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7.潜入(1)

ようやく潜入しはじめました。

「あそこがクレスト商会の保有している建物で、一階がウェディング専門のドレスとジュエリーの店だ。上客と思われれば、パーティに招待されるから、なるべくいい客と思われるように振る舞え」


リイナは、カイルと一緒に馬車に乗っていた。カイルから改めて説明を受けているが、ここ一週間ほどイーライから任務の説明を受けていたので、これから行く場所のことについては大体把握していた。

リイナは白い長手袋をはめ、何も入らなさそうな小さいバッグと、日傘を持っている。長い銀髪は丁寧に編み込まれ、繊細な銀細工の髪留めをつけていた。淡いグリーンのドレスは上等なシルクでできていて、リイナに似合っていた。


「それにしても、こういう衣装を着ていると、深窓のご令嬢のようだな」


カイルがまじまじとリイナを見る。


「ま、俺の趣味じゃないけど」


目をそらしてカイルが言った。こいつはいつも一言多い、とリイナは憤慨して思った。


「どうやって育ったらそんな失礼な人間になるんですかね?」


売り言葉に買い言葉でリイナもカイルに食ってかかった。


「すいません、リイナさん。照れ隠しなので許してあげてください」


イーライが間に入った。イーライは騎士団でカイルの補佐をしているため、いつもこうやってカイルをフォローしており、なかなか苦労しているようである。イーライは侍従のような恰好をしており、隣にフィオラがメイドの恰好をして座っている。フィオラが珍しく大人しくしているなと思って見ると、任務前というのに馬車の中でよだれを垂らして寝ていた。フィオラは大物だ、とリイナは呆れつつも感心した。


「いいですか。任務の最終確認をしますね」


イーライはフィオラを起こしながら説明を始めた。

リイナとカイルは婚約しており、クレスト商会のウェディング専門店にてドレスとジュエリーを買いに来た客、という設定だ。オーレンがあらかじめ用意した偽造の身分証明書に書かれているのは、国内でも有数の名門の家柄の名前である。加えてお得意様からの紹介状も用意している。イーライとフィオラは二人の侍従という設定で、二人のフォローと周囲の調査を行う。

カイルとリイナは上客であることを認めさせ、限定のパーティーへ招待されることが一番の目的である。パーティでは上級顧客向けに人身売買に関する情報がやり取りされている可能性があり、またクレスト商会の重役が出席するため接触を図ることができる。


説明が終わったころ、目的地の店に到着したようで馬車がゆっくりと止まった。

馭者が恭しく馬車の扉を開くと、カイルが先に降り、リイナに手を貸す。


(うげー)


リイナは内心嫌々ながらカイルの手を借りて馬車を降りる。

カイルもいつもであれば憎まれ口でも叩きそうなところであるが、顔に張り付いた笑みを浮かべている。


店員が豪華な馬車を認めると急いでリイナとカイルの元に近づいてきた。


「いらっしゃいませ。ご案内いたします」


スーツを着た男性の店員が、カイルとリイナに向かって丁寧な挨拶をし、店内へ招きいれた。店員の態度を見る限り、今のところ丁重に扱われていそうだ。高い店はこういうものなのかもしれないが。


カイルが店員に封筒を渡すと、店員の笑みがより深いものに変わったように見えた。


「よろしければ奥にお部屋がございますので、お入りください」


(お得意様の招待状の効果かな?)


店の奥に案内されると、応接間のような部屋があり、高そうな調度品と、応接用のテーブルとソファがあった。そこに座るように案内される。


リイナは座るときによっこらしょ、と言いそうになると、店員に見えない位置でカイルに肘打ちを食らった。


「けほっ」


思わずせき込むと、カイルがすぐ心配そうな表情でリイナの顔を覗き込む。


「リイナ、大丈夫かい?彼女は少し体が弱くて」


カイルの言葉を聞くと店員がすぐに気を遣って言った。


「それはそれは。すぐにお水を持ってまいります。ほかに必要なものはございますか?」


水だけほしい旨をカイルが店員に伝えると、お待ちください、と言って店員が部屋を出ていく。


『お前バカか』

『う、うるさい』


小声でカイルに小ばかにされるとリイナはそっぽを向いた。しかし、我ながら令嬢の恰好をしていながらよっこらしょとは、間抜けである。


リイナはふとカイルとまだ手を繋いでいることに気づき、手を放そうとした。

しかし手を引こうとすると、逆により強く手を握りこまれ、離すことができない。


『手を放してよ』

『俺たち婚約してるんだろ?親密なフリをしないといけねーから』

『設定だけね。こんなに近づかなくても別に怪しまれないから』


『それにしても、手小さいな』


急にカイルがリイナの手を確かめるように手をなぞりながら言った。

リイナの背筋に謎の悪寒が走る。


『ちょっと、セクハラで訴える』


リイナが抗議しようとしたタイミングで、部屋がノックされた。

さっきとは別の女性の店員が入室してきた。リイナはタイミングを逃し、結局手を放すことができていない。女性の店員はリイナに水の入ったグラスを置き、膝をついてやわらかい口調で言った。


「お水をお持ちしました。体調は大丈夫そうでしょうか?」


大丈夫です、と言ってありがたくお水をもらう。よくわからない緊張感で喉が渇いていたので大変助かった。


別の店員が、繊細な模様のついたティーカップに紅茶を淹れ始めると、女性の店員がやわらかい笑顔でリイナとカイルに挨拶をして、用件を聞いた。

カイルが、婚約をしたのでドレスとジュエリーを選びに来たと伝えると、女性の店員が花が咲いたような笑顔で祝福の言葉を述べる。大した接客である、とリイナは感心した。このような高級店は接客も一流である。


「まず、婚約のお披露目用としてドレスをいくつか仕立てたい。それに合うジュエリーや小物も見繕ってほしい。」


「かしこまりました」


どのようなドレスがいいかを店員とカイルが細かく話し合っている。リイナはしゃべるとボロが出そうなので、なるべく黙っておく。見た目だけは深窓の令嬢なので、大人しくしていても違和感はないだろう。


「新郎様の瞳の色に合わせてドレスや装飾品を選ばれるのはとても素敵ですよ。今お召しになっているドレスも、新郎様の瞳の色に合わせられたんですか?お似合いですね」


ニコニコと女性の店員がリイナとカイルを見ながら言う。

リイナが今着ているグリーンのドレスは、用意されたものをそのまま着たものであるが、そういえばカイルの瞳の色と同じ色をしている。

リイナは内心ドレスを早く脱ぎたくなってきた。


(潜入調査、思っていたよりも色んな意味できつい・・・!)


リイナは水を頻繁に飲んで気分を紛らわせる。ちょうど体調が悪そうに見えるので都合がよかったかもしれない。


「ではグリーンのドレスと、ほかの色も数着。デザインは今見せていただいたもので」


リイナが黙っているうちにどんどん決まっていく。リイナはドレスに詳しくないので口を出さないで済んだのはよかったと思ったが、グリーンのドレスは正直着たくなくなっていた。


「では新婦様、次は採寸となりますが、お加減は大丈夫ですか?」


「はい・・・」


令嬢らしく小さな声で返事をする。


「ではこちらのカーテンの中で採寸させていただきますね」


部屋の中にカーテンレールがあり、部屋の中で試着や採寸ができるスペースになっているようだ。こうやって広い個室で店員につきっきりで接待してもらうのは、VIP待遇なのかもしれない。


女性の店員は試着スペースにリイナを誘導すると、カーテンを引いた。リイナは着ているドレスを脱ぎ始める。着替え中にカイルがカーテン一枚だけ隔てて外にいると思うと落ち着かない。

採寸が始まり、試着用のドレスをいくつか着させられた。

お針子の女性がが何人か着て、デザインを決めていく。リイナは着せ替え人形のようになされるがままだった。


どれくらい時間が経ったかわからない頃、やっとリイナは解放された。

カイルのいるソファに座りこむと、カイルがすでにいくつか買い物をしたようで、ブランドロゴのついた箱が積み重なっていた。


「一週間後にドレスをお届けに上がります。今後ともご贔屓によろしくお願いいたします」


店員が深く頭を下げる。


「じゃ、リイナ。行こうか」


どうやらカイルはすでに会計を済ませたらしく、もう帰ってよいとのことだった。

カイルに手を取られ、店員に見送られる中、馬車に乗り込む。


「そういえばパーティの招待は?」


リイナが本来の目的を思い出してカイルに尋ねると、カイルが得意げに何かを取り出す。そこにはクレスト商会の紋章の入った招待状があった。


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