3.再会
カイルの性格が悪くなりすぎたので笑、少し変更しました。
「お前もこうやって大怪我することもあるんだなあ、ちょっと安心したぜ」
ガハハハと笑われながらカイルの背中をドンと叩いたのは、王都騎士団団長のジェイクである。
ジェイクは金色の髪を短く刈り上げ筋骨隆々の身体をしている。
カイルはジェイクに力強く叩かれた衝撃でせき込んだ。
「ゲホッゲホッ」
「だ、団長、カイルさん結構重症だったんですから、やめてくれますか」
身を乗り出してジェイクをかばうのは、カイルの補佐、王都騎士団の六番隊副隊長を務めるイーライである。
「そうだよな・・・、俺はイーライにも庇われる情けない病人に成り下がった」
カイルは普段と別人のように覇気のない淀んだ瞳でイーライを見て言った。
「イーライにも、ってなんですか。僕のこと下に見すぎじゃないですか」
「憎まれ口を叩けるようになるなんて、少しは元気になったじゃないか!」
ジェイクが嬉しそうにしてまた背中を叩き、カイルが恨めしそうにジェイクを見上げる。
カイルはライトブラウンの髪の毛に、緑の目を持った青年だ。
若干十九歳でありながら、騎士団の中でもその指折りの実力が認められ、王都騎士団の六番隊隊長を務めている。
昨日、王都騎士団の六番隊が定期巡回、いわゆるパトロールをしているところ、事件が発生し現場に駆け付けたのだが、非常に珍しいことに隊長のカイルが一番の重傷を負ってしまったようであり、そのことについて本人は大変気落ちしている。身体だけでなく精神にも多大なダメージ受けているのである。
しかし、雷に打たれた翌日にもかかわらず、身体の状態も安定し、意識も大分はっきりしているカイルの生命力は、客観的に見ると常人離れしている。
「カイルさん、お見舞いの方がまたいらっしゃいましたけど、通して大丈夫ですか?」
医療士が声をかける。
「はあ。」
訪問者が誰だか分からないまま、カイルはとりあえず頷いた。
「失礼します。」
ドアの隙間から若い女性の小さい声が聞こえた。
声のしたほうを見ると、国立魔術隊のローブを着た、シルバーブロンドの女性がそろそろと入ってくる。
「あ、お邪魔でしたでしょうか、また改めてうかがいます。」
彼女は病室の中に、先客であるジェイクとイーライがいることを認めると、申し訳なさそうに引き返そうとした。
「おおお、お嬢さん、いいんだよ遠慮せずにこっちに来てくれたまえ」
団長のジェイクが慌てたように大声を出す。声がデカすぎて病室が揺れたようだ。
「どうぞどうぞ、我々のことは気にせず。お入りください。」
イーライが光のような速さで席を立ち椅子を女性のほうに指し示した。
「なんだお前ら」
カイルが胡乱な目で二人を見る。
『カイルにあんな可憐な方がお見舞いに来るなんてなあ、男所帯で女性に興味がなさそうな感じだと思っていたが、あいつもなかなかやるじゃないか』
『そうなんですよ、カイルさんはあの顔なので結構モテるんですけど、まだ子供っぽいところがあって女っ気がなかったんですが、やりますねえ~』
ジェイクとイーライが急に活気づいてコソコソと話し始めるが、カイルに睨まれて静かになった。
「昨日カイルさんに助けていただきました。リイナと申します。」
シルバーの長い髪の毛の女性は、カイルとジェイク、イーライを交互に見つつ言った。
「あ、ああ~昨日のお嬢さんか。」
「それはそれは、よくいらっしゃいました。私たちもちょうどカイルさんのお見舞いに来てましてね。私たちはカイルさんの騎士団の仲間の者です。」
どうやら訪ねてきた女性がカイルと恋仲というわけではなさそうと分かると、ジェイクとイーライは少し落ち着きを取り戻した。
『やっぱり団長、カイルさんはまだそういうこと興味ないお子様ですから』
『そ、そうだよな。ちょっと早とちりしたわ。』
「カイルさん、昨日は本当に大変なところを助けていただき、本当にありがとうございました。私のせいで怪我をさせてしまったようでなんとお詫びすればいいのか・・・」
申し訳なさそうにリイナは見舞いの品である果物のバスケットを差し出しながら言った。
「いやいや、いいんですよ!こいつはたまには怪我くらいしないと、人の弱さを理解できないと思うんでね!果物ありがとう」
ジェイクが果物の籠を受け取りながら朗らかに言う。
「なんでジェイク団長が代わりに返事するんすか」
ジェイクから果物をひったくるようにして取り戻しながら、ここで初めてカイルが口を開いた。お喋りな見舞客のせいで口をはさむ隙が無かったようだ。
やっとジェイクとイーライが口を閉じたタイミングでカイルはリイナに話しかける。
「あなたも昨日雷に打たれましたよね、身体は問題ないんすか」
「はい!昨日少し休みまして、今は問題ないです、ピンピンしてます」
リイナの言葉を聞くと、カイルは大きく衝撃を受けた顔をした。
「見た目とは違って中身はゴリラとか・・・?」
「カイルさん失礼なこと聞こえてます」
イーライが慌ててカイルの言葉を遮る。
リイナは幸いにもカイルの言葉が聞こえなかったのか、言葉をつづけた。
「実は幼い頃から雷魔法を使ってきたせいで、少しばかり雷耐性がついているんですよね」
カイルはあまり理解できていない様子で首をかしげた。ジェイクとイーライも不思議そうな顔をしているため、魔術師以外にはあまり伝わらない内容なのかもしれない。
「それにしてもリイナさんのおかげで、昨日の事件の被害が最小限で済みました。我々が到着するまでの間によく対応してくださった」
ジェイクがようやく騎士団団長らしいことを言う。
「リイナさんは自分が犠牲になることを厭わず本当に素晴らしいです。自己犠牲の精神はそう簡単に持てるものではないです。我々も見習わねば。」
昨日のリイナは自己犠牲といった崇高な精神で雷を放ったわけではなく、やけくそで魔法を使っただけなので言われた言葉が自分とかけ離れていると思ったが、しかしあえて否定はしないでおく。解かない方が良い誤解というものも世の中にはあるのだ。
「ではそろそろ我々は仕事があるので失礼します、イーライ君いこうか。」
ジェイクとイーライが思わせぶりに目配せをし合いながら、忙しなく立ち上がってドアの方に向かう。
「あ、では私も」
リイナも続いて立ち上がろうとする。
「リイナさんはせっかく来てくださったんだから、もう少しゆっくりして下さい」
リイナはジェイクに無理やり押しとどめられ、椅子に座らされた。
「ではごゆっくりどうぞ」
カイルにだけニヤニヤした顔を見せながらジェイクとイーライがドアを閉める。
リイナはカイルと二人きりで部屋に取り残されることになり、少し気まずく感じる。よくしゃべる騎士団の二人がいなくなったことで急に部屋が静かに感じた。
何とか理由をつけて切り上げて帰りたいと思ったときにカイルが口を開いた。
「あなたは昨日、俺が助けに入った後、魔物に雷の魔法を放ちましたよね。」
「はい」
「あの魔法、俺も巻き添えになったけど、止めようと思えば止められたんじゃないすか?」
痛いところを突かれた。タイミング的には雷の魔法を止めようと思えば止められたのだが、まさか助けが来るとは思わず、魔法を放ったこと自体を失念していたのだ。魔術師として初歩的なミスであった。カイルにしてみれば必要のない魔法で重症を負ったことになる。
「すいません。私が未熟者であるばかりに、魔法を止めることができませんでした」
いらない怪我をさせてとても申し訳ないので、努力したが止められなかった風に言ってみる。
「あの時、『あ、まず』って慌ててたよね。たぶん、魔法を止めるのを忘れてたんだろ」
鋭い指摘が入った。聞かれていたのか。
「本当にすいません」
素直に、誠心誠意謝ってみる。
「別に謝ってほしいわけではないんだけど」
カイルはいじけた顔をしてリイナから視線を外した。
「俺は身体が頑丈なのが取り柄だったのに、君みたいな女の子の方が軽傷でピンピンしてて自信無くなるし・・・」
なにやらもごもご言っている。聞こえないふりをした方がいいのだろうか。
しかし、リイナは確かに多少身体が頑丈ではあるが、今回、軽傷で済んだのは雷への耐性がついているからなのだ。
「私は魔術師ですから、雷には少し耐性がついているんです、カイルさんの身体はすごくしっかりされてますよ。元気出してください!」
良く分からないが、フォローを入れてみる。
「魔術師ってそんなもんなのか?」
「人によりますけど、自分の魔法には慣れている魔術師は珍しくないです」
加えて言う。
「カイルさんに助けていただいて、すごく感謝してます。」
ふうん、とつぶやくと少し気を良くしたのか、顔を上げ、リイナが見舞いの品として持ってきた果物籠の中から葡萄をつまみ始めた。
「まあ、いいか。ちなみに俺、林檎が一番好きなんだよね」
もぐもぐ口を動かしながら言う。リイナが持ってきた果物の籠には、葡萄や梨、オレンジといった果物が入っており、林檎は入っていなかった。
恩人ではあるが、人の手土産にケチをつけるとは。こういう時はスルーするに限る。
「そうなんですか」
「生より、加熱したものが特に好きだな。アップルパイとか」
(この男、次回の手土産を要求している・・・?)
遠回しなカツアゲではないか。リイナとしては助けられた恩があるので断りにくい。このまま要求を聞くとさらに高い要求が来て、きっとカモにされるのだ。人の弱みに付け込んだビジネスである。
助けてもらった恩はあるが、ここは空気が読めないふりをして退散しよう。
「あ、そろそろ仕事の時間なので、失礼します!本当にありがとうございました。お元気で!」
リイナは慌ただしく病室を後にした。