第34話 夕暮れの公園、沈む副会長
町中を自転車で文字通り駆け巡る。
さっき副会長が向かった方向、そして男どもがたくさん集まりそうな場所をくまなく探した。しかし、当てずっぽうで探してもやはり彼女を見つけることはできなかった。
見つからないまま、刻々と時間は過ぎていく。
途方に暮れ、夕暮れの道を自転車でゆっくりとこいでいたときだった。
ふと、昔、友人たちとよく遊んでいた、家近くの公園に行きたくなった。
「ちょっと行ってみるか」
ここは、ぼくが何か悩んだり、どうしようもなくなったりした時に、よく一人で来て考え事をした場所だ。来るだけで、考え事がきれいさっぱりとまでいかないけど、少しは心がスッキリした気がする。
まあ、最近は……極たまにしか来ないけど。
この公園は、キッズたちが安全に遊べるように整備された、とにかくでかい公園だ。
外周がなんと4キロメートルほどあり、遊具もたくさんあってママたちは大助かりなすごいスポットなのだ。その分キッズたちの声が騒がしい。
でも、そんな人気スポットでも、子供たちが集まらない、何年も改修されていない古びたブランコだけが、寂しく2つ並んでいる所がある。
この場所はなかなか人が来ないのでぼくとしては穴場。
しかし、今日に限ってそこには先着がいたようだ。
『キーコー、キーコー』
夕日を背に、ブランコがゆっくりと揺れている。
座っているのは、黒のキャスケットを、顔を隠すように深くかぶり、カジュアルな青年っぽい印象を与える服を着こなした人物。スラリとした体型で、女性か男性か、パッと見では判別できない。
その雰囲気からは、言いようのない寂しさ、沈痛さが漂っていた。
『キーコー、キーコー』
大丈夫だろうか、この人。いや、大丈夫ではないだろう。
あんなに寂しそうなオーラを放っているんだから。
きっと、つゆちゃんなら、こういう人を見たら迷わず話しかけて、悩みの一つや二つ、天使の笑顔で解決してあげるだろう。純粋な優しさで。
ぼくも、何か彼に今すぐにでも話しかけて、少しでも元気を分け与えたい。純粋な気持ちで、そう思う……いや、思いたい。
――いやでも、ぼくみたいな人間が話しかけて、一体何になるっていうんだ?
そんな言い訳が、瞬時に頭の中を支配する。本当は、「不審者だ」と思われたくないとか、「なんか変な奴に話しかけられたな」とか思われたくないから、勇気が出ないだけだ。
純粋な気持ちなんて、そこにはないと思う。たぶん、きっと、間違いなく。
というわけで、ぼくはお金が絡まない限り勇気が出ない、人見知りをするタイプなのでここは先着の人をそっとしておいて、静かに立ち去ろう。
あーあ、副会長のやつどこに行ったんだか……
ガックシと、肩を落とし、残念がっていた――その時だった。
ブランコに座っていた人物が、ゆっくりと顔を上げた。
ぼくと、その人物の目が合った。
「「あ……」」
お互いに、見知った顔だった。思わず、同時に声が漏れた。
ぼくは、吸い寄せられるようにブランコに近寄る。
「……え、副会長じゃん」
そこにいたのは、探していた副会長だった。
黒のキャスケットとカジュアルな服装で雰囲気が違っていたが、間違いなく彼女だ。
だが、なぜか、いつもの派手さや自信満々さはなく、先ほど感じた寂しさを全身から放っている。
「……なんでアンタがここにいんのよ」
副会長は、憎まれ口を叩きながらも、心なしか声に力がなかった。
そりゃあ、ぼくが考え事があったらここによく来ていた場所だからな。ふと、久しぶりに来たくなったんだ。
そんなどうでもいいことを言うよりも、選挙について話す方が優先だ。
……この時のぼくは、なぜか分からないけど、壮馬との「今日中に話せる場を提供」という約束を完全に、忘れていた。
「そ、そりゃー、副会長をずっと探していたら、ここまで来ちゃったんだ。ようやくこれで話せる」
「……わたしを探しているとかストーカーかしら?」
相変わらずのキツい言い方だ。
だけど、少しばかし声に覇気がないせいか、いつものように突き刺さる感じはしない。
「違うわ!」
「じゃー、何のためにわたしを探しているのかしら?」
「ぼくたちとつゆちゃんカップルが別れるようにするための選挙の話をしたくて副会長を探してた」
「ああ、そんなこと」
副会長は、まるで興味なさそうに、そう言った。
「そんなことって……」
こちとら、つゆちゃんと付き合うために必死なんですが?
「もう生徒会には申し出をしているから6月下旬には投票日があるわ」
「ああ、そうなんだ……」
……あれ? じゃあ、なんでぼくを避けてたんだ? 選挙のことで話すことないから?
拍子抜けしたような気分になる。
「他に話すことは無いのなら、喋りかけないで」
「あるある! まだある! 選挙で票を集めるための協力とか、作戦会議とか!」
「話すことなんてないわよ、票をとにかく集めるために投票者に頭を下げる、以上」
副会長は、冷たい声で言い放った。
「まぁ、確かにそうだね」
「報告なんていらないわ。各自それぞれ頑張って票を集めるだけ。他に聞きたいことは?」
ブランコに乗る副会長の顔はやはり悲しみと寂しさに満ちたような表情だった。
いつもの自信満々な副会長からは想像もできない顔だ。
なんで、そんなに顔をするんだ……
いつものおまえはキャピキャピしてるじゃないか。もちろん、うわべだって知っているけど、裏の顔はどす黒い感じで自信満々じゃないのか?
いつものおまえは、たとえうわべだとしても、キャピキャピして、裏ではどす黒い野心を燃やしている、女じゃないのか?
なんでそんなに落ち込んでいるんだ?
気がつけば、ぼくは選挙とは全く関係ないことを口にしていた。
「……聞きたいことはある」
「なに?」
「副会長、すごく辛そうだけど——」
そこで、言葉が詰まった。
「大丈夫?」って言いかけた。
けど、傍から見て、明らかに大丈夫じゃなかったからこそ、言えなかった。
「そうね……」
副会長は、小さく呟いた。
その声は、夕暮れの空に吸い込まれていくように、か細かった。
「もしかして……」
ぼくが推測した理由を口にする。
「会長に良い恋仲になれますね、的なことを言われて、それがショックで、それでずっと辛いままなのか?」
「…………」
副会長は、何も答えない。
だが、その沈黙は、図星であることを物語っているようだった。
「そうだとしたら——」
なんて言えばいいのだろう。
そうだとしたら、なんだと言うのだ。
彼女を励ましたい。ただ純粋にそう思っているぼくがいる。
でも、言葉が思い浮かばない。
自分の感じていない言葉を言ったって、薄っぺらいよな……
「そうだとしたら、なによ?」
副会長が、どこか探るように、静かに問いかけてきた。
まるで、ぼくがどう答えるかを、試すみたいに──




