番外編 夏帆の1日
午前6時に起床。
毎朝、先祖の墓をお参りするのが日課。
その後は、30分程ジョギングをする。
修行を始めた小学生から、欠かさずやっている。
『道導』は体力勝負の所もあるからだ。
家へ戻ると、リビングのテーブルに朝ごはんがある。
おにぎりとお味噌汁だ。
「……おはよう、夏帆。」
お母さんが声をかけた。
「おはよう。」
お母さんは、『祓者族』になる私を心配している。
下手をすれば、大怪我は免れない。
それは重々分かっているつもり。
でも、やらなきゃいけない理由はある。
『市葉崎家』は、県下有数の祓者族だ。
松葉市を含めた北部地域一帯は、分家の流れを組む私の先祖が務めている。
今の当主はお父さんで、叔父の滋郎さんも独立して家を持っている。
……で、お父さんの後を継げるのは私しか居ない。
理由は、一人っ子だから。
何としても、この家系は絶やさない。
その決意で受けたのだ。
『なつち、おはよう』
幽子が起きたみたいだ。
ちなみにお父さんには許可は取っている。
事情は話したし、何にせよ懐かれているから。
「そうだ、幽子ちゃんに聞きたいことあるんだけど。」
『何や?』
「その、どうして『死期霊』が居るのかなって。」
悪霊だけじゃ無いのかなって思った部分はある。
こうして、運命の糸で結ばれたし……
『それはな、さんざっぱら言ってる「波長」が絡んでくる。死期霊になれる波長があれば、霊界の主様から墨付きを貰える』
死期霊が魂を喰うとどうなるか、それも聞いてみた。
『死期霊が目に見える魂の物体を喰うてるんさ。それは一応成仏したとされるから、一定数の人数までは喰うてよいとされている』
そう言った後、幽子は苦笑いの表情を見せた。
『死期霊でも、悪い奴は居ってな。中堅で、力があるからと変に誤解して規定以上の魂を喰らったり、死期魂が怨霊の類いだったとしても、処罰する事を忘れて喰ったりな』
「死期霊でも、そう言うのって大変ね。」
『今は大分減ったんやけどな』
気が付くと、家を出る時間になる。
「いけない、時間だ。」
着替えを済ませ、荷物を持って玄関へ向かう。
『ほな、ちぃとそこら辺を散歩するな』
幽子が言った。
「何かあったら念で呼んでね。最悪、篠丸君を人質に使ってもいいから。」
『そんな、下手に乗り移ったらアカンやろ』
「………大丈夫、私が何とかするから。」
『嫌やで、それは』
そう言うやり取りで、二人は笑った。
玄関のドアノブに手をかける。
「行ってきます。」
「気を付けるのよ~」
リビングの方から、お母さんの声がする。
『うちからも、気ぃ付けや。行ってらっしゃい』
「はーい、分かっているよ。」
▪▪▪
「な~つ、おはようっ!」
にちかが声をかけた。
「おはよう。」
「凪沙さんから話を聞いたよ、霊の事。お陰様で不信感が無くなったって、喜んでいた。」
凪沙さんに私の家系の事は、にちかが話をしたんだっけ。
旅館の娘というのもあってか、色々な人を見てきたんだろう。
私の家柄をよく理解してくれている。
「そう言えば、篠丸君って朝練なんだよね。」
私が言うと、にちかは頷いた。
篠丸君は弓道部所属だ。
朝練は毎朝だが、夕方は自主トレーニングで、各々自由に練習場に顔を出しても良いらしい。
「篠くんの練習姿、一度見たことがあってさあ。結構格好いいのよ。」
にちかがそう言った。……そういうの、初めて聞いたな。
「確か今週末、大会があるって話を聞いたのよ。一緒に観に行こうよ。」
万が一、依頼があったら優先しなければいけないが……それはそれで、良いのかも知れない。
仲間になって貰ったしね。
そうこう話をしていると、高校へ着いた。
▪▪▪
その日、どうやら転校生が入ると聞いた。
ホームルームの時に、自己紹介があった。
「海原鈴芽と言います……よろしく。」
……彼女に、違和感を覚える。
不穏にも捉えるような、そんな感じがある。
一瞬の気の迷いなのかも知れない。
その時は、特に気にしなかった。
▪▪▪
放課後になった。
依頼が立て続けてあったから、今日は少しゆっくり過ごそう。
久しぶりに、ある古書店に行こうかな。
「もよりさん、こんにちは。」
「……あら、夏帆ちゃん。いらっしゃい。」
ここは、ちひろ商店街の外れにある『もより古書店』。
本好きの夏川もよりさんが営んでいる。
『夏帆さんか。久しぶりに見たねえ。』
「あれ?この声は誰の声だろう。」
私ともよりさんしか、居ないのに……初めて聞く声だ。
「夏帆さん、妖精さんの声が聞こえるの?」
もよりさんが驚いた様子を見せた。
「妖精、ですか?」
私がそう言うと、もよりさんは頷いた。
『……思い出したよ。夏帆さんは祓者族の末裔さんだったね。声が聞こえるのも、頷けるよ。』
その言葉を聞いて、ふと思い出した。
「多分、座敷わらしの派生かも知れませんね。」
座敷わらしは、祓う対象ではないが……稀に声が聞こえるとお父さんから聞いた。
霊能力がまともに現れた証拠なのかな。
「……確か、妖精さんも同じような事を言っていたわ。って、立ち話ばかりじゃ駄目ね。奥のカフェでお話しましょう。」
コーヒーを一杯頼んで、もう少し話をした。
「そう言えば、妖精さんがさっき言っていた『祓者族』?でしたっけ。お祓いする人、なの?」
ふと、もよりさんが聞いてきた。
祓者族について、一通り話した。
「へぇ、悪霊退散かぁ……。大層な事をやっているのね。大変でしょう。」
「そんな事無いですよ。」
その時、夕方5時の時報が鳴る。
「……あら、いけない。用事があるの思い出したわ。5時にはお店を閉めるはずだったけれど……」
もよりさんがそう言った。
「すいません、長居してしまって。」
「いいのよ。またいらっしゃい。」
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家へ帰った。
夕飯までには、宿題を済ませる。
「夏帆、手伝って。」
リビングから、お母さんの声がする。
「はーい。」
どうやら、今日はカレーみたいだ。
「野菜、切ってくれるかしら。」
ザルにある野菜をひと口サイズに切っていく。
……ここら辺は、普通の娘みたいな感じって思う。
最近は忙しかったから、手伝いを怠っているなぁ。
「どうしたのよ。」
ふとお母さんが言った。
「いや、最近手伝いしてないなって。」
「家系の事もそうだけど、『花嫁修業』もしないとね。」
そう言った瞬間、顔が紅くなるのが分かった。
「じ、冗談はやめてよ……」
「ふふ、真に受け過ぎないの。でも、きっと赤い糸はあるはずよ……きっと。」
その時のお母さんの横顔、いつもより表情が柔らかく感じる。
「……お母さんとお父さんの、馴れ初めの話を聞きたいな。」
「恥ずかしいじゃない。」
「えー?そうかな。」
「……もう少ししたら、話してあげるわ。護郎さんが帰るまでに、カレーを作っちゃいましょう。」
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何事もない1日は、本当に久しぶりかも。
……また明日、頑張ろう。
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夏川もより・本の妖精
自作小説『もよりの古書店。』より、友情出演。