第3話:天使の秘密とプリントの山
「お願い!」
「……」
え、バレンタインチョコは?
フリーズしているぼくにお構いなく彼女は発言し続ける。
「今日、バレンタインでしょ?」
「……うん」
「昨日、好きな人に渡すチョコレートを作っていたら課題ができなかったんだよね。だから、課題を私の代わりにやっておいて!」
「……」
ぼくが言葉を失い、ただ立ち尽くしていると、他の女生徒たちが次々と廊下に群がってきた。
「えーッ!? なに? さとしくん、代わりに課題をしているの!? じゃあ、私のもお願いねー! はい、これ!」
「うちもうちも! 昨日は推しに送るチョコで忙しくて、課題全然手つかずなんだよねー! さとしくん、うちのもお願いー! 」
「うちも昨日は忙しくて課題できてないんだよねー、うちのもお願いねー」
「さとしくん、私のもお願いねー」
結局、五人の女子から課題のプリントを五枚も受け取った。
「じゃー、よろしくねー、さとしくん」
「助かるわー、さとしくん!」
「ありがとうー、さとしくん!」
「……」
背を向けながら廊下の向こうに消えていく彼女たちをぼうと見たあと、ぼくは黙って自分の席に戻った。
「…………スーハ―…………」
深く、深く、呼吸をする。
「……………………」
ふっざけんじゃーーーーよ!!!!!!!
マジで? マジで言ってんの、あの女どもは⁉
さっきの状況は、どう考えてもチョコレートを渡す流れだったじゃん!
一周回って、ぼく、びっくりしたんだけど‼
チョコレートじゃなくて、プリント五枚⁉
プリントなんて渡すか普通⁉
ちなみに、課題をやってあげるなんて一言も言ってないからね‼
どうしたら課題を代わりにするように見えたのかな?
せめて、ねぎらいのチョコをぼくに渡せー!
ちょっと、ぼくの頭は理解が追い付かなかったんだけどー!!
「スーハーーー」
もう一度、心を落ち着かせるために深呼吸をする。
落ち着けー、ぼく。
まだ、バレンタインは始まったばかりだ。
別に、あいつらからチョコレートを貰わなくてもぼくは、全然気にしないもんねー!
他にも女生徒はたくさんいるわけだしー、その人たちから貰えれば大丈夫なわけだしー。
それに、もしも。もしも、ぼくが恋に落ちたあの子からチョコレートを貰うことができたら、ミッションクリアだ……
……いや、でも、それは、きっと無理だろうな……
だって、あの子は恥ずかしがり屋。チョコレートなんて直接、男子生徒に渡す度胸なんてないだろう。
そんなあの子を廊下側の自分の席から目を向ける。
彼女は窓側の一番後ろの席で本を読んでいた。その姿はまさに、絵に描いた黒髪天使のようだ。
細く白い肌の彼女の指がページを捲る。
あの本のページをめくる横顔、めちゃくちゃ癒されるなー。マイ天使のつゆちゃん、可愛い!
さすがは生徒会役員の書記であり、学園内で男女ともに人気を誇るつゆちゃんだな。
そんなことを思っていると、突然、女生徒たちがつゆちゃんを囲みだした。
『書記ちゃん、書記ちゃん』
『ど、どうしましたか?』
『バレンタインチョコレートを持ってきたの?』
『は、はい……』
彼女は、はにかみながら恥ずかしそうに答える。
こんなつゆちゃんこと書記ちゃんを見たら誰もが萌えるだろう。
現に今のぼく、めっちゃ萌えてます!
ああー、恥ずかしそうに答えるつゆちゃん、メッチャ可愛い!
ん? 今、つゆちゃんはなんて答えた?
『え? マジで⁉ 書記ちゃん、チョコレートを持ってきたの?』
『は、はい……』
恥ずかしがり屋のつゆちゃんがチョコレートを……
『もしかして、本命チョコレート?』
『……』
彼女は黙ったままだったけど、顔が真っ赤に染まった。
この時、空気が一変した。クラスにいる男ども並びに女子たちが急に黙り、教室内が静かになった。
えー! あの反応は……つゆちゃん、好きな人がいるのかー!
だ、誰なんだろう……
他の男子生徒もぼくと同じように会話の内容が気になるのだろう。全男子生徒がつゆちゃんの方をガッツリと見ていた。
『え⁉ 書記ちゃん、好きな人がいるの⁉ 一体、誰? 誰なの?』
女生徒はぐいぐいと問い詰める。
いいぞ、女生徒! もっと問い詰めるんだ!
教室内にしばらく静かさが続いたあと、つゆちゃんは小さくて可愛らしい唇を開いた。
『……ひ、秘密です』
『えー、教えてくれてもいいじゃない』
『……ひ、秘密ですーーーー‼』
つゆちゃんは顔を両手で押さえながら叫んで、腰ぐらいまである黒髪が肩に着かないほどの速さで教室から走り去った。
あんな大きな声出して逃げ去るつゆちゃんは初めてみた……可愛い。
いや、そんなことよりも……マジか、つゆちゃん……好きな人がいるのか……
ほんと、好きな人って誰なんだろうか……?