三話 俺の日常を壊すシンクロ
「残りの高校生活を賭けたゲーム⋯?」
「そうよ。楽しそうでしょう?」
全然楽しそうではないが、一応概要を聞くことにする。
「それで、その⋯親友ごっこ? だったか⋯? どういうゲームなんだ?」
彼女は待ってましたと言わんばかりの決め顔をしながら、俺に向かってビシッと指を指してくる。
「このゲームは⋯今日から二年生になるまでの一年間、あなたと私は親友になる、というゲームよ」
「もちろん、本当に親友になるわけじゃないわ。今日からの一年間、本当は親友でないことを誰にもバレることなく、親友のフリを続けられたらあなたの勝ちよ」
「これに関して何か質問はある? あら? どうしたのかしら、そんなコイキングみたいな顔をして」
「コイキングに謝れ! じゃなくって⋯! そりゃあるだろ色々と!」
「何? 言ってみなさい」
「まず、これをすることで得られる俺のメリットは⋯?」
「ないわ」
「ないのかよ!」
「嘘よ、あるわ。一つだけ」
「それでも一つなんね⋯」
ゲームクリアおめでとう!賞金100万円ゲットだよ!!!とかなら俺も燃えてやるだろうな⋯。
そんなことを考えている俺だったが、次の彼女の言葉に俺は絶句する。
「このゲームであなたが得られる一つのもの⋯⋯それは、新しい自分よ。村上くん」
俺の頭に?が浮かぶ。
「もしかしてまだ中二病引っ張ってたりする⋯?」
「失礼ね、まだも何も一度もないわよ」
言いながら彼女は怖い笑顔で俺の足を踏んでくる。
痛い痛いまじで痛いっす川咲様⋯。
「だからつまりは、あなたは今の性格から、もっと良い性格の持ち主になれるの。よくある話でしょう? フリを続けていたらいつの間にか本物になっていたってあれよ」
「お前は俺と本物の親友になりたいのか?」
「違うわ。寝言は寝て言いなさい村上くん。あなたが私との親友の時間を過ごす過程で培うであろう力を、二年生になった時⋯クラスメイトへ存分に振るって、本物の友達を作る⋯⋯そのために私との親友ごっこがあるのよ」
その言いようだとまるでクラスメイトを倒すための一年間の強化訓練みたいだなと思った。
「お前との親友は?」
「そこで終わり」
なるほど、話はわかった⋯⋯いや待て、なんでこいつは俺が上辺だけの友達しか作れないことを知ってるんだ?
俺がそう思うのと同時、彼女は諭すように俺に向き直って話してくる。
「あなただって今の自分の性格を変えたいと思っているはずよ。違う?」
「いや⋯⋯」
図星だった。確かに俺はこの自分の性格が嫌いだ。
直したいとも思っている。それは確かだ。確かなんだけど⋯何か引っかかる。
あれ⋯俺って昔もこんなこと考えてたような⋯。確か誰かのために⋯⋯。
いや、そもそも俺⋯昔は今みたいな性格になりたがってなかったか⋯?でもだとしたらなんで?
どんどんわからなくなってくる。
「ちょっと⋯どうしたの村上くん⋯?」
少し心配したような顔で川咲は俺の顔を覗き込んでくる。
近い近い近いってば⋯⋯!!!
「わ、悪い⋯癖なんだ⋯⋯」
「そう⋯」
顔を覗き込まれて赤くなってしまった顔で謝ったが、対して興味もなさそうに流された。
「あ、あとさ⋯このゲーム、お前にとってのメリットってなんなんだよ」
「それはもう、あなたの性格が直ることじゃない」
「お前⋯⋯そんなに俺のために頑張ろうと⋯」
「それと、私が勝てば後の二年間ほどあなたを奴隷にできることかしらね」
「おい!! なに超大事なことおまけみたいに言ってんだ!?」
「おまけよ、負けた方は奴隷。それだけ」
「それだけって⋯そもそもこの奴隷制度は必要なのか?」
「こうでもしないとあなたはこの親友ごっこを惰性的に続けてしまう可能性があるからよ」
確かにそれは否めなかった。俺は立てた目標を必ず達成しないと気が済まないタイプではない。
負けた方は奴隷かぁ⋯⋯ん?いや待てよ?
「負けた方⋯てことは俺が勝てばお前を奴隷に⋯!?」
「ええそうね、せいぜい性奴隷だろうと何奴隷だろうと好きなようにすればいいわ」
「せっ⋯!? し、しねーよ! そんなこと!」
一瞬頭をよぎっていた発想を指摘され、俺は動揺してしまう。
「ただし⋯負ければね⋯? 村上くん、あなたが負ければ、今後の二年間は私の奴隷になることをお忘れなく」
彼女は念を押すように言い放った。
「わ、わかってるよ⋯⋯」
「そう、ならいいわ。これからよろしくね、親友の村上くん」
校門に歩いて行った彼女の背中を見つめながら、俺は決意を固める。
「やってやるよ、親友ごっこ⋯⋯やってやろうじゃねぇかぁ!!!」
俺はやる気に満ちた顔で、片手を青く澄んだ空に高く掲げた。
横を通った女子生徒が、触らぬ神に祟りなしとはこの事だと言わんばかりの早足で、俺の横を通り過ぎていったことは気にしないことにする。
☆
どうしたもんか⋯。
てっきり川咲はすぐに親友っぽく振舞ってくると予想していたものだから、一時間目からずっと身構えていたというのに。気づくともう帰りのHRが始まっている。
そのせいで授業中もあまり集中出来なかったのは言わずもがな。
「はぁ⋯⋯」
俺だけ張り切って馬鹿みてじゃねーか⋯。
気がつくとHRは終わり、皆帰りの準備を始めていた。中には、一週間乗り切ったぞー!とはしゃいで教室を出ていく生徒もいた。元気だなぁ。
「俺も帰るか」
バッグを持って教室の後ろ側のドアから出ていこうとする。
「待って」
「ん?」
振り返るとそこには川咲が立っていた。
顔だけで言えばクラスナンバーワンの美人が、クラスの地位も顔も中途半端な俺に話しかけたことで、自然と、帰らず残っている生徒の珍しい物を見るような目線が集まる。まあ主に男子から。
「どうした?」
俺はドアに向いていた体を半身にし、あくまでも軽く、さぞ今まで何度でも話したことがあるような口調で聞いた。
「明日は何曜日かしら?」
彼女のほうも俺に合わせたように軽くノリの良い口調で話してくる。
あぁ、ゲームは始まってるんだなと実感する。
「え⋯土曜日だけど」
「そうね、土曜日ね。つまりお休みの日よね」
俺が、そんなの当たり前だろと言うよりも先に彼女が言葉を続けてくる。
開いているドアから、廊下を走る音が聞こえてくる。
「だからーー」
廊下から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「明日、一緒に遊びましょう? 村上くん」
「明日一緒に遊ぼー!!! りゅーくん!」
「え?」
教室側にいた川咲と、別のクラスの生徒であるため、俺のいる一年一組に走って来たこころの声がシンクロした。
ついでに言うと内容もシンクロした⋯。
みると、川咲とこころはお互い目を見開き固まっている。俺も固まっている。見ていた生徒も固まっている。
この場に変な空気が流れる⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「え、えーーと⋯⋯」
⋯⋯俺、もう帰っていい?