第14話:絶体絶命からの九死一生
放課後、誰もいなくなった教室で、窓側の一番後ろの席、つまり、つゆちゃんの机にぼくは突っ伏していた。なんでつゆちゃんの机に突っ伏してるかって? そんなの、説明するまでもないだろう?
「ううぅ…つゆちゃん…どうして…!?」
よりにもよって、あの性悪腹黒副生徒会長と「お似合い」だと!?
お似合い!? どこがだ! ぼくは紳士だぞ! あの女は性悪だぞ!
天使のようなつゆちゃんが、まさかあんな悪魔みたいな女とぼくを同類視するなんて!
いや違う! つゆちゃんは天使だから悪意なんてないんだ!
きっと、純粋にカップルあみだで組んだから「仲良しカップル」だって信じてくれただけだ!
そうだ! つゆちゃんは悪くない! 悪くないんだ!
問題はあの腹黒だ!
あいつとカップルだと思われている限り、つゆちゃんにぼくの紳士さや、本当の優しさ、そして彼女への狂おしいほどピュアな想いが伝わらないじゃないか!
これではバレンタインにチョコ一つ貰えない過去を繰り返すだけだ!
この偽装カップル、一刻も早く解消せねば!
……と、憤慨しながら、膝から崩れ落ちそうになる精神をなんとか奮い立たせて立ち上がろうとした、その時だった。
教室のドアが、ギー、と不気味な音を立てて開いた。
そこに立っていたのは…巨大な焼肉機を運び込む数人の男子生徒だった。
奴らだ! ぼくを焼肉にしようとする狂信者たち、焼肉団だ!
「おい、ザーサイ」
「逃げられると思ったか」
「桃香様と付き合った罪、償ってもらうぞ」
「ひ、ひぃっ! なんでまだいんの、皆さん!?」
慌てて机の後ろに隠れる。奴らの目には、ギラギラとした肉欲…
いや、狂信的な輝きが宿っている!
「焼き加減はミディアムレアがいいか?」
「いや、やっぱりしっかり焼いた方が美味いだろう!」
「やめろ! ぼくはまだ食べ頃じゃないから美味しくなんかない!せめて三年待ってくれ! A5ランクの霜降りになる保証はないが、レモン汁がよく合うくらいには成長するはずだ!」
「よし、じゃあタンからだ!」
「まずは薄切りで!」
「聞いてない! 人の話を聞け!」
「黙れクズ! 貴様は今すぐ桃香様にその身を捧げるべきなのだ! 我々が最高の焼き加減で提供して差し上げよう!」
「誰が提供される側だ! 人権という言葉を知らないのか! 国連に訴えるぞ!」
「フン! 桃香様の前に人権など無意味! さあ、覚悟しろ! まずは…ロープで縛りあげる!」
数人の男がぼくの隠れた机の周りに殺到してくる。
「く、来るな! 焼肉は勘弁してくれぇぇぇ!」
必死の抵抗もむなしく、あっという間にぼくの体はロープでぐるぐる巻きにされた。身動き一つ取れない。
「さあ、巨大焼肉機にセットしろ!」
ごごご、と巨大な焼肉機が近づいてくる音がする。熱気が肌に伝わってきて、まさに絶体絶命。
「や、やめろぉぉぉぉおおおおおおおーーーー!!!!!」
その時だった。
開きっぱなしの教室のドアの向こうに、ぼくは希望の光を見た。
ピンク色のショートボブ。学園のアイドル。あの性悪腹黒副生徒会長がそこにいた。
みんなの前なら猫かぶりモードの副会長になる。
この現状を見て、きっと仲裁に入ってくれるかもしれない!
ここでは副生徒会長という立場の人間、さらにいえば、自分が学園のアイドルである以上、こんな物騒な現場を見過ごすはずがない! 生徒指導案件だからな。
注意をしてくれ! それか教師を呼べ! パトカーでもいい!
「副会長!た、助けてくれ!焼き肉にされそうなんだ!」
ぼくは、藁にもすがる思いで、彼女に助けを求めた。
焼肉団も、一瞬動きを止めて、ドアの方を見た。
副会長は、生徒会室に向かっていたのだろうか。ぼくの叫びを聞いて、足を止めた。そして、開け放たれた教室のドアから、中の状況を一瞥した。焼き肉団、巨大な焼肉機、そしてロープで巻かれたまま転がっているぼく。
彼女は、その光景を見て――そのまま、何事もなかったかのように、生徒会室に向かって歩き出そうとした。
―――え?
まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまて!!!!
待てぇぇぇぇぇい!!!!!
この状況を見て、それだけ? 反応はそれだけなのか?
パートナーが焼かれそうになってるんだぞ!?
一蓮托生じゃなかったのかよ?
つゆちゃんカップルをぶち壊す仲間だろ、ぼくたちは!
今、ぼくはタンから薄切りにされそうになってるんだぞ! どうして無反応でいられるんだ⁉
人の心を持っていないのか!
「ちょ、ちょっと待って、副会長!」
ぼくは、焼肉団と副会長、二重のプレッシャーの中で、必死に彼女を呼び止めた。
頼む、振り向いてくれ! おまえだけが、ぼくの命綱なんだ!
副会長は、足をピタリ、と止めてから、こちらに振り向いた。そして、その顔は――
「わたし、あなたのことが嫌いなので声をかけないでくれる?」
まるで汚物を見るような目で言ってるぞ!
「…………え?」
この反応には思わず驚きを隠せなかった。
いやいや、こいつはみんなの前だと徹底的に猫を被る女だ。学園のアイドルとして、清純派を演じているはずだ。そんな奴が、衆人環視の中で、こんな本音ダダ漏れのセリフを言うはずがない! 聞き間違いか? いや、でも……
教室にいる焼肉団はどよめいている。
『聞き間違った?』
『え? 今、桃香様が「嫌い」って言った?』
どうやら、ぼくの聞き間違いではなかったようだ。
何もなかったかのように、副会長は廊下を再び歩き出そうとする。
「ま、待ってくれ! 副会長! どこへ行くんだ!?」
このまま行かせてしまったら、ぼくは本当に焼肉にされてしまう。命がかかってるんだ。必死に引き止めなければ!
「ぼくたちはカップルじゃないか! 副会長! 『卒業までお付き合いよろしく』ってみんなの前で堂々と言ったじゃないか。だから、これからも仲良くするためにも助けてくれ!!」
ぼくたち運命共同体!
副会長は、再び立ち止まり、今度は露骨に嫌そうな顔をして、ぼくを見た。その視線は、まるでゴミくずを見るような――いや、むしろ、ゴミ以下の存在を見るような、純粋な嫌悪感に満ちていた。
「え? なんのことかしら? わたしたち仲が悪いし、顔も見たくないくらいの関係じゃないの? カップルとか、そんな気持ち悪いこと言わないでくれる?」
――うわぁ。
本音は、知ってるよ! 茂みでゲロ吐きながら性悪の本性を見せまくってた時から知ってるよ! でも、それを公の場で、猫かぶりのおまえが言うのか?
それにな、そんなことを言ったらカップルあみだのカップルとして不合格じゃないのか? 仲が悪いって公言するなんて、規約違反になるんじゃないのか? 退学だってあり得えるんじゃないか?
「それは、その、退学とかにつながらないのか!?」
恐る恐る尋ねてみた。命がかかってるだけでなく、学園生活もかかってるんだ。
副会長は、冷めた感じで言った。
「大丈夫よ。ギリギリのところでやり過ごすから、気にしないで」
なんだ、それは! 生徒会役員の特権か!? 自分は規約破り放題なのか!
周りの生徒たちは、副会長の堂々とした態度に、まだ少し困惑しているようだった。彼らはお互いにひそひそと話し合っていた。
『ていうか、あいつ、桃香様にめっちゃ嫌われてるじゃん』
『ていうか、桃香様があんな姿、初めて見た…』
『ていうか、あいつと桃香様って本当にカップルか?』
『ていうか、なんか可哀そうだな、プフフフフフフ』
ていうか、ていうか、うるさいな。
てか、あいつら、全く困惑してねー!
「わたしには、もう二度と、いや、なんなら来世でも話しかけないでね?」
副会長は、最後にダメ押しの一言を放ち、颯爽と教室の前から立ち去って行った。
「……」
残されたのは、巨大な焼肉機を構えた焼肉団と、魂が抜けかけたぼく、そして胃の痛み。
あーあ、ぼくは交渉に失敗したんだ。性悪女に助けを求めるという、命懸けの交渉は失敗に終わったんだ。
これはもう、焼肉確定エンドだ。せめて、タレは美味しいやつで頼む……!
と思って、ぼくは観念した。抵抗する気力も体力も残っていない。覚悟を決めて、目をつむって、焼肉機に放り込まれるのを待つ。
しかし、何分待ってもなにもされない。
焼肉機の熱気も感じないし、人の気配もない。おかしいな、と思い目をちらり、と開けると――
誰もいなかった。
あれ? 焼肉団は? 焼肉は? 焼肉機の火力が足りなかった?
どういうことだ? 奇跡的に難を逃れた?
それとも、これは新しい精神攻撃か?
まあ、理由は何であれ、命拾いしたということで、安堵の息を漏らす。
はぁ……九死に一生を得た、ってやつか?
マジで危なかった。もう少しで焼肉になるところだった。
焼肉団め、鬼畜にもほどがある。だが、助かった。助かった……んだよな?
体中の力が抜けていく。
と同時に、異変に気づく。
体が全く動かない。
そうだ、ロープでぐるぐる巻きにされたままだった。
焼肉は回避した。それは素晴らしい。
だが、このロープは?
誰もいない教室の床に転がったまま、天井の蛍光灯を見つめる。
これ、どうやって帰るんだ?
……
……
……
「誰か助けてーーーーー!!!!」
結局、しばらくして通りがかりの先生に発見され、ようやく解放された。
後からきいた話だけど、あの時、副会長がぼくのことをあそこまで徹底的に拒絶しているのを見て、焼き肉団の連中が「これは、物理的な焼き肉よりも、桃香様にあそこまで拒絶されたという事実の方が、精神的ダメージがデカいんじゃね?」という結論に至ったらしい。
そして、「精神的に追い詰められたぼくを見る方が面白い」ということで、その場での焼き肉は中止になったんだとか。
理由を聞いた時は、なんちゅうゲス野郎どもなんだとは思ったけど、そのおかげでぼくは命拾いしたので複雑な心境だ。
人肉焼肉中止の理由が、まさかの「精神的苦痛の方がエモい」とか、どこの倫理観だよ! 早く小学生からやり直して道徳を学び直せ!
それで、二年生になるまで、副会長はぼくのことを極力避けまくった。
廊下ですれ違っても、挨拶どころか視線すら合わせない徹底ぶり。
昼休みの食事の時でさえ、ぼくの教室にたまに来たのはいいけど、ぼくの席から半径五メートル以内には近づかず、席を二つ分、いや、三つ分くらい空けて、まるで感染症患者を扱うかのように副会長は食してたし、会話なんてなかった。
話しかけても、露骨に無視されるだけ。
周りから見たら、圧倒的に仲が悪いどころか、殺伐とした、見るも無残なカップルに映ったことであろう。
実際、仲が悪いし、別にいいんだけどね。
むしろ、お互いにとってストレスが少ないベストな距離感だったのかもしれない。
そんな感じで副会長とはあまり話をせずに、お互い空気のように接する日々が続き、平和(?)に一年生を終え、二年生になる。
まさか、二年になっても、さらなる騒動に巻き込まれることになるなんて、この時のぼくはまだ思ってもいなかったのだ。




