二話 俺の日常を壊すゲーム
「今日は本当にいい天気ね、隆悟くん」
「あ、あぁ⋯そうだな⋯」
俺と、昨日俺に嫌い宣言をした女子(性格に難あり美少女)は、昨日のことがあったにも関わらず、朝から二人きりで学校へ登校してしまっている。
傍から見たらカップル。俺からしたら拷問だ。
なぜこんなことになってしまったのか。
時は、こいつが押しかけてきた十数分前に戻る。
「お、お前⋯⋯なんで突然俺ん家に来た⋯?」
「あら、せっかく迎えに来てあげたのに、なんでなんて朝からご挨拶ね」
「いやこの状況でおかしいのお前だかんな!? 昨日は散々嫌いだ嫌いだ言っといて、なんだこの変わりようは!?」
「失礼ね、今でも嫌いよ」
「じゃあなんで来たんだぁー?」
「なんでだと思う?」
「その彼女みたいなノリをやめろ」
俺は一つため息をつく。聞きたいことは色々あったが、とりあえず昨日から、というか以前から一番気になっていたことを聞いた。
「お前、名前なに?」
彼女の目が、まるで宇宙人でも見てしまったかのような驚きの目に変わる。
「入学式の日にクラスで自己紹介はしたはずなのだけれど⋯」
彼女は首を傾げ、頭に?を浮かべて言う。
数秒間そうした後、なにかに気づくようにハッとする。
「記憶喪失なのね⋯」
「ちげぇわバカ! 単に聞いてなかっただ⋯け⋯⋯」
彼女は俺の言いかけた言葉を聞き、驚いたような目からゴキブリを見るような目に変わっていく。
「それはゴキブリにすら失礼よ」
「だから人の心を読むんじゃない」
「はぁ⋯聞いていないのは論外として⋯まさか、同じクラスになってもう1ヶ月も経つというのに、クラスメイトの名前すら覚えていないの?」
「うっ⋯だってお前クラスで目立たねーし⋯」
俺はこう言い訳したが、実際のところこいつは目立っている。いや、目立った行動自体はしないのだが、その整った容姿や、清楚な雰囲気が人目を引くのだ。
だがそれを俺はあえて言わない。なんで俺を嫌うこいつの事をいちいち褒めなきゃいけないんだこのヤロー、てことだ。
「呆れるわね。脳みそが空っぽななんじゃないかしら」
「うるせぇ悪かったな。それで結局何なんだよ、お前の名前」
「私の名前は、川咲雫よ。」
「川咲か、いい名前だな!」
「川咲は苗字よ。馬鹿にしてるの?」
「雫って超いい名前だよなぁ⋯」
別に馬鹿にしたわけじゃない。本当は雫って名前を褒めて機嫌をとってお引き取り願おうとした。
だけどなんとなく、川咲という苗字が俺のなかでとてもしっくりと来て、間違ってしまった。それだけだ。
俺が誤魔化すように目線を泳がせた時、ふと、視界の隅に見覚えのある人影が見えた。
「お、こころじゃねーか。おはよーさん」
俺はテンションの低い口調のまま、玄関先にある庭の塀からぴょこぴょこと顔を出したり引っ込めたりしているこころに挨拶をする。
「お⋯おはよう⋯⋯」
「お前今日早いんだな、もしかして迎えに来てくれてた?」
こころはブンブンと首を縦に振った。
こころのやつ⋯珍しく早起き出来て、俺を迎えに来たにも関わらず、この女がいて萎縮してんのか⋯。
なんかいつもと違って、行動がビクビクしてて面白いな⋯。いいぞもっとビクビクするんだ。
「朝から何変なことを考えているの。気持ちが悪い。」
「なっ⋯なんも考えとらんわ!」
「あなたの脳みそは本当に空っぽだったのね⋯」
「いちいち人の揚げ足を取るんじゃない!」
こんなコントのようなことをしていると、こころから、あの⋯という声がかかる。
「なに?」
それに反応したのは俺ではなく、川咲だ。
「か、川咲さんって、りゅーくんのぼっち朝を一緒に過ごすような仲でしたっけ?」
「ぼっち朝言うな」
俺のツッコミは虚しくスルーされ、川咲は一度俺を見ると、ふたたびこころを見つめて、とんでもないことを言い放つ。
「そうよ、超仲良しなの」
「は!?」
俺とこころは同時に驚きの声を出して川咲を見る。
何馬鹿なこと言ってんだと突っ込もうとした俺の耳元に、川咲は小声で、
「今は合わせて」
と呟いた。何故だ。
俺は頭に?を浮かべながらも、ひとまず頷いて、こころに向き直る。
「そうなんだよ! 実は最近こいつとはすげー仲良くてさあ!」
顔を引き攣らせて嘘をつく俺。
「そうなのよ。うふふっ」
賞が取れそうなほど自然な演技で嘘をつく川咲。よかったな川咲、お前の将来の選択肢に女優と詐欺師が追加されたぞ。
「そ、そうなんだ。ふーん、ま、別にいいけどさ!」
全然良くなさそうな顔と声でこころは言う。
「とりあえず私今日、日直だから先行くね!! じゃーね! りゅーくん、川咲さん!!!」
「あ、おい待って! こころ⋯⋯」
俺の呼び止めを全く聞かず、こころは走って行ってしまった。俺のなかで人生終了といわんばかりの暗いBGMが流れる。
「さ、私達も行くわよ、りゅーくん?」
「やめろ」
そして今に至る⋯。
「そんな辛気臭い顔してどうしたの? 死にたいの?」
「別にぃ⋯」
俺はなるべく会話を流すことにした。反論したら負ける気がしたから⋯。
そしてしばらく歩いて、学校が見え始めてきた頃、俺はあることを思い出す。
「な、なぁ⋯さっきはなんでこころにあんな嘘をついたんだ?」
「そうね、まさに人生でこれ以上の嘘はないってくらいの大嘘をついたわね」
彼女は嘲笑しているが、俺は笑えない。
「なぁ、ほんとにさ、なんでだよ」
俺は立ち止まる。少し先を歩いた彼女が振り返る。
「昨日は大嫌いだとか言ってよ、今朝になってみたら突然俺を遊ぶように扱い、罵倒して、何がしてーんだよお前は?」
「遊んだわけじゃないの。傷ついてしまったのなら謝るわ。ごめんなさい、やりすぎたわ」
「い、いや別に⋯」
そんなに突然、真面目に謝られると思っていなかったので、俺は少し驚いてしまった。
「それで、愛葉さんに嘘をついた件だけれど⋯」
本題に入り俺は少し考える。一体どんな壮絶な理由があって、嫌いな相手と仲がいいふりを、しかも自分からするのだろうか。
「実は⋯」
俺は息を呑む。肩に力が入る。
「村上くん、あなたと私はーー」
「これから一年間、親友ごっこをするのよ」
「親友⋯⋯ごっこぉ!?」
「ごっこって、おままごとでもするのか?」
俺は少し笑いながら言う。
「一体何を言っているのかしら、あなたは。これは子供の遊びでも、ましてやおままごとでもないのよ?」
俺が、じゃあ一体なんなんだと聞くより先にすぐ答えは返ってきた。
もっとも後から俺は、この話を聞くべきではなかったと後悔することになるのだが、もちろん今の俺には知る由もなかった。
「これは私とあなた⋯つまりお互いの残りの高校生活を賭けたゲームなのだから⋯」