スライムが現れた。
この本に書かれている通り知性などは感じさせず、召喚したそばから非常にゆったりとした動きで這いずり回り始め、視覚的には違いがよくわからない少し離れたところで止まったかと思うと地面の上で身震いし、また移動し始めた。
……これで一応魔力を回収しているらしい。僕には何をしているのかまったくわからないけれど。
とりあえずスライムに向かって手を突っ込んで見る。攻撃性能も控えめらしいしこれだけで死にはしな……あっつぅ!スライムへ入れた手を見てみると少し赤くなっていた。火傷するほどではないけれど、長時間奥まで入れ続けていたらどうなるかはわからない。外皮らしき外側、ほぼ膜のような部分を触るとネチョネチョとしていて、熱くもない。
それどころか手の上で転がして空気に触れさせていると固まり、ぷよぷよとした冷たい、それこそおもちゃのスライムのようになった。
取り込んだものを溶かしている?というと魔力は地面から吸っているのか。
手でそこら辺の土をすくい上げ、動きの遅いスライムに向かって落とす。驚いたように動きを止めるも取り込んだ土を分解し始めた。不透明度が低いが外側から溶かす様子がじんわり観察できる。……遅いなぁ。体感で5分ほど待ったがスライムは未だに動かず体の中に吸収した土を溶かしている。うん、手を突っ込んだときは別に攻撃力低くないだろって思ったけど、これは低いな。火傷させるにも熱湯のほうがまだ攻撃力高そう。しいて言うなら熱湯と違って水を温めるエネルギーが必要ないことくらいだ。
好きな人は好きかもしれないけれどあまりこういう動きの少ない物を育成するのは得意でない。植物とかもすぐ枯らしていた気がする。
かといって召喚できるモンスターも今はこれしかいないし……とりあえず追加で20体くらい増やしておこうか。魔法陣が開きぼとぼととスライムが落ちてくる。この部屋もまぁそんな狭くないし20体くらいなら問題ないだろう。できれば壁とか地面の土を溶かして広げてほしいところだけどそれほどの知性はなさそうだ。それをするならこの拡張のページだろう。そうですよねチュート始め君。
……うん、肯定するように点滅してるし問題ないだろう。肯定するように点滅って意味不明だけど通常色で点滅してるから平気だろ。そもそも意思があるのかすら定かではないけど。
拡張は、まぁ予想通りというか文字通りというべきか。ダンジョン自体を拡張することができるらしい。正確には入り口を作る『開放』、ダンジョンを掘り進める『拡張』がある。ただしこれも召喚と同様、くっついたように開けないページがあるので、おそらくまだ使えない機能があるのだろう。設置できるものは2つ、召喚陣にベッド?まぁ助かるけどなんでベッドが最初なんだろうか。
召喚陣。いま自分が召喚できるモンスターを1日1回、ランダムに召喚する。モンスターの強さによって召喚できる数が変わる。進化モンスターは召喚できない。
ベッド。ベッドの上で横になると日数を指定してその期間眠ることができる。勇者が侵入する、または設定した内容が発生した際には期間内でも起床する。
なるほど、序盤はやることがないから寝て過ごすこともできると。
召喚陣とベッドを設置する。2つ置くと体の中から温かさというか、力の抜ける感覚が起こる。まぁ、死にはしないし大丈夫だろう。ベッドの上に寝そべると今度は空中に投影された電子データのようなものが現れる。睡眠する日数、睡眠を中断する内容が決められる。どちらかというと機械的な意味の睡眠なのかもしれない。睡眠する日数のボタンを連打すると日付がどんどん増える。999か月までは設定できるようだ。押してみたい気持ちはあるものの、僕の中の何かがダンジョンを広げろと囁くのでここはさすがに……
……手が滑って決定ボタンを押してしまった。
これを見てる管理者の方がいましたら、次回からは決定の後にも確認画面を追加して下さ……と思考を巡らせている間に、抗いようのない睡魔に襲われて首を倒すことになった。最後にちらりと見えたのは、一匹のスライムが中心から色を変えていく姿だった、気がする。