② ゲス城
後日編集
二人は近くの教会に孤児として引き取られた。教会といっても貧民街に十分な設備はなく、冬は寒さに凍え夏は暑さに喘いだ。スープがある日は稀で、飢えに耐えられず盗みを働き二度と帰ってこない者もあった。それは小さな姉弟も同じことで、毎日恐ろしいほどの飢えや寒さと戦っていた。しかしある日姉が言った。
「仕事を見つけましょう。このままでは死んでしまう。」
お貰いをしていろんな家を周り、仕事をもとめる。たまに汚物の処理や倉庫の片付けなど安い賃金で働き、パンの皮を買ってポッケに忍ばせ大事に食べた。
シノァの歩ける距離が広がると、王城裏の城にまで足を伸ばす。裏門から老人に声をかけると、彼は快く仕事をくれた。老体を引きずって庭を整えていたため、重い荷物をもう持つことが出来ないらしい。二人は喜んで荷物を運び、お礼に食べ物と僅かな給金を貰う。
仕事のない日も、庭師は何も言わずに硬いクッキーをポケットに入れてくれた。二人で半分ずつ、雪を避けながら隙間風の吹く教会で一緒に食べた。
(明日もお爺さんの所に行こうね)
(何でも手伝おうね)
と、ひそひそ話をしながら。
聞く所によると、そこは王城裏のピエロ城と言われていた。ゲス一族が住まい、城主は高齢で息子が二人いた。もちろんシノァは金の髪を隠して仕事をしていた。しかしその城には、金髪の者が髪を隠す事なく出入りしている。皆が堂々と被り物を投げ捨て、城の庭で高らかに叫ぶ。
「私は王の血族だ。」
と。城主は彼らを快く受け入れ、酒や食べ物まで振る舞う。噂が噂を呼び、その城の前には連日髪を隠した人々が並ぶ。彼らは城の門を抜けると同時に美しい髪を解放させるのだ。
シノァはその光景を目の当たりにし、不思議に思った。絶対に見られてはいけない髪を彼らは解放し、特別な待遇を受けている。しかし、姉のピァは用心深く、シノァの髪を毎日布でキツく結んでいた。
ある日いつもように庭仕事の手伝いをしている時、暖かい光がシノァの頭上を照らし、顔を上げた庭師の瞳に一筋の光がさした。
「美しい。」
庭師は目を輝かせてそう言った。
「襟足の髪の色は、王妃様のそれに似ておる。」
ピァは慌ててシノァの手を引いたが、老人の力とは思えないほど強く引き戻される。彼はシノァの髪を巻いている布を引き剥がすと、目を見開き声を上げる。
「ゲス、ソン様に伝えなくては。」
どんなにもがいても、その腕を振り切ることはできず、息を切らし城の前まで来た老人は声を上げた。
「ソン様、王妃様が帰って来られました。」
「何の騒ぎだ。」
ダークグレーの髪を揺らし、庭にいた兄弟が近寄る。
「ダェイ様、ダディ様、お父様をお呼びください。」
お願いするも、二人は興味深気に抱き抱えられた姉弟を覗くばかりで城主が来る様子はない。痺れを切らした老人は、暴れる二人を近くにいた従者に任せ、城内にヨタヨタとかけて行った。
「お前たちは何者だ。」
ダークグレーの兄弟はシノァの髪を愛しげに撫でた。
「お兄様。この子お人形みたいだ。私か貰うわ。」
弟が嬉々として従者の手を払いのけ、シノァを抱き上げた。
「何で綺麗な子なの。一緒に遊びましょ。」
兄弟は姉に手を伸ばすシノァを人形のように抱えると、嬉しそうに城内に消えた。
シノァは怖くて震えていた。この街に来て以来たくさんの人にいじめられた。髪を引っ張られ地面に叩きつけられた事もある。それだけならまだしも服を脱がされ身体中を触られたことも。服を強く握り、シノァは体を丸くした。
兄弟が城に入ると先程の老人か丁度戻ってくる所だった。
「面倒だな。」
兄のダェイは舌打ちすると、近くの部屋のドアに手をかける。
「お兄様。そこはお父様に禁じられています。」
弟のダディが慌てて手を取るも、老人は必死に階段を降りてくる。
「仕方ない。少しの間だけだ。」
禁じられた部屋のドアを開け、二人は急いでシノァを放り込んだ。そしてそしらぬ顔をして、老人が去るのを待つ。
「城主様はおでかけのようだ。」
老人は残念そうに呟くと、帰られたら教えてくだされと兄弟にお願いして城を出た。
「お父様が帰られるとよくないな。」
二人は顔を見合わせると急ぎシノァを隠した部屋のドアを開ける。しかしその部屋に彼の姿はなかった。
「逃げたな。」
「嫌よお兄様。あれは私のよ。」
弟が悲痛な声をあげる。二人は手分けをして必死に部屋の中を探した。
同じくして、シノァが兄弟に連れて行かれたことを知った老人もまさに悲痛な声を上げる。
青ざめた顔に涙が浮かび、狼狽える様子はただ事ではなかった。従者は慌ててピァを片手に抱いたまま、老人に駆け寄る。
「シノァは私の声を聞けばきっとすぐ帰ってくるわ。私を離して。協力させて。」
腕の中でもがきながらピァが叫んだ。シノァはきっと何も抵抗せず泣いているに違いない。
「父や母に誓ったの。シノァを守るって。お願い。」
ピァはさめざめ泣いて老人に懇願した。老人は立ち上がると彼女の手を取る。そして、
「私たちも同じ気持ちだよ。」
と言って抱きしめた。
さて、肝心のシノァはというと、はじめに放り込まれた部屋のクローゼットに身を隠していた。そこには美しいドレスがたくさんかけてあり、手入れが整ってレースの先まで真っ白だった。背面にある小物入れには綺麗なアクセサリーが掛けてあり、どれも大切にされているようだ。先程兄弟が部屋のドアを開けたが、入ることなく去って行った。しんとした部屋は寂しく、また冬の寒さが沁みる。
いつも隣にいてくれる姉の温かい手はなく、シノァは一人ハラハラと涙を流した。
ピァは老人と城内をくまなく探した。城主様の部屋や兄弟の部屋への立ち入りが許されなかったため、掃除をしている従者に頼んでまで捜索したが、シノァは見つからない。兄弟の姿も見当たらなかった。
「探していない部屋はもうないの?」
ピァは老人を急がせるが、高齢のためもう階段を一段登ることすら苦痛のようだった。
「大丈夫。後は私が一人で探すから、場所を教えて。」
老人は首を横に振ると、
「逃げられてはたまらんからな。」
と底光る瞳でピァの腕を掴む。ピァは老人に肩を貸し階段を下りた。すると、二階の階段近くに可愛らしい扉があることに気づいた。
その部屋はバルコニーに繋がっていて、階段からでもその様子が伺えた。ピァがドアノブに手をかけると老人は慌ててそれを止める
「ここではない。ここは城主様以外だれも入れぬ。」
「でも、ここ以外はくまなく探したわ。」
しかし、と唸り声をあげた老人はやはりダメだと答えると、その部屋の前で祈りを捧げた。
「この部屋は城主様に直接ご覧いただこう。小さな金の小鳥が迷い込んでいると伝えよう。」
ピァは間違いなくシノァがこの部屋にいると確信した。城内を出るともう日も暮れていた。老人は今日の給金だと金貨を一枚ピァに渡し、そのまままた城内に戻って行った。ピァは唇をギュッと結び、目頭を袖でゴシゴシ拭くと深呼吸をした。そして、城の外から先程入ってはいけないと言われた部屋のバルコニーを見つけると壁に手をかけた。
兄弟は食事中にコソコソ話をしていた。シノァは見つからない。ならばやはり、一番初めに放り込んだあの部屋にまだいるに違いない。二人は食卓に父親がいないのを確認すると、何食わぬ顔で食事を済ませ部屋を後にする。目標はあの入ってはいけない部屋。シノァはどこかに身を潜めているに違いない。誰にも見つからないように二人は細心の注意を払いながら急足で部屋に入った。日も傾き、部屋は薄暗い。カーテンを開け、多少明るくなった室内を二人はくまなく探した。しばらくして、弟のダディが感嘆の声をあげる。
「おぉ、愛しの人形。ここにいたのね。」
クローゼットの隅にそれはあった。金色の髪の人形。
「見つかったのか。」
「えぇ、素敵な人形よ。」
兄ダェイが覗くと、それは美しい金髪を持つ女性の人形だった。
「シノァじゃない。」
兄は腹正し気に答えると、さらにクローゼットの奥を探した。
「でもこのお人形、シノァちゃんにそっくりなのよぅ。」
ダディは人形にキスを贈る。そしてそれを抱きしめ、スキップを踏みながら部屋から続くバルコニーに出た。
「ほら見てこの子。お日様に当たると髪がキラキラ光る。」
「コイツの髪もそのようだ。」
ダェイは、小さな男の子を抱きしめて得意気に弟に差し出す。
「私のシノァちゃん。」
両手に欲しいものを手に入れ、弟ダディは歓喜の声を上げる。
そして、震えて涙を流すシノァの頬を自分の服でゴシゴシ拭くと、なんどもキスをした。
その時、部屋の戸が開いた。
「何をしている!」
老人が兄弟を指差し、
「ソン様おはやく!」
と叫ぶ。
「何事だ!」
と老人の背後から声がした。
「やばい。」
兄弟は震え上がった。入ってはいけない部屋に入った上に、シノァが見つかれば間違いなくあの老人に連れ戻されてしまう。
「お兄様、お父様をお願い!私はシノァを!」
叫んだが策はなく、バルコニーから下を覗いた。二階部分からシノァを落としたいがただでは済まないだろう。しかし、この美しい人形は誰にも渡したくない。
「下で待っていて。後で必ず手当するわ。」
ダディはバルコニーの柵上に上り、シノァを頭上に掲げた。
金切り声を上げたのは、バルコニーまで登ってきたピァだった。
「やめて!シノァをそこから落としたら死んでしまう。」
「おねぇちゃん!」
シノァは躊躇わず両手を広げた。
「シノァ、ダメよ!落ちちゃう。」
「あんた!ちょっとシノァを預かっときなさい。」
ダディは好都合とばかりに、シノァを掴むとピァの手元まで精一杯腕を伸ばした。
「あとで必ずもらいに行くわ。だってわたしの人形なんだから。」
「ダディ!何をしている!」
父の怒鳴り声と兄ダェイの悲痛な声が聞こえ、ダディは震える手を離した。
「シノァ!」
「おねいちゃん。」
ピァはシノァをきつく抱きしめると、急ぎ壁を半ば落下するような状態で落ちた。日は落ち二人の姿は闇に隠れ、二階からは何も見えない。
「美しい小鳥が飛んだ。」
城主はバルコニーから下を覗き、わなわなと震える。兄弟は抱き合い泣きじゃくって父に許しを請うも、弟の方は明らかに嘘泣きで、彼は明日どうやってシノァを捕まえようかと思案していた。
城主は老人に密やかに指示をした。老人は老体を引きずり、急ぎ使用人たちを集めてシノァを探すよう命じた。
「おねいちゃんごめんなさい。お姉ちゃん。」
シノァは姉の胸に飛び込み泣きじゃくった。ピァは優しく頭を撫でホッと息をついた。
「いいの。いいのよ。あぁシノァ。無事でよかった。本当に。」
ピァは嗚咽を殺して涙を流す。
そして、シノァを強く抱きしめた。
「いい、シノァよく聞いて。あの兄弟や老人はまたあなたを追ってくる。だから私達は逃げなくてはならない。どこか遠い場所へ。」
「ばじるのところ?」
シノァは覚えていた。遠い昔、港町の城近くに、父母それから召使のバジルと住んでいた。暖かくてとろけそうな甘い時間。
「いいえ。バジルの所へは帰ってはいけないの。お母さんがそう言ってた。」
ピァははらはら泣く弟を強く抱きしめた。
「またいつか帰ろうね。絶対。」
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