舞踏会
「急ごう。もう時間がない」
「そうですね。でも、門の前には衛兵がいるので轢かないように気を付けてくださいね」
町の入り口が見えてきた。
そこには、シンラちゃんの言う通り衛兵が立っているのが確認できた。
「大丈夫? ちゃんと中に入れる?」
「たぶん大丈夫だと思います。衛兵と言っても魔物が来ないかを確認するだけの、ただの見張りなので。簡単な質問と検査だけで町に入れるでしょう」
「そうなんだ…」
なんだか緊張する…。
これは前の世界で言う、面接に似た緊張感だ。
うう…なんか変な質問されたらどうしよう…。
ベッドが門の前に到着する。
そこには初老といった年齢の、おじさんが門番として立っていた。
「止まれ! お前たちは何者だ?」
とりあえずシンラちゃんを頼ろう…。
「シンラちゃん…」
「もう準備できてます」
いつの間にベッドを降りていたのか、元の村娘状態に戻っているシンラちゃん。
流石だ。手が早い。
「こんばんはおじさん」
「ん? ああ、君は夕方ごろに出て行った子か。心配したよ、戻ってくるのが遅かったから。その綺麗な人は誰だい?」
「この人は親戚のお姉さんです。夕方にこっちに着くって言っていたのに、なかなか来ないから心配になって探しに行っていました。」
「そうなのか。その人の手荷物検査をするけど、構わないよね?」
「ええ、構いませんよ。メグミさん?」
「はひ。どうぞ…」
噛んだ。
くっそーやっぱりこういうのは緊張するなあ。
両手をあげて万歳をする。
「…(おっぱいでかいな…この子…)」
おじさんの検査は素人目に見ても手慣れた手つきで、二人とも手荷物がないこともあってか、すぐに終わった。
若干入念に検査された部分があったが、俺も男。気持ちは分かるので寛大な心で一度は許してやろう。
次やったらあばら骨の一本は覚悟してもらう。
「おじさん…訴えられたいんですか? セクハラとして上司に報告しておきますね」
「済まない、つい出来心で。訴えるのは勘弁してくれ…」
シンラちゃんには許されなかったようだが。
門番がそんな調子でこの町は大丈夫なのだろうか…。
「検査はオーケーだ。そのベッドについても聞いておきたいが、急いでるんだろ? また今度でいいよ」
「ありがとなおじさん。礼としてセクハラについては黙っといてやるよ」
「交渉成立だな。ほら、行っていいよ」
「次やったら本当に上司に報告しますからね?」
「手厳しいな嬢ちゃんは…」
許可をもらったので再び出発。
前と違うのは、町中なのであまりスピードを出せないところだ。
住人を轢いてしまったら、流石にマズイ。獄中待ったなしだ。
幸い、時刻が深夜なので、人通りも少ない。
これなら今のスピードを緩めることなく、城までたどり着けるだろう。
人を轢かないよう、周りに注意をしながらも、町の様子を確認する。
栄えていると言うほどではないが、貧しいようにも見えない。
ぶっちゃけ普通の町だ。
王子様のいる城があるということはこの国の首都だと思うんだが、それにしてはまったく栄えていないのはどうなんだろう?
今が夜だからそう感じるだけで、昼間はまた違って見えるのだろうか。
城に着くまでの少しの時間で聞いてみようか。
「シンラちゃん。この国の首都が今いる町なんだよね? その割にはなんだかそこまで裕福そうには見えないんだけど?」
「そこに気付くとは、流石ですねメグミさん! まあ理由は簡単な話なんですけどね。前も話した通り、この国にはこのカルーの町しかないので、純粋にお金がないんですよ。この町に城があるのも、単に他に置くところがないってだけの話なんですよ」
前にも言ってたっけ? 全く聞いた覚えがない。
とにかく理由は分かった。
「町一つしかない国って…よくそんなんで国としてやっていけるね」
素直に称賛だ。
「ええ。人魚との貿易が出来ていなかったら恐らく滅んでいたでしょうね」
人魚の経済効果ってすごいんだな…。
国一つ救うレベルとか大したものだ。
「メグミさん。魔法、掛けてもらえますか? 今度は解けないように」
「ああ! そうだったね。ほいっと」
馬鹿たちにやったように、ベッドから出ても元の姿に戻らないように魔法をかける。
「どう、違和感とかない?」
腕や足だけをベッドの外に出して効果を確認している。
姿は元に戻らないようだ。
「ええ。ばっちりです!」
「良かった。馬鹿たちで試した甲斐があったよ」
あいつらのせいで無駄な時間がかかったが、実験自体は無駄にならなかった。
あいつら女の子になったけど、生活とかどうするんだろう。ちゃんとやっていけるのだろうか。
メグミお兄さんは心配だ。
パールはともかく、ロックとシーザーの二人は完全に後先考えずに、志願したからな…。
目先の欲に囚われていた。その欲の正体が何なのかは知らないし知りたくもない。
「メグミさん。もう城に着きますよ」
「うん。分かってる」
城はこの町の中央にそびえ立っている。
まるで、自分たちが国の中心だという事をアピールしているかのようだ。
ベッドのスピードを緩やかにする。人が歩く速度並みだ。
あまり速い速度だと警戒されると思ったからだ。
城の扉がもう見えるくらいの距離だ。
扉は完全に開け放たれていて、両脇に衛兵が二人立っている。
勢いでここまで来たけど、中に入れるのだろうか、これ。
この国で一番偉い人がいる場所だ。町には入る時とは訳が違うんじゃないだろうか。
「シンラちゃん…。ここまで来といてなんだけど、俺達って中に入れるの?」
「無理かもしれません…。そういえばお姉さま方は招待状のようなものを持っていた気がします…」
だよねえ…。普通こういうのって偉い人たち以外は入れない気がする。
相手はこの国の最高権力者なのだ。その辺の一般人が会える存在ではないだろう。
だが、ここまで来て、はいそうですかと引き下がれるか!
「諦めて帰りましょうか。メグミさん」
「いいやまだだよシンラちゃん。なんとか衛兵を騙して、中に侵入しよう」
「いや、もう良いですよ。私のためにそこまでする必要はないです。それにもう私は王子様の事興味n」
「大丈夫! 俺を信じてくれ‼ 絶対何とかして見せるから!」
「…はい…」
シンラちゃんの手を掴んで問題ないという事を伝える。
なんだかポーッとしてるが大丈夫だろうか? 顔も赤い。
まぁ今は衛兵を騙すことに集中しよう。
二人のうちの若い方の衛兵に話しかける。
「すみません遅れてしまったのですが…。まだ舞踏会は続いているでしょうか?」
設定はどこかの国のお姫様とその妹だ。
見た目は二人ともそれっぽいしいけると思う。
衛兵は俺を見て一瞬固まったが、すぐに元の戻り、対応する。
「ええ。もう時間は余り無いですが、まだ舞踏会は続いております。招待状を確認しても?」
「それが、ここに来る前に盗賊に襲われてしまい、荷物の入ったバッグと妹の服を奪われてしまったのです」
「なんと! そのようなことが⁉ それで妹様は平民の服を?」
「そうなんです…。何とか盗賊は撃退したのですが…妹は服を取られるという辱めを受けたのです…。腹違いの妹ですが、私とって大切な妹なんです!それをあの盗賊たち…許せません!」
よよよ…と泣きまねを入れる。
このひと手間が大事なのです。
「その盗賊たちはどんな人相をしていましたか? 手配書を出しておきましょう」
すまないパール達よ。なんかマズいことになるかもしれない。
「ごめんなさい…。一瞬のことだったので顔は良く見えませんでした…」
「いえ、貴女様が悪いわけではありません! 謝らないでください! 悪いのは盗賊たちです! 付近の衛兵に、怪しい人物がいないか連絡をしておきましょう」
「ありがとうございます! それで、中に入れてもらっても?」
「……少々お待ちください」
そう言って、若い衛兵は反対側に立っている衛兵に話しかける。
内容は俺には聞こえないが、通して良いか相談をしているんだろう。
「妹…私がメグミさんの妹…。ふへへ…」
シンラちゃんはまだトリップ状態なのか。
話している間に戻ると思ったのだが…。
「お待たせしました。荷物の検査だけさせてもらえれば、通ってもかまわないそうです」
「それは良かった。どうぞ、好きなだけ検査してくださいな」
そう言って、万歳をする。
彼は少し顔を赤らめながらも、真面目に検査してくれた。
「はい。検査は終わりました。何も持っていませんね。妹さんもお願いします」
「はーい、シンラちゃん、万歳しようねえ」
未だ、まともじゃない状態のシンラちゃんを無理やり万歳させる。
彼は手付き良く検査を終わらせると、笑顔で答える。
「検査はこれで終わりです。不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。よろしければ、そちらのベッドは我々が責任をもってお預かりいたしますが、いかがいたしましょう?」
「申し訳ありません…。私体が弱くて…このベッドがないと途端に倒れてしまうんですの…」
かなり苦しい言い訳だ。だったらそもそも舞踏会に来るなって突っ込まれてもおかしくない。
「そうなのですか…。そうなると、舞踏会で踊ることは…いえ、余計な詮索はするものじゃありませんね。ようこそ、舞踏会へ」
そう言って一歩横に動き、俺達を中に招待する。
あぶねー…礼儀正しい子で助かったわー。
「シンラちゃん。そろそろ帰ってきて」
肩を揺さぶって意識を戻す。
「はっ⁉ 私は何を…もう通ってもいいんですか?」
「ん。許可はもらったよ」
「任せっきりにしちゃってすいません…お姉ちゃん」
「うん…うん?」
演技をまだ続けるつもりだろうか。
確かに誰が聞いているかも分からないし、まだ続けていた方がいいかもしれない。
シンラちゃんは抜け目がなくてすごいなぁ…。
中に入ると、そこには前の世界では絶対に見られないような光景が広がっていた。
まず目につくのが、犬耳のようなものが頭に生えた人たちだろう。
尻尾をゆらゆらと揺らして周りの人と会話をしている。
俗に言う獣人って奴だろうか。
犬耳以外にも種類は様々で、うさ耳、猫耳、などを持った人がちらほらといるのが確認できる。
その獣耳は頭の上に生えているのだが、顔の横にもしっかりと人と同じ耳がある。
そのせいか、ただのコスプレした人間かと最初は思ったが、ぴくぴくと動いているところを見るに、本物だろう。何より質感がリアルすぎる。
「シンラちゃん見てほら。ケモ耳の人達がいるよ。すごいね! 初めて見たよ」
「本当ですね! 私も初めて見ました!」
流石は異世界、ケモ耳少女や美女を取り揃えているようだ。
生物的に耳が四つある意味はあるんだろうかと疑問が浮かんだが、そんなもの可愛さの前では無力。あっという間に脳味噌から抜け落ちてしまった。
城の中の大半はただの人間だったが、それだけにケモ耳が際立っていた。
と、ここで会場内の人皆からの視線がこちらに集まる。
踊っていた人も、横でそれを見ていた人も、皆こちらを見ているようだ。
急になんだ?
唯一休みなく動いているのが、楽器を演奏している人たちで、プロ意識を感じられた。
「シンラちゃん。なんか俺達すっごい見られているんだけど?」
「お姉ちゃんは美人ですからね。仕方ないですよ。モテる女の定めってやつですよ」
なら仕方ないかなぁー! かー! モテる男は辛いなー!
周りの人の声を耳を澄まして探ってみる。
「なんです…あの子たち…。美人だけど、片方は派手な頭で、もう片方はみすぼらしい服着て。…なんでベッドに乗っているのかしら」
「うわ、美人だけど、すごい頭してんなー。ちょっと神経疑うわ…。隣の子はエルフか? どうして平民の服なんて着ているんだろう。割と好みだな。…なんでベッドに乗ってるんだ?」
「すっげー美人。羨ましいわ。隣の子も可愛いし…。それに比べてあたしは…。…なんでベッドに乗ってるんだろ?」
「お前どっちがタイプだ? 俺は断然頭がヤベーほう。なんてったってあの胸見ろよ。ぜってー気持ちいいぜ? …ベッドに乗ってる意味は分からんが」
「僕はエルフの子の方が良いかな…。ちょっとあの頭はね…。それに僕は小さい方が好きだから。ベッドについては同意見」
聞こえてくるのは確かに俺が美人だということについてだが、他にもいろいろ言ってるな。
俺の頭、異世界でもやっぱり派手なのか…。ピンク頭の人が普通にいるような世界なのに…。
会場内を見れば、それはそれはカラフルで、俺の髪にも負けず劣らずの派手さだ。
黒髪や茶髪の奴らが俺を派手だとか馬鹿にするのは良い。それは事実だからな。
でも、ピンク髪の奴や紫髪の奴らまでそれを言うのは、お前ら鏡見たことあんのかと突っ込んでもいいと思うんだ…。
聞こえてくる声だが、一番耳に入るのはベッドについてだ。
普通に考えたら、舞踏会にベッドで来るっておかしいもんね。
客観的にどう見ても狂人の所業だ。
しかも、踊るっていうのに、ベッドから降りようとしない。
お前ら何しに来たの?と、そろそろ言われそうだ。
「シンラちゃん。どうやらベッドが目立っていたようだよ」
「いえいえ、お姉ちゃんもベッドに負けないくらい目立っていますよ。謙遜しないでください」
シンラちゃんは本当におだてるのが上手い。
そんなことを言われたら調子に乗ってしまいそうだ。
「えぇーそんなことないってー! 俺なんかより、シンラちゃんの方がむしろ目立ってるよー!」
「それこそ無いですよ。私なんてその辺の雑草みたいなものですよ。お姉ちゃんの魅力の前では、虫けら同然…」
「それこそ謙遜しすぎだよー。あそこの人シンラちゃんがタイプって言ってたよ?」
と言って、メガネの男の人を指さす。
「お姉ちゃん。人を指差すのはマナー違反ですよ? もうっ私がいないとお姉ちゃんは駄目なんですから…」
シンラちゃんの妹演技が迫真過ぎる。
甲斐甲斐しく姉の世話をするできた妹ちゃんだ。
きっとリアルで姉がいるから、真に迫った演技が出来るのだろう。
と、ここで人ごみの向こう側から良く通る声で声が掛かる。
「皆して急に動きを止めて一体どうしたんです。何かあったんですか?」
奥から一人の男性が現れた。
高い身長、整った顔つき、豪華な服、割れたアゴ。
現れたのは、そんな格調高い男性だった。
……誰?




