事故は起こるさ
人を轢いてしまった…。
どうしよう…自首しに行くべきだろうか…。
「ごめんシンラちゃん。一緒に行けるのはここまでみたいだ。今までありがとう。少しの間だけだったけど楽しかったよ」
「待ってください。今のは向こうが飛び出してきたのがいけないと思います。つまりメグミさんは悪くないです。だから無視して先に進みましょう」
「いやいや、さすがにそうはいかないでしょ。傷つけたのはこっちなんだから。自首しに行かなきゃ」
「そんなことしなくていいですって。あいつら見たところ、こっちを襲おうとしていたようですし。どうせメグミさんに見惚れてぼーっとしてたら轢かれたとか、そんなしょうもない理由ですよ」
そう言った途端、轢かれていない二人組がビクッと肩を震わせる。
図星だろうか?
分かりやすい人たちだ。
「でも治療くらいはした方がいいよね? そこの人死にそうだし」
「んー…盗賊なんて輩は古今東西悪いやつしかいないので、そんなことわざわざしてやらなくてもいいと私は思いますけどね」
シンラちゃんは悪人にはかなり辛辣だなぁ…。
もしかして両親に死因と何か関りがあったりするのだろうか?
とにかく早くその血だまりに沈んだ人の治療をしないと!
「悪いんだけどそこの君たちー。怪我人をベッドまで運んでもらえないかな?」
俺が話しかけると、二人は一度顔を見合わせ、頷きあったかと思えば、手際よくけが人を運び込んでくれた。
息の合ったコンビだ。
こういう会話無しでも話が通じる関係みたいなの、憧れるなぁ。
シンラちゃん…とはまだ無理だろうな。
出会って一日もたってないんだから。
いつかはそうなれたら良いが、舞踏会が終わったら、もう行動を共にすることもなくなるだろうし難しいだろうか?
「あの、襲おうと思ってた僕たちが言うのも何ですが、どうかパールを助けてやってほしいでゲス…」
「僕からもお願いしますでぶぅ! パール小さい頃からの、親友なんでぶぅ! どうか助けてやって欲しいでぶぅ!」
「あぁ…うん…助けるよ…?」
なんだこいつらの語尾…。
おちょくってんのか?
いや、ここは異世界。こんな語尾の奴もいるのかもしれない。
運ばれてきたパールというハゲの男性を能力で治療する。
このベッドの上に人が三人もいると、少し狭いな。
ハゲは体もデカいから殊更。
「おお! ポーションも魔法も唱えずに治療するなんて…その見た目の美しさといい、もしやあなたは神なのでゲスか?」
「神降臨! 神降臨! パールを助けてくださってありがとうございますでぶぅ!」
「あぁ…いいってことよ…」
なんだろう…褒められたり、お礼を言われているはずなのに、煽られているようにしか聞こえない…。
やっぱりこの語尾はおかしいって!
いくら異世界でもこれはないだろう⁉
ゲスはまだ分かる。漫画やアニメでもたまに出てくるしな…それは良いんだ…。
けど、でぶぅはおかしいだろう⁉
何自分からデブなことをアピールしてんだこいつ…!
痩せても同じこと言い続けるのか?
しれっと語尾をスリム!とかに変えるのか?
とても気になる…。
あと、こいつらに凄く突っ込みたい…!
でもまだこの世界の常識について詳しく知らない身だ。
もしこいつらの語尾が一般的だったら突っ込んでしまうとしらけた雰囲気になってしまう。
これが一般的だなんて信じたくないけど…。
もしそうだったなら、常に突っ込みしたい欲を押さえながら過ごす羽目になってしまう。
それはとても生きにくそうだ。
勘弁願いたい。
「あなた達、何なんですかその気持ちの悪い喋り方は…」
俺が怯んでいると、シンラちゃんが突っ込んでくれた。
ありがとうシンラちゃん。
やっぱりこの世界でもこいつらの語尾はおかしいんだね。
「気持ち悪いとは何でゲス! 失礼な奴ゲスね! これは今王都の方で流行っている知的な男の喋り方ゲス」
「僕のこれもシーザーがやればモテるっていうからやってるだけでぶぅ」
「そうなのシンラちゃん⁉」
「騙されないでください。そんなわけないでしょう…と言いたいところですが、私も家からはほとんど出たことはないので、今時の流行りは分かりませんね…」
「えぇ…」
この世界の人のセンスやべえな。
いや、まだそうと決まったわけじゃない。
こいつら見た目アホそうだし、何か勘違いをしている可能性がある。
「その流行ってどこ情報? ちゃんと信頼できる筋から聞いたの?」
「むぅ…これはだれにも話したことのない秘密だったのでゲスが、パールを助けてもらった恩もありますし神様が相手でもありますし、特別に教えちゃうゲス」
ちょいちょいっとこちらに来るようジェスチャーをしてくる。
神様じゃないけどね。
うーん、行きたいんだけどわざわざベッドごと移動させるのも大変だしこっちに来てくれないかな。
こちらも同じようにちょいちょいとジェスチャーをし返す。
目と目が合う。
瞳を通じて、言いたいことが伝わってくるような気がした。 (注)気がしただけ。
「いや、二人して何やってるんですか…」
根気比べだ。
先に痺れを切らしてこちらに来た方が負け。
ふっ男としてこれは負けられないな。
「面倒だから自分が行くゲス」
なっ! こいつ男としてのプライドはないのか⁉
ふん、所詮は盗賊か。
忍耐を忘れ、快楽に逃げるようなやつにはプライドなんて持ち合わせてはいないようだな。
まあいい。勝ちは勝ちだ。
俺は勝者の余裕として勝ち誇らせてもらおう。
これまでの戦い、戦績はあまり良くなかったからな。
自分で作った女の子、狼の魔物ときて、二連敗だ。
そう、俺は勝利に飢えていた。
初めての勝利に思わず顔が輝かんばかりの笑顔を浮かべてしまうほどに。
ニパー!
「うっ笑顔がまぶしい…浄化されるゲス……」
「でぶぅ…」
「メグミさん! 何こんな奴らに微笑みかけてるんですか‼ 微笑むなら私の方向いてて下さい!」
グリンッ!
勢いよく首が90度回される。
シンラちゃんのいる場所が隣でよかった。
後ろだったら致命傷だったろう。
衝撃で一瞬視界がチカチカした。
この勢いで180度首を回されたら確実に絶命していただろう。
運が良くて助かった。
「うん、シンラちゃん…首を狙うのは今度からナシね? お兄さんそこに耐久力振ってないからさ」
「気を付けます!」
返事は良いねぇ。
ちゃんと実行に移してくれるかは心配だが。
そんなやり取りをしている間に、語尾がゲスの人がベッドの上まで来ていた。
名前聞いてなかったな。
「君たち二人の名前は何というの?」
俺とは反対側に座り込み、正面に向かい合ったゲスの人に尋ねてみる。
「僕の名前はシーザーって言うゲス。それでこっちの肉がロック、この寝ているハゲがパールって名前ゲス」
「「誰が肉だ!」」
あ、ハゲの人が起きた。
それにしても息ぴったりだ。きっとこの三人は親友なんだな。
轢いた本人である俺に助けを求めるくらいだ。よほど大切なんだろう。
「ん? 今これどういう状況だ? 何があった?」
起きたばかりで、状況は分かっていない様子だ。
「起きたゲスか。ロックはこの女神様に助けられたんゲスよ。跳ね飛ばされたの覚えてないゲスか?」
「いや、覚えてる。跳ね飛ばしたのもこの人達だよな?」
「そうでぶね」
まぁ、それを言われたら申し訳ないと謝るしかない。
「まずは、助けてくれてありがとう。礼を言うぜ」
「ああ、別にいいよ。跳ねたこっちの方が悪いんだし。でも、なんでいきなり飛び出してきて、止まったの? あれじゃあただの自殺志願者だよ」
盗賊なのだから、俺達を襲おうとして飛び出してきたのは分かる。
けど、急に立ち止まった理由が分からない。
急に自殺したくなったとか?
もしくは、当たり屋に目的を変えたとか。
やべえ…訴えられたら勝てないかも…。
シンラちゃんが証人になってくれるだろうが、向こうは二人証人がいる。
いや、車と違ってブレーキ痕なんてないから、証拠不十分でなんとか勝てる!はず…。
ハゲの人、名前はパールだったか…はなんだか照れたように、顔を赤くしている。
なんだ?
「止まった理由…そりゃあれだよ…。あんたが今まで見たこともないような美人だったから、思わず見惚れちまったんだよ…」
おおう、シンラちゃんと言い、この世界の人達は直球で褒めてくるな。
でも俺は心と下の物は男なので、筋肉ハゲに言われても何にも感じないな。
嘘。やっぱりちょっとは嬉しいかも。
でもシンラちゃんに褒められた時の方が実は嬉しかった。
「今度からは気をつけなさいね」
とりあえず注意喚起しておこう。
危険! ベッドに乗った美人が徘徊しています。近隣の方は急な飛び出しに注意しましょう。
そんな感じのチラシでも町に貼っておこうかな。
そうすりゃ今後事故も減るだろう。
「傷が治ったならとっとと帰ってください。その筋肉が視界に入るだけで暑苦しいです」
シンラちゃん…ちょっと辛辣過ぎない?
そんな風に言ったらこの人単純そうだし、切れるんじゃ…
「あぁ⁉ 表出ろやクソエルフ! てめえのその貧相な体に俺の筋肉を味合わせてやらぁ‼」
あぁ…やっぱりこうなった。
シンラちゃんも、怒鳴られて一瞬怯んだが、引く気はないようだ。
「誰が貧相な体ですか! これはメグミさんが好きなスレンダーボディです! メグミさんの好みにケチつけるなんて許しません!」
「メグミって誰だよ」
彼からしたら当然の疑問だよね、それ。
それと、俺は別に貧乳好きじゃない。
嫌いではないんだけどね? おっきい方が好みです…。
まあ別にシンラちゃんも小さくない。
むしろ大きい方に入ると思う。
BかCくらいはあるんじゃないだろうか?
たぶんあのパールって奴、かなりの巨乳好きだ。
だからあのサイズでは満足できないのだろう。
欲張りな奴め!
「メグミでーす…」
とりあえず手を挙げて名乗っておこう。
自己紹介は基本。
「ああ、あんたのことか。…あんた女が好きなのか?」
「悪い?」
「いや別に悪かねえけど…」
がっかり、みたいな雰囲気を露骨に醸し出している。
こいつ、俺のことをそういう目で見てたのか?
まあ気持ちは分からんでもないが、勘弁してくれ。
男を性的に見ることはできない。
「ありゲス! むしろ最高ゲス!」
「ムフームフー…」
二名はむしろ、喜んでいるようだが。
息遣いが気持ち悪くなってきている。
これはこれでドン引きだ…。
こっちの気持ちも分からなくはないんだけどね?
「…よく考えたらこんな至近距離にいるってチャンスなんじゃねえか…?」
「……」
どうしたんだろう?
シンラちゃんの目が細められ、パールの目つきが鋭くなる。
さっきまで喧嘩腰だったが、空気は明るいものだったのに、なんだか怪しい雰囲気に…。
二人の間にある空気が、どんどん悪くなっている気がする。
なんだか緊迫しているような、そんな張り詰めたような空気を感じる。
「一体どうしたの? 二人とも?」
そう俺が口にした瞬間だった。
「ハアッ!」
「ファイヤーボール!」
彼らは互いに同じタイミングで自分の技を出し合った。