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竜華燕のセラピスト  作者: 高杜 凪咲
Magic1 知らない世界
2/14

養父の心配

 らない資料を調達し、国王が向かったと思われる礼拝堂れいはいどうへと向かう。

 この礼拝堂の続きの部屋が、神官である晋槻しんつきふみ執務室しつむしつとして使っている部屋だった。


 廊下を歩いて行くと、礼拝堂の前で王と文花が立ち話をしている。

 数時間立ち話をしていたわけではないだろう。多分、何か伝え忘れがあって、呼び止めたのだと思われる。


「りな、どうした?」


 やってくるりなに気が付いて、王が声をかけた。


 この国王、すずまきは、彼の養父ようふだ。

 ただし、戸籍こせきがい養子ようし制度で親子関係になったので、王家の戸籍こせきには、りなの名前はない。

 ゆえに彼は、王に引き取られたにも関わらず、苗字みょうじが変わることもなく、現在も宮木みやぎりな、と名乗なのっている。


 男児として生まれたのに女性名が付けられたのは、単に、亡くなった生みの親がいい加減な人種だったせいだ。今度こそは女の子が欲しい!!と祈ってやまず、妊婦検診でも「男の子です」と診断がくだっても諦めきれず、生まれてみたらやっぱり男だった。


 そこで諦めればいいものを、両親は(特に母親が)、諦めきれなかった。

 兄弟で喧嘩けんかになってもいけないしと、彼にも女性名を名付けようと主張したのである。


 ちなみに、りなの兄は架名かなという。兄が誕生した日の新聞を広げて、適当に投げたダーツの矢が刺さった文字を並べて決めたらしい。


 おかげで兄弟(そろ)って女性名なので、お前だけ男の名前なんてズルい!!という喧嘩けんかが起きることはなかった。


「少々、確認したいことがありまして」


 そう切り出すと、りなはいくつか確認事項を伝える。

 ふんふんと聞いていた牧と文花が、あれはこう、それはそうと、りなに回答を寄越よこす。


「これくらいか?」


「はい。ありがとうございました」


 軽く頭を下げて、王室へ戻ろうとする。仕事は溜まることはあっても、放っておいて片付くことはないのだ。


「りな。王室に戻るなら、この書類、持ってってくれ。俺はちょっと、いくつか課の様子を見てから戻るから」


「分かりました」


 牧は時々、王宮内にある各部署に顔を出す。そこで働く人達から、なまの声を吸い上げるためだ。


 王宮内は国王の意向いこうで、海外からの賓客ひんきゃくがない場合は無礼講ぶれいこう生活を推奨すいしょうしている。その生活が浸透しんとうしてきた為、王家などの所謂いわゆるえらいさんと宮仕みやづかえ達の距離が近い。

 休日や就業時間外には、ともに遊んだりして過ごすこともある。その為、生の声も聞き取りやすくなっていた。


 牧から書類を預かり、りなは王室へ向かって歩き出す。

 だが、傍の階段を上ろうとして、彼はピタリと足を止めた。


 立ち話を再開した牧と文花が、そんな彼に目をめる。


 りなはちらりと階段の上に目を向けてから、のぼるのを諦めて、廊下を真っ直ぐに突き進んだ。王室へと帰るには、その道は遠回りである。


「王室に帰るって、言わなかったか?」


 牧の問いに、隣に立つ文花が、耳をませて苦笑いをした。どこからか、女性の声が聞こえる。


「王室へ帰るとはっきり言いませんでしたが、まぁ戻るんでしょう。王、原因はあれですよ」


 その視線の先には、階段から下りてくる女官が2人。手にはバケツと雑巾ぞうきんほうきを持っている。


「・・・・・・レーダーでも付いてるのか?姿見えなかっただろう?」


「エリートと言われるボディガード部隊に、楽々と入る実力を身に付けたりなですから、それだけ気配には敏感びんかんなんでしょう」


「野生動物か」


「野生動物なら、子孫を残す為に異性にはっていくのでは?」


「まだりなは子供だから、って行かないんだろう」


「・・・・・・あの子、一応思春期(ししゅんき)突入とつにゅうしているはずですが?」


 それなりに、そういう欲求が出てくる年齢だ。異性に興味が出るお年頃である。


 ――普通ならば。


「文花、りなの女嫌いの原因、本当に心当たりないのか?」


 いつの頃からか、女を極度きょくどけるようになった。けないのは、家族と、同じ戸籍外養子の姉妹達。


 必要な話ができるレベルは、古参こさんの女官や、女性兵士の幾人いくにんかくらいである。特に酷くけるのは、彼と似たような年頃から50代直前くらいまでの若い女だ。


「残念ながら、ありません。引き取った当初は、そんなことなかったのでしょう?」


「ああ、まぁ、あまり自室から外へ出なかったから、分からなかっただけかもしれないが」


 彼らの両親が殺された後に、子供達を引き取った。

 彼らは特殊な能力を持っていた為に、命をねらわれる危険性があった。その為、街中の孤児院こじいんへ預けるわけにはいかなかったのである。


 また、子供達は牧が即位する前に、この王宮の地下牢へと収容しゅうようされた経験を持つ。そこで行われた、研究という名の非人道的な行為によって、彼らの体は血にまみれ、心はてついた。

 即位して助け出した時には、その瞳はガラス玉のように何の感情も映さず、まるで生き人形のようだった。


 怪我も酷く、中には肉がえぐれてしまっている箇所かしょもあり、その治療は、引き取った後も続けられた。

 治療を怖がるだけなら、まだ良かった。子供達はそんな経験から、人を信じられなくなっていた。引き取られて慣れない場所で、しかも収容されていた地下牢のある王宮では心休まらず、常に警戒していた。ベッドで休ませるのも、一苦労である。


 そんな手負ておいのおおかみのような子供達は、不思議な能力だけでなく、天才的な才能の持ち主だった。


 勉強をさせれば、大学卒業程度までの学力を5~6年で身に付ける。

 運動がてら宮廷兵士の訓練を受けさせれば、エリートと言われるボディガード部隊の試験を楽々突破するだけの実力を身に付ける。


 りなにいたっては、牧が頭を悩ませていた国家予算の資料をちらりと見ただけで、まるでパズルをくかのようにチャチャッと組んでしまったので、どうせなら早々に職につけて仕事を覚えさせようと、国王の側近として就任させたところ、みるみる実力をつけた為、おうかく議会の閣僚かくりょうとして採用した。


 ちなみに兄の架名かなはと言えば、勉強よりも運動神経がひいでていた為、宮廷兵士の実技テストではトップクラスに入る実力を身に付けた。こちらも学業がほぼ終了すると同時に、第一姫の教育係兼専属ボディガードに就任させている。


 天は二物を与えないと言うが、彼らの容姿ようし端麗たんれい頭脳ずのう明晰めいせき、運動神経抜群(ばつぐん)の3拍子びょうしを見ていると、嘘だなと思うこの頃だ。


 そんな完璧人間の兄弟達は、常に女性から熱い視線を送られているのだが、どちらも気がない。

 兄の架名は軽く流し、弟のりなは、その極度の女嫌いから、言わずもがなである。彼の恋人は万年、学生達は見たくもないだろう、大好きな問題集だけだった。


「何にしても、このままじゃまずいよな」


 日常生活に支障が出る程の女嫌い。先程は、女が階段の上からやってくるのが分かったので、通る道を変更したのだ。


「そうですね。ただ、思春期ししゅんきが過ぎれば、多少は変わってくるかもしれませんよ?」


「変わらなかったらどうするんだ?」


「・・・・・・そうですね、それはその時に考えるしかないのでは?」


 “とき、すでに遅し”だったらどうするんだと、牧は思う。


「この際、結婚しなくてはならないって法律を、やっぱり作るべきか」


 事あるごとに牧が養父として心配するので、りなは養父を安心させるために「でも、結婚しなくてはならないという法律はありませんから、将来に支障はありません」と言うようになった。今では定型文のように、この件のやり取りでは必ずその口から飛び出し、もはや口癖くちぐせのようになっている。


「その法律を作ったとして、りなが必ず女性と結婚するとは限らないのでは?貴方あなたが数年前に公布した法令で、この国は、今では同性婚も認められております」


「・・・・・・そういうことを言うのか、文花」


「人道的な観点で、私はその法案には賛成ですよ。国としては、子供が産まれないという問題はありますが、神官としては、国民の幸せを祈るのが役目ですからね」


「成程。よく出来た神官様だ。ついでに、りなが将来、自分の家庭を持って、自分の子供を抱く姿を俺に見せてくれるように神様に祈ってくれ」


「それは、例えば科学技術の進歩で出来た子供でもかまわない、という事でしょうか?」


 科学技術の進歩で出来た子供。つまり、SF小説などで見るような、コポコポした水槽すいそうの中で生まれてくる子供のことを言っているのだろう。


「お前、りなの女嫌いが治らないの前提ぜんていで話をしているだろう?」


「可能性が高い方を選択して、王の願う未来を推測し、希望が叶う一番可能性の高い道を進んでみただけですよ。治らないとは言っておりません」


 女嫌いが治らない可能性が高い方を選択した時点で、治らない方に比重ひじゅうが傾いていると、その口で言っている。


 文花の、国で1、2をきそかしこい頭脳がみちびき出した答えだ。スーパーコンピューターの未来予測とまでは言わないが、可能性がきわめて高いとしか、思えない。


 はあぁと、牧はなげきにも似た溜息を吐いた。これは、本当にどうにか手を打たなくては改善かいぜんされない気がする。


 ――どうしたものか。


 よく出来る養い子の、ちょっと困った問題に、牧は頭を悩ませるのだった。





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