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死に際メリー  作者: gojo
第一章 1988
3/16

1988(3)

 もし僕に信頼できる友達がいたのなら、メリーさんに会ったことを自慢したかもしれない。でもあいにく、そんな話をする相手はいない。

 朝になれば黒いランドセルに教科書を詰め込んで、いつもと同じように通学路を行く。辺りにいる子供たちは、同じ小学校に通ってはいるものの、みんな真っ赤な他人だ。駆け足で僕のことを追い越していく。

 悩みがなさそうで羨ましいですね。そんな悪態を思いながら校舎を目指す。


 やがて校門が見えてくると、そこに大輔の姿があった。腕を組んで門柱に寄りかかっている。誰かを待っているようだ。昨日のことがあったので僕のことを待ち伏せしている可能性もあり得る。いずれにしても、彼の前を通らなければ校舎に入れない。

 気後れした。また文句を言われるのではないかと考えたら足が前に出なくなった。そうしてしばらく立ち止まっていると、大輔が首をこちらに向けた。

 僕は慌てて、来た道を引き返した。


 もう学校には行きなくない。だからといって家に帰りたいわけでもない。どこへ行くか具体的なことは決めていなかった。ただし、なにをするべきかは、おぼろげに分かっていた。


 僕は、死んだほうが良い。


 通学路の途中で脇道にそれる。とりあえず河原へと向かう。

 昨日まで、死のう、なんてことは思っていなかった。周りの奴らに消えて欲しいと願っているだけだった。でもよくよく考えてみれば、そんな願いは叶うわけがない。現実的に考えるならば、気に入らない世界を見ないためには、僕自身を消してしまうのが最も効率が良い。

 メリーさんに命を狙われたことで、やっと真理に気付くことができた。するべきことが分かっているならば、彼女の力を借りるまでもない。

 自殺の名所といえば富士の樹海だ。けれどそこまで歩いて行くことは困難だろう。仕方なく近場で済ますことにする。こんな田舎なら樹海の一つや二つや三つくらいはあるに違いない。とはいえ土地勘がないので、まずは川沿いを上流に向けて歩くことにした。


 河原に着いた僕は、ランドセルを橋のふもとに隠した。浮浪者がじっとこちらを見ていたけれど、まさか盗みはしないだろう。仮に、仮に盗まれたとしても、もはやどうでも良い。なんなら僕の代わりに勉強でもしてくれよ。

 進むべき方向を見つめながら、ある歌詞の一節を口にする。


「僕は、僕のために、夢を見ているだけさ……」


 暑さをはらむ前の朝の陽射しが、川面をキラキラと輝かせていた。





 土手の上の道はランニングコースになっていて歩きやすかった。ただ、見晴らしが良過ぎた。陽射しをさえぎるものがなくて暑い上に、誰かに見つかってしまう恐れがある。平日の午前中に小学生が外を出歩いているなんて明らかに不自然だ。そもそも僕が学校をサボったことは既に知れ渡っているだろうし、捜索願いを出されている可能性も高い。できるだけ目立たないほうが良い。そう思い、斜面を下って狭い路地に入る。

 当初、すぐに樹海に着けるものと思っていた。ところが何時間と歩いても、それらしいものは見えてこない。どこまでも一戸建ての住宅が並んでいるだけだ。


 少し休憩をしようと、公園の水飲み場に立ち寄る。お金も持たずに逃げてきてしまったのでジュースは買えない。もっと言うと、昼食にさえありつけない。陽の高さから察するに、いま頃は給食の時間だろう。お腹がクゥーと鳴いた。空腹を紛らわせるために蛇口を捻って水をガブガブ飲んだ。

 その時、馴染みのある、それでいて場違いな、音が、聞こえてきた。


 ジリリリリ、ジリリリリ……


 見ると、タバコ屋の軒下にあるピンク色の電話機がベルの音を轟かせていた。公衆電話が鳴るなんて初めて知った。興味深く様子を見守る。

 誰も電話に出ない。当然だ。辺りに人の姿はまったくない。僕は水を止め、誘われるようにタバコ屋に近付いた。


 小さな窓から店内を覗くと、お婆さんが一人で店番をしていた。ただし、居眠りをしている。こんなにうるさいベルが鳴っているのに、よく眠れるものだと感心する。

 起こしてあげようか。いや、それよりも。

 やけくそな脳みそは電話に出るという答えを導き出した。電話口の相手の用件を確認してから、お婆さんを起こすかどうか決めるのでも遅くはないだろう。それになにより、ある予感がしていた。

 僕は、ゆっくりと受話器を持ち上げた。


「もしもし、こちらタバコ屋の電話です」


 そう言うと、少しの間があってから、少女の声が聞こえてきた。


『……あたしメリーさん、いまタバコ屋にいるの』


 僕は咄嗟に後ろを振り返った。

 そこには、おかっぱ頭の少女、メリーさんが、立っていた。


「ちょっとー、『あなたの後ろにいるの』って言う前に、あたしを見つけないでよ」

「タバコ屋にいるって言われたら姿を探すに決まってるだろ」


 呆れ気味に言い放って受話器を置こうとすると、彼女は慌てて両手を振った。


「あー、置かないで。置かれると、あたしここにいられないの」


 そういえば昨日、メリーさんは電話を切ることで姿を消していた。

 とりあえず、言われた通り受話器を持ったまま向かい合う。メリーさんは満足げに頷くと、頼んでもいないのに、人差指を立てて解説を始めた。


「実体を持たないモノノケは、触媒を介すことで現世に姿を晒すことができるの。多くは呪物や土地を触媒にしているんだけど、あたしの場合は、電話回線が触媒」

「とにかく、電話を切られると君は消えちゃうんだね」

「まあ、そうね。だからといって電話回線を触媒にすることはデメリットだけではないのよ。例えば、土地を触媒にしている地縛霊なんかだと、その場から動けないの。それに対してあたしは、電話さえ繋がればどこにでもお出掛けできちゃう。怖いでしょ?」


 強い陽射しの下でそんなことを言われても、ちっとも怖いと思えない。


「ところでメリーさん、なにしに来たの」

「なにしにって、もちろん殺しにきたのよ。どう? 幸せになった?」

「昨日の今日で状況が変わってるわけないだろ。それから、もう君に用はない」

「ん? ん? ん? どういうこと?」


 大きく息を吸い、僕は、真剣な顔をしてメリーさんに告げた。


「自分一人で死ぬことにしたよ。いまは死に場所を求めて旅をしている最中だ」


 メリーさんは視線をそらして一瞬だけ冷ややかな表情をしたけれど、すぐにこちらに向き直り、まくしたてるように語りだした。


「そんなの駄目よ。自殺なんて良くないわ。あなたは若いんだし、素敵な出来事がこれからいくらでも待ってるわよ。さっき、昨日の今日で状況が変わるわけがないって言ってたけど、変わる時は変わるわよ? 気付きを得るのって一瞬のことなの。それこそ……」

「うるさいな!」


 叩きつけるように受話器を電話機本体に置いた。メリーさんの姿が消え、辺りは静けさに包まれた。でも、またいつ電話が鳴るか分かったものではない。

 僕は逃げるようにタバコ屋を後にした。





 それから更に数時間、川沿いを上流に向けて歩いた。けれど相も変わらず樹海は見えない。さすがに住宅の数は減ってきてはいるものの、空き地がチラホラあるだけで、辺りには小さな林さえもなかった。

 陽は傾きつつある。ただし、カラスのチャイムは鳴っていないので、まだ六時前のはずだ。このくらいの時間ならば堂々と歩いても不審がられることはないだろう。

 そこで、土手を登って遊歩道に出た。その道は、自宅近くでは綺麗に舗装されていたけれど、ここらでは土のままだった。両端には稲のような草が茂っている。

 僕は、拾った木の枝でその草を意味もなく叩きながら、延々と歩き続けた。


 そうして大きな橋にさしかかった時、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。僕と同じくらいの背丈だ。地元の小学生だろう。そう考え、気にせず前進する。

 ところが顔を判別できるほどに近付いた時、その人影は声をかけてきた。


「直樹? こんなとこでなにしてんだよ」


 人影の正体は、大輔だった。

 激しく動揺したけれど、気持ちがバレないよう、あえて冷静に振る舞う。


「やあ、大輔くん。大輔くんは、どうしてここにいるんだい?」


 すると彼はイルカの絵がプリントされたバッグを掲げ、恥ずかしそうに笑った。


「スイミングの帰り。この近くに有名なスクールがあんだよ」


 意外だった。野球やサッカーならともかく、水泳が好きとは思いもしなかった。それ以前に、大輔の雰囲気と、習い事に通うという行為が、結びつかない。


「……意外だと思ってんだろ? 実はさ、親に無理やり通わされてんだ。体に良いからって。俺、子供の頃、喘息だったんだよな」

「子供の頃って、まだ子供だろ」

「で、直樹は? なんでここにいんだよ。風邪で休みじゃなかったのかよ」


 残念だ。どうやら学校では、表向き、単なる欠席として処理されたようだ。僕がいなくなったことで少しは騒ぎになっていると思ったのに。


「あいにく風邪は引いてないよ。ここまで歩けるくらいには元気だ」

「は? ここまで歩き? 凄えな!」

「まあね。朝から休まずに歩いたからね」


 誇らしげにすると、大輔は感心したように何度も頷いた。


「それにしても、やっぱりサボりだったか。朝、通学路にいたもんなあ? お前って、どこか抜けてるよな。考えてることも悪巧みもバレバレだ。気を付けたほうが良いぞ」


 僕は面白くなくて、眉をひそめて言い返した。


「サボったんじゃない。学校は必要ないと判断して、もう行かないことにしたんだ」


 君たちには価値がない。そういう当てつけをしたつもりだった。

 それなのに、どういうわけか大輔は、キラキラと瞳を輝かせて身を乗り出してきた。


「なんかカッケーな。そういうの憧れるよ!」


 遠回しに僕のことを馬鹿にしているのだろうか。

 なにも言えずにいると、彼は視線を落として小声で独り言を口にし始めた。それから勢いよく顔を上げ、橋に向かって駆けだした。まったく状況を理解できず、しばらく黙り込んだまま動向を窺う。


 大輔は、橋の中央に立つと、川に向かってスイミングバッグを投げ捨てた。


「な、なにしてんだよ!」


 思わず叫ぶ。


「直樹を見習ったんだ! 親の言いなりなんてカッコ悪いよな!」


 彼は清々しい顔をしていた。


「そんなことしたら絶対お母さんに怒られるからな」

「かもな。でも俺は俺のやりたいようにするって決めたんだ」

「知らないからな。僕は関係ないからな」

「誰もお前のせいにするなんて言ってないだろ。俺は、俺だから、俺なんだ!」


 支離滅裂だ。

 僕は、プイッと首を振って、再び土手の道を歩き始めた。


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