試練、受けるしかなくない?
「お父さん、それでお母さんと結婚する羽目に」
思わぬ両親の結婚秘話だ。まさか、そんな賭け事で決まった結婚だったとは思わなかった。
常々、どうして父は母と結婚したのだろうと疑問に思っていたが、何だか納得してしまった未汝だ。
それにしてもお祖父ちゃん、無茶振り酷い・・・・・・。
「いえ、この勝負、実は観戦していた人達からは、ある憶測がなされております。牧様には、私の父がチェス指導を2週間みっちり行い、紘聡陛下とも互角とまではいかずとも、いい勝負をされるはずでした。ですが、牧様は中盤で有り得ないミスをされたのです」
どこへでも一手で動かせるクイーンを、早々に取らせてしまったのだ。通常、そんなことは滅多に起こらない、あり得ない手だった。
「それって・・・・・・」
「ご本人は凡ミスをしたんだと、未だお認めにはなりませんが。多分、最初からご結婚なさるつもりだったんじゃないかと思われます。華菜様が国を継がれるのを、随分心配されていたという話も聞こえておりましたしね」
何だ。お父さんだって、お母さんに惚れてたんだ。
勝負に負けて無理矢理結婚したんじゃないと分かって、未汝はちょっとホッとした。両親が不仲ということはなさそうだが、そんな気持ちのない結婚をしていたとは、思いたくなかったのだ。
「それで、両親のせいで生じた時空の法則って?」
長い両親の馴れ初め話が、一体どう影響すると言うのだろうか?
「まず、時代の違う人間同士が結ばれて、弊害が何もないわけがありません。過去には過去の、未来には未来の、それぞれ時間の流れがあります。最たるものは、その子孫です」
それはそうか。牧がずっと独身を貫いてお亡くなりになれば分からないが、子供が出来る予定だったのなら、その子がいなくなってしまうのだ。血脈がそこで絶えるのである。
「そこで、時を狂わせない為に対策が取られました。お二人の子が双子なのを良いことに、それぞれ未来と過去で育てた。ただ、勝手にどちらをどちらの時代の人間にするかは、我々では決められません。なので、それは運命に任せようということになったのです。未汝姫が成人なさるまでに未来へ自力で来られたのなら、試練を受ける権利を与える、と」
成人前にこうして来ちゃったから、試練を受ける権利を不可抗力で得てしまったらしい。しかも、自分は一人っ子じゃなかった。思いもよらぬ新事実である。
「双子ってことは、もしかして、さっきの未沙姫は・・・・・・」
「貴女の姉姫にあたります」
あの本物のお姫様が、どうやら姉らしい。自分とは、気品始め様々なものが雲泥の差だ。
同じ姉妹なのにここまで違うのかと、未汝は自分のガサツさにガックリする。
「双子というのは別々にして育てると、同一のものを見失い、同一の意識を持つと言われています。時空の法則による試練はその性質を用いており、同じ空間に同じ意識を持つ者が二人もいるはずがない、という不文律に基づいて発動しています。未沙姫が意識を失われたのは、この為です」
「・・・・・・つまり、私と同一人物だって判断になるから、意識を失うことによって同じ空間に存在していないかのようにしたってこと?」
「はい。予測上は、未沙姫と未汝姫が入れ替わるはずでした。未汝姫が未来にいらっしゃった場合は、未沙姫は100年前の過去にトリップしてしまうはずだったのです。しかし、未沙姫は数年前にこの答えを見つけられました。なので過去へとトリップせずに、眠ることで意識を失い、あたかも存在していないかのように見せかけるという現象が起きたのだと推察されます」
つまり、あの誰も使っていないのに綺麗に掃除される「お化けが使っているかもしれない」不思議な部屋は、トリップした未沙の為の部屋だったのだ。
いつその状態になるか分からないから、常日頃から用意してあったのである。
「未汝姫には、こちらの時代へいらっしゃったその時に、この“同一の見失ったもの”を1年以内に見つけて頂くという試練が与えられました。放棄された場合、または1年を経過した段階で見つけられなかった場合は、未汝姫には今まで通り、100年前の過去で人生を全うして頂くことになります」
「なんだ、じゃあ今までと変わらないんじゃん」
「はい。ただ、未来から未汝姫に関しての情報全てが失われますので、王妃の記憶から未汝姫のことは消えてしまわれるかと。王は元々過去の方ですから、記憶がなくなるということは恐らくないのではと言われていますが」
「・・・・・お母さんに、忘れ去られるってこと?」
「場合によっては、ご両親二人ともに、です」
目の前が真っ暗になる。両親から忘れ去られる。そんなこと考えたこともなかったが、それはつまり、家族をいっぺんに失うということだ。
「そ、んな」
「ちなみに、見つけていないのに未沙姫を強制的に起こした場合は、未沙姫に関する情報全てがこの未来から消えて無くなり、未沙姫が100年前の過去で人生を全うすることになります。その場合、未汝姫は過去へはお戻りになれません。戻ったとしても、どなたも未汝姫のことは覚えてみえないでしょう」
罰ゲームにしたって、酷過ぎる。
あの時、玄関でこのネックレスを見つけなければ。手にさえ取らなければ、こんな重たい試練を受ける必要などなかったのだ。
やはり、後悔は先には立たない。
「同一の見失ったものを見つけた時、両者は別々の意識を得ると言われています。そうなれば別々の人間だと判断され、同じ時代をお二人で過ごせるようになります。ただ、どちらがどちらの時代に正式に残るのかを、お二人で決めて頂かなくてはなりませんが」
「その場合、お父さん達の記憶は?」
「保持されます。同一の存在ではないので、記憶を消す必要性がなくなりますから」
成程。何だか理にかなっている気はする。
「文花さん、質問。さっき、未沙姫は答え見つけてるって言ってたけど、どうしてそれだけじゃダメなの?」
「それだけでは、試練としての答えが完成しないから、と聞いておりますが」
答えが完成しないということは、対になっているということだ。
一体なんだ?と、未汝は首を捻る。
「一応もしもの時の為に、王のご兄弟にはこの試練の件はお話し済みで、過去で生活することになる姫のことは頼んであるとのことでした。ですので、そういう意味ではご安心下さい」
伯父さんや晶子伯母さん、瞳叔母さんは知ってるんだ、このこと。と未汝は両親の代わりにご飯を作りに来てくれたり、両親不在の折に様子を見に来てくれる親戚を思い出す。
「ちなみに、なんだけど。文花さん、実は答え知ってたりするんじゃないの?」
土壇場になったら助けてくれないかな。と淡い期待を抱いて問えば、文花が困り顔で微笑んだ。
「予測はついております。未沙姫から、こんなようなこと考えたら鍵の色が変わったと伺っておりますので。ただ、その予測が正しいのかは分かりませんので、お教えするわけには参りません」
意外とケチだと、未汝は思った。口には出さないが。
それを誤魔化すように、未汝は首から下げた鍵を見る。
「鍵ってこれ?」
軽く持ち上げて見せると、文花が「はい」と頷いた。
おとぎ話に出てきそうなその鍵は、大きなお城の扉の鍵のような形をしており、全体は金色をしている。持ち手のところには中心にエメラルドのような宝石がはまっており、その周りをキュービックジルコニアと思しきものが囲んでいる。どこか子供のおもちゃのような、チープな印象だ。
「そうです。それを失くしてはいけませんよ?過去との行き来もできなくなりますし」
「そっか、これないと行き来出来ないんだ」
こんな子供のおもちゃに、私の人生振り回されるのか。と思ったら、何だかやるせなくなった。いやいや、この鍵は単なる試練判定用のリトマス試験紙のようなもので、この鍵が振り回すわけではないのだけれど。
ただ、試練が目に見えるわけではないので、目に見えるものに恨みをぶつけるしかない。
「これで、試練についての重要なことはお話しし終わりました。未汝姫、試練をお受けになりますか?」
複雑そうな思いを抱えた瞳を向けられて、未汝は、文花が自分の置かれた状況を心配してくれているのだと察した。先程予測を教えてくれないのはケチだと思ったが、実は教えられない理由があるのかもしれない。
「・・・・・受けるしか、ないじゃん。お父さんにもお母さんにも忘れ去られるの嫌だし」
「それは、そうでしょうね」
「それに、未沙姫は私を信じてくれた。だから、ちゃんとお礼が言いたいし」
一目見て未汝だと判断し、信じた。
――「私は貴女を曲者とは思っていないわ」
この試練の話を事前に聞いていたのなら、自分の身の安全を考えて曲者として扱い、未汝が過去で人生を全うするように、鍵を奪うなどの手立てを講じても良かった。
なのに、それをしなかった。
いくら妹だとしても、会ったこともないのだ。もしかしたら、自分がお姫様になりたい一心で、未沙を過去へと葬るかもしれないのに。
――信じてると、言われた気がするのだ。
文花は優しい目をして、「そうですか」と柔らかく微笑んだ。まるで、未汝が思ったことを察したかのように。
「未汝姫にも、この試練を越えられる気が致します。期限は今日から1年以内ですが、頑張って下さい」
「うん、頑張ってみるよ。うじうじしててもしょうがないしね」
未汝が不安を吹き飛ばすようにカラッと笑うと、文花が「華菜様の娘ですね」と笑った。
「では、私は王へ報告に行って参ります。未汝姫、私が戻るまでこちらでお待ち下さい。くれぐれも、お部屋からはお出になりませんように」
そう言い残し、文花は部屋を退室した。
パタンと扉が閉まると、未汝は当然のことながら部屋に一人残される。ふうぅと、今聞いた話をゆっくりと飲み込むように、息を吐いた。
ちょっと落ち着いて部屋を見回す。
清潔感があり、当たり前だが高級そうな調度品ばかりだ。現在座っているこのソファも、ふかふかとしていて、それでいて座り心地の良いものだった。だから、居心地が悪いということは決してない。
のだが。お世辞にも大人しいとは言いがたい未汝の性格では、ただ待っているのは退屈なのだ。
丁度良い所に、武装すべく持ってきて、壁に立てかけておいた箒が目に留まった。
「文花さんが戻ってくるまでに帰ってこればいいんでしょ?借りた箒も返してこなきゃいけないし」
ちょっと、探検しに行っても悪くはないよね?
最後の一言を心の中で付け足すと、良い理由が出来たとばかりににんまりと笑う。
そして未汝は、壁に立てかけた箒を手にして部屋にサヨナラし、ささやかな探検に出るのだった。