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ドラゴンキラーさんの平和な日常

作者: 水無亘里


 天候は快晴。

 白い鱗雲が思いつきのように散りばめられた青空。

 そんな空を『見下ろしながら』、青年は舌舐めずりしていた。


「一週間ぶりの肉だ……ッ!」


 ゴキュリと生々しい音を立てて、唾を飲み下すと、青年は岩壁の上に立ち上がった。

 服装はありふれた狩人のそれ。

 身の動きを阻害しない程度の肩当て、膝まで覆うロングブーツ、羽をあしらった軽めの兜。

 手には竜の首でも貫けそうな大きな戦槍バトルランス

 一般的な狩人と比較して、唯一特徴的な点と言えば、それは少々軽装備であるところだろうか。

 秘境に入れば巨大な魔物も珍しくないこの世界で、全身を覆うプレートメイルは実に一般的な武装だ。

 それを装備しない理由は、あまりない。

 あるとすれば、俊敏に動き回る魔物と戦う場合か、長時間の戦闘による消耗を抑える場合か、予算が足らなくて用意が出来ない場合か。もしくは……。

 ――空中戦を挑む場合ぐらいだろうか。


「……先手必勝ッ!」


 青年は岩壁から飛び降りた。

 暴れる風が肌を打つ。

 手放した重力に身を任せ、標的へと矢のように飛ぶ。

 眼下には、土色の翼竜が飛んでいた。

 竜はいまだ、気づいた様子がない。

 青年は口元に笑みを浮かべた。

 槍の切っ先が獲物を求めるように鋭い風切り音を放つ。

 青年が槍を構え、激突の衝撃に身を備えたところで、竜の黒眼が異変を捉えた。


 ガキィィィィィィィイイイイイイイイイイイイン!!!


 と、猛烈な衝突音が頭を揺らした。

 激突の瞬間、首を捻った竜がその一撃をかろうじて躱したのが見えた。

 上空で飛行を持ち直した竜を見眇めると、青年は一度舌を打った。


「もうっ! 馬鹿レオス! だから早まるなって言ったのに!」


 今度は少女の声が耳に届く。

 と、同時に竜が整えた飛行姿勢を大剣で叩いて途端に崩す。

 矢継ぎ早の攻撃に、竜が激昂する。


 クワァァァァァァァァアアアアアアアオオオオオオオオオオオッッッ!!!!


 という激しい嘶きが近くの岩場に反響し、岩壁を震わせる。


「うるせえ、馬鹿レイア! 今の一撃でそんな竜の首くらい両断してみせろよ!」

「アンタがそれ言う?! ってか、最初の一撃で仕留めてれば終わってたでしょ!?」

「違えよ! 槍の風切り音で思いの外早く反応されたんだよ!」

「それはアンタが焦って槍を構えたからでしょ! ヘタレ乙!」


「ぶっ殺すぞ!」「ぶっ殺すわよ!」


 そんな遣り取りをしながらも、馬鹿レオス――レオスと呼ばれた青年は岩場にショートソードを打ち込み、繋がれたワイヤー線を頼りに他の岩場へと飛び移った。

 足場に着地すると、ワイヤーを収縮させ鞘へと戻す。武装が変形し、戦槍から二本のロングソードへと変化する。

 狩人の武装でよく見られる万能武装マルチウェポンだ。

 カスタマイズ次第ではどんな姿にも変化すると言われる、狩人たちの主武装である。


 斯くして――、――狩猟の福音は鳴り響いた。


――


「お疲れ様です。レオスさん、姉様」


 差し出されたミートシチューを受け取りながら、レイアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「どうしてレオスのほうが先に呼ばれるのかしら、リオ?」

「他意はないのですが、気に障りましたか姉様?」

「リオ一番弟子、お前のお姉ちゃんは愛する姉のために愛情注いで救ってくれた大好物のミートシチューを前にしても恨み言しか吐けない恩知らずみたいだ。だから、俺が代わりにお礼を言うぞ、いつもありがとうな、リオ」

「いえいえ、そんな恐れ多いと言いますか何と言いますか、そのぅ……」


 お椀をゴツンとテーブルに戻しながらレオスを一睨みすると、レイアは深々と息を吐いた。


「……確かに今のはお姉ちゃんがいじわるだったわ。ごめんなさい、リオ」

「ほう、素直に謝るとは。明日は槍でも振るかな」

「振らせてあげましょうか、レオスの頭上とかに」

「……振らせられると思うのか?」

「もうもうっ! 仲直りですよ! ほら、笑顔で握手して! でないとシチューはお預けです!」


 プンスカと湯気を立てそうなリオが仁王立ちで睨み付けると、二人は同時に硬い笑顔で握手した。


「ゴメンナサイ」「ゴメンナサイ」


 それはあからさまに感情が籠もっていないその場限りの謝罪にしか見えなかったが、それを責めても解決しないと分かっているリオは見て見ぬ振りで受け入れた。


「良いでしょう。――それでは、いっぱい召し上がってくださいね!」


 とある山岳地帯。

 竜の住まう渓谷にて。

 とあるドラゴンキラーにとって、それはいつもの平和な日常だった。

 竜の亡骸が頽れる横で、美味しそうなシチューの匂いと暖かな焚き火の煙が、夕景に沈む空に浮かんでいた。

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