寝言
「貴女達の話は分かりました。その力も実際に見せてもらったし疑いもありません。本当ならば、客人に戦わせる事などあってはならないことなのですが、どうかお願いします。貴女達の力を貸して下さい…!」
そう言って俺達に頭を下げてくる王子。
周りの兵士たちもそれに合わせて、皆が頭を下げる。
「ちょ、やめてください。今はそんなことより早く王子の知恵を下さい」
多少ぞんざいな物言いをしてしまったが、緊急事態だ。勘弁してくれるだろう。
「ああ。僕だけでなく、ここにいる皆の知恵を集め、最高の作戦を立てる。と言いたいところですが、あいにくもう時間がありません。遂に、この町に蝗が向かっているという報告が今しがた入りました」
マジかよ。王子を探すのに手間取りすぎて、残された時間が無くなってしまったようだ。
町中探しまくっても居なくて、結局城に戻ってましたというオチだった。
「なので、単純だが確実な方法しか思いつかなかったが許してほしい」
もう思いついたのか⁉
たった今説明したばかりだぞ⁉
「本当か! なら早速教えてくれ! もう時間もないんだろう」
「ええ。──」
王子が話した作戦は、本当にシンプルなものだった。
そして、たぶん実現も可能だろう。
簡単な作戦だが、一瞬でこれを思いつく当たり、流石は王子という事だろう。
伊達に国のトップを張ってない。
それからさらに少しの相談の後、王子や兵士たちは城の警備に。
俺達は町の外で蝗を向かい打つ形となった。
そう、俺達だ。
シンラちゃんもこの作戦に付いてきてしまった。
「シンラちゃん…。なんで付いてきちゃったの。蝗を何とかする方法は分かったんだから、もう城で待ってたら良かったのに…」
「何でって、魔法が使える人がいないと、この作戦駄目じゃないですか」
「城に他にも使える人いたじゃん。あの人達の方が強そうだったし…」
「気心の知れた人の方が、メグミさんもやりやすいでしょうに。文句ばかり言わないでくださいよ」
まあそうなんだけど。やっぱりあまり危険な目には合って欲しくないのだ。
「(本当は、私以外の人がメグミさんの隣に座るのが嫌だっただけなんですけどね)」
今更ぐちぐち言っても仕方ないか。決まってしまったものはもうしょうがない。
現在、俺達は町から少しだけ離れたところで、蝗の到着を待っている。
周りは真っ暗で、能力で作った光源以外、明かりは何もない。
時刻は三時を過ぎたろう。
普通ならとっくに寝ている時間だ。
緊張感のおかげで、今は全く眠くないが、明日が辛そうだ。
ドォォーン!
ここで町の方から炎が上がると共に、大きな爆発音が鳴る。
作戦の合図だ。
どうやら蝗のご到着らしい。
「うわぁっもう来たみたいだ。覚悟は良いねシンラちゃん、やるよ!」
「殺ります!」
良い返事だ! やる気を感じられる。
シンラちゃんが手のひらを夜空に向かって掲げる。
俺はシンラちゃんに向けて、大量の魔力を流す。
漫画などでよく聞く魔力が、そんなものを持っていない俺には良く分からないので、とにかく大量のパワーを流すイメージで送り続ける。
「おおお⁉ すごいパワーが漲ってきます…。いまなら誰にも負ける気がしない! 魔王だって倒せそうです!」
なんだかシンラちゃんのテンションがヤバいことになっている。
やっぱり別の人の方が良かったかも…。
「ファイヤーボールウゥッ!」
シンラちゃんは掲げた手のひらから、以前俺の顔面にぶち当てたものと同じ魔法を唱える。
だが、その規模がおかしい。
さっきまでは上を向けば綺麗な夜空が見えていたっていうのに、今は上を向いても一面の赤。
空が何も見えない。直径50mを超えるであろう大きな火球が俺たちの頭上を照らしている。
まるで太陽のようだ。
火力もその分前よりも上がっており、当たれば火傷程度で済まないだろう。
シンラちゃんの手のひらから放出した直後、サウナなんて目じゃないほど周囲の温度が熱くなった。
全身が痛い。熱いじゃなくて痛い。
至近距離で高温の近くにいるからだろう。
もしかしたら火傷してるかもしれない。近くにいただけで火傷するとかどんだけ高熱なんだよ。
幸い、魔法の術者にはその効果は及ばないのか、シンラちゃんは無事なようだ。
喉が渇く。口の中の水分が飛ぶ。眼球の水分は火球を出した時の眩しさで閉じたから水分は飛ばなかったものの、もし開けてたらと思うと戦々恐々だ。絶対痛い。
火球は俺達から離れ、どんどん上空に飛んでいく。
俺は、尚もシンラちゃんにパワーを送り続ける。
一発だけじゃ駄目だ。何発か撃たないと蝗の軍勢は倒しきれない。
「や…って。も…いっぱ…」
口が乾燥していて喋りずらい。それとも全身の痛みのせいだろうか。
「ファイヤーボール!」
シンラちゃんが新たな火球を放つ。再びの熱波による痛みに、意識が飛びそうになるも、何とか堪える。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
泣きそうだ。今までの人生でこんな痛かったことなんてなかった。
アドレナリンちゃんと仕事してくれ。
「ファイヤーボール!」
三度の熱。激しい痛みに根性で耐える。
ちょっと…これ以上は…無理かな…。
シンラちゃんに供給していたパワーが止まる。
それと同時に上空で大爆発。空に放った三つの火球がはじけた音だ。
その音で瞳を開ける。
視界に広がったのは、炎一面で地獄のような光景だったけれど、不思議と俺はそれが綺麗に感じた。
うっ…目が乾燥する…。それになんだか視界がぼやけてきた…。
「ごめ…あと…任せ…」
「え? メグミさん⁉ 気をしっかり持ってください! メグミさ──」
最後に見たのはシンラちゃんの泣きそうな表情だった。
それを境に、俺は意識を手放した。
*
知らない天井だ。
目を覚ますと、見知らぬ風景が広がっていた。
お日様の光が窓からギラギラと差し込んでいる。
でもこの壁の雰囲気、どっかで見たことあるなあ…?
上体を起こし、ここで気が付く。シンラちゃんがいた。
椅子に座ったまま、俺のベッドの突っ伏して、寝ている。
呑気な寝顔だ。
起こさないよう、優しくシンラちゃんの頭を撫でる。
よく見ると目の所に涙の跡があった。
心配させちゃったなぁ…。
「うへへ…お姉ちゃん…」
どんな夢を見てるんだろう? 気になるな。
お姉ちゃんって俺の事だろうか。まだあの設定引きずっているのかな?
そのまま静かにシンラちゃんの寝言に耳を傾ける。
「駄目ですよぉ…あんっ♡ 駄目、そこは触っちゃ…」
本当にどんな夢見てんだ⁉
駄目だ駄目だ! 青少年の育成に悪い夢は即刻中止です! 中止!
びっくりして撫でる手を止めて頭を叩きそうになったが、堪える。
気持ちよさそうに寝ているのに起こすのは忍びない。
気持ちよさそうってそっちの意味じゃないからな。変な勘違いするなよ?
とにかく何とか夢の軌道修正しないと…そうだ!
「ふっふっふ…」
良いことを思いついたぞ。
夢の内容を変えてしまえばいいんだ。そう! このチョコレートでな!
能力を使ってチョコレートを作り出す。
この匂いを嗅がせれば、あまーいお菓子を食べる夢に早変わりって寸法よ。
さあ健全な夢を見るがいい。
パタパタと手で風邪を送り、シンラちゃんに匂いを嗅がせる。
「ううん…甘い…」
おっ! いい感じだ。
俺はさらに風邪を送る手を加速させる。
パタパタパタ。
「甘い…お姉ちゃんの母乳…」
殴らなかった俺の精神力を褒めてやりたい。
俺の事を何だと思っているんだシンラちゃんは。
子持ちに見えているのだろうか。勝手に人を経産婦にしないでもらいたい。
まだそんな年じゃないし、そもそも生殖器が男だ。胸はあるけど。
耐えろ俺…。今叩き起こしたらなんか負けたような気分になるぞ…。
深呼吸して精神を整える。
ふぅ…よし! 絶対に健全な夢に変えてやる!
甘い匂いで駄目なら、音で影響を与えるしかない。
可愛い動物が遊びに誘うとかどうだろうか。
うん、健全だ。全年齢対象で行けるだろう。
シンラちゃんの耳元に囁くように声をかける。
「ぴょんぴょん。うさぎさんだぴょん。一緒に遊ぼうぴょん!」
パチリ。たしかにそんな音が鳴った。
シンラちゃんと目と目が合う。
どうやら起きてしまったようだ。
「………」
「………」
二人の間を沈黙が流れる。
…今の聞かれただろうか。もしそうなら恥ずか死する。
いや、起きたのはセリフを言いきった後だ。聞かれてはいないはず…。
「……可愛かったですよ?」
畜生っ! 死ぬしかねえ!!!!
「何やってるんですか⁉ 壁に頭を打ち付けてもどうにもなりませんからやめてください‼」
「うおーはなせーこんな羞恥には耐えられない!」
壁に頭突きを敢行するも、数発打っただけで捕らえられてしまった。
尚も頭を打ち付けようとする俺を羽交い絞めして止めるシンラちゃん。
ぐっ…動けない…。
必死の抵抗をするも、これ以上壁に頭を打ち付けることは不可能だった。
女の子に力で負けた…?
あまりのショックに呆然とする。
ええ…嘘だぁ…。
「ふぅ…。やっと落ち着い…なんで泣いてるんですか⁉」
「だっで…グスッ…恥ずかしいところ見られたうえに、力負けして…情けない…」
「ああもう泣かないでください。ほら、これでチーンして!」
シンラちゃんからハンカチを受け取り鼻をかむ。
チーン!
「まったくもう…頭から血も出てるじゃないですか。どんな勢いでぶつけてるんですか…」
ポケットから二枚目のハンカチを出し、俺の額の血を拭う。
やっぱり迷惑ばかりかけちゃってるなあ…。
「えっと…どういう状況かな?」
ここで新たな人物登場。アゴ割れ王子こと、チャーミー王子部屋に来訪するのだった。