第3依頼 林間学校でまさかの事件?
「さて、皆さん。来週は2泊3日で林間学校と臨海学校を行います。今週末までに、希望を書いて先生の所まで提出してください。」
朱坂先生が言った。
毎年、松葉東高校2年生では、林間学校と臨海学校どちらか選べる行事がある。
「海は苦手だから」、との理由で林間学校を選んだ。
にちかも、林間学校を選ぶと言っていたな。
まさか、あんな事が起きるとは思いもしなかったけど。
▪▪▪
当日になった。
最寄りの秋川駅から、集合場所である山側にある白野駅に向かう。
駅前に着くと、もう既に人は集まっていた。
「おっはよぉー!」
にちかが声をかけた。……やけにテンションが高い。
「待ちに待った、林間学校だぁ……!」
あー……楽しみにしていたんだっけ。
松葉東高校は『修学旅行』は存在しない。
その代わりに林間学校か臨海学校、どちらかを選択するのが伝統との事。
組関係無しに、仲を深める為らしいが。
「皆、おはよう。」
担当の夏海先生が声をかけた。
五組の担任の先生で、副担当は三組担任の蒼名先生だ。
「とりあえず、点呼取るぞ。」
組毎に並んで、点呼を取る。
集合時間内には全員集まっていた。
そこに、今回場所を借りる「八羽織山キャンプ場」のバスがやって来た。
皆、ぞろぞろと入り出発した。
「そう言えば、前々から『海が苦手』って言ってたけど、あれって何で?」
移動途中、にちかがそう聞いてきた。
「ああ、それはね……潮の水がどうも身体に合わなくて。少し触れただけでも、全身が痒くなっちゃうの。」
「食塩水とは違うの?」
その言葉に、頷いた。
こればっかりは、「他人とは異質の身体」以外は分からない。
………もしかして『祓者族』だからと思ったが、お父さんは大丈夫と言っていたな。
▪▪▪
1時間程かけて、キャンプ場へ着いた。
一般客の敷地ではなく、団体客用の敷地へ入る。
結構な山の中だけど、キャンプ場の敷地はしっかりと整備してある。
これから3日間、キャンプと日帰りの山登りをする事になっている。
私は、にちかを含め女子3人1組でテントを使う。
「二人とも、よろしぅね。」
同じテントに泊まる、二組の黒薙凪沙さんが話しかけた。
凪沙さんは、松葉市の有名な一流旅館『黒薙屋旅館』の跡取り娘だ。
ちょっと独特な言い方をするけど、とても礼儀正しい人でちょっと憧れている。
「……何だか、一緒に泊まる私らって、『跡取りをするかも三人娘』みたいな感じねぇ。先生方、知らずに組ませたと思ぅけれど。」
ふと、凪沙さんがそう言った。
私の家系の事も、にちかの実家の神社の事も……同じ学校に通っている、凪沙さんは知っている。
だからこそ、そこら辺は言い得て妙だなと思った。
▪▪▪
その日は、キャンプ場のオリエンテーリングを行った。
近くの林や、川沿いを歩いて回った。
それから、夕飯の支度をしようとしたその時……事件が起きた。
「なあ、篠丸の奴見なかったか?」
同級生である坂川君が、そう聞いた。
彼……篠丸うるし君は五組の子だったが、坂川君と同じテントに泊まるっけ。
「いや、見てないけど。」
にちかがそう言った。
「薪を取りに行く、と言ったっきり戻って来ないんだよ。」
「先生には言うた?」
凪沙さんがそう聞いた。
「言ったよ。探しに行って貰っては居るんだけど。俺も俺で、一応皆に聞いて回っているんだ。」
……何か嫌な予感がする。
《……た、たすけ……てっ……!》
その時、篠丸君の声がした。でも、様子がおかしい。
「なつ?どうしたの?」
にちかが聞いた。
「『助けて』って篠丸君の声がした。語りかけるようだったけど、何かおかしいのよ。」
「……それ、探しに行かんと不味いと思うわ。此処は私に任せて、二人は行ったらええ。」
▪▪▪
凪沙さんの後押しで、私とにちかは篠丸君の捜索に出た。
念のために (と言うか、肩身離さず持っていなきゃいけない) 、『道導』道具も持っていく。
坂川君の証言で、薪を取りに行ったとされる、キャンプ地より北東の方面へ向かった。
嫌な予感は、徐々に『気』として探知してきた。
「……あれ?なんか雰囲気違う。」
かなり進んだところで、にちかがそう言った。
「多分、ここら辺は『自殺の名所』。……にっちゃんまで変な感じに捉えるなら、相当危ない場所ね。」
八羽織山の一部は、整備していない所だとかなり草木が生い茂る。
迷い混んだら最後、とは言い過ぎだが……それを逆手に取って『自殺』が多発している。
『自殺の名所』は、特に亡霊の溜まり場となる場所だ。
『気』が強まるのは、そういう事も関連してくる。
「……あれ、篠丸君?」
にちかが指した方を向くと、人の姿が見えた。
「………っ!?」
その姿はやはり、篠丸君だ。けれど、『気』がする。
「……初めてみた。あれ、『身移』だわ。」
『身移』は、亡霊が生きている人間に乗り移ることだ。
彼に憑いた亡霊は中霊だろう。
体内から亡霊を祓うには、『分身』を行う必要がある。
中霊までは生身の人間を傷付けずに、『分身』は出来る。
しかし、強霊は『身移』した人間の魂まで侵蝕してしまう為、『特殊分身』をして成仏させる必要がある。
その時、『身移』した人間の魂をも成仏するため、これを行ったあとの2日間は昏睡状態に陥り、そのまま亡くなると聞いている。
▪▪▪
『……お前ら、俺らのテリトリーに入るな』
『身移』した篠丸君が言った。
「別に、貴方達のテリトリーに入ろうとして入った訳ではないわ!」
『黙れ……っ!』
そのまま、私に襲いかかった。
手から、『霊球』と呼ばれるモノを出してきた。
『身移』した亡霊が使う技の1種。
常人に当たったら、さらなる『身移』の被害に遭う。
「にちかは木陰に隠れて!」
「わ、分かった。」
何とか接近した時に、篠丸君の表情に違和感を持った。
眼が不自然に動くのである。
中霊は身体を乗っ取る為、普通はそんな事は起きないと思う。
……さっきの呼び掛けも、絡んで来るのかな。
ならば、一つ試してみよう。
額に念を集中させ、 (篠丸君、聞こえる?) と心の内に問いかけた。
《……一組の、市葉崎さん……?》
返事が返ってきた。
(貴方には、無事にお祓いをする為、やって欲しい事があるの。それは―――)
『心の内に問いかけても無駄だァ!』
『霊球』を出そうとした瞬間、身体が止まった。
『どうしてだ……?』
亡霊自身、困惑している。
試したのは、その通り「身体を止める事」だ。
中霊でも、眼が不自然に動くなら、身動きが出来る。
身体を止められる、そう考えた。
弱霊に取り憑かれた時に使う、「肋の所に力を入れて止める」。
それを伝えていた。
中霊なら持ってあと3分。今のうちに……!
『亡霊ノ御札』を肋に添える。
【亡霊ヨ 生キル者カラ 分身セヨ】
と『分身』用の呪文を唱える。
上半身から、亡霊が仰け反るように現れて消えていった。
篠丸君の身体が、私に寄り掛かる。
「……もう、大丈夫よ。」
▪▪▪
それから、何事もなく林間学校は終わった。
「あの、あのっ!市葉崎さん。本当にありがとうございましたっ!」
帰りの秋川駅の前で、篠丸君がそう言った。
「いいよ。私がやれることをやっただけ、だしね。」
「ご恩を返したいんです。……その、助けて貰ったので。」
見返りは要らないのになぁ。……それだったら。
「じゃあ、私達の仲間。退散組の三人目。」
▪▪▪
篠丸うるし
松葉東高校 二年五組
中霊でも身体は動かせる、と言う特殊な体質を持っている。
弓道部で、エース級の実力がある。
実はにちかが少し気になっている、らしい。
にちか「えっ、それ初耳。」