地震によって、露見する
翌日。
休日なのでゆっくり過ごす一家は、おはようとは言えない時間に起き出した。
届いていた食事を腹に収めると、華菜は食器を片付け、牧はダイニングで椅子に座って新聞を読んでいる。
「いつの時代も、世知辛い世の中だな」
一面には政治家の不祥事。めくれば殺人、強盗、窃盗、増税、リストラ、長時間労働、パワハラ、自殺など、社会の闇を反映するような暗いニュースの見出しが躍る。
「光あれば影があるって、博はよく言っていたけれど・・・・・・」
博とは、随分前に亡くなった神官の晋槻博明のことだ。とても頭の良い人で、“混迷の世の良心”とも称された、100年後の世の宰相だった人である。
懐かしい人の名が出てきて、牧が「そうだな」と昔に思いを馳せると、未汝が二階から階段を下りてくる音が聞こえた。
未汝の知らない未来の話をしてはまずい。
そう夫婦が思ったその時、カタカタと蛍光灯が揺れ始めた。地震か?と天井の蛍光灯へ目をやると、ガタガタッと大きな揺れが襲う。
「華菜!!」
揺れが酷く、シンクをギュッと掴んでその場にしゃがみ込んだ妻の上に、据え付けられた棚から、鍋やら蓋やらが落ちてくる。玄関の方からは、ゴトッと何かが落ちた音がした。
落下物から頭を守るように、華菜は体を丸めた。その背に落ちてきた蓋が当たって、華菜が痛っと声を上げる。
十秒ちょっとで、揺れは収まった。華菜は傍に落ちた蓋を拾って立ち上がる。
「怪我、ないか?」
「ええ、これがちょっと当たっただけ」
蓋を掲げて見せる妻にホッとすると、そういえば、と地震の前に階段を降りる音がしたことを思い出す。
「未汝は?」
牧が階段があるだろう天井を見上げて言うと、華菜も地震が起きる前に階段を下りてくる足音を聞いたのを思い出した。
「落ちてないといいけど」
心配顔で言う華菜と目を見合わせると、牧は新聞を畳んでテーブルの上に置き、リビングを出る。
「未汝、大丈夫か?」
声をかけても返事がない。廊下を歩いて階段を下から見上げるが、未汝の姿はどこにもなかった。
「いない?」
牧は階段を上り、未汝の部屋を覗くがやはり姿はない。一階に下りてくると、華菜が階段下に立っていた。
「未汝、いないの?」
「あぁ、どこにいったんだ?」
訝し気に眉を寄せながら、会話をしつつ階段を降りる。
もしかしたら外へ避難したか?と、靴を確認しようと玄関に目をやると、たたきは水浸し。その滴る水の流れを目で追うと、どうやら花瓶が倒れたようだ。水が空になった花瓶は起こされているが、靴箱の上が濡れている。そしてその傍らには、いつもは壁に掛かっているはずの絵が置かれていた。
夫婦は、普段絵が掛けられているその場所に、目を向ける。
絵の裏にかけてあった“時の扉”の鍵が、なくなっていた。
「牧・・・・・・」
華菜が瞠目して口元を両手で覆うと、牧が舌打ちしそうな表情で呟いた。
「まさか、未汝のやつ・・・・・・」
「牧、先に行って。戸締り確認してからすぐに行くから。とりあえず、このことを文に・・・・・・」
「分かった。じゃあ向こうで」
そうして牧は慌てて身支度を整えると、靴を履いて100年後の未来へと旅立ったのだった。