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異世界探偵  作者: かえる
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失われたイヤーピース

 「はじめまして。あなたは何ていうお名前なの?」くりくりとした瞳に柔らかそうな赤毛。その時の俺からしたら、お姉さんとも言うべきくらい。

 「あんどうれい、だよ」

 「あんでぃ・れいね」

 「ちがうよ、あんどうだよ」

 お姉さんは公園で妹と二人きりだった俺と遊んでくれた。ブランコ、滑り台、シーソー、砂場。

 「ねぇあんでぃ、これを持っていてほしいの」そう言ってお姉さんはペンダントを渡してきた。砂で汚れた手をズボンで擦って受け取った。青い大きな石の回りに細かい銀の装飾が施されていた。

 「それなあに?」妹が手を伸ばしてきたので慌てて避けた。

 「とても大切なもの。あんでぃにあげる。大事にしてくれる?」

 「うん!」

 「わたしもほしい!」

 「じゃあ、あなたにはこれを」お姉さんは自分の髪留めを妹に渡した。

 「わぁ、きれい!」はしゃぎながら髪に付けてとせがむ。お姉さんは優しく付けてあげた。

 「あら、もうこんな時間。私行かないと。私また来るから。ぜったい来るから。そのときはまた遊んでくれるかしら」

 「いいよ、あそんであげる」生意気な子どもの返答に、お姉さんはふふっと笑った。

 「ありがと。じゃあ、それまでそれを大切にしてね。約束よ、あんでぃ」

 そう言って彼女は帰っていった。僕達は次の日もその次の日もその公園で待った。しかし彼女はその後現れることはなかった。そのうち妹も僕も公園で待つことをしなくなった。今ではもう彼女の顔も朧気だ。だが夕日に背を向けて帰っていく彼女の後ろ姿は、今でもはっきり覚えている。




 夜の帳が下りてから幾分も経つというのに、街中は騒々しかった。祭囃子というわけではなく、経済活動の当然の帰結たる帰宅ラッシュでもない。物取りだ。

 「ソフィア!ホシが目標地点に入った!」

 「よし!これでチェックメイト!」


 走り回る靴の音が幾重にも重なる中、石を削るような音が駈け抜けていく。その音に合わせて煉瓦で出来た民家の壁が欠け、黒い影が弾んでいく。しかしその影は徐ろにひたと立ち止まった。

 「おしまいよ、名探偵!いいえ、殺人犯!」

 その影の退路を断つようにソフィアが立ちはだかった。

 「いやぁこれは刑事殿。見事なお手並みで」低音の返事がある。

 「褒めたところで何も出ないわ名探偵!知恵比べは私達の勝ち。あなたはここまでよ」

 黒い影に白い歯がにやりと笑った。

 「何がおかしいのかしら」

 「これは失礼を。あまりに思い通りに動いて下さったので、嬉しくなってしまいまして」

 「─な、何ですって」

 「ストレングス刑事、どうか私めを逮捕し、しっかりと見張っておいて頂きたい。それこそが重要なのです」

 「当たり前よ!あなたは犯人よ!動機も証拠もアリバイも、何もかも揃っているわ!あなたが罪を償うその時まで、見届けてあげる!」

 「ありがとうございます!その言葉が聞けて安心致しました。それでは私はこのあたりで失礼致します」

 影は深々とお辞儀した。

 「何を言っているのかさっぱりだわ!あなたは完全に包囲されてる!上も下も目の前も!この袋小路に入った時点で、あなたは文字通りの袋の鼠!逮捕されたいんでしょ?じゃあ無駄な抵抗はやめて、ちゃっちゃと両手を差し出しなさい!」

 「全くそのつもりでございますとも。しかしその前に、一つ魔法をお見せ致しましょう。今日この日、この時の為だけに身につけた秘術でございます」

 ソフィアの顔に緊張が走った。

 「…何をするつもりかは知らないけど、魔法なんて使わせるはずないじゃない!抵抗するって言うなら、腕に物を言わせるしかないわね!」

 刑事は自身の魔力を右腕に込め、影に向かって駆け出した。

 「全く刑事殿はせっかちですな。では参ります。先程の言葉、ゆめゆめお忘れ無きよう」

 そう言うと名探偵は両手を高々と天に掲げた。刑事はそこに向かって疾走する。

 『世の理を司りし天輪よ、新たな常世へ廻せ!メテンプシューコーシス!』

 『正義を我に、光を我が拳に!ユスティーツィア・プグヌス!』

 刑事の音速の右ストレートが炸裂した。拳が名探偵の頬骨に食い込む。刑事はそのまま振り抜いた。名探偵は背後の煉瓦壁に流星のごとく頭から突っ込んだ。派手に瓦礫が崩れ、粉塵が辺りに舞う。刑事はふぅ、と息を吐いた。

 「観念なさい、アンディ・レイ。あなたを逮捕します」


 「ソフィア!無事ですか!」

 ばたばたと駆け寄る足音。ソフィアは振り返って笑顔を返した。

 「ありがとう、エディ。でも私は大丈夫よ」

 それに対して嘆息が返ってくる。「違いますよ、名探偵の方」

 エディは顔を引き攣らせながらソフィアの後ろを指差した。釣られてソフィアは瓦礫を見やった。逃走の果てに壁に突き刺さった探偵は、先程の姿勢のままぴくりとも動かない。

 「だ、大丈夫よ。上級魔導師相当なんでしょ?プロテクション魔法くらい使っているわよ」

 そう言いながら瓦礫の中に手を突っ込んだ。胸ぐらを掴み引っ張り上げる。白目をむいた頭がぐらりんと揺れた。ソフィアとエディの後ろから、遅れてきた現場指揮官のトーマスが覗き込んできた。

 「…駄目みたいだな」

 「…」

 「至急至急。マルガイが重体につき、救護要請。見たところ頸椎損傷が疑われる。繰り返す。マルガイが重体につき─」

 エディが使い魔越しにまくし立てた。トーマスの呆れ果てた顔を見て、申し訳ございません、とソフィアは頭を下げる。




 「アンディ、おはよー」

 背後から声をかけられた。俺はのんびりと振り返りながら応える。アンディと呼ぶ友人は限られている。この声はユッコのものだろう。

 昨日の嵐が嘘のような晴天だった。雲ひとつない空に輝く太陽が、雨色に染まった街をきらきらと照らしている。こういう朝は気分が良い。台風が暑さも連れ去ったのか、涼しい風が吹いていた。快い晴れ、という表現が見事に似合う朝だ。

 「昨日の台風酷かったねー」登校中の俺に追いつきながら、ユッコが他愛のない会話を投げてきた。「ウチの近くの街路樹なんて根本から倒れてたよ」

 「雨戸越しでも凄い音だったからな。樹の一つや二つ倒れても不思議はない」

 「相変わらず冷めてんなー。あんだけヤバいのが来たんだからさ、少しは驚け」

 「驚いてるよ。ただ予想の範囲内ってだけだ」

 それのどこが驚いてんの、とユッコが目で言ってくる。

 そういう目をよく向けられる。周りがびっくりしたと騒いでいる中、自分だけが平然としている、という状況がよくあった。感情表現が乏しいのだろうか。しかし大袈裟に反応してみると、嘘臭い、と一蹴される。もう17になるというのに、こういう場合の正解が未だに謎だった。

 「アンディってどんぐらいの事で驚くの」

 「だから充分驚いてるって」

 「違うって。もっとこう、腹の底から『びっくりした!』って声が出るくらいのことだよ」

 びっくりした!の部分でユッコが急に大きな声を出したから、体がびくっとなった。

 「今だよ今。今の声でびっくりしたよ」

 「違うんだって。何ていうか、アンディの予想外ってどんなもんなんだ、て話」

 「予想外な事なんだから、俺に思いつくわけないじゃないか」

 そう返すとユッコは唸りながら首をひねった。何か譬え話を探しているのだろう。ユッコが考え込む時は、大体いつもこうだった。ややあって案の定、ユッコが声を上げた。

 「じゃあ例えば、明日宇宙人がやって来る、とか」

 「驚くほど予想の域を出ない譬えだな」

 「じゃあじゃあ、あたしが実は宇宙人でした、とか」

 それも同じ域から出ていない。

 「まぁ実際にそうだったら完全に予想外だろうな」

 俺の反応が気に入らないのか、ユッコはまた唸り出した。そろそろ学校の校門が見えてくる。そんな時にユッコが急に人差し指を立てた。

 「じゃあさ、目が覚めたら異世界にいた、とかは」



 午前中の授業が終わり、教室は昼休みに入った。学食で買ってきたパンを頬張っていると、ユッコが目の前の椅子に座った。

 「アンディは何で驚くわけ」メロンパンの破片をぱらぱらと俺の机の上に落としている。

 「その話続いてたんだ」

 「だってさ、異世界も駄目ってなったらもう何も思いつかないよ」

 「思いつく必要がない」

 「おう、カップル。一体何の話してんだ」

 声の方を見ると、ヤスが珈琲のパックのストローを咥えていた。ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。

 「カップルじゃないぞ、ヤス」

 「はいはい、バレバレなんですけど」

 「だから違うって」

 「アンディは何で驚かないのかって話」

 「何故にユッコは否定せずに話を進めるんだ」

 「安藤が驚かない理由?心が死んでるとか」

 「軽々しく酷い事を言うな」

 失礼な。

 「だって異世界でも驚かないって言うんだよ」

 「異世界?何だそれ」

 「異世界なんて非科学的過ぎるだろ。パラレルワールドならまだ可能性はあるかもだけどさ」

 「だから異世界って何さ」ヤスが不服そうにちゅうちゅう吸っている。

 「最近流行ってるじゃない、ネットとかでさ。小説とかもアニメとかになってるし」

 「ネットぉ?全然分かんねぇな」小説なんて読まねぇし、とヤスはもう片方の手に持った菓子パンに噛りついた。

 「俺もよく知らないけど」

 「アンディよく本読んでんじゃん」

 「俺が読んでるのはコナン・ドイルとか、そういうのだよ」

 「あーコナンな、それなら小さい頃に見たことあるぞ。あの小学生のアニメだろ?あのー、素潜りしたり、事件解決したりする」

 「いろいろごちゃまぜだな。違う。イギリスの古典だよ」

 「宇宙人は有り得るのに、何で異世界はないって言うわけ」コナンな話はどうでもいいんだって、とメロンパンをぽろぽろ溢す。

 「可能性の問題だよ。宇宙人はいるかもしれないけど、異世界はないだろ。異世界ってつまりあれだろ、ドラクエみたいな感じなんだろ」

 「そうそうドラクエみたいな」

 「ドラクエって何だっけ」

 「ヤス、ゲームしないんだったな。TVゲームだよ。魔物とか化物が出てくる世界を勇者として冒険して、世界を救う的な」

 「へぇ。それって面白いの」

 「さぁ、まともにやったことないから」

 「アンディ、やったこともないのに何で知ってんの」

 「基礎知識だよ。とにかく魔物とかってのは非現実的だろ。有り得ない」

 「あのー、ごめんなさい。安藤くん、ちょっといいかしら」

 どうでもいい話をパンくずを飛ばしながらしている最中、そう声をかけられた。葛原さんが申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 「葛原さん、何?」そう受け答えしながら観察する。人間観察、状況観察はもう癖になっていた。

 現代の高校にそのような地位が確立されているかは定かではないものの、葛原さんは所謂マドンナだった。整った顔に黒目勝ちな大きい眼。化粧っ気はなく、染めていない肩までの黒髪は緩くウェーブしている。服装も校則に沿ったもので、スカートも膝頭を隠している。校則の範囲内で小綺麗に整えていて、兎角外見には気を遣っていることが窺える。そしてそれは本心を隠す為の仮面のようにも感じる。しかしスカートの端からはハンカチだろうか、布が見えており、上履きに目をやると少し汚れが目立った。

 「安藤くん、探し物を手伝ってもらえないかしら」

 「何でアンディなわけ」ユッコが噛み付いた。メロンパンと一緒に噛み砕きそうな勢いだ。

 「えっと、安藤くんが探し物とか得意って聞いたので」葛原さんはあくまで下手の姿勢を崩さない。

 「誰、そんなこと言ったの」

 「いいよ、葛原さん。探し物って?」

 「ちょっとアンディ」

 「ありがとう」葛原さんが嬉しそうに微笑んだ。「買ったばかりの音楽プレーヤーなんだけどね。今朝はあったのだけれど、さっき鞄の中を見たら見当たらなくて」

 そこで葛原さん越しの背景に動きがあった。動いた箇所にピントを合わせると桃地さんだった。おどおどと視線が泳いでいる。桃地さん全体を素早く確認すると、スカートが薄く白んでおり、暗澹たる気分になる。

 更に彼女越しに黒板が見えた。教室の後ろの壁に設置されたそれは前面の物に比べて小さく、時間割などが書き込まれている。そこの3限目に音楽と書かれていた。

 「分かったよ。じゃあ食べ終わったら声掛けるよ」

 じゃあお願いね、と葛原さんはわざとらしく両手を合わせると、そそくさと去って行った。

 「安藤、モテモテだな」

 「モテてない」

 「何でオッケーしちゃうの。葛原さんのこと好きなわけ?」

 「何でそうなる。ただの探し物だろ。それに少し気になることもあるし」

 「気になることってあれか、葛原さんに気持ちがあるかってことか」ヤスが一人はしゃいでいる。

 「アンディ、あんなのが趣味なんだ」

 溜め息が出る。

 「お前らな、憶測で話を進めるなよ。多分後で説明できるから、少し待ってろ」そう言って残りのパンを口に放り込み、ゴミを片付ける。



 「どのあたりで失くしたんだ」

 教室を出ながら後ろの葛原さんに話しかけた。

 「それが…ごめんなさい、分からなくて」

 「じゃあいつ頃?」振り返ると、花山さんと近藤さんも付いて来ていた。葛原さんの周りにいつもいる、お友達だ。ちらと上履きを確認したが、多少黒ずみが付いている程度だった。

 「それも分からなくて…。気付いたのはさっきなの。お昼のお弁当を出す時に、ふと気になって探してみたら無かったのよ」

 「あんた本当に見つけられるんでしょうね。みよちゃんマジで困ってんだから」

 「ちょっと花ちゃん」凄む花山さんを葛原さんが宥めている。御芝居でも見ている気分だった。こんな話なかったっけか。

 「それは探してみないと分からないよ。どこにあるかなんて知らないんだから」

 当たり障りのない言葉を出してみる。途端に花山さんと近藤さんが目を吊り上げたが、まぁまぁと葛原さんが言うと大人しくした。

 からかうの面白いな。と、冗談はさておいて。

 「じゃあ状況を整理しよう。葛原は登校の時に音楽プレーヤーを使ったのかい」歩き出しながら話を続けた。

 「ええ、そうよ。音楽を聴きながら来たわ」

 「それを鞄に仕舞った。それは確か?」

 「あんたみよちゃんバカにしてんの」

 「ちょっと黙っててくれないか。話が進まないから」

 「なんですって!」

 「きんちゃん、悪いんだけれど静かにしてくれない?」

 きんちゃんこと近藤さんが押し黙る。

 「たぶん…仕舞ったわ。仕舞う箇所は決めてあるし」

 「そう。それ以降は触ってないのかい」

 「ええ、校内で使うことは禁止されてるもの」

 「じゃあ本来であれば教室の外には無いわけだ。だけど鞄には無いし、教室にも無かったと」

 「そうなの。間違えて机に入れたのかとも思ったのだけれど、無かったし…。だからポケットに仕舞ってしまって、何処かで落としてしまったかもしれないって」

 「なるほどね」

 そうこうしながら1階まで降りていた。ポケットに入れていて落としたとすると、トイレの時か教室を移動した際だろう。3限目は音楽だった。その音楽室への道を辿って渡り廊下へ来た。ここは校門から下駄箱のある中庭への通り道になっている。その為どうしても汚れるだが、今日に限って言えば昨日の台風も相まって、泥汚れが酷かった。

 「ここを通ったんだよね。この辺りは探したの?あそこの辺りとか」そう言って中庭の端を指差す。そこには椿が植わっており、その植え込みの近くのぬかるんだ地面には多くの凹凸があった。

 「あんなところには行ってないわ。だから落とすこともないわ」

 「そう」

 渡り廊下に視線を戻す。薄茶色い足跡が中庭の方からこちらへ続いていた。どうやら乾いてだいぶ経っているらしい。そのサイズを自分のものと比較する。

 その後音楽室へも行ってみたが、プレーヤーは見つからなかった。だがしつこく探索すると1つの机の中にイヤーピースが入っていた。イヤホンの先端に取り付け、耳の穴に直接入れるゴム製のあれだ。それが片方分だけあった。

 「あ、それ私の!」そのイヤーピースを見せた途端、葛原さんが飛んできた。

 「何でこのゴムだけしかないのかしら」

 「きっと誰かが盗ったのよ」

 「ちょっと花ちゃん」

 「そうね。みよちゃんが困ってるとこ見てバカにしてるのよ」

 「きんちゃんまで」

 「ねぇ、このゴム、何処にあったのよ」花山さんが突っかかってくるため、無言で見つけた机を指し示した。

 「あそこって、桃地さんが座ってたとこじゃない」

 「そうね、そうだったわ!私覚えてる!」

 「そんな…じゃあ桃地さんが犯人なの?」

 「そうよ!あの子が犯人!ねぇ、安藤くん、早くとっちめて来てよ」近藤さんの物言いを聞いて俺は、とっちめるなんて最近言わないんじゃないかな、とどうでもいいことを考えながら頭を掻いた。


 教室に戻ると、もう休み時間も終わるためか、大半のクラスメイトが戻って来ていた。

 「桃地さん、ちょっと話あるんだけど」花山さんは教室に入ってすぐに彼女の下へ突進すると、そう言って教卓の近くまで連れてきた。桃地さんは持ってくるように言われたのか、鞄を抱き締めてびくびくとやって来た。

 「さぁ、安藤くん」近藤さんが急かしてくる。

 「えっと、桃地さん」それだけで彼女は肩をびくつかせた。「葛原さんの音楽プレーヤーを知らないかな」

 「し…知らない」

 「嘘ついてんじゃないわよ!」突然花山さんが大声を上げた。教室中の視線が集まってくる。

 「あんたが盗ったの、もう知ってんだから!」俺に任せるんじゃなかったのか。

 桃地さんは今にも泣き出しそうだった。

 「もし持ってたら渡してほしいんだけど」声を荒げる花山さんの隣で平静な声を出す。

 「ちょっとそれ貸しなさいよ!」近藤さんが桃地さんの鞄を分捕った。貸してほしいときの態度では絶対にない。彼女は鞄の中をごそごそとすると、下品な笑みを浮かべて動きを止めた。そしてゆっくりと、教室全体に見えるように、手に持った物を取り出した。

 「ほら、やっぱりあったじゃない!これ、みよちゃんの音楽プレーヤーじゃん!桃地、あんた盗んでんじゃないわよ!」

 近藤さんの顔が歪む。花山さんの顔も。桃地さんは真っ青な顔でがくがく震えていた。教室には潜めた声が溢れていった。何あれ。桃地さんが葛原さんのを盗ったんだって。最低だな。何考えてんだろ。酷すぎるよね。その場にはヤスとユッコもいた。しかし二人はつまらなさそうな視線を寄越しているだけだった。そんな中、葛原さんは静かに桃地さんを見ていた。その口の端は吊り上がっている。

 「それ、ちょっと貸してくれる?」何事もないように、俺は近藤さんに言った。今にも高笑いを上げそうな近藤さんは、意気揚々と音楽プレーヤーを渡してくれた。それをじっくり観察する。確かに片方だけイヤーピースが無かった。残って付いているもう片方と、音楽室で見つけたものとを取り出して比較する。

 「これ、桃地さんが盗ったの?」俺は最終確認をした。

 「どう見てもそうでしょ!安藤、あんたが証人よ!こいつが盗ったのよ」近藤が喚いた。

 桃地さんはもう泣いていた。溜め息が出る。そして俺は口を開いた。

 「っていうことにしたかったんだよね、葛原さん」


 急に名前を呼ばれた葛原さんはきょとんとしていた。

 「…へ?」全員の視線が彼女に移った。

 「あ、あんた、何言ってんの!?」一拍遅れてお友達の花山が批難を表明した。

 「いや、どう考えてもそうなんだけど」

 「…どういうこと、安藤くん。私が桃地さんのせいにしたかったって言いたいの?」

 「そうだよ」

 「ふざけんじゃないわよ!」我慢の利かない近藤さんが掴みかかろうとしてきた。が、いつの間に来たのか、間にヤスが割り込んだ。「まぁまぁ、近藤さん」

 「そんなはずないじゃない!あんたいい加減なこと言ってんじゃないわよ!」フリーな花山は喚いている。

 「桃地さんに謝ってこのまま引き下がるんなら、見逃してあげるけど」この状況で見逃すも何もないのだが。眼だけで周りを確認すると、教室中の視線が集まっている。

 「そんな…私、そんなこと…しないわ」葛原さんがしくしくと泣き始めた。周りの視線に批難の色が入り始める。しかしここで退くわけにはいかない。

 「泣いても駄目だよ。桃地さんに謝るんだ」

 「ちょっと、何で泣いてんの?」ユッコが葛原さんの顔を覗き込んだ。ヤスに付いてきたのか。それに反撥するように指の隙間から葛原さんがユッコを睨み付けた。残念ながらその眼に涙は無い。話がややこしくなるなぁ。

 「葛原さん、もう詰んでるよ。このまま引き下がってくれないなら全部話してしてしまうけれど、いいの?」

 「いいよアンディ、やっておしまい!」だからユッコは黙ってて。

 暫く沈黙が場を支配した。空気が重い。

 「…ごめんなさい」観念したのか、葛原さんが小さくそう言った。そして俺が持っている音楽プレーヤーを引っ掴むと足早に去って行った。

 「み、みよちゃーん」お友達二人も付いていく。もうすぐ午後の授業なのに何処に行くのか。

 謝られた桃地さんは、泣いて赤くした眼で呆然としていた。

 「桃地さん、早く席に付かないと授業始まるよ」俺は隣を通り過ぎながらそう声を掛けた。



 放課後、何の部活にも所属していない俺はのんびりと帰路についた。夕焼けがすっかり晴れた街を赤く染め上げている。

 「昼間のあれは何だったの」

 突然後ろから声を掛けられ、びくっとなった。振り返るとユッコだった。

 「お前、部活は?」

 「サボりでーす」

 「そんな緩いとこだったか」ユッコは規則が厳しいことで有名なテニス部だ。厳し過ぎて退部者が続出しているという噂まで聞いたことがあるくらい、のはずなのだが。

 「いーのいーの。それより葛原さんだよ。あれ何だったの」

 「あれは葛原さんの自作自演だよ」

 「自作自演?自演乙ってやつ?」

 「知らないけど、そうなんじゃないの」

 「え、どっち」

 俺は音楽室で見つけたイヤーピースについて説明した。桃地さんが持っていた音楽プレーヤーの物とサイズが合わなかったのだ。

 「何それ間抜けじゃん」

 「そこまで確認されるとは思ってなかったんじゃないか。それに普段使っているイヤーピースを、無造作に机の中に置きっぱなしすることに抵抗もあったんだろう」サイズ違いのものなら、イヤホン購入時に幾つか付いてくる。それで代用したのだろう。

 「…まぁ耳に直接触れるとこだから、分からないでもない、か。でもじゃあ外したやつは?」

 「ハンカチに包んでポケットにでも仕舞ってたんじゃないか。ハンカチなら嫌じゃないだろ」葛原さんのスカートのポケットからはみ出たハンカチを思い出す。

 「なるほどねー。でもそんなのよく気付くよね」

 「隠す気あるのかってくらいだったけどな」

 「そういうのってやっぱあれなの、最初から疑ってかかるわけ」

 「全部ではないけど、桃地さんが狙われてるのは分かってた」桃地さんのスカートが白んでいた。あれは泥が乾いた跡だ。そして葛原さんの上履きも汚れていた。泥が撥ねていた。

 恐らく中庭の植え込みの辺りだろう。昨日の台風であの辺りはぬかるんでいた。そこに足跡と大きな凹みとが残っていた。葛原さんが踏み込み、桃地さんが尻餅をつくという状況が発生した痕跡だ。タイミングとしては人目がつかない時間、あの乾き具合からして始業前、朝練の時間帯か。

 「そういえばあの二人って同じ部活だっけ」説明の途中でユッコが口を挟んでくる。

 「そうなのか」

 「うん、確かバスケ部」

 「ふぅん」

 発端は何だったのか。問い質してはいないからそれは分からない。だが葛原さんに、陥れてやろうという考えを芽生えさせたのは確かだ。

 「何があったか知らないけど、イジメは駄目だよね」

 「それはどうだろうな。常態化してたか分からないし」

 「イジメっ子ならあの場で晒しちゃえばよかったのに」公開処刑ってやつだよ、とユッコが物騒なことを言う。「目には目を、歯には歯を、でしょ」

 「それ、そういう風に使うのは好きじゃない」

 「目には目を?」ユッコが疑問系で投げてきたので「歯には歯を」と、肯定で返す。

 「これってそういう意味じゃないの」

 「そういう意味なんだろうけど、目を潰したなら罰として目を潰しなさい、みたいなのは気に入らないんだ」何かの小説では目を潰されたなら代わりに目を潰すだけにしなさい、という解釈も取られていたが、それもいまいちピンと来なかった。

 「なんで?妥当な解決方法じゃない」

 「んー…例えば殺人犯がいるとするだろ」

 「突然おっかない例題だな」ユッコが大袈裟に仰け反ってみせた。

 「その法則でいくなら、人を殺してしまったその人は死刑ってことになるよな」

 「そうだね。殺しちゃったんだし、殺されないとね。目には目を、殺人には殺人を」

 「でも、じゃあそいつが複数人殺めてたら?」

 「あー、それはー…」

 「犯人も人間だ。命は一つしかない。なのに幾つも命を奪ってしまったなら、どうやって埋め合わせするんだ」

 「じゃあどうすんのさ」口を尖らせたユッコは駄々っ子のようだ。

 「そもそも犯罪を犯させなきゃいいんだよ」

 「んーと…はい?」何言ってんの、と目で言ってくる。

 「目を潰してしまったなら目を差し出しなさい、じゃなくて、目を潰すのなら自分も相手に目を潰される覚悟を持ってやりなさい、ってこと」

 「何それ…性善説的な?」

 「そうなるのかな」

 「性善説なんて、有り得ないでしょ」

 「有り得るよ。実際、ほとんどの人間は生まれながらにして善だって研究結果もあるんだ」

 「ないない。そんな研究なんて、結局哲学を模倣したエセ科学とかでしょ」

 「残念ながらそうじゃない。実際に赤ちゃんに対して行った研究だ」

 その研究方法というのは人形劇だ。まだ言葉も話せない赤ん坊にある人形劇を見せる。その内容は単純なもので、3体のぬいぐるみが出てくるだけ。その内の1体が箱を開けようと試みる。しかし上手くいかない。そこにもう1体がやって来て、手伝ってくれる。しかし残りの1体はそれを邪魔してくる。ストーリーはそれで終わり、最後に人形劇を見ていた赤ん坊にアンケートを取る。手伝ってくれたぬいぐるみと邪魔をしたぬいぐるみ、どちらに手を伸ばすのか、だ。結果、ほぼ全ての赤ん坊が手伝ってくれたぬいぐるみを選ぶ。この結果をもって大半の人間は赤ん坊の頃から善である、という結論に至るのだ。

 「ふーん、何だか面倒くさいことしてるんだね」

 「上手く出来ていると思うけど」

 「でもそれじゃあ、何でイジメとかが起こるわけ?話が合わないじゃん」

 「それがさ、この研究には続きがあるんだよ」そう、続きがあるのだ。

 次に赤ん坊に別の人形劇を見せる。その赤ん坊の好物を好きなぬいぐるみと嫌いなぬいぐるみが登場するのだ。すると、好きだとした方は赤ん坊に受け入れられるのだが、嫌いとした方は嫌われる。そればかりかそのぬいぐるみが罰を受けるところを見ると、なんと赤ん坊が喜ぶのだ。

 「…あんまり聞きたくない話だった」ユッコが苦悶の表情を作る。「後味が悪過ぎる」

 「でもこれで説明がつく。人間の社会にイジメや差別なんかがあるのは、赤ん坊の頃からの性質なんだ」

 「…それだと、何か肯定してる感じになってない?」

 「そんなことはない。そういう性質だって分かっていれば、理性で対処すれば良いだけだよ。出来ないのならそれは、その人に自制心が足りないってだけ」

 「うーん…何か話が暗くなっちゃたな。話題変えようよ」

 「え、じゃあ何の話さ」

 「アンディさ」ユッコはそこで区切ってこちらをじっと見据えてきた。思わず変に緊張する。「…何だよ」

 「何で異世界じゃ駄目なわけ」

 またその話かー。そう脱力するとユッコがからからと笑った。



 「ただいまー」玄関を開けると味噌汁の出汁の匂いが漂ってきた。美味しそうだな。無意識に息を多めに吸い込む。

 「おかえりー。ご飯もうすぐ出来るから手伝ってくれる?」母が廊下の向こう、キッチンから顔を出した。

 「はいはいー。絵里愛は?」

 「もう帰ってる。でも手伝ってくれないのよ」

 絵里愛は中2の妹だ。小学生の頃は聞き分けの良いところがあったが、最近は不機嫌なことが多い。反抗期なのか。

 廊下を通ってリビングに入る。絵里愛がテレビの前でスナック菓子を食べながら横になっていた。

 「おい絵里愛、手伝いくらいしろよ」しかし絵里愛は、舌打ちしながら視線を寄越しただけだった。

 溜め息を垂れ流しながらリビングを横切って自室に入る。荷物を置いて服を着替えると母の要請通りキッチンへ向かう。するとリビングでは番組が終わったのか、絵里愛が立ち上がって伸びをしていた。そして先にキッチンへ向かうと「今日、晩ごはん何」と口を開いた。


 「こんなの何処が面白いんだか」絵里愛がつまらなさそうにハンバーグに箸を伸ばす。

 テレビではバラエティが流れていた。俺チョイス。喧嘩を売っているのか。

 「これ、結構面白いと思うけど」母がもぐもぐっと言った。

 今日の献立は白米、じゃがいもと玉葱の味噌汁、ハンバーグと付け合わせのレタス、トマト、キュウリ。100%母作だ。帰りが早い時は俺が作ったりするが、今日は違った。出汁の利いた味噌汁のお椀をすする。

 「これ替えていい?」そう言いつつも絵里愛は既にリモコンを持っている。俺は肩を竦めて促した。

 争うつもりは毛頭なかった。口では勝てる。だが言い負かすと手が飛んでくる。絵里愛は空手の黒帯だ。空手家が素人相手に拳を使うなど言語道断だと思うのだが、絵里愛は飛ばしてくる。そのため大したことでなければ口は出さないようにしていた。武力を背景にした交渉は強いな、と本当に思う。

 チャンネルが変えられたテレビの中では、カリスマモデルと肩書きの付いた女性が笑い転げていた。


 夕食後、洗い物を済ませ、母と自分の分のインスタントコーヒーを入れた。絵里愛はコーヒーが嫌いなので入れてやらない。そのまま自室に入り、宿題に手を付けた。テキストに向かいながら、今日学校であったことを反芻する。葛原さんから何らかの攻撃を受けるかもしれないなぁ。予想はつかないが、とりあえずGoogle Playでボイスレコーダーのアプリをスマートフォンにインストールしておいた。

 機械的に宿題を終わらせ、その後帰ってきた父におかえりと声をかけ、風呂に入り、寝た。葛原さんのことはあったものの概ねいつも通りの一日だった。

 ベッドに潜り込むと、すぐにうとうとし始める。寝付きは良くない方なので、これ幸いとその眠気に身を任せた。



 目の前に、建物の壁に挟まれた狭い空で満天の星が輝いている。星が輝いている?何故?ベッドの中でうつらうつらとしていたはずなのに。夢か?にしては随分はっきりと─。

 『ユスティーツィア・プグヌス!』

 突然前方から大声が上がった。必殺技でも発動させようというのか、と思うほどの力の込めようだった。発生源を確認しようと視線を下ろす。が、見えなかった。下ろした途端左の頬に衝撃を受けたからだ。鋭い何かが頬から脳天までを突き抜けていったように感じ、直後何も分からなくなった。フィルターがかかっているように、薄ぼんやりと誰かの、申し訳ございません、と言う声が聞こえた。



 次に見えたのは自室の天井だった。何だ、やっぱり夢だったのか。ユッコが変なこと言うからだな。体が起き上がる。両手を確認するように眺めると振り返り、目覚し時計に対して指を振った。

 違和感を覚えた。体が勝手に動いているように感じたのだ。まるで自分の体ではないみたいだった。手が目覚し時計を鷲掴みにする。投げた。壁に激突する。しかし、そこで鳴るべき衝突音が聞こえない。ベッドから出る。

 ドアを開けるとリビングだった。慣れ親しんだいつもの風景。しかしさっき覚えた違和感は依然としてあった。視線が動く。母がキッチンで朝食の準備をし、父がテーブルについて新聞を広げていた。毎朝の光景だ。何も変わらない。なのにこの奇妙な感覚は何なんだ。

 母が笑顔で声をかけてきた。だが何も聞こえない。それどころか生活音すらなかった。無音。違和感の正体はこれか?聴覚障害か何かか。母が俺に向かって対話していた。何も聞こえないよ、母さん。しかし何も伝わらなかったようで、母は準備に戻っていった。

 視点が移動する。洗面所に入った。鏡に写った顔は見知った自分のもの。細部を確認するように首がくねくねと動く。どこも変わりはない。

 「─アンディ」視線が振り返った。

 絵里愛がいた。寝起きのせいか、いつもの不機嫌そうな顔を更に不機嫌にしてこちらを見ていた。自分の腕が大きく動く。演説でもしているように。妹の眉間の皺が深くなる。そして殴られた。奇しくもさっきの夢の時と同じ左頬。視界が回転する。暴力では何も解決しないぞ、と言ってやりたい。



 泥水から這い上がるように目が覚めた。灰色の石造りの天井が見える。

 全身がみしみしと痛む。筋肉痛でもこんなことにはなったことがない。

 「ぬお、起きた。ストレングス刑事ー。被害者が起きたぞー」覇気のない間延びした低い声。すぐ隣のようだ。視線を動かすと鉄格子が目に入る。鉄格子?現実味がない。また夢の続きか。絵里愛に殴られて失神でもしたらしい。

 「ほんと!?よかったぁ!これで処分は免れれる!」寝起きの頭に元気な声が堪える。そのテンションの高さにユッコを連想した。

 「ぬお、処分は避けられないでしょ、刑事。犯人じゃないのを殴って首折ったんだしー」声の主が鉄格子越しに見えた。随分と背が高い。がっちりとした体に丸い頭が乗っていた。髪は短く刈り上げ、目は眠たげに窪んでいる。まるでフランケンシュタインのようだ。

 「そ、そんなことない!まだ犯人じゃないって決まってないわ!」そう言って右から視界に女性が飛び混んできた。金色の髪を短く結った色白の白人女性。ユッコとは似ても似つかない。制服なのか、フランケンシュタインとお揃いの黒いジャケットを羽織っており、それが似合っていた。彼女は勝ち気な目でこちらを見据えて指差してきた。

 「こいつが自称名探偵アンディ・レイの可能性だってまだ」

 「いやー、ないでしょー」

 「なっ…!…で、でもでも!ほら共犯、そうよ共犯の可能性があるわ!あんたアンディ・レイの仲間なんでしょ!そうに決まってるわ!じゃなきゃあの場にいるなんて─」

 「騒々しいな、ソフィア」更に右から低い声が聞こえてきた。「そういう事は話を聞いてからだ」

 「キャロット警部!」ソフィアと呼ばれた女性が背筋良く敬礼した。フランケンシュタインも隣でゆったりと同じ姿勢を取る。

 「部下が失礼した。よもや殴り飛ばした上、きゃんきゃんと喚き散らせてしまい申し訳ない」背の低い白い塊が現れた。こちらに向かってひくひくと動いているものに唖然とする。

 兎だった。直立している。全長が隣の女性の胸元にまで達するほどの巨大な兎だ。同じ制服の中で、もふもふとした白い毛に覆われた鼻が忙しなくひくひくしている。これが喋ったのか。

 もう訳が分からない。フランケンシュタインに白人女性に喋る兎。メルヘンな夢にも程がある。全部ユッコのせいだ。異世界、異世界と散々口にしてくれたものだから変な夢を見てしまっている。今日学校に行ったら文句を言わねば─。

 「私はレイクダイモン国第二刑事課第三課長のトーマス・キャロットと申します。目を覚まされたところ重ね重ね申し訳ないのだが、早速話を伺いたい。よろしいかな、レディ」

 ─文句を言わねば気が済まない。どうしてあんなにしつこく同じ質問が出来るのか。お陰でこっちは今…。この兎、今何て言った?

 兎はこちらを見ている。ように見える。俺越しに話しかけているのか。寝転んだまま視線を反対側に動かす。石の壁。石の壁しかない。

 「まだ難しいかな、レディ」

 視線を戻す。頭がこんがらがった。ぐちゃぐちゃの思考で長い沈黙を作った後、思わず言葉が口を突いて出た。

 「………へ、俺?」高い声。自分のものではない、しかし確実にこの喉から出た声。え、どういうこと?最早メルヘンどころではない。理解の範疇を越えている。

 これはさすがに驚いたよ、とユッコに早く伝えたくなった。

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