扉を開けたら、未来のお姫様(試練付き)らしい
上品に整えられた部屋だ。
応接セットが一組置かれ、壁には春の野原を描いた風景画が掛かり、台の上に乗っている高そうな花瓶には大輪の花が綺麗に活けられている。部屋の様子からして、どうやら応接室らしいということが分かった。
テーブルを挟んで、二人はそれぞれソファに腰を下ろす。
「自己紹介が遅れましたね。私は王宮で神官を務めております、晋槻文花と申します。普段は王宮で暮らす子供達に勉強を教えたり、王閣の相談役として宰相の代わりを務めております」
柔らかい表情で微笑みながらそう自己紹介する文花に、未汝が驚きを隠さずに声を上げた。
「宰相!?宰相って偉い人じゃなかったっけ?随分若そうだけど・・・・・・」
言葉を選びもせず思ったことそのままを口にする未汝に、文花が苦笑いした。
「今度27になります。王閣は人手不足でして、亡き父が宰相だったものですから私にもお声がかかり、王の側近として就任致しました」
それは凄いことではなかろうか。いくら父親が宰相だったからとは言っても、本人の実力がなければ務まらない話だ。
ただ、未汝にとって今一番重要なのはそこではない。重要なのは自分の身の安全と現状の把握である。そしてこの人が本当に国のお偉いさんなら、身の安全は多分、確保されたはずなのだ。
「とりあえずお偉いさんなのね。私の身の安全は保障されてる?」
ズバリ聞いた。遠回しにオブラートに包まれるより、はっきり言われた方が対処のしようもあるというものである。
未汝の言葉に文花は目を瞬かせると、目元を和ませて笑った。
「はい。王のご息女をどうこうは出来ませんから」
「王のご息女・・・・・・?」
ご息女って、娘って意味だったと思うんだけど・・・・・・?
普段使わない言葉に未汝が首を傾げて意味を咀嚼すると、ん?と眉を寄せた。
「えっと、私の父は会社員で、王様じゃなくて・・・・・・人違いしてない?というか、そもそもここがどこだか分からないんだけど」
肝心なことが訊けてない。
未汝が思い出して問うと、文花が“そうでしょうね”と事情が分かっているような顔をして頷いた。
「順を追ってご説明しますね。まず、ここは竜華燕国国王宮廷です。王宮と一般的には呼ばれます。現在の国王は鈴香牧様。貴女のお父様です」
そっか。さっき監視カメラの映像で見たお父さんそっくりな人は、本当にお父さんだったんだ。良かった良かった、一安心。で、済むわけはない。
未汝が、“待った”と手の平を文花に向けた。
「いつの間に竜華燕がそんな王様のいる国に変化したの!?あ、もしかして過去にトリップしたとか?ってことは世界大戦辺りの・・・・・・」
「未汝姫、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられる状況!?竜華燕が王国になってるなんて・・・・・・!?しかも、お父さんと同姓同名の人が王様!?私、知らない所で昼間っから寝られる程、器用じゃないはずだけど・・・・・夢なら醒めて」
頬をつねってみるが、痛いだけで目など覚めない。当然だ。現実なのだから。
未汝の奇行に、文花は苦笑いしている。
「まぁ、そういう反応になりますよね。とりあえず、国王陛下は同姓同名の別人ではなくて、本当に貴女のお父様ご本人ですよ。今は王室で待機していらっしゃいます。それから、ここは未汝姫のいらした時代から100年後の未来になります。・・・・・ちなみに、世界大戦辺りの竜華燕は王国ではなく帝国です」
「へ?」
勉強不足が露呈した。冷静に間違いを指摘しスルーせずに正す文花は、さすが教育者である。
未汝はと言えば、初対面の人の前で勉強不足がバレて、少しばかり恥ずかしい思いをする。
「今、未来って言った?」
恥ずかしさを隠すために、話題を別の方へ逸らした。
「言いましたが?」
「今、何年?」
「2335年です」
「・・・・・・ほんとにきっちり100年後」
「ええ、きっちり100年後です。日付も時間もズレていません」
タイムマシンみたいなものに、日付と時間指定できる機能でもついているんだろうかとか色々思うことはある未汝だが、とりあえずお婆さんになっていたり、体が透けているようなことがないのが救いだ。
だからといって喜んでもいられない。この未来から、帰れないかもしれないのだから。
――ん?帰れない?お父さん、毎晩帰って来るよね?
「あの、文花さん。私、元の時代に帰れる?」
気が付いてしまった可能性を確認すると、文花は「ええ、帰れますよ」と簡単に頷いた。
「何だ、あんなに心配したのに・・・・・・」
お嫁入り前の娘にあるまじき顔で写った写真を掲載したビラを駅前で配られたらどうしようかと、本気で悩んだというのに。
「待った、お母さん、私がいなくなったこと・・・・・・」
心配な人がもう一人、100年前の時代に残っていた。
しかも、この顔面白いわ。これにしましょ、と選びそうな、一番残してきちゃいけない本命の人間が。
一応、父親がこちらにいるのなら母だって気が付いていると、思いたい。
「ええ、王妃も気が付かれていると思いますよ。王が慌てて私のところへいらっしゃいましたから」
「・・・・・・王妃って、お母さんのこと?」
「はい、鈴香華菜様が、現王妃でいらっしゃいます」
名前は確かに同姓同名だ。王妃と聞くと、別人のような気がしてならない。いや、あの浮世離れした世間知らずは、王妃だったから、と言われれば納得できる気もするが・・・・・・。
「ここまでは、飲み込めましたか?」
文花が、次に進んでも大丈夫ですか?と、確認の意味も込めて未汝の様子を伺う。
「一応」
ここは100年後で、お父さんは国王で、お母さんが王妃で、私のいた時代にはちゃんと帰ることが出来る。現実離れした話だが、とりあえず理解できなくはない。
「今からお話しするのは、未汝姫、貴女に課せられた試練のお話です。お受けになるかどうかはお任せ致しますが、私は晋槻家の人間として見届ける役割を負っておりますので、少々お話にお付き合い下さい」
「・・・・・・うん」
何か、微妙に面倒臭い雲行きになってきた。折角帰れる!!と浮かれた気分が、急降下する。
――何?その試練とか。今度の高校受験だけで私、手一杯なんだけど。
これ以上やらなきゃならないことを増やさないで欲しいと、未汝は心の中で思った。