第1依頼 公園にある電話ボックスに現れる霊
「ねえ、知ってる?知奈原公園にある、あの赤い電話ボックスなんだけど………」
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松葉市の南側にある、知奈原公園。
そこに、真新しい電話ボックスがある。
何年か前に、拡張計画があって、そこに出来たと聞いている。
夕方、にちかと来てみた。
「……ほんと、ここに幽霊が出るの?」
依頼書には、
『午後10時頃から、電話ボックスの中に入ると幽霊が見える。電話をかけようとしたら、呻き声がする。誰も居ないのに、ガラスを叩く音がする。』
と書いてあった。
「今んとこ、あまり気配はしない。やっぱり、夜にならなきゃ駄目っぽいね。」
『祓者族』には、亡霊を察知する能力は2つある。
1つは、『亡霊ノ気』と呼ばれる気配を察知する能力。
もう1つ、それは『亡霊ノ現』と呼ばれる実際の姿が見える能力。
『現』には、呪文を唱える必要がある。
多少嫌な『気』はするものの、『現』を現すにはまだ早いかもしれない。
「じゃあ、また夜になったら来ようか。」
にちかがそう言った。
「そうだね……」
その時、電話ボックスの裏側に気になるものを見つけた。
「これ、なんだろ。」
少し汚れている、小さな木の御札だ。
……文字が書かれている。大分薄くなっているが。
「読みにくい………えっと、南光寺って書いてあるわ。」
「南光寺……」
にちかが少し考える様子を見せた。
何か思い当たる節があるのかな。
「ここら辺って、確か地元の武士が攻めてきた他の武士と戦った地のはず。その南光寺ってのが、戦死した武士達を祀ってるって話を父様から聞いたのよ。」
流石は神社の娘。地元の歴史には詳しいと思った。
……でも、なんでこれが落ちていたのだろう。
「一回、持ち帰ろう。何か役に立ちそうね。」
――その御札、今回の依頼に関係していたのは、追々分かる事となる。
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夜の10時過ぎ。
あの電話ボックスへ、また来た。
人通りは少ないし、お巡りさんには見つからないかも。
「うう、灯りがあってもおっかないわ。」
にちかがそう呟いた。
外灯はちらほらあるが、にちかの言うとおり確かにおっかない。
「……中に入ってみる?」
「そうね。」
二人は電話ボックスに入った。
「あれ、意外と普通。何も起こらないじゃん。」
にちかがそう言った瞬間。
「………っ!?」
身体が重たい。近くに亡霊の『気』がしてきた証拠だ。
「なつ、大丈夫!?」
その言葉に、静かに頷く。
【亡霊 汝ノ 現ヲ 見セヨ】
『現』の呪文を恐る恐る呟いた。
……目を外に向けると、何十人の上半身の亡霊が見えた。
ひっきりなしに、ボックスのガラスを叩いている。
「ヒィッ!?」
思わず声が出た。
初めて見たのもあるし、ここまで大勢の亡霊が出るとは思わなかったからだ。
「本当に大丈夫!?外に出た方が良いんじゃない?」
にちかは、扉のノブに手をかけた。
「駄目っ!今出たら亡霊に呑み込まれるっ!」
下手に出たら、呪われる。……私は兎も角、にちかが心配だ。
この亡霊達の力は、多分弱霊ぐらいだろう。
ただ、この相手の数じゃ私一人の能力じゃ太刀打ちが出来ない。
「どうするの。」
「……『結界ノ御札』を取り付けて、朝になるまで待つしかない。」
今、私が出来るのはそれしかない。
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あれから、数時間が経っただろうか。
ガラスを無理やり叩く、嫌な音が響く。
「ほ、本当に大丈夫?割れたりしないよね?」
にちかは、そう呟く。
「……多分。」
割れたら、仕方がない。……祓うしかない。
その時だ。
ガラスにヒビが入る。
「キャッ……!」
にちかは悲鳴を上げる。
「にちかっ!伏せてっ!」
完全に割れるのは時間の問題だと思ったが、ヒビの隙間から亡霊の手が伸びる。
私は持っていた刀を振りかざした。
数体の亡霊が姿を消す。
(凄い、こんな威力だったなんて)
って、そう思っている暇はない。
戦闘体制を整えようとした瞬間、日の光が差してきた。
日の出の時刻になったのだ。
亡霊も然り、日の出には一旦姿を消す。
結局、全ての亡霊は成仏出来なかった。
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2日後、拾った御札に書かれていた『南光寺』に赴いた。
そこの住職に、御札の事を聞いてみた。
「なんとまぁ、それが見つかるとは。もしかして、あの公園の。」
話を聞くと、拡張前の場所は『祀り石』と呼ばれる石を置いていた場所だった。
(あの拾った御札も、供養用の御札として置かれていた。)
そこには争いで亡くなった、身元不明の死者を祀っていたのだが、拡張計画により撤去。
その場所に、例の電話ボックスが置かれた。
住職がその時、反対意見を出していたが役人には届かなかったらしい。
その祀られていた霊が、いつの間にか亡霊として姿を変え、現れたと思った。
亡霊が起こした事も、あの時拾ったこの御札も……。
もしかしたら、存在に気が付いて欲しかったからなのかな。
その後、『不慮の故障』として電話ボックスは壊された。
更地に戻されて、新たに供養石を置いた。
それ以降、霊の話は無くなった。
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住職からあの話を聞いた夜。
家の縁側で初めての『道導』を、ずっと回想していた。
『結界ノ御札』頼りだった。
あの判断は良かったのか、正直わからない。
結局は、別の意味で成仏をしたから良かったものの……刀もあまり使えていないし、まだまだ半人前なのかな。
「夏帆、初めての『道導』……お疲れ様だな。にしても、大丈夫か。腑に落ちない顔をしているが。」
父が声をかけた。
「えっと、その。」
図星を言われ、さっき思った事を話した。
「……そうか。ならば、一つだけ言っておこう。」
父は、夜空を見上げた。
「『道導』には、正しい行動は無い。色々な成仏の仕方はある。経験を積んでこそ、『道導』の幅が広がる。」
そう言った父の顔は、何か物悲しそうな感じがした。
どうしてその表情をするのか、その時は分からなかった。