お礼
「王子。こんにちは」
「こんにちは、王子様」
「ええ、こんにちは。傷は癒えたようで何より…何よりです」
額の傷はスルーするのか。
流石王子。この傷がくだらないことで付いたものだと見抜いたようだな。
王子の前で失礼だと思ったのか、シンラちゃんが羽交い絞めをやめて椅子に座る。
「シンラちゃん。傷はもう治したし、ハンカチはもう良いよ。ついでに洗浄しといたからね」
「いつの間に…」
能力を使って血の汚れを消し去る。
王子が現れたしちょうどいい。色々聞きたいことがあったんだ。
「色々聞きたいことがあるんだけどいいですか?」
「勿論。貴女達のおかげで今もこの国が存続していられるんだ。何でも聞いてください」
んじゃ遠慮なく。
「まずここはどこなんですか?」
「ここは城の来客用の部屋です。重症だった貴女をここまで運び込み、治療を行いました」
あーそういえば体が痛くなくなってるな。
治療してくれてたのか。
「ありがとうございます。治療までしてくれたのに気付くのが遅くなってすいません…」
「いえ、治療など、この国を救ってくれたことに比べれば大してこと無いものですよ」
つんつん。
シンラちゃんが指で俺をつついてきて、耳元でささやく。
「ああ言ってますけど、高級なポーションを何本も使っていました。あまりお金に余裕のない我が国ではめったに出回らないすごく貴重なものなんですよ」
そうなのか。そんな貴重なものを俺の為に…。
王子に対する感謝の念が深まる。
「それと、これが一番聞きたかったことなんですけど……作戦は成功したんですか?」
そう俺が言うと、シンラちゃんは笑顔に、王子は暗い顔になる。
「作戦ですが…成功と言っていいでしょう。蝗を撃退できたのですから。ですが…何人かの人が犠牲になってしまいました…」
王子は痛ましそうに顔を伏せる。
そうなのか……。
頑張ったのだが、犠牲をゼロにすることは出来なかったようだ。
やっぱり俺以外がこの力を持ってさえいれば…。
すると、またしてもシンラちゃんが俺に耳打ちしてくる。
「大丈夫ですよメグミさん。犠牲になった人達っていうのは私と、あの盗賊三人のことです」
「えっどういう事?」
俺も小声でシンラちゃんに疑問の声をぶつける。
もしかしてここにいるのは死んだシンラちゃんの幽霊…?
「言っときますけど幽霊じゃないですよ。私達4人は姿が変わったから、元の見た目の私達が死んだ扱いになっているんです」
そういうことか。幽霊じゃなくてよかった。
「その扱いのままでいいの?」
「別にいいですよ。元の姿に戻るつもりもありませんし、悲しむ家族もいませんしね…」
シンラちゃん…。
「そっか…。シンラちゃんがそう言うなら俺も文句はないよ」
王子そっちのけで二人で話してしまったけれど、その間王子は黙って静観してくれたみたいだ。
「すいません王子。二人で話してしまって…」
「構わないよ。貴女一人に任せきりにして怪我を負わせてしまったんだ。この程度なんてことないさ」
王子の心が広くてよかった。
しかし、よくあんな作戦でみんな無事に済んだな…。
実行前の説明を振り返る。
作戦の概要はこうだ。
まず問題点として、時刻は深夜だ。真っ暗で虫である蝗の姿は見えない。
そこで、暗視と遠見の力を持つという兵士の一人が、魔法が使える兵士に合図を出すことによって、蝗の存在を知らせ、そのタイミングで天空に向かって目立つ炎の魔法を使う。
俺達はその炎を見ることにより、蝗の接近を知る。
そこからは実際に俺たちがやった通り。だが作戦はまだ続く。
俺達が打ち漏らした蝗は、人口が密集している城に向かうだろう。
その残りを城の兵士たちで叩き、全滅させてこの作戦は終了。
今考えても割と穴だらけの作戦な気がする。
上手くいったからよかったが…。
まあ、俺が作戦作れって言われて、これ以上の作戦を俺が出せるかって言われたら、首をひねるけど。
「そうでした。私の魔法のせいでメグミさんに大怪我させてしまってごめんなさい…」
「いや、君が謝ることじゃない。この件は僕にすべて責任がある。お詫びに何かして欲しいことがあったら何でも言ってください。出来る範囲のことであれば叶えます」
「この通り元気になったから大丈夫。お願いは今の所は保留でお願いします」
特に頼みたいことが何も思いつかないが、せっかくのチャンスを無駄にするのは良くないだろう。
俺がそう伝えると、今度は王子から尋ねられる。
「不躾なのですが、こちらからも一つだけ質問良いでしょうか?」
「勿論構いませんけど、なんですか?」
王子が俺に聞きたいことって何かあるか?
思い当たるとしたら、もしかして俺の力の事か。
「貴女の…名前を知りたいんです。どうか教えてはいただけませんか?」
名前? そんなもの全然構わないが…それだけでいいのか。
「名前はメグミですけど…」
「メグミ! 貴女に相応しい良い名前ですね。女神からつけた名前でしょうか」
「そうですね。そんな感じです」
お姫様設定だったから本当のこと言うわけにはいかない。
「そうでしょう。私がつけましたから!」
んー。シンラちゃん?
どうしてお姉ちゃん設定は守れるのに、これは我慢できないかな。
名付け親だって自慢したくなる気持ちは分からなくもないよ? でも時と場所はわきまえよう?
「妹さんが付けた…? いったいどういう…」
「気にしないでください。この子ちょっと頭がアレ何で」
「メグミさんに言われたくないです!」
王子は曖昧に笑うだけで、そのことについて深くは追及してこなかった。
「ははは…。とにかく今は体を休めてください。そして、気が向いたら私のプロポーズの返事、聞かせてくださいね?」
最後にとんでもない爆弾を残して王子は去っていった。
あのケツアゴ…なんてことしてくれるんだ。
またシンラちゃんから修羅のオーラが溢れ出ちゃったじゃないか。
一難去ってまた一難。もしかしたら蝗より恐ろしい相手かもしれない。
「メグミさん……?」
「大丈夫だから⁉ 俺にそっちの気はないから! シンラちゃんが心配するような事は何も…」
ギュッ
音で表現するとそんな音だろうか。
突然シンラちゃんに抱きしめられる。
「えっ、えっ、シンラちゃん?」
嬉しさや恥ずかしさの前にまず困惑した。
怒られるんじゃないの?
「いかないで…私を置いていかないで…」
泣いていた。
その姿はまるで幼子のように見え、彼女と初めて会った時の事を思い起こされた。
え…っと…これはどうすれば…。
「ど、どうして泣いてるの?」
「わかりません…。でも、なんだかメグミさんが遠くに行ってしまいそうな気がして…胸が締め付けられて…痛いんです…」
とりあえず以前と同じように抱きしまたまま頭を撫でる。
「もう、置いて行かれるのは嫌です…。パパもママも…私を置いて死んでしまって、頼れる人なんてもう現れないと思ってたのに、メグミさんと出会って…」
シンラちゃんは過去を振り返るように目を瞑って語りだす。
「とっても幸せだったんです。メグミさんとの二人の時間が。過ごした時間は短いですけど、本当に楽しかった」
目に涙を浮かべながらも、笑顔で俺との思い出を楽しかったと言う。
俺との時間をそんなに大切に思ってくれているなんて思わなかった。
「でも…でも、メグミさんが王子様と結婚しちゃったら、もう会う機会なんて無くなって…」
「そこから先はもう言わなくていいよ。絶対に無いから」
頭をポンポンしながら否定する。
あのケツアゴと結婚はちょっと…嫌いではないんだけど、むしろ人間としては好きだけど、俺はノーマルなのだ。
男とはNG。
「俺は王子に興味はないよ。別にシンラちゃんが不安になることなんか何にもないんだ。安心して?」
「本当に? 絶対の絶対に? 嘘って言ったら私、もっと泣いちゃいますよ?」
「絶対の絶対。だからほら、もう泣かないでよ。シンラちゃんに泣かれたら、俺どうしたらいいか分からなくなっちゃうよ」
「約束ですよ? 置いてったら顔面ファイヤーボールですからね?」
それは怖い。
一度食らった時の恐怖が蘇る。
あれはもう経験したくないな…。
「うん。約束」
俺がそう言うと、やっと泣き止み、満面の笑顔を見せてくれた。
「ふふっ。約束です」
花のようなその笑顔に、俺は見惚れてしまうのだった。