不可思議で歪な民の物語(仮)
目に留めてくれただけでも感謝です。
ちょっと内容はくどいかもしれませんが、読んで下されば嬉しい限り……!
『物語』を語ろう。俺、ロックはサラを口説く。
「どんな『物語』?」サラは微笑む。
宮廷。俺達は王侯貴族の立食パーティーに招かれていた。
年代物のワインを嗜み、丸ごと七面鳥燻製肉を頬張る。
パーティーは深夜に行われ、宮廷には貴族の掟がある。
従わない者はポイント制で罰則が施される。
――掟【壱】素顔を晒さない――
皆が仮面を付けている。
ポイント制とは『0』から始まり、開催される。
下級貴族達は皆、『物語』に飢えている。
――掟【弐】『物語』を告げる――
『物語』とは魂・命・人生・歴史に関する代名詞。
ここでは『物語』が主役。俺達はあくまで裏方。
面白い『物語』にはポイントが課され、つまらなければマイナスが付く。
シビアで単純な数字の争い。
「この世界の土地が半分以上残っていた頃……一人の少年がいました」
「胸がゾクゾクするわね」
――掟【参】どの様な『物語』の件が来ても当事者は受け入れる――
*
ル・シアは敬虔な信徒だ。
それ故、聖教会の教えに背く事等出来ない。
聖教会は信徒を育てる為にある。
聖教会、修道会は悪人も受け入れ……異能の力を持つ者にはその権能を発揮する。
聖教会や修道会にはその大義名分がある。
「――何者だ? 貴様」
聖教会の守門。ミネロは眉間に皺をよせ来訪者を歓迎した。
「いやいやいや~。もうすぐ世間様が終わるって時に申し訳ないね。オイラは旅人でさ。これでも名うての探索者として世界中のギルドで働いてきた」
「それが……何だって?」
漂って来る悪臭。不死者でも相手にしていると錯覚させる。恐らく相手は2、3週間……いや、一月風呂に入っていないだろう。
ミネロは渋面を作り単独で槍衾を構える。
ジャベリンの様な投擲にも特化した軽くて丈夫な高級ハルバート。
「オイオイオイ……いきなり何だ? オイラが何かしたかい? 守門の仕事も大切だとは思うけど、寛容になれよ。話を聞いてくれるだけで良いからさ」
「フン! 探索者の派生は成り上がり盗賊か悪徳商人だ! その様子は今までの悪行で懺悔でもしに来たのか?」
ミネロは小柄で引き締まった肉体を堅持している実直な守門。
傭兵時代に国家常備軍の一個小隊を任された。戦争で多数の敵対勢力。敵軍の兵士を殺してきた。それと同時に大事な戦友も失い、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹患。
この時代、野戦病院は貴重。肉体のケアが最優先とされた。
精神科のホスピス等、あってない様なものだ。
結局ミネロは機能しなくなり小隊長を途中で退役。戦力外通告で報酬も頓挫した。
貨幣を節約し、街道沿いの露天商で何とか食いつなぐ毎日。
夜は火を起こして魔物の遭遇を警戒し木の上で即席の簡易小屋を造りそこで寝た。
野伏の素養にも長けていたミネロは何とか生き永らえる事が出来た。
定期的に破れた衣を使い、川の水でそれを濡らし、汚れた身体を拭く。臭いを取り除く事は出来ず、徐々に蠅が集り始めた。
乞食同然で故郷の村に辿り着き、ミネロは倒れた。だが、人々は彼をミネロとは思わなかった。
悪魔にでも取り憑かれたと噂は広まる。
近隣の町。聖教会の祓魔師にお祓いをして貰う事に。
現在療養中で、教会神父セルヴァティコの用心棒。守門として働いている。
肉体が浄化してもまだミネロの病は治っていない。
そんなミネロの前にやって来た一人の自称――探索者。
「人探しにやって来たのさ。そいつの名は……え~と」
額を人差し指で突く旅人の探索者。
「探索者。協力してやるからまずは名を名乗れ」
少しだけ気を許し、守門ミネロは苦笑。
「オイラはケルラ。探し人は……シア。ル・シアだ」
全身汚れで黒ずんだ衣服と肌を晒し、ケルラはニッコリ。笑う。
――ル・シア……だと?
「聖教会。お尋ね者の場所か」
守門ミネロの微かな動揺を探知するケルラ。
門前払いしようと今度こそ身構えたミネロ。
その時、司祭。神父のセルヴァティコが血相を変えてやって来た。
口に蓄えた白髭をもっさり揺らし、肩で息をして、ケルラと守門ミネロの間に割って入る。
「ハア、ハア! やあ初めまして。ようこそこの町の聖教会へ。ケルラ様!」
「話の通じない守門だね。セルヴァティコ」
神父セルヴァティコに睨まれ小突かれるミネロ。
事前に伝書鳩で通達でもしていたのか――守門ミネロは肩を竦めた。
ならばこちらにもその旨を事前に伝えて欲しい所。更にもう一つ気掛かりな情報がある。
――ル・シアがこの町の聖教会にいた?
ミネロは気掛かりで内密に調査する事にした。
*
ル・シア――私は世界でも5本の指に入る強力な魔術師。
世界は三大国家と呼ばれる帝国が植民地獲得の為に各地で支配力を強めてきた。
――グラントロワ帝国。
――ジェラルド・ファミリー王国。
――満月野兎王朝。
産業革命が始まり、資本主義の合同企業が派閥を作り出したこの世の縮図は金と権力の猛者どもに政治が左右される羽目に陥落。
世界の民に決定権は無い。
相次ぐ戦争で疲弊した人類。
人間は生態系ピラミッドの頂点に立つが故に、世界に混沌を育んだ。
『マナ』と呼ぶエネルギー物体が発見されるまで……。
*
「どうしたんだい? セルヴァティコ神父。聖母マリア像に祈祷を捧げずに出て来るなんて」
探索者ケルラはニッコリ。
「ケ、ケルラ君と言ったかね!? 自称探索者の……。君は本当に人間なのか? 伝書鳩も寄越さずにやって来るなんて……。確か君は――」
「帝国首都では既にガス灯や蒸気機関、それに一番吃驚した電話なんてのがある。電柱を通じて人の声が世界中どこまでも届くんだよ? 伝書鳩も今後は必要なくなる」
産業革命が齎した文明開化。
グラントロワ帝国首都ラミルンに長期間滞在していたケルラ。
秘密の地下下水道に潜り込み、『マナ』を生成する研究所から禁断の資源『カタストロフィ』を盗もうとした諜報員。鼠を捕まえ、探索者としての仕事を果たした。
「彼女の声がさっき突然脳内に働きかけたんだよ。『門前までやって来た』――と!」
もしかして……と、その先を口遊もうとした神父セルヴァティコの言葉を片手で制してケルラは真剣な表情になり、囁く。
「――見つけたのさ。下水道の中に研究所を造り上げているとは夢にも思わずにいたけどね。御蔭さんで帝国首都にある国会議事堂。独占資本企業が実権を握る政治家さん連中に喧嘩売る必要も、もう無いよ」
ケルラは薄汚れた外套のポケットから光り輝く何かを取り出した。
目を丸くする神父セルヴァティコ。
「こ、これが噂の……?」「――そう。三大国家の植民地争奪戦の火種。『カタストロフィ』だ」
紅く光る物体。何の罪もなくケルラの掌の上で踊っている。
「本当に? どこにその証拠が?」
「彼女の声が脳内に響いたのもコイツのお陰さ」
それに……と、ケルラが何かを告げようとした所でとんだ邪魔が入る。
「話は聞かせて貰った」
守門ミネロだ。
「……ミネロ! き、君は自分の職務にもっと忠実になるべきだ! 直ぐに門前に戻りなさい。これは命令だぞ」
神父セルヴァティコの怒号。
守門ミネロは――やれやれ……。とだけ言い残し肩を竦める。戻る気はサラサラない様だ。
「それではセルヴァティコ神父の御命令通り。忠実にその男の殺害指令を受理しよう」
「な――!? 私はそんな事は一言も……!」
「慌てるな。セルヴァティコ。ミネロは普通じゃない人間だ。多分、元傭兵だろう?」
探索者ケルラは冷静に事のあらましを分析。
「察しの良い男だなケルラ。貴様にべっとりくっついてるのが嫌でも見えるんだよ」
奴のあの目……。過酷な長い戦場を渡り歩いてきた者特有の症状だ。精神疾患――PTSDの類か?
「殺された同志の『怨念』がな――――――!」
ミネロの病はまだ完治していない。
守門ミネロがハルバート片手に突っ込んできた! 冷静にケルラはそれを視界に収めると神父のセルヴァティコが慌てて安全地帯へ抜け切ったのを確認。
「仕方ない。状況が状況だ」
ザッザッザッザ! と、大股で駆けてくるミネロ。ケルラは腰のウエストポーチに仕舞い込んでた試験官を3本取り出し、かぎ爪の様に右手の人差し指、中指、薬指、小指の間に挟み込む。その中の一つに『聖杯』と『マナ』を予め粉末状にしていた物を調合した。
因みに『聖杯』は神がこの世に遺した聖遺骸と呼ばれる代物。
世界中の信者。もしくは信仰心のある者が全財産をはたいても欲しがる超レア物である。
そこにグラントロワ帝国が秘密裏に醸造している『マナ』をもすり潰して調合の材料にしてしまうのだから、最早賢者を通り越して狂者だ。
「うおおおおお――――――!」守門ミネロが大きくハルバートを振り被る。
その時だ。ミネロの脇腹に激痛が走る。苦悶の表情を浮かべて自身の側筋を反射的に見た。
金のブーツがめり込んでいた。ケルラの蹴りだ。
「グッ!」「軍人さんチョロいな♪」
吹っ飛んだミネロは地面を二度三度転がり、ようやく起き上がる事が出来た。
対するケルラは余裕綽々で二本の試験官を掌の上で弄ぶ。
暫く睨み合いが続いた。
この世に『マナ』が発見されてから『金』を生成する為の調合技術が急速に発達した。
所謂、錬金術と呼ばれる代物だ。
錬金術師達の目的は『金』そのものではない。そのエネルギー源の『マナ』。いかにその潜在性、ポテンシャルを引き出すかが鍵となる。
その競合は三大国家――グラントロワ帝国、ジェラルド・ファミリー王国、満月野兎王朝にとって急務を要する国家の一大事だ。
理由は簡単。世界征服へと近付くからだ。
『マナ』はあらゆる物体を半強制的に創り出す。
元素、数式と結び付いてそれ特有の強力な力を生み出す。
物理法則――力学・波動・電磁気・熱・気体・原子を上回る超常現象を躊躇なく引き起こす強大なエネルギー源『マナ』。
――『マナ』なる活性剤を基盤としてあらゆるモノと調合する事により摩訶不思議な現象が意図的に創り出せるのだ。
人間の手で。ある種の魔法。合理的にはカラクリ仕掛けの様なモノだ。
「ケルラ。貴様、錬金術師だとはな」
最初に言葉を発したのはミネロ。
「まあ、それを知った所でどうにもならん事は百も承知だろう? 今ならまだ間に合う。投降しな」
「いや、それだけはしてはならん」
「――? オイオイあんた気は確かか? オイラの錬金術が既に身体の中に這い回ってるのを感じてるんだろう?」
「もちろんさ」ニッとミネロは獰猛に笑う。
瞬間、背筋に冷たい悪寒が走るケルラ。どうやら相手を甘く見過ぎていた。
先程の『聖杯』と『マナ』を調合して出来た精神面に大きく作用する金色のブーツ。
その根源は『怨念』!
『怨念』が蹴った相手の体内に侵入し、脊髄から脳へとダメージは輸送される。
但し、単純な痛みではない。精神病患者にだけ劇的に効果が発揮される荒療治だ。
このある種の回復薬は『怨念』を利用したモノで喰らった者が他人を殺した分だけ痛みが強くなり、それに耐えうる者こそが重篤な精神病を克服出来るのだ。
ケルラの判断ではミネロはその『怨念』なる痛みに耐えきれずに気絶すると思っていた。
ミネロはアドレナリンやプラシーボ効果。云わば麻酔の無い状況で自身の危機的状況から精神的な自然治癒――痛みを和らげる麻酔薬を創り出していた。
「さすがは元傭兵だな。思ってたよりもタフに出来てやがる」
「お医者さんごっこは終わりだ」吐血しながらニタリと笑うミネロ。
「一つ聞いて良いかい?」
「……何だ?」
「ミネロ。お前さん、何が見えてる?」
「フ……ン、まさかとは思うが……貴様が奴を殺したのか」
ドスン! と前のめりに倒れたミネロ。
間一髪で何とか勝利したケルラは苦笑した。
当然、普通の戦闘で敵う相手ではない。策を弄する必要があった。
一分、一秒でも時間を稼がなければケルラが殺られていた。
それ程、ミネロは強者であり軍人の鑑だ。
「奴を殺した……か。残念ながら奴はまだ生きている」
*
――三大国家。政府の緊急会議。
財閥は政治の実権を握り、植民地闘争においても歯止めが効かなくなっていた。
更に『マナ』の存在。
財閥は植民地の強奪より『マナ』に欲望が傾いている。
「遠路遥々お越し頂き感謝の意を表明します」
「前置きは良い。我等満月野兎王朝は錬金術師達を呼び、『マナ』での兵器開発を進めている。あの《クロウラー派》の賢人。ル・シアが亡くなりし今、事態は急務であると言わざるを得ない」
満月野兎王朝の女頭領。月下美人はどこか楽し気に含み笑いをしていた。
レイスター・クロウラー。現代錬金術師界のトップに君臨するこの男は自らを《クロウラー派》と名乗り、秘密結社《黄金の夜明け団》を牛耳る。
「ル・シアに『マナ』か。確かル・シアはグラントロワ帝国地下下水道の研究室へと単独潜入。『カタストロフィ』を盗み、暴れ回った末……政府の警備兵に捕まり処刑された。間違いないかね?」
ジェラルド・ファミリー王国の長。ジェラルド・ロウ・ダルグリーは齢100を軽く超えるとんでもない爺さんだ。未だに酒と煙草に耽溺している。
「――ええ。仰る通りですMr.ジェラルド。彼女の様な敬虔な信徒が暴徒と化したのは計算外であります。文官の知識に武官の戦闘能力を誇るル・シアに『カタストロフィ』を奪われたのはこちらの落ち度であります」
……ル・シアは死んだ。答えたのはグラントロワ帝国首領。若き皇帝――サー・ヴィルヘルム・ファッケッティー。
騎士の叙勲を女王陛下から承りし、国民からも厚い信頼を寄せる頭のキレる男だ。
「まだ『カタストロフィ』は見つからないのかね? 我等三大国家が一つの国に生まれ変わる時に、あらゆる秘密結社が革命を起こしたら誰が責任を取るのだ?」
静かに糾弾するジェラルド。ヴィルヘルムは冷や汗を掻く。
「問題はそこだけじゃありません」司会進行役の男は語る。
「現在、各地で民族闘争が過激化しています。『マナ』の存在を嗅ぎ付けた連中は各国の領地で派生した秘密結社の末端組織を担い、『マナ』の力。その恩恵に賜ろうとしています」
「民族が革命を起こす最大の懸念事項だと?」
満月野兎王朝女頭領月下美人はケラケラ笑う。
「女頭領月下美人。彼らはかつて我等が民の奴隷として育ち、先祖代々に渡る『呪縛』から解き放たれる『マナ』の力こそ喉から手が出る程欲する」
「反逆者として狼煙を上げるのならば、始末すれば良いだけの事♪」
「それが容易に出来ればこちらとて苦労はしない」
異を唱えたのはジェラルド。
「私もジェラルドに同意です。元奴隷……失礼。我等が支配した領土の民。その『怨念』は異常だ。彼等に錬金術を受け継がせる訳にはいかない」
同じく事態を深刻に受け止めるヴィルヘルム。
「我等三大国家は結束し、国土を一つにするのでしょう? それにはル・シアから何者かに盗まれし『カタストロフィ』を取り戻すのが一番では?」
今回の議題のテーマはそこにある。
「目的は『カタストロフィ』を盗み出した者を或いは者達を根絶やしにする事。民の『怨念』を鎮める最大の策だ」
「……下手すれば錬金術がこの世に流布される可能性があるからな。それだけは喰い止めねば」
「……それでは書類にサインをお願い致します。この文書は行政施行役員である国連事務総長の私が厳重に預からせて貰います」
「分かったわ」「仕方あるまい」「了解です」三大国家の長達は了承した。
*
――コンコン♪
【国連事務総長】と書かれた札。そのドアをノックする音が聞こえてきた。
「入って良い」
「不用心じゃありませんか? レイスター・クロウラー殿」
部屋に侵入したのはファッケッティー。
「――私を誰だと心得ている? 年老いたとはいえまだ何者かの気配を察知する位は朝飯前だ」
国連事務総長を演じていたのは話に出てきた伝説の男――レイスター・クロウラー。
世界でも5本の指に入る錬金術師ル・シアの師匠だ。
「……何用だ?」
ゴホン! と軽く咳払いをするファッケッティー。
「さっきの話の流れを汲み取ると『マナ』から生まれし禁断の資源『カタストロフィ』はお持ちでしょうか?」
「これの事か?」
紅に輝く結晶体。『カタストロフィ』を自身のデスクの引き出しから取り出すレイスター・クロウラー。
「……なるほど。確かに。それではもう貴方のお役は御免です。さようなら。伝説の男」
手首に仕込んでいた毒ナイフでレイスター・クロウラーを背後から突き刺す。
手応えは感じた。確実に心臓にも届いた。奇妙な出来事はその後起こる。
直ぐに証拠隠滅の作業に取り掛かるファッケッティー。黒革の手袋は事前に装着していた。クロウラーの吐血も厚手のハンカチで最小限に止める事に成功。毒はアラクネと呼ばれる特殊な蜘蛛毒をプレゼント。遺体が発見される頃には司法解剖しても痕跡は残らない。
「正に世界最高の錬金術師――謎の死を遂げる。今世紀最大の怪事件が明日の朝刊に載るな。まあ、国連事務総長として最期まで正体を明かされずに」
ククク……と、笑うファッケッティーは遺体の傷を塞ぐ為に『マナ』――『カタストロフィ』を使おうとした。その時。
「……『カタストロフィ』が起動しない? 畜生! 偽物か!」
紅の結晶体を調合しても反応が無い。高価なルビーの様だ。
「コイツ……この事を予期していたのか?」
さすがに焦りの色を隠せないファッケッティー。これ以上現場に居残るのは危険。急がなければアリバイが疑われる。
それにしても自分の死を予知してそれを受け入れる等どうしても信じられない。
「レイスター・クロウラー……。貴様何を考えている?」
遺体に反応は無い。念の為、脈を測ってみた。停止している。
「私の考えすぎか? 本物の『カタストロフィ』はどこだ?」
デスクの中を漁る。謎の文書を発見。
――もう一人のル・シアへ――
どうやら手紙の様だ。丁寧に茶色い封筒に表記されてある。
「もう一人のル・シア……だと?」
封筒を破り捨て直ぐに中のシンプルな便箋に書かれた内容を見る。
そこに書かれていた内容は……錬金術の真実。
「クソ! これが本当だとしたら……奴は、奴等はまだ生きている!」
*
「『憎悪』『怨念』『呪縛』――代々本物の錬金術師達に受け継がれるのは唯それだけです」
神父セルヴァティコは驚愕の表情を浮かべる。
「それでは他にいる数多の錬金術師達は何者なのだ?」
「派生で枝分かれした宗教の様なモノですよ。司祭なら分かる筈です。本来一つであるモノがあらゆる思想、政争、抑圧によってぐにゃりと捻じ曲がっていく。彼等はオイラから言わせりゃ偽物だ。99%が『金』を創る程度で止まる」
紅く輝く『カタストロフィ』を掌の上で転がして笑うケルラ。
「ケルラ。君は……彼等の邪念を全て背負っているとでも言うのか?」
「ああ。もちろん♪ オイラの使命は全てここに詰まっているからね」
『カタストロフィ』を手の甲で叩くケルラ。
「君は……! 今すぐ祓魔師をここへ呼ぶからちょっと待っていてくれたまえ」
ケルラは止めない。どちらにせよ祓魔師が来た所でどうにもならない。
セルヴァティコが出て行き数秒。ケルラは溜息を吐く。
「ミネロ。そこにいるんだろう? 守門の仕事はサボりかい?」
イコンの肖像画が張り巡らされた天井を支える柱から守門ミネロは現れた。
「調子はどうだい?」
「……誰かさんのお陰で3日3晩悪夢に魘された。今じゃピンピンしてるけどな♪」
苦笑するミネロ。一対一の戦いから3日以上経過していた。
ケルラは真剣な表情になる。
「ミネロ。頼みがある」
「――何が望みだ?」
「『世界大戦に刃を』」
民にしか分からない合言葉だ。
探索者ケルラは薄らと笑い、守門ミネロは静かに頷いた。
*
神父セルヴァティコは教会で起き、ケルラから聞いた錬金術の真相を時の教皇に話した。
場所は大聖堂。モスクを思わせる建物。広場があり衛兵達が居並ぶ中、唯一教皇の選挙権を持つ枢機卿達の顔は青ざめていく。
「その話は真かね? 司祭セルヴァティコ」
司祭よりも位が一つ上の司教区の代表者。大司教は額から頬に掛けて冷たい汗を流す。
「私はケルラの話を信じたいのです」
胸の前で十字を切り教皇の前に跪く。
「……何たる事だ。我々の信じていた神はルシファーなのか?」
ルシファー。
熾天使セラフよりも上位の神として崇め奉られていた大天使。
己が神に仕える事を良しとしない思想を持ち、やがて神に挑み敗れた後堕天使となり悪魔の首領に躍り出た憤怒の塊。
暴虐の民だ。
「非常に残念だ。我々は君の話を信じる気はない」
助祭に副助祭。連中はこれを機に前に進み出た。
いずれも司祭のセルヴァティコより位が下だ。
ケルラの言葉が本当ならば彼等の様な輩にとって面白くは無い。
「――君は我々の思想にメスを打つ異端者だ! 虚偽の情報で革命を起こし、我々が築いてきた聖教会に君臨する為の」
侍祭と祓魔師は沈黙したままだ。信じたくない現実とそこから生まれ来る恐怖に困惑している。
「……そ、そんな事は無い! 断じてないぞ!」
「読師は直ぐに死刑執行の文書手配を。公示人に異端者セルヴァティコ神父の罪状を街の広場で声高に叫んで貰おう。聖教会で起きた虚偽虚飾の情報操作。衛兵達はコイツを捕らえろ!」
大聖堂の中が騒めく。読師に衛兵が動き出す。
「ちょっと待ちなさい」威厳のある声が大聖堂内部に静かに響く。
枢機卿、大司教、司教、助祭、副助祭、侍祭、祓魔師、読師、守門――更に他でもない司祭のセルヴァティコも含め、一斉に金縛りにあったみたいにピタリと動きを止めた。
言葉を発したのは聖教会の実権を握る教皇。
「誰の命令で死刑宣告を実行に移したのだ?」
「……う! わ、私は――いえ、私達助祭以下の者共にとって助祭の見本ともあろうセルヴァティコが……」
「黙れ」
一斉に助祭以下の者達は居住まいを正す。
教皇は握り締めていた杖を強く握り直す。
聖印が籠る世界で一つしかない。
代々教皇となる者にしか持つ事を許されない聖遺骸。
杖――『アロンド』には海を大地を一刀両断する錬金術が眠っている。
十戒を守りし者。教皇と認められた者にしか扱う事が困難な体力、精神力と引き換えに全てを分断してしまう力だ。
「ケルラ……と言ったか? その錬金術師の若者は」
何かを吟味して指をトントン♪ と杖『アロンド』の先端。
宝珠が埋め込まれた部分を叩く教皇――パドス・ロコス。
「……はい。ケルラの話が本当ならば『憎悪』『怨念』『呪縛』を背負いし彼は何時か身を滅ぼすでしょう。なので、聖教会のトップ。教皇パドス・ロコス様に真実を語りました」
神父セルヴァティコは真剣な面持ちだ。教皇にお願いする事はとても勇気がいる。
先程の様に反逆者の烙印を押され、良くて島流し。悪くてさらし首の刑に処される場合もある。
「ケルラ……聞いた事がない名だな。錬金術にその様な伝承がある事は私も知っている」
教会大聖堂の内部がざわつき出す。教皇パドス・ロコスは既に知っている?
皆が複雑な気持ちで教皇パドス・ロコスに視線を向ける。
冷静に話を切り出す教皇パドス・ロコス。
「先代がな……語り聞かせてくれた。かの錬金術師レイスター・クロウラー。女弟子ル・シアに継承された錬金術の禁忌を」
*
「お前、まさか……生きて帰って来れたのか」
地下のギルドホールへと続く入り口にいた男は信じられない者を見た。表情が強張る。
「オイラがそう簡単に死ぬタマかい?」
呆れ苦笑した男。秘密結社《黄金の夜明け団》の用心棒はケルラの知人。
「フン! それもそうか。そっちの男は見ない顔だな」
「ミネロだ。今は訳あってとある教会の守門をしている」
ギルドホールへ。中には仮面を付けた連中が楽しく優雅に踊っている。
スタッフのタキシードを着た男、バニーガールの格好をした女が仮面をケルラとミネロに手渡す。
「悪趣味だな。本当にここにいる全員が生者と死者なのか?」嫌々仮面を付けるミネロ。
「良い所だろ? 男、女。ゲイにレズビアン。どんな奴でもここでは掟に従う。故に自由なのさ。酒と煙草。性行為に博打。楽園ってーヤツさ」
ミネロはホール内を見渡す。博打ゾーンに目を止めるとルーレット、ダーツ、トランプゲーム、ビリヤード、チェス盤が鎮座していた。
「まだ遊び足りないのか? まあ、金に固執した政治家よりはマシか」
「本題に入ろう。……君は一体何者だ? どうして死者が見えるんだい?」
ギルドホールの中心。緩くカーブしたバーカウンターを陣取るケルラとミネロ。
マスターは物怖じ一つせず、ナプキンでグラスに付着した露を拭いている。
ケルラは2人分のカクテルを注文し、そう尋ねた。
ミネロは仮面の下で薄く笑う。
「探索者ケルラ……。じゃあ聞き返す。今、三大国家の主が血眼になって探している物。『カタストロフィ』をどうやって手に入れた?」
「歴史は繰り返される」
「?」カクテルを軽く呷るミネロ。
「この世界はね。結局、神様がペンで思い付いた『物語』を軸に回っているのさ。生物の細胞も血液も皮膚、骨、内臓、脂肪、毛に至る五体あらゆる全ての要素を詰め込んだ種族。その生殖本能から新たな子種が未来へと遺伝し引き継がれる」
「何が言いたい?」ミネロは問い返す。
「神は全生物に危険で野蛮な心を与えた。脳から送受信される信号がこう訴えるんだ。男には戦え! 女にはより強いDNAを求めよ!」
ミネロは首を傾げ、またカクテルを飲む。仮面の中にある探索者ケルラの表情は険しい。
「孤独な神は全知全能で自らの事をよく知っている。『物語』に飢えた完璧な心が分身であるオイラ達を育んだのさ」
「『物語』は繰り返される? 探索者ケルラ。お前もその中の駒として動き、『マナ』を用いて神様に喧嘩を売ると?」
「そうさ。オイラは『マナ』。『カタストロフィ』をあの日盗んだ。真の錬金術師。その誇りに誓い世界中を敵に回してでも、守るべき者の為に命懸けで戦い抜く」
「呆れた奴だ。お前はその時点で罪人。俺は共犯者。その内、名を変えなきゃならん日が来るかもしれん」
探索者ケルラは無言で頷いた。
「最初のお題に戻ろう。守門ミネロ。君はなぜ死者が見えるんだい?」
「俺が軍人なのはもう知ってるだろう? 出生地は帝国グラントロワの首都ラミルン近郊の市街。中流階級の家庭である程度の事は何不自由なく育ってきた。戦時中に国家総動員法、国民徴用令が導入され、俺が10代半ばの時には軍需工場で働かされた」
三大国家の植民地戦争時代。ケルラは無表情で話に耳を傾ける。
「そんな中、俺を含めた民衆の間で飛び交う噂が3つ。錬金術なる魔法を扱う者達の存在。新たなエネルギー源『マナ』。植民地戦争の終結」
「帝国グラントロワの民は真面だね。どこにも嘘は無い」
「俺の母国トップの座にいるファッケッティー。奴は情報操作。新聞、ラジオ、著名人を扱い虚偽虚飾を国民に伝える事を徹底して許さない。騎士の称号を授かるだけある」
守門ミネロはカクテルを再度マスターに注文し、話をする。
「軍需工場で働いていた俺は次に帝国が定めた徴兵制度により、士官学校への移籍を余儀なくされた。愛国心と富国強兵を掲げ、基礎から徹底的に敵を殺す事だけを学ばされた。戦術・陣形・暗号・諜報――最早生きた殺戮マシーンの完成って訳だ」
他にも武器の扱い方と修理。捕虜をどう苦しませて情報を得るか等、惨い事をたくさん教わってきた――と、ミネロは自嘲気味に話す。
「軍法会議で何が起きたか知らない俺達民にとってサー・ヴィルヘルム・ファッケッティーが取り決めた新たな法律が自身の国民全員に軍服を着せ、マスケット銃を手に取る事なのさ」
だからこそ例の噂話。錬金術師・エネルギー源『マナ』・戦争終結は希望であり魔法の言葉。
「その後、君はあんな辺境地の教会でどうして守門になったんだい?」二重のケルラの質問。
「偶然だ。問題は死者が見えるこの両眼。士官学校で陸・海・空の所属先が迫られた時、俺は迷わず陸軍を選択した。特に野伏の素養がある俺の目的は――エネルギー源『マナ』を見つけ出す事」
「……なるほど。その特異体質のお陰でオイラの正体に迫ったのか」
かつていた歴代の錬金術師達から『憎悪』『怨念』『呪縛』を受け継いだケルラ。
「ケルラ、君は自分で思っている以上に重いモノを背負っているんだよ。三大国家の世界大戦なんて比じゃないレベルのね。そこで……だ。俺に『マナ』を封じ込めた禁断資源『カタストロフィ』を預けてくれないか?」
「オイラと神父セルヴァティコの会話を盗み聞きしていた理由はそれか」
「もう良いじゃないか。君はよく頑張った。後は俺が君の目的を受け継ぐ」
「でも、君は錬金術師では……」
ハッとしたケルラ。脳裏にあの時の戦い。一対一の戦闘が蘇る。
「――俺はもう錬金術師だ。それもケルラ……君の歪んだ思想を抱かされた一人の民なんだ」
「そうか。ミネロ、君はわざとオイラの攻撃を受け止めたのか。死を覚悟して」
「言ったろ? 俺はこれでも優秀な野伏だ。三日三晩魘されたな」
ハッハッハッハ! と、2人は柄にもなく大笑い。戦争を忘れる実に快活な笑みだ。
探索者ケルラの錬金術――聖遺骸『聖杯』と『マナ』を調合し生成された金のブーツで攻撃を喰らい悪夢を見た守門ミネロ。
野伏である彼の算段は自分も錬金術師になる事。
可能にしたのはケルラが金のブーツに込めた『怨念』――民の想い。
野伏とは過酷なサバイバルを生き抜く存在。取り分け優秀な野伏であるミネロは3日間、悪夢の中でずっと民の『怨念』と戦っていた。
民の『怨念』との果てしない闘争の中、守門――野伏ミネロはその憎しみの元凶。探索者ケルラの『心』とリンクする。いや――
――錬金術師ケルラの『心』――
ミネロは錬金術師になる為、民の『怨念』を受け入れる。
死と隣り合わせの中、錬金術師ケルラともう一人の力を借りて『物語』を構築。
野伏の知恵と経験を活かし、死に物狂いで錬金術をマスターする。
3日間それは続いた。
「『怨念』を受け継ぎ、俺が野伏のプライドを懸けて築いた錬金術。異能の力が『物真似』だ」
「君はオイラに関して物知りだ。精神に繋ぎ止めた理性と本能。欲望と意思が『遺志』を育ませる。その為にオイラは『カタストロフィ』を盗んだ。自分の『意志』で。ミネロ、君はオイラの分身だ」
「面白い事になってきた」
探索者ケルラに守門ミネロは皮肉に歪んだ笑みを同時に浮かべた。
*
ギルドホール内の幽霊達は一斉にダンスを止めた。ある人物が現れたからだ。
――レイスター・クロウラー。
錬金術師界のトップにして《クロウラー派》の創設者。秘密結社《黄金の夜明け団》を裏で執り仕切る天使・悪魔・神学者・邪教徒、どれにでも成り得る善悪を超越した存在。
「あいつが伝説の錬金術師?」
顔には当然仮面を被り、その表情は分からない。
「……ああ、オイラが目指していた世界最高の錬金術師界の首領さ」
「さて、生きてる者も死んでる者も皆余興は楽しんだかね? これから大事な仕事……いや、パーティーが開催される。我等、《黄金の夜明け団》が世界に君臨する時が来たのだ!」
――うおおおおおおお! 生者も死者も皆が大喝采。ギルドホール内が地響きで揺れる。
「何でだ? あいつだけ生者か死者か見当も付かない」
ミネロは困惑。唯一の情報は仮面の下から覗く首のライン。喉仏が見える。男だ。
「今頃、鼠は慌てふためいている所だろう。協力者を演じる私の中のもう一人の鼠が偽物である『カタストロフィ』を弄んでいる――まるで赤子が初めての玩具をプレゼントされたみたいにな」
その贋作である『カタストロフィ』は文字通り大事な大事な玩具。単なる時間稼ぎのな! と、レイスター・クロウラーが実に人間らしい歪んだ笑みを浮かべ吐き捨てると、聴衆が沸いた。
「……《黄金の夜明け団》の目的はたった一つ。首領クロウラーを媒体にしてゴーレムを生成。三大国家の探し物。『カタストロフィ』を永遠に自らの聖遺骸としてこの世に遺す事」
苦笑するケルラに対し複雑な顔で溜め息を吐くミネロ。
「何でだ? 何でそんな大事な物を……『カタストロフィ』をケルラ、君が持ってるんだ?」
今度はケルラが溜め息を吐く。何か可笑しな事でもあるのか?
「『探索者』だからさ」
守門ミネロはバカバカしい! とでも言いたげに口を噤む。反論する気にもなれない。
「さて、諸君! 世界を手にする日が待ち遠しいか? 本物の『カタストロフィ』を手に入れ、奴等――グラントロワ帝国、ジェラルド・ファミリー王国、満月野兎王朝なる三大国家の連中に真の錬金術師として牙を研ぎ澄ます準備と覚悟は良いか?」
――いえやあああああああ! 憤怒の塊と化した《黄金の夜明け団》の咆哮は戦争に革命だ。
「クロウラーの望み……目的は何だ?」ミネロはもう自棄になっている。
「世界征服さ。《黄金の夜明け団》亡き同胞達に手向ける復讐の怨嗟」
――世界大戦に刃を――
「……な~るほど♪ あの時交わした合言葉の意味は――」
その時だ。王侯貴族の男が仮面をせずに乱入! 大声を張り上げ怒鳴り散らす。
後ろに続くのは彼の配下である兵士が軍隊を組んで列を成す。
「あれは……まさか! ヴィルヘルム・ファッケッティー?」
母国グラントロワ。騎士の登場。
困惑の色を隠せない守門ミネロ。
「秘密結社《黄金の夜明け団》! 貴様らの陰謀は既に暴かれた。クロウラー……貴様の残してくれた手紙のお陰でな!」
ピクッ! と、反応する探索者ケルラ。
「暴かれた? 手紙? フッフフ♪ 最初に我等と手を組み共に裏で『マナ』を生成。グラントロワ首都地下に『カタストロフィ』を作る研究所があるのは誰も御存知無いのかね?」
従えていた兵が一斉に騎士の方へ振り向いた。
――グラントロワ帝国の忠義の為、己の手となり足となれ――
全ては帝国グラントロワにいる民の為ではない。
偽りの正義で世界を牛耳るのが目的。
何も知らない民は愛国者と化す。
剥ぎ取られた仮面。
化けの皮が剝がれる。
これが本当のファッケッティーの素顔。
「民よ動揺するな! 貴様の嘘には反吐が出るクロウラー! 私は帝国の為に働いているのだ」
「こちらの台詞だ。『マナ』を共有し、その働きぶりは称賛に価。感謝の念すら覚える。嘘を吐く才能は間違いなく君の方が上だ。哀れで愚かな騎士の称号を叙勲されし民よ」
「極刑は免れんぞ! 《黄金の夜明け団》のトップがレイスター・クロウラーだと言うのは世界中の民が既に周知の事実。『カタストロフィ』で悪夢の元凶を育むのは一体誰だ?」
「私を誰だと心得ている? 君はもう少し賢くあるべきだ。騎士よ」
「貴様をここで斬らなければ騎士の称号に泥を塗る。覚悟せよ! レイスター・クロウラー!」
その時だ。ファッケッティ―の動きが急に鈍くなる。
御恩と奉公。
騎士が王に跪き首を垂れる。
「……な!? 何が起きてるんだ?」
「見えていないんだよ。哀れな騎士よ。ここにいる民衆達が」
他の兵士達も取り憑かれた様に身動き一つ出来ずクロウラーに首を垂れる。
皆、悪夢を見て金縛りに呻き声を上げていた。
死んだ幽霊の民。魂の怒り。怒りの矛先は『物語』を壊した元凶。
植民地戦争なる三大国家が巻き起こしてきた争いの火種に向けられる。
――『カタストロフィ』の力が老若男女問わず姿を見せる。
驚愕の騎士。ヴィルヘルム・ファッケッティー。
「哀れな王侯貴族の騎士よ。これが現実だ。真の錬金術師である私が継承し創り上げた『物語』の中のね」
「継承……だと? この手紙……まさかル・シアに?」
ゴホン! と一介の学者気取りで咳払いするレイスター・クロウラー。
「『物語』は民が創る。政府でも、朝廷でも、国家でもない。それこそ《黄金の夜明け団》の掟だ。ここでは人種も国籍も差別も偏見も生きてるか死んでるかも関係ない。素顔を隠し『物語』は綴られる。誰の権力にも屈する事無く『マナ』のお陰で喜怒哀楽を享受出来る」
産業革命で様々な文明・文化が促進。唯一残されたのは――デジタル。VR仮想空間。
IT革命なる夢はこの時代発生せず、ネット社会は普及する事も無い。
「――それにしても遅かったな。待ちくたびれたぞ。貴様が全ての火種となるのだ。哀れなグラントロワ帝国民の狂言者。新世界創世譚の始まりだ」
民の『物語』は三大国家陰謀破壊計画にまで発展。
「本物の錬金術とは何かを奴等に知らしめてくれよう!」
『カタストロフィ』を掲げるクロウラー。
そこに予期せぬ事が起こる。
最早、《黄金の夜明け団》は誰の手にも負えないと思われた矢先。
「――そうはいかないな。私を差し置いて『カタストロフィ』をたかだか『物語』に置換されてしまっては……全知全能の神が血の涙を流す」
地下ギルドホール内に侵入してきたのは教皇パドス・ロコス。更に優秀な枢機卿が数名。
「遅かったじゃないか。教皇パドス・ロコス」騎士は先程までの余裕を取り戻す。
「悪かったよ。一人の老神父にやたら時間を取られてね」
探索者ケルラと守門ミネロは絶句した。
「老神父って……」
「……ああ。俺の悪い予感はよく当たるんだ。セルヴァティコの事だ」
他人の為にどこまでも世話を焼く神父の中の神父。
司祭セルヴァティコは拷問を受けて死んだ。
教皇パドス・ロコスの魔の手で。
教皇パドス・ロコスは宝珠の埋め込まれた杖『アロンド』を一振り。
大地に崖を作り海を両断する錬金術の力でサー・ヴィルヘルム・ファッケッティーを死んでいる民から引き剝がす。
サー・ヴィルヘルム・ファッケッティーは教皇パドス・ロコスとも裏で糸を引いていた。
「ククク……ハア――ハッハァ――! まんまと引っ掛かってくれたな哀れな愚民共よ! 見えない貴様等の『物語』……いや、喜劇もこれにて幕を閉じる! これが俺様の『物語』!」
更に……と、グラントロワ帝国の主は続ける。
「クロウラー。全て貴様の思い通りになるとは思わぬ事だ。もう既に三大国家の二つ。ジェラルド・ファミリー王国、満月野兎王朝のトップに伝えてある。『マナ』、禁断資源『カタストロフィ』を持っているのはあのレイスター・クロウラーだとな!」
三大国家の密談。ジェラルド・ロウ・ダルグリーと月下美人は間違いなく参戦するだろう。
『マナ』を我が物にする好機。一時、終結しかけた植民地戦争は禁断資源『カタストロフィ』争奪戦へと姿を変えた。
「そこで……だ。俺はこう言ってやるのさ。それにしても遅かったな。待ちくたびれたぞ。貴様が全ての火種となるのだ。哀れな秘密結社の狂言者。新世界創世譚の始まりだ!」
「――何だそういう事か!」
ポン♪ と柏手を打ち、余裕なのか間抜けなんだか分からない発言をしたのは探索者ケルラ。
「お、オイ! ケルラ! こんな時に無茶ぶりは止めとけ!」守門ミネロが囁く。
「あん? 何だ貴様。名を名乗れ無礼者!」
これ以上の時間稼ぎは無意味と覚ったのか、ファッケッティ―の語気が荒くなる。
「オイラは探索者ケルラ。さて、問題♪ あんた等の探し物は果たしてどちらでしょ~うか?」
一人の探索者が掲げたのは――他でもない禁断資源『カタストロフィ』。
――な!? 騎士ファッケッティ―と教皇パドス・ロコスの顔色が変わる。
「何が起きてる? 説明しろレイスター・クロウラー。答えを教えてくれれば命だけは助けてやる」
「――フ♪ フフフ。果たしてどちらかな? 偉大なる騎士よ」
両手を広げ、苦笑するレイスター・クロウラー。実に歪んだ笑みだ。
そのジェスチャーに堪忍袋の緒が切れたファッケッティ―。瞬足の速さでクロウラーの腕を『カタストロフィ』ごと斬撃。
「いい加減にしろ。貴様等の茶番に付き合う気は毛頭ない。先程の幽霊どもを実体化した力。間違いなくこちらが本物……」
――!?――
異変に気付いたサー・ヴィルヘルム・ファッケッティー。
「教皇パドス・ロコス! 奴だ! 奴を狙え! 答えは探索者ケルラだ!」
ファッケッティ―の叫び声で教皇パドス・ロコスが動く。
杖『アロンド』の先端。
宝珠から錬金術が生成。聖なる光が煩悩に支配されし獣。どす黒く歪む。
狂った教皇の欲望。『意志』を育んだ凶暴な野獣が数体、出現。
「行け!」
グルルルル! と、唸り声を上げて牙を剥く教皇の『野心』。
「チ! バレたか! 下がれケルラ! 『カタストロフィ』を奴等に渡したら世界は終わりだ!」
ケルラの前に仁王立ち。背負っていたハルバート片手に構える守門ミネロ。
教皇の『野心』はハルバートで突いてもぶっ叩いても消滅しない。
分裂してハイエナみたいにしつこく粘っこく襲い掛かって来る!
「全く! PTSDから復帰した最初の戦いがコレかよ! 野伏にしたってやり過ぎだぜ?」
何とか上手くケルラから距離を取り防衛しているミネロ。
――ありがとう。ミネロ! と、心から感謝しているケルラの前に立ち塞がる騎士の影。
「さ~て……と。悪いが小僧、その『カタストロフィ』をこちらに渡して貰おうか」
当然、この隙を見逃す程甘くはないサー・ヴィルヘルム・ファッケッティー。
「その前に、どうしてオイラがコレを持っているのか知りたくはないかい?」
――暫しの沈黙。
「……良いだろう。どういったトリックだ? またしても俺を煙に巻いた張本人! 最期の武勇伝くらいは聞いておいても損はない」
相対する2人。この一触即発の事態でも実に剽軽な態度を取るケルラ。
相手は騎士の称号を授かりし、圧倒的な強者。探索者を名乗る真の錬金術師ケルラでも接近戦に持ち込まれれば、待っているのは即――死あるのみ。
短剣グラディウスを腰に携え、更に三日月刀を抜刀している。居合斬りの達人。
「なぞなぞ~♪ 答え。実はどちらも本物」
これ以上聞く必要は無い。そう判断したファッケッティ―の斬撃、太刀筋をギリギリまで見て紙一重でかわす探索者ケルラ。バク宙してホールの壁に足を預ける。そのままバネ仕掛けの要領で対峙していた場所から逆方向へと跳躍。大きく距離を取る。
探索者ケルラの手には――既に数本の試験官がある。外套の内側に縫い止められた革の収納。
まるで拳銃を格納するホルスター。
「フン♪ 異常な動体視力だな。両方とも本物なら今度はそうはいかないぞ」
「残念ながらその『カタストロフィ』は消費期限切れ。騎士ファッケッティ―様、分かっている筈だ。さっきまで演説していたレイスター・クロウラーも偽物だって事を」
――生者か死者か? 見当も付かないミネロの判断は真実。
「この野郎……どこまで他人をおちょくれば気が済むんだ? ケルラ。貴様の望みは何だ?」
「グラントロワ帝国首都地下。『マナ』生成所にて一人の人物がある事件を起こした」
「望みは何だと聞いているんだ!」
「そいつは秘宝『カタストロフィ』を盗む事に成功したものの最終的に命を落とした……」
……と、誰もがそう思っていた。
「――何だと? もしかしてそいつは……」勘の良いファッケッティ―は嫌な予感がした。
『マナ』生成所には数多くの警備兵がいた。腕利きの雇われ傭兵からミネロと同じ元軍人。
「その人物が錬金術師界のトップ。レイスター・クロウラーの女弟子であっても……この歪んだ世界の五指に入る真の錬金術師の継承者であっても、『カタストロフィ』を盗み出すので精一杯」
――唯、それだけで良い。少女は本気でそう思っていた。
少女は守るべき者の為に最期まで抗う。自身の『物語』を後世にまで受け継がせる為に。
「秘宝を手に入れた少女は追手から心臓を貫かれる刃と共に錬金術を発動。その男に自身が背負っていた伝統。真の錬金術師にだけ宿る禁断の『物語』を心臓に杭を打ち込むが如く魂を乗っ取る」
『カタストロフィ』と自身の屍――聖遺骸を意識が途絶える最期の時まで命綱として用いた。
「それが事実ならば貴様が――」
――もう一人のル・シア――
不意に例の手紙の内容が脳裏を過ぎる。
――敬虔なる信徒。ル・シア。この手紙を読む者が誰かは既に分かっている。他でもない騎士ヴィルヘルムだ。私はいずれ彼に殺されるだろう。その為にこの手紙を書いた。先に布石を打たせて貰ったよ騎士。盤上のゲームはもう始まっている。そこに刺客を送り込んだ。世界最高の錬金術師をな。最後の試練をどう乗り切るかはル・シア。君次第だ。これが影武者としての役目。もう一人のル・シアへ。本物の私を導き手の使いと共に探し出せ。レイスター・クロウラーはまだ生きている――
死んでいた筈のレイスター・クロウラ―。死んでいた筈のル・シア。
全ては真の錬金術師にしか成し得ない所業。目の前に全く別人の姿をしたル・シアがいる!
「狂っている! 貴様等は人ではない! 悪魔そのものだ!」
「理性と本能。欲望と意思が『遺志』を育ませる。その為にオイラは『カタストロフィ』を盗んだ」
「……どういう意味だ? 今度は神にでもなるつもりか?」
「新世界創世譚。オイラ達は全く無力なのかい? このクソッタレた理不尽な仕打ちに対抗する術を生まれ落ちた瞬間から授かっている」
「『マナ』と錬金術か?」
「半分正解。残る答えは『人間』と『物語』さ」
騎士。ヴィルヘルム・ファッケッティーは今、悪寒が背筋を撫でる。
「広大すぎて見えない盤上でオイラ達が神の『物語』に駒として踊らされているのならば、オイラ達はその限られた空間の中で出来る事をやれば良い」
「錬金術師ル・シア。お前の望みは何だ?」
ル・シア――ケルラはニヤリと口角を曲げ、実に皮肉な笑みを作る。不可思議で歪んだ民の感情が途轍もない負の『憎悪』『怨念』『呪縛』を解き放つ。
全身の血液が凍るファッケッティー。
――これが……コイツが抱える闇が本物の民の感情の発露か――
「孤独な神の『物語』から生まれた派生種。人間。この世界で一番危険で野蛮な種族なのさ♪」
「……決着を付けねばならないな。真の錬金術師ル・シア!」
瞬間、ファッケッティーの姿がル・シアの視界から消滅!
鳩尾を白刃が貫いていた。グバァ! と、大量の血を吐くル・シア。
「これが騎士の実力だ。お前の掌の上で踊らされるのは、もう勘弁してほしいね♪」
騎士。ヴィルヘルム・ファッケッティーが刃を抜こうとしたその時。
――インホー ウンハス ナハル アル ハリーブ――
「……な、何の呪文だ? 三日月刀が!?」
「《黄金の夜明け団》の目的をもう忘れたのかい?」
痙攣しながら血を何度も吐き、白目をむいて言葉を綴る真の錬金術師ル・シア。
「汚らわしい! 所詮、一介の民に過ぎないんだよ! 貴様があのレイスター・クロウラーの受け継がれし錬金術師、ル・シアであってもな!」
「首領レイスター・クロウラーの記憶を媒体にして――ゴーレムを生成するんだ!」
――レイスター・クロウラーは生きている。
『カタストロフィ』を盗んだ日。
ル・シアは自身の肉体、精神――『物語』を後世に伝える為に全力を尽くした。
強靭な精神の持ち主――探索者ケルラ。
あの日、伝説の錬金術師ル・シアを刺した男は聖遺骸に『カタストロフィ』を用いても屈しなかったのだ。
ケルラに負けたル・シアは魂を『物語』を消滅しかけた。
その『意志』に興味を抱いたケルラ。
真の錬金術師に宿る『憎悪』『怨念』『呪縛』を背負い、代々受け継がれし『物語』を知る。
探索者の本能が疼いた。唯、それは少女ル・シアにとっても同じ事。
――ケルラを知る為に探索者と化した少女ル・シア――
こうして二人の取引は成立。ケルラの体内で今もル・シアの『物語』は息づいている。
一心同体。運命共同体。事実は小説よりも奇なり。
そこで気付かされた事。『物語』の中枢。最奥でレイスター・クロウラーの錬金術が微かに紡がれている。
「レイスター・クロウラーの記憶を……だと?」
驚愕で喉が震えるヴィルヘルム・ファッケッティー。
「ゴーレムを生み出す貴様等《黄金の夜明け団》の邪念。どの様な『物語』の結末を迎える事になるかな?」
余裕を取り繕うファッケッティー。三日月刀はケルラ(ル・シア)の腹部を貫いたままだ。
赤く染まる鳩尾から血が刃の先端、鍔を滴り落ち柄にまで届く。
「「知りたいのさ。一人の探索者ケルラ――錬金術師ル・シアとして三大国家が滅亡した後の世界を」」
探索者ケルラ。錬金術師ル・シアの声が重なり、『カタストロフィ』と自らの生き血を試験官の中に調合。
まるで体外受精が成功したかのようなミクロな世界から全世界の民へと派生する『物語』が荘厳な輝きを宿して先程右腕を斬撃されたレイスター・クロウラーの影武者。
消費期限が切れた『カタストロフィ』で創り出された偽者。
もう一度、鼠としての役目を果たす。
「全ての民に祈祷を捧げる。三大国家の『物語』に終止符を!」
生命の息吹を与えられた偽物クロウラーの仮面は剥がれ落ち、生者、死者の魂の『物語』を叶える為に弥勒菩薩と化した。
膨張を重ね巨大化した弥勒菩薩は金色の輝きを失う事はない。
ギルドホールの天井を貫き、空を浮遊する。
ゴーレムが生まれ、新世界創世譚の始まり。
――これこそが《黄金の夜明け団》の最終目的!
「な、何て事だ!」「あれが……ゴーレム!」
戦っていた教皇パドス・ロコスと守門ミネロも思わず動きが止まり、見上げる。
全ての災厄。火種と化した哀れなグラントロワ帝国民の狂言者。騎士ヴィルヘルム・ファッケッティーは失意の底に陥落。
「ああ……! この俺とした事が! たかだか一介の民の魔の手に乗せられ、『物語』なる陳腐な代物から新世界創世譚を逆手に取られるなんて……!」
希望はジェラルド・ファミリ―王国、満月野兎王朝の長に託された。
ジェラルド・ロウ・ダルグリーと月下美人である。
黄金に輝き、天空を支配する巨大弥勒菩薩。
「あれは……まさか!」「この様な事態が起こるとは、現実とは思えぬ」
兵を従え秘密結社《黄金の夜明け団》のアジト。ギルドホールへと行進、周囲を取り囲んでいた残る二つの巨大国家は敵が禁じ手に出た事を直ぐに覚る。
「しくじったわね! 騎士ヴィルヘルム!」
「秘密結社一つ壊滅出来ないとは……帝国グラントロワも落ちぶれたものよ」
月下美人は歯軋りし、ジェラルド・ロウ・ダルグリーはぶっとい葉巻を燻らす。
「ジェラルド! これで証明されたわ。私達が欲している真の錬金術は――」
「――我々が略奪した植民地の中にいる民が持っている!」
秘密結社《黄金の夜明け団》の革命。
燻る火種は民族闘争を引き起こす。
――世界大戦に刃を――
全世界――民の魂。
『物語』に自身の『物語』を共鳴させ、ゴーレム。
弥勒菩薩は錫杖を一振り。
金色の光。錬金術が降り注ぎ、レイスター・クロウラーの歪な記憶が『憎悪』『怨念』『呪縛』と共に解き放たれる。
世界終末譚は民の心に静かに染み渡る。湖面に一滴垂れた雫が波紋を広げる。
一人一人老若男女問わず、新たな『物語』を形作る。
箱庭。小さく孤独の世界から一時大勢の民に囲まれ、世界が一つになる。
虐げられた民は世界に牙を剥く。
各々が包丁、斧、鎌、鍬等を手に持ち二つの国家最高権力者。
ジェラルド・ファミリー王国、満月野兎王朝のジェラルド・ロウ・ダルグリーと月下美人に襲い掛かる!
――世界大戦に刃を――
民は『マナ』を源泉にして錬金術を展開! 盤上の駒は真の錬金術師レイスター・クロウラーの『意志』と己の『意志』を結合。
歪んだ心はクロウラーの扇動によってギアが重なり合い歯車が加速。戦争に拍車を掛ける!
血眼になって民と戦う二大国家の長。
ジェラルド・ロウ・ダルグリーと月下美人は数百、数千いる民衆の中――真の錬金術師。
『カタストロフィ』の使い手を探す為に必死だ。
グラントロワ帝国が陥落した今、ジェラルド・ファミリー王国、満月野兎王朝のどちらかが覇権を握るのだ。
*
「探索者ケルラ……と錬金術師ル・シア。このくだらない戦争を終わらせる為に『カタストロフィ』をこちらに渡せ」
「「くだらない戦争――だって?」」
初めて怒りを露わにする探索者ケルラと錬金術師ル・シア。
相手は聖教会の教皇パドス・ロコス。
「私の杖『アロンド』には全てを引き裂く錬金術が先端の宝珠に宿っている。災い。今回の民と国家間に起きた諍い……。分断する事が可能なのだよ」
「「そんな事は……許さない!」」
騎士ヴィルヘルムの白刃により貫かれた瀕死状態の身体。
ケルラとル・シアは既に己の『意志』だけで立っている。
「ならば仕方ない。死ね」
教皇パドス・ロコスは杖『アロンド』。宝珠から錬金術の光を展開。ケルラとル・シアの意識を強制的に引き剥がそうとする。
「貴様――――ふざけるな! 俺との戦いを忘れたのか!?」
狂い吠え猛る守門ミネロがケルラ(ル・シア)とパドス・ロコスの間に割って入る。錬金術の光線はミネロに直撃した!
ミネロの中。2つの素養が分断される。
野伏と錬金術師。
素の状態。守門ミネロは野伏と錬金術師――どちらかを選ばざるを得ない岐路に立たされた。果たして彼が選んだのは……?
「さて? たかが一介の民に過ぎない男の中には何か特別な力があるのか?」
「……フン! フフフ♪ ほざいてろこの悪の権化。権力の亡者が!」
その時、教皇パドス・ロコスは杖『アロンド』からウイルスの様に感染し、ミネロの中に宿る凶悪な力に初めて気付いた。ミネロはその切り札を遂に引き出す。
「――な!? 貴様は探索者ケルラ……!?」
『物真似』――発動! 守門ミネロが選んだのは錬金術師!
錬金術『物真似』で守門ミネロは探索者ケルラと一時的に全く同じ姿になり、その性質も受け継ぐ。
そこには錬金術師ル・シアの想いも含まれていた。
「……こ、これは一体どういう事だ? 2人の内どちらかが本物なのか?」
その最中、ジェラルド・ロウ・ダルグリーと月下美人が天井の割れたギルドホール内に辿り着く。
2人の率いている兵士は今、対市民と暴動を繰り広げている。
「教皇パドス・ロコス――貴方も『カタストロフィ』を?」
「邪魔者がもう一人増えたのう。所であの同じ姿をした2人組は何者だ? 双子かの?」
「こ……これは月下美人様にMr.ジェラルド。私は聖教会の教皇ですぞ? 『カタストロフィ』を狙っているとはとんだ御冗談を――全ては神の導きのままに。……アーメン」
この期に及んで嘘を吐く教皇パドス・ロコス。
「じゃあ何でこんな所に? まさか神様のお告げがどうのこうのって訳じゃないでしょうね?」
月下美人――女の勘が教皇パドス・ロコスに『カタストロフィ』を盗んだ敵だと教える。
「フン! まあ良いわい。ここからは生き残りを懸けたサバイバルじゃ。今更敵も味方もない」
ドデカい葉巻を銜え、ジェラルドは同じ格好をした2人の男に視線を注ぐ。
騎士ヴィルヘルムは戦意喪失で発狂。帝国グラントロワの戦争は終結した。
同じ格好をした謎の男が2人。片方は軽傷。もう一方は瀕死の重症。
「くっ……! クソが――――! あと少しで『カタストロフィ』と世界は我が物になる筈なのに!」
杖『アロンド』で錬金術をがむしゃらに発動する教皇パドス・ロコス!
月下美人は笑って何もかもを分断する光を吸収した。
「理性を失ったわね? 教皇パドス・ロコス。私の体質をもう忘れたのかしら?」
満月野兎王朝女頭領――月下美人。
彼女には錬金術が一切効かない。一定の限界値を越えるまで強制的に吸収する。
「……今回の事件にまで発展したのは騎士ヴィルヘルム・ファッケッティーと聖教会教皇パドス・ロコスが裏で手引きしていたみたいじゃな」
女帝――月下美人は全ての錬金術を吸収する。世界中の錬金術師が一斉に魔法を放った所で限界値を越えるまではゴムに熱を通す作業と化す。
限界値を越えると、彼女の本性が露わになる。
「満月野兎王朝女頭領。月下美人は俺が殺る。ケルラ、お前はジェラルドを頼む」
「「ハァ、ハ、ハァ……だ……大丈夫かい?」」
真の錬金術師も生身の身体。ケルラ(ル・シア)の意識は朦朧としている。
「瀕死状態のお前に言われてもな。月下美人は近接戦闘専門。俺としても都合が良い」
「「……わ、分かった。オイラにも切り札が残ってる。まだ……死ぬ訳にはいかない」」
「密談は終わりかの?」
目の前にジェラルドが迫る。ジェラルド・ファミリ―王国の主。
「上手くやれよ相棒。死んだらあの世で会おう」
冗談に聞こえない。そんな台詞だけを残してもう一人のケルラ。ミネロは月下美人と対峙。
「「……分かってるさ相棒」」
「……何から聞こうか? 空飛ぶ黄金の弥勒菩薩? 『カタストロフィ』の行方? お主等2人は何者?」
「「……フン! ジェラルド・ファミリー王国の王にしては物知らずだね」」
「んー? な~んかお前さんの声が二重に聞こえるんじゃが……気のせいか?」
「やっぱり無傷の方が来たわね。その方が少しは楽しめそうだわ♪」
「舐めるな。満月野兎王朝女頭領月下美人。こちとら近接戦闘のプロだぞ」
教皇パドス・ロコスは計画失敗。錬金術を扱う精神力を使い果たす。月下美人に背後から軍用ナイフでドス! と、刺され暗殺。直ぐに楽になる。冷酷非道な女の魔手だ。
最終戦闘が幕を開けた……!
「さて……と。あちらは楽しくやってるみたいじゃが、こちらは一瞬で方が付きそうじゃの。若造。名を名乗れ。お前さんの死は後世の墓碑銘に刻まれる」
『フランヴェルジュ』と呼ぶ祭器用の刃が炎の様にのたくった剣を振り被るジェラルド。急所を抉る一撃を浴びせ様とした矢先――
「「……オイラの秘密を知りたくはないかい?」」2人の言葉。解き放たれる切り札。
「あんた達、双子じゃないでしょ?」
ハルバートに軍用ナイフで対抗する月下美人。一瞬でミネロの正体にも迫る。
「お~怖い女。俺の『物真似』がこんなにも早く見破られるなんてな♪」
「イミタシオン? 物真似って意味? そんなもん知らないわ。私が気付いたのはあんたに無くて、あっちの同じ顔した男にはあるものよ」
「……何だ? それは」初めて訝しげな表情になる守門ミネロ。
「少なくともあっちの男。恋をしているわ。相思相愛のとても幸せな」
「どうしてそう言い切れる?」
「女の勘よ」
「「『カタストロフィ』を盗んだのはオイラ――探索者ケルラの中にいるもう一人の人物。オイラは共犯者」」
「……ほう。興味深い話じゃな。そいつは何者だ?」
「「オイラに殺されかけた真の錬金術師ル・シア――彼女の『意志』を引き継いだのが探索者ケルラ」」
「何だと!? まさか貴様の声が二重に聞こえるのは……」
「「オイラの声がダブって聞こえるのは『物語』の中にいるル・シアと恋に落ちたからさ」」
一心同体。運命共同体。事実は小説よりも奇なり。
ル・シアとケルラはお互い殺し合った仲。
運命の赤い糸があるとすればこれ程皮肉な物語もないだろう。
「「この歪んだ世界に『物語』を綴ろう。哀れな人間は《黄金の夜明け団》のトップ。弥勒菩薩のゴーレムに己の『意志』を宿したレイスター・クロウラーの微かな錬金術の中で育つ」」
『カタストロフィ』に探索者ケルラ、錬金術師ル・シアの想いを籠める。
『物語』の中で探索者ケルラと錬金術師ル・シアの遺伝子(DNA)が蠢く。二人は自分達が創り出した架空世界で繋がり一つになる。
禁断の果実を食べたアダムとイヴ。
新世界創世譚の中でもう一度、新世界創世譚!
――オイラ(私)は神ではなく人に祈祷を捧げる!――
「そうはさせるかぁ――――――――――――!」剣を振り被るジェラルドは若武者と化す。
愛剣『フランヴェルジュ』には炎陣と呼ぶ炎属性の印が刻まれている。
斬る度に炎の強度は増し、純度も高くなる。
熱を帯びる力は敵が強大である程、持ち主のモチベーションを向上させる大量のアドレナリン分泌を促進。
熱気が運動量と共に比例し、彼は若返る。
鬼に金棒。『フランヴェルジュ』がジェラルドの長生きの秘訣。
ケルラ(ル・シア)は歪みきった笑いを浮かべる。吐血し、口元に血を垂れ流した2人は地獄の業火に焼かれて命を落とした。
『カタストロフィ』を手に入れたジェラルドは仮面が剝がれ落ち、本性が露わになる。
「ヒャハハはッはアあはははアハハハっはハハハハッハッハ! これで世界は我等のものだ!」
「チッ! 先を越されたわね!」
「ケルラ……俺も直ぐに行くよ」
探索者に真の錬金術師。ケルラとル・シアの聖遺骸は弥勒菩薩の『意志』と共にある。
その時、ジェラルドが手にした『カタストロフィ』に歪な光が宿る。
「―――な!?」
探索者ケルラ、真の錬金術師ル・シアの想いは『マナ』と繋がり弥勒菩薩の『意志』――最後の錬金術『創造輪廻転生』を紡ぎ出す。
『創造輪廻転生』で復活したケルラとル・シアは全く違う姿をしていた。
ケルラは漆黒の鎧を全身に纏う巨大な十字の剣を携えた魔戦士。
ル・シアは背中に白い翼を宿した透き通る薄い白衣にヴェールを被る姫君。
暴虐の民。堕天使ルシファーの陰と陽。
秘宝『マナ』。その力を得たケルラとル・シアはレイスター・クロウラ―の錬金術で永遠の聖遺骸をこの世に遺した。他でもない自分達自身だ。
『カタストロフィ』――消滅!
「ハ……ハハハ! あいつ等ガチでやりやがったよ!」守門ミネロは呆然と歓喜。
怒りを示す二大国家の長。月下美人とジェラルド。
「そんな……! 冗談じゃないわ!」「……ここまで来て……クソが―――――!」
黄金の弥勒菩薩。ゴーレムは民の歪んだ呪詛に共鳴し錫杖を揺らす。
雨の如く降り注ぐ錬金術の光は決して崇高に値する代物ではない。
寧ろ逆。どす黒くどこまでも憎しみに飢えた闇の中にある。
――『物語』から生まれた派生種。人間がこの世界で一番危険で野蛮な種族なのさ♪――
五月雨の錬金術を喰らい、限界値を越えた月下美人。遂に仮面が剝がれる!
「クッソが―――! 満月野兎王朝の頭領である我が世界の覇権を握るのだ!」
月下美人の正体は龍。
溜め込んだ錬金術を消費するまで自我を失う。
「『カタストロフィ』をもう一度生み出す為に、貴様等を放置する訳にはいかん!」
ジェラルドも愛剣『フランヴェルジュ』にもう一度力を籠める。
民に兵隊を殆ど刈り取られた今、月下美人もジェラルドも本気だ。
「ケルラ! 私の手を取って!」翼を広げ空を飛翔するル・シア。
「――これが最後の時だ」ジャンプしてル・シアの手に自らの掌を重ねるケルラ。
そのまま勢いを殺さずに天高く飛翔したケルラ。
十字大剣を構えて呪文詠唱。
――ユイ ウジュ アル ガウン ジエン コム シフ――
「世界大戦に……」世界中の民が放つ錬金術をその身に纏い、漆黒の主は皮肉に笑う。
――刃を!――
不可思議に歪んだ民との合言葉。
頷くケルラはこの世で最も美しく醜い革命を達成させる!
《黄金の夜明け団》首領レイスター・クロウラーを媒体にした弥勒菩薩の『意志』。
錫杖と共に全神経を今、眼下に映る敵対勢力。
満月野兎王朝の月下美人。
ジェラルド・ファミリー王国のジェラルド・ロウ・ダルグリー。
グラントロワ帝国のサー・ヴィルヘルム・ファッケッティー。
三大国家の帝王へ向けて両手に握る十字大剣に解き放つ!
――聖十字架――
強大な十文字斬り。混沌とした民に町に都市に国に大陸に世界に降り注ぎ一刀両断。
周囲が爆散し、大地が揺れ、猛烈な衝撃波が空を裂く。
三大国家。世界への警告。民の一撃が宇宙からでも見渡せる程、爪痕を残した。
歪んだ民の物語により世界が混沌とした革命を果たすと黄金が夜明けを告げる。
神さえも皮肉に笑う鮮やかな朝日だ。
*
今宵は教会で2人の男女が結ばれる。
バージンロードを歩き、祭壇を目指すル・シア。
結婚式に参列したのはたった一人。守門のミネロだけ。
「何というお粗末な結婚式だろう?」スーツに身を固めたケルラは苦笑。
「あら、良いじゃない。これだけの人達が私達を祝福してるのよ?」
純白のウェディングドレスを着飾るル・シアが冗談交じりに微笑む。
誰もいない筈の周囲から拍手と冷やかす声が聞こえてくる。
神父のセルヴァティコが仲人を務める。
「汝等はお互いに切磋琢磨し、最後まで良き夫婦として一緒にいられる事を誓いますか?」
「誓います」「はい」
「それでは誓いの口づけを」
ケルラとル・シアは互いに口づけを交わし結ばれた。
見えない民の喜びと喝采は教会の鐘の音に掻き消された。
*
三大国家の『カタストロフィ』を巡る争いは民の勝利に終わり後日、平和式典が開催された。
民の代表としてケルラとル・シアが呼ばれ国連事務総長から祝福の訓辞が述べられる。
国連事務総長レイスター・クロウラーは騎士ヴィルヘルム・ファッケッティーに殺された。
『憎悪』『怨念』『呪縛』の幽霊と化した彼はあの時の戦いで民の中に紛れ込んだ。
ケルラとル・シアの持っていた『カタストロフィ』により他の民同様クロウラーの意識は覚醒した。
ケルラとル・シアが運命共同体ならクロウラーは民の『遺志』であり元凶。
ケルラとル・シアの聖十字架。強力な錬金術で己を聖遺骸としクロウラーは民の意識とリンク。もう一人のル・シアの『意志』を引き継ぎクロウラーは『創造輪廻転生』した。
但し、これは元の肉体である。ケルラ、ル・シアの様に輪廻転生する為に必要なのは……
クロウラーの狙いは世界征服の第一歩。生者と死者。《黄金の夜明け団》の陰謀だ。
唯、それにはどうしても協力者が必要になる。
――世界大戦に刃を――
戦死した勇者の魂――『エインヘリアル』なる称号を授与された時、ル・シアは思いもよらぬ事態を知る。ケルラが何かを隠し持っていた。
手渡される――『カタストロフィ』。
グラントロワ帝国首都ラミルン。地下下水道。『マナ』の生成研究所はまだ秘密のまま残っていた。秘密結社《黄金の夜明け団》の物として機能している。
ル・シアはこの時初めて知る。目の前にいる国連事務総長が師匠レイスター・クロウラーであり、あの時の手紙の内容。もう一人のル・シアへ託された世界最高の錬金術師が――
探索者ケルラ。最後のスパイ。鼠である。
争いの火種は未だ燻る。
*
「何度目? その『物語』を聞かされたのは」サラは微笑みを絶やさない。
「良いじゃないか。何せ俺達の遠いご先祖様。史実なのだから」ロックは茶化す。
ポイントがアナウンスされ、皆が喝采。万雷の拍手が鳴り響く。
子々孫々に渡る物語は皮肉に笑う。 (了)
最後まで読んでくれた方(そうでない方も)、有難うございました!