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「シンラちゃん。あれ誰?」

「あれが目的の人物ですよ。チャーミー王子です」


 おお! あれが!

 なるほど…言われてみれば王子っぽい顔つきをしている。

 割れたアゴなんて個人的にすごくそれっぽいと思う。

 しかし、やっとお目当ての人物に会えたっていうのにあまりシンラちゃんが嬉しそうに見えないのは何故だろう?

 マリッジブルーってやつ? それとも緊張しているだけかも?

 しかし、やっと王子と会えたんだ。緊張のせいで失敗なんてそんな悲しい終わり方は俺がさせない。

 ここは大人の男として、背中を押してあげよう。


「シンラちゃん…。ほら、王子様だよ。頑張って‼」

「あっはい」


 いまいち覇気を感じない返事だが、シンラちゃんならきっとできるはずだ。

 その溢れんばかりの魅力で、王子を落としちゃえ!

ここで向こうもこちらに気付く。

 一瞬大きく目を見開き、目に力を入れると、こちらに向かって迷いなく進んでくる。

 これは…チャンスだ!

 向こうは皆の動きを止めた要因である俺達を叱りに来るつもりだとしても、王子と一対一で話す機会が巡ってきた。

 想定していた踊りの時ではなかったが、ここで王子の心を射止めればいいだけの話。


「チャンスだよシンラちゃん。たぶん王子は今から俺達を叱りに来る。その時に上手いこと丸め込んで、その勢いのまま落としちゃえ!」

「はい。頑張ります」


 やはり声に覇気がないが、きっと緊張をしているのだろう。

 シンラちゃんを王子が向かってくる前面に押し出す。

 俺は後ろからサポートだ。何かあったら俺がフォローを入れる。

 とうとう王子がシンラちゃんの前まで来た。

 王子に聞こえないように耳元で応援する。


「ファイトだよ! シンラちゃん」


 すると、何故か王子はシンラちゃんの前を通り過ぎて、俺の横までやってきた。

 俺が叱られるパターンだこれ。

 俺の頭は悪目立ちするからな…。深窓の令嬢のような見た目のシンラちゃんよりも、俺の方が心情的に叱りやすいのだろう。

 まあ仕方がない、なんとか王子がシンラちゃんと会話できるように取り計らってみよう。


「あー…。会場の空気を悪くしてしまって申し訳ありません。何か御用があるのでしたら、私が聞きますので、良ければこの子と踊って…」

「宜しければ僕とダンスを踊ってもらえませんか? 素敵なお嬢さん」


 王子が跪いて手の甲にキスをする。

 何故か俺の方に。

 …この展開は予想していなかったなー…。


「王子様⁉」

「彼女どこの国の子?」

「私は知らないわ。あなたは?」

「私も知りません。ですが、今まで誰とも踊ろうとしなかった王子様があの女性にダンスを申し込むなんて…一目惚れってやつでしょうか?」


 向こうの方もざわざわと騒ぎになっている。

 様々な種類の視線がこちらに向けられる。好奇、猜疑、奇異、期待などだ。

 その中で特に強いのは何人かの女性からの嫉妬の視線だ。

 もうね、凄いの。みんな綺麗な服を着ているのに、視線を上げて顔を見ると全員鬼のような顔をしているの。

 素直に言ってめちゃ怖いです…。

 でもそれよりもっと怖いものがある。

 何が怖いかって、隣にいるシンラちゃんの事だ。

 先ほどから瞬き一つしないで王子と俺の手を見ている。

 そして全身から物凄い圧を感じる。

 冷汗が止まらない。

 誰か助けてください…!


「凄い汗だ。大丈夫ですか? 良ければ僕のハンカチをお使いください」


 そう言って王子は笑顔でハンカチを出してくる。

 ちっげーよ! お前に助けは求めてないんだよ!

 お前がなんかすると、横からのプレッシャーが倍増するんだよ‼

 黒いオーラが可視化してきてるんだよ! 勘弁してくれよ!

 俺が受け取らないでいると、王子は何を勘違いしたのか知らないが、そのハンカチで俺の額の汗を拭いだす。


「王子…ハンカチは結構です」

「遠慮なさらないでください。体が冷えてしまいますよ」


 心がもう既にヒエッヒエなんだよ!


「ホント、結構ですから。もう大丈夫です。それと、ダンスならこの子が踊りますので、お相手お願いします」


 これ以上何かされるとシンラちゃんが魔王か何かになってしまいそうなので、早々に俺は逃げる。


「いえ、僕は貴女と踊りたい。どうかこの手を取っていただけませんか?」


 しかし まわりこまれてしまった!

 なんなんだよこいつ⁉ 凄いしつこいんだけど!

 頼むからシンラちゃんと踊ってくれ。

 もうシンラちゃんのオーラは世紀末覇者並みに高まってるんだよ。


「私は体が弱いのでちょっと…。代わりに隣の妹が踊りますから…」

「この際だからはっきり言いましょう。僕は貴女に惹かれました。俗に言う一目惚れという奴です。どうか僕の妃になってはもらえませんか?」


 やーめーてー!

 胃がキリキリと痛み出す。

 これ以上俺の胃を痛めつけてどうしようと言うのだ。

 周りも、今の王子の発言で大きなどよめきが起こった。

 そんな中で未だに沈黙をしたままのシンラちゃんが怖い。

 どす黒いオーラでどんな気持ちなのか雄弁に伝わっているのだが。

 早く断って機嫌を直してもらおう。


「申し訳ありませんけど、お断りさせてください。ほら、私はさっき言った通り体が弱いから、王子様のお嫁さんにはなれませんよ」

「愛があれば関係ありません。貴女の体を第一に考えて、まずは結婚式を上げましょう。体が弱くて子供を産めないというのなら、子供はいりません。貴女だけを愛します」


 この王子、俺が言おうとしたことを先読みして潰してきやがった。

 今の発言は、ドキッとさせるものだったのか、周囲の女性がキャーキャーと騒ぎ出す。

 男達も、ヒューと口笛を鳴らす者たちがいて、感心した風だ。

 どうしよう…。なんだか断りづらい雰囲気になってきてしまった。

 日本人的感覚からして、こういった空気だと断りづらい。

 俺はNOと言えないタイプの日本人なのだ。

 頼みのシンラちゃんも怖くて話しかけられないし…万事休すか…。


「大変です‼ ヌマの森付近に蝗が出たとの報告が‼」


 突然、俺たちの後ろの城の入り口から、衛兵の人が来てそう言いだした。

 なんだ、イナゴ? イナゴってあの佃煮とかにもなるあれの事か?

 その報告を聞くと、城中が阿鼻叫喚に陥る。


「蝗! 蝗だって⁉ あぁ…神よ…」

「ど、どうすればいいの⁉ どこに逃げれば…」

「なんでこんな辺境の国に蝗なんかが出るんだよ⁉」


 もう、大パニックだ。

 シンラちゃんもイナゴの報告で落ち着いたのか、オーラが消えていたので、聞いてみる。


「シンラちゃん。なんで皆パニックになってるの? たかがイナゴに」

「何でって、そりゃあ蝗が現れたら誰だって怖がりますよ。ああ、お姉ちゃんはそういえば記憶喪失なんでしたっけ」


 そういう設定だったね。

 俺達が話している間も、パニックは広がる。

 前の人を押し倒す者や掴みかかる者などまで出てきた。

 王子もその報告でショックを受けていたが、立ち直ると、大きな声を張り上げて皆に向けて話しだした。


「皆さん! 聞いて下さい! 蝗の件についてですが、一先ずはこの城にいれば安全です! この城は物理結界を張ることができるので、蝗を直ぐに通すことはありません‼」


 よく通る声だ。皆静かになり、王子の話に耳を傾けている。


「これから町の住人達もこの城に避難させます! そのせいで窮屈な思いをさせる事になるかもしれませんが、どうかご了承ください!」

「ちょっと待て! 籠城戦になることを考えたら、人数はあまり多くない方が良いだろう! 食料だってそこまであるわけじゃないだろう? 戦えない町の奴らは見捨てた方が良い!」

「戦えないからと言って民を見捨てるような者は王ではありません。あなた方も、民も、どちらも必ず我々が守り切ってみせますので大人しく避難して下さい!」


 勢いよく啖呵を切る。

 ちょっとカッコいいかもしれない。

 憧れるわ…男として。

 ああいうカッコいいこと俺も言ってみたいなあ…。

 文句をつけた人も王子の迫力に怯んだのか、口を噤む。

 その間も王子は兵士たちにテキパキと命令をしており、住民の避難活動を急いでいる。

 城の中の人達も、もう文句を言おうとは思わないのか、兵士の指示に従って移動をし始める。


「俺達も指示に従って避難しとこうか」

「そうですね。蝗が相手じゃ私の魔法なんて役に立ちませんし。素直に従いましょう」

「移動しながらで良いからイナゴについて話してくれるかなシンラちゃん」

「勿論です。蝗の危険性は知っておくべきですからね」


 城の奥の方に避難しながらシンラちゃんの話を聞く。


「前提として、この世界に魔物がいることは流石に知っていますね? 前にお姉ちゃんが襲われていた狼がそれなんですけど」

「うん知ってる知ってるだと思ってたんだよ俺も」


 あれ魔物だったのか…ただの凶暴な狼かと思ってた…。


「国や町には大抵魔物除けの結界があるんです。ですけど、ここが蝗の怖いところで、蝗は魔物じゃないんですよ」

「ただの虫でしょ? 何がそんなに怖いのさ」

「ええ。ただの虫です。生物なら何でも食べる超雑食の虫です。人間を軍勢で食い殺し、その死骸は毒となり土地さえも殺す。そんな生物が結界をすり抜けて町に入ってくるんですよ? 皆恐ろしいに決まってます」


 なにそれ俺の知ってるイナゴじゃない。

 俺が知っているのはお酒のつまみに食べられちゃうような奴だ。

 断じてそんなパニックホラー映画に出てくるようなエグイ生物ではない。


「えぇ…こわっ…!」

「そうです怖いんです。でも安心して、お姉ちゃんは私が守りますから!」


 そう言って笑顔を浮かべるシンラちゃん。

 俺の妹が可愛すぎる。

 天使かよ…。

 俺達は会話をしながら避難に従って進んでいたのだが、ここで問題が起きた。

 避難場所に進むには地下への階段を降りなくてはいけないらしく、ベッドでは狭すぎて進めない。

 避難誘導をしていた兵士さんも、困り顔だ。 


「ちょっと! 降りれないのなら先に行かせてもらいますわよ!」


ある貴婦人がそういったのを皮切りに、どんどんと後ろの人達に抜かされてしまった。


「ごめんシンラちゃん…。巻き込んじゃって。このベッドだと階段を通れないから、降りて先に避難していてよ」


 そう俺が言うと、首を振ってこう返される。


「元はといえば、私の為にここまで来てくれたんですから、お姉ちゃんが謝ることじゃないですよ。最後まで一緒に付き合わせてください」


 シンラちゃん…。


「それに、私が思うにお姉ちゃんの傍がこの世で一番安全ですよ!」


 気遣ってくれているのが直ぐに分かった。

 でも、その信頼には応えたいと思う。


「シンラちゃんがそう言うのなら、期待に応えられるよう、頑張るよ」


 俺には力があるんだ。きっとできる…といいなぁ。


「お姉ちゃん。ここにいると、皆の避難の邪魔になるから移動した方がいいですよ?」


 確かに、ここは狭い。俺達の横を通る人も皆邪魔…という目でこちらを見てくる。

 なので、来た道を戻る。地下階段付近以外は、広く作られているので人の邪魔になることはなくなった。

 戻り戻って、先ほどまで王子と話していた会場までやってきた。

 城の外から入ってくるこの町の住人や、兵士たちが慌ただしく入り口を行ったり来たりしている。

 しばらくその光景を眺めていると、見知った、いや、ほんの少ししか見ていない顔が城にやってきた。

 そう、パール盗賊団こと、馬鹿三人組である。

 女の子になったことで、長くなった髪を揺らしながら、こちらに向かってくる。

 もう馬鹿三人娘と言った方が適切なのかもしれない。


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