1.想定外
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ついにこの時がやってきたのだ。リイナは胸に手を当て自分の名前が呼ばれるのを待つ。
秋晴れの青空が広がるこの日、国立魔術隊の入隊式が行われている。
リイナ・セレスティアルはこの秋にヴェルデリア国立女子魔術学校を卒業したばかりの18歳だ。
新入隊員は見た限り50人ほどだろうか。同年代らしき若者たちが大広間に整列させられ、配属先の本部が一人一人発表されるのを待っている。
「フィオラ・クレセント、魔法情報部、第五班」
隣のオレンジ色の髪の女の子が呼ばれたようだ。元気に返事をして隊長のほうへ駆けていく。
入隊にあたって新入隊員はみな自分の希望を出しているが希望通りになるとは限らない。
先ほどまで隣にいた女の子、フィオラというらしいが、彼女はどうやら嬉しそうに魔法情報部のバッジを受け取っている。彼女の希望通りの所属先だったのかもしれない。良かったね、と思いながら拍手をする。
(でも私は魔法情報部は嫌だな)
リイナは花形の魔法警務部への入隊を希望していた。
部によって業務内容は大きく異なる。リイナが希望する魔法警務部は、魔物や犯罪者から国を守ることが主な業務であり、街の人々のヒーローともいえる。リイナは幼いころから街を守るお巡りさんに憧れていたのだ。
一方フィオラの配属先となった魔法情報部は、地味な裏方のイメージでどんな業務内容なのかもいまいち想像がつかない。街の人々の認知度も低く、花形とは程遠い。強いて良く言うなら、堅実・地に足がついているという感じだろうか?
「リイナ・セレスティアル」
ついに名前が呼ばれた。ここで今後の運命が決まるのだ。
魔法警務部に絶対入りたいという気持ちで第三希望まですべて魔法警務部と記載をした。祈る気持ちで隊長の言葉を待つ。
しかし放たれた言葉は無情にも、リイナの希望を大きく裏切るものだった。
「リイナ・セレスティアル、魔法情報部、第五班」
(終わった・・・)
呆然としながらリイナは返事をして、その後どうしたのか記憶に残らなかった。
***
手元には魔法情報部のバッジがきらりと光っている。
「リイナちゃん、よろしくね!」
明るい茶色のきらきらした目が視界に入ってきた。
「私フィオラ。第五班の新入隊員は私とリイナちゃんだけみたいだね~」
リイナはハっとして周りを見る。小ぢんまりとした部屋にいつのまにか移動していた。
新入隊員はそれぞれ配属先の班の部屋に移動し、今後の仕事について説明があるようだ。
部屋にはリイナとフィオラ二人だけしかおらず、誰かが来るのを待っている。
「フィオラちゃん、よろしく」
ほとんど記憶にないが、リイナはどうやら魔法情報部の第五班というところに配属されたらしい。
もうどうにでもなれという、半ばやけくそな気持ちである。
「リイナちゃん、バッチつけてあげるね!」
手に握っていた魔法情報部のバッジをフィオラに強奪され、制服の胸、国立魔術隊のバッチと並べて付けられる。フィオラはおとなしそうに見えたが有無を言わせず物事を進めるタイプのようだ。
フィオラの髪はオレンジ色のボブヘアで、ちょうど今の紅葉の季節を現したような髪色だな、とリイナは思った。
***
しばらくすると、部屋の扉が開き、丸い眼鏡の男性が部屋に入ってきた。30代半ばだろうか。困ったように目じりが下がった男性が入ってきた。
「リイナさんとフィオラさんですね。初めまして、私は魔法情報部、第五班長のオーレンです。」
オーレンは髪の毛がボサボサして、少し顔色が悪そうだ。
「実は第五班はつい先月設立されたばかりで、まだ我々もゴタゴタしているんですよね」
いかにも忙しいところを抜け出してきたかのような感じで、疲れが顔に出ている。
リイナは内心かなり不安になった。この班は大丈夫なのか。
「フィオラです。お忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます。すぐに力になれるように頑張ります!」
フィオラが一生懸命オーレンに挨拶している。なんとやる気に満ち溢れていることか。
リイナはというと希望する魔法警務部に配属されず、やけくそな気持ちでありフィオラのような元気でやる気いっぱいの挨拶はできそうもない。
「リイナです。初めまして。頑張ります」
これがリイナにとってのいまの精一杯である。
***
リイナとフィオラは、入隊初日にもかかわらずぶらぶらと街を散策していた。
「気持ちいい天気だね~」
フィオラは能天気な性格なのか、厄介払いさせられたとしか思えないこの状況でも楽しそうにしている。
「入隊初日にお散歩しているのなんて私たちくらいじゃないの?」
「そうかもねえ。でも初日はこれくらいゆっくりして徐々に慣れていってっていう配慮かも!」
「ポジティブでいいね。フィオラは魔法情報部が第一希望だったの?」
リイナはフィオラが入隊式の時に嬉しそうに魔法情報部のバッジを受け取っていたことを思い出した。
「ううん、別にどこでもよかったんだけど、魔法警務部以外ならどこでもよかったかな~って。魔法警務部は危ない任務も一番多いしちょっと怖かったから」
「私は魔法警務部に行きたかったんだけど、なんでか魔法情報部になっちゃって」
「ええ、すごい!魔法警務部に入りたい女の子なんて中々いないよ。ガッツがあるんだねえ」
ふんふんとフィオラは感心しながら、屋台で売られている鳥の串焼きを物欲しそうに眺めている。
(なんでこんなことになったのか・・・)
今朝入隊に胸を躍らせていた時から考えるとあまりの落差に心が重く泣きたい気持ちだ。
先ほど魔法情報部、第五班長のオーレンから大した説明もなく外にほっぽり出されたのだが、一応任務としては「街の調査をしてきてください」とのことで、片手に収まる程度の大きさの謎の石板を持たされお散歩させられている。
おそらく班が忙しすぎて新入隊員に構っている暇がなく、適当な理由をつけて外回りでもさせたかったのだろう。
(この石板は何だろう?)
配属先のショックでぼんやりとしていたリイナも、やっと脳が少し働き始めたようだ。
「この石板なんだろねー?魔法でピカピカ光っているけど」
リイナが石板をじっと眺めていると、フィオナも石板に興味を示し始め、リイナが持っている石板をのぞき込む。
石板は魔法がかかっており、赤色、青色の点がいくつか光っている。
オーレンから手渡されたときは光っていなかったが、街を歩いているうちに光がついたようだ。
二人で立ち止まって考えていると、ドンっと背中から大きな衝撃を受けた。
「きゃああああ」
急に後ろから大きな悲鳴とともに爆発音が断続的に聞こえてくる。先ほどの大きな衝撃は爆発の第一波だったようだ。振り返るとたくさんの人が逃げるように走ってきた。
上空を見ると雲の切れ間からおどろおどろしい鉛色の帳のようなものが下りてきて、それらをよく見ると、百ほどいるだろうか、蛇の形をした魔物であった。
「リ、リイナちゃん、逃げないと」
リイナが空を凝視しているとフィオナが泣きそうな顔でリイナをせっついている。
「フィオナちゃん、先に逃げてて」
「ちょ、ちょっと!」
リイナはフィオナの手を振りほどくと、人波を逆走する。
なぜこの平穏な街並みに魔物が沸いたのか。ここ数年は街の治安は安定していて、めったに街中に魔物が沸くことはない。突如として恐怖の渦と化した街の中で、しかしリイナは決意に満ちた顔をしていた。
(ここで街の人を守る!)
前線まで近づくと想像以上の数の蛇の魔物がいた。サーペントと呼ばれるその魔物は頭が複数あり体長が成人男性の二倍ほどだろうか。
リイナは懐からロッドを取り出し振りかざした。
サーペントの頭上に稲妻が落ちる。複数の蛇の断末魔が聞こえた。
(よし、このまま片付けよう)
リイナは逃げ惑う人々の盾にになりつつ雷の魔法を繰り広げる。
雷を5発ほど打ったところでサーペントがリイナを囲むように集まってきているのを感じた。
一度に打てる雷には限界があるため一斉に襲われるとかなりまずいことになる。
(いったん身を隠せるところに退却しないと)
隠れられるところがないか周囲を見渡すと、か細い鳴き声が聞こえた。
「うぇええええん」
声のしたほうを見ると、小さい女の子がうずくまって泣いている。
女の子の声にサーペントも気づいたようだ。
「こっちを狙いなさいー!!」
無我夢中でリイナは女の子に近づくサーペントに腕を振るうと、大きな雷がそのサーペントを焼き尽くした。
(やべ)
女の子を守るのに夢中だったが自分の周りにいる蛇たちを忘れていた。
リイナが女の子の近くの蛇に雷を落としている間に、リイナの周りの蛇がもう逃げられない近さまで迫っていた。
(蛇のほうが私よりも全然戦略的だなあ)
現実逃避で感心してしまった。しかし絶体絶命の状況である。
サーペントが今にもリイナの喉元に食らいつこうとしたとき、リイナも最後の力で腕を振りかざした。
(死なばもろともだあああ)
覚悟したその一瞬、首元に来ると思った衝撃は待てど来ず。
一拍おいて顔を上げると、リイナの目の前に人影があった。
「ちょっと、お前大丈夫か」
大剣から蛇の頭が零れ落ち、その男はリイナの顔をのぞき込む。
「あ、まずい」
リイナが焦った時にはもう手遅れだった。
リイナと目の前の男に、容赦なく今日一番の大きな雷が降り注いだ。