第19話 : 恐怖の副担任マムと戦慄の一撃
動揺するぼくの視線に気づいたのか、会長がゆっくりとこちらを振り返る。そして、柔らかな微笑みをぼくに向けて──何事もなかったように前を向いた。
え、なに今の?
なんでぼくに笑顔を?
『いまこっちに向かって、生徒会長様が微笑んだわ~』
『幸せ死しちゃう』
会長の席から直線のぼくの席、つまり真ん中の席から廊下側の一番後ろの席に重なる女生徒たちは会長が微笑んだと妄言を吐いていた。
いやいやいや、どう見てもぼくに向けての笑顔だっただろ……?
なのに、なぜか彼女たちは会長が自分たちに微笑んだと全力で勘違いしていた。
よくもまぁ、あれだけ都合よく解釈できるもんだ。
てかさー、え、まって、もしかして会長も2年4組なの?
うそでしょ……そんなはずはない。これは、何かの間違いだ。
『ガラガラガラガラ』
「大変申し訳ないざます。朝礼に参加していたら遅れてしまったざます!」
ぼくが会長と同じクラスなのか困惑していると、青色の巻貝ヘアーで120キロは超えているだろうと思われる容姿に、キリッとしたサングラスをかけている60歳くらいの超ベテラン女性教諭がうちのクラスに入室する。
「私、このクラスの副担任になったマムざます。よろしくざます」
あー、この先生知ってる。校内で何回か見かけたことあるなー。
この人が副担任になるんだ。
「担任の山梨先生は他の用事があるため、今は私が代わりざます」
前の席で、一丸が絶望的な顔でぶつぶつ呟いていた。
「うわぁ……もう終わったんだよ……ぼくちんの2年生ライフは地獄なんだよ……」
何をそんなに絶望してるんだろう?
背中をツンツン突っついて訊く。
「一丸、頭を抱えてどうしたんだ?」
「マムちん先生はものすごく恐ろしいんだよ。そんな先生が副担任だなんて、もう人生詰んだんだよ」
「え、それはいいすぎじゃー?」
「さとしちんは知らないからそんな呑気なこと言えるんだよ。マムちん先生は昔、奴隷よりもひどい扱いを生徒にした人らしんだよ。現にぼくちんは、1年生の時に何回も体罰を受けていたんだよ!」
「それは、やばいね」
今の世の中で生徒に体罰なんて恐ろしい先生だな。
とは言っても、一丸が言ってる体罰は手が体にあたる程度だったんだろう。
そんなおもいっきり殴ったりなんてしないと思う。
大げさに体罰を受けていたって言ってるだけなんだろうなーって顔をしていたら、
「いいや、さとしちん、その顔はマムちん先生の恐ろしさを分かっていないんだよ。かなりやばい人なんだよ。お父ちんに聴いた話なんだけど、マムちん先生は電柱を半壊させるぐらい強くて、一人で熊を倒したり、気を失って命の危機に瀕してたマムちん先生が1万ボルトの電気ショックで一命をとりとめたらしいんだよ」
「……めちゃくちゃやばい人じゃん。ていうか、それ人間か? いや、絶対違うだろ! え、そんな先生に目をつけられたらヤバいんじゃ……」
そこまで言って、ぼくは言葉を飲み込んだ。
ドス、ドス、ドス……と、地響きのような足音がこちらに近づいてきている。マム先生だ。どうやら、一丸の世迷言が聞こえていたらしい。
ぼくは慌ててお口にチャック。
目をつけられないように、とにかく静かに……!
しかし、こっちに顔を向けている一丸は、先生がすぐそこに来ていることに全く気づいていない様子。
先生の怒りが顔に、ぼくはすくんでしまい、声を出して「前を向け!」とも言えなかった。その代わり、必死に視線で訴えかける。
――一丸! 気づけ! ヤバい! 後ろ!
だが、悲しいかな。一丸はぼくの救済信号に気づかないままマム先生の話をする。
「そうなんだよ。あの先生は超危険人物だよ。見た目からして危険なんだよ。『ふれちゃいけません、近づいてはいけません、逆らったらいけません』の3拍子が見てすぐに浮かぶんだよ」
マム先生が、ピタリと一丸の席の隣に立つ。
――先生! ぼく、こいつとは関係ないです! こいつが一方的に話しかけてきただけです! なんなら今初めてまともに会話しました!
そう伝えるように、ぼくは姿勢を正し、一丸の声に何の反応もせず、ただただまっすぐに前を向いた。
教卓の方を見ようと思ったが、マム先生が一丸の隣に立っているせいで死角になっているし、何より先生から放たれるおぞましいオーラが怖すぎて、そちらに目を向けることすらできなかった。
それなのに、一丸はマム先生がすぐそばにいることに、まだ気づかず、あろうことか最悪の一言を口にした。
「頭に青いう○こが載っている時点で超危ない人なんだよ」
こ、こいつ、先生のオシャレな巻貝ヘアーをう○こ呼ばわりしたぞ⁉
「一丸君」
「ふぇ……?」
グギギギギ、とまるで錆び付いたロボットのように、一丸はゆっくりと声のした方に顔を向ける。そして、目の前の人物がマム先生だと認識した瞬間、その顔は一瞬で真っ青になった。
そのまま、もう一度ぼくの方を見てくる。
その瞳は、今にも決壊しそうなほど涙でいっぱいだった。
「私の前に立つざます」
「はい、なんだよ……」
先生の言葉に従い一丸は前に立ったあと、大きく右腕を振りかぶる先生。
「誰がう○こヘアーざますかー‼」
「ドゥベシ‼」
一瞬の出来事だった。
凄まじい音が鼓膜を揺らし、何が起こったのか全く理解できなかった。さっきまでそこに立っていたはずの一丸が……消えている?
ドッゴオオオオンッ!!
遅れて、教室の後方から何か大きなものが壁に激突したような轟音が響く。
な、なになに? いま何が起きたんだ⁉ 一丸はどこ行った⁉
先生は手に汚いものを落とすかのように『パン、パン、パン』と鳴らして教卓に足を向ける。
その間、ぼくは恐る恐る、後方が気になって仕方なかったので振り向いた。
視線の先、教室の壁際のロッカーの前。
そこに、白目をむいて倒れている瀕死状態の一丸の姿があった。
え……? あの先生、今、一丸を殴って、後ろのロッカーまで吹き飛ばしたの?
しかも、木製のロッカーが一部派手に破損してるんだけど……?
ぼく、先生が腕を振りかぶったのは見えたけど、殴るモーションなんて速すぎて見えもしなかったぞ……?
え……あの先生……果てしなくヤバい。




