プロローグ 俺の日常を壊す幼馴染
みな、一人一人自分というものを持っており、個性がある。本当にそうだろうか。
個性というのは、種類も違えば強さも違う。人に評価されやすい個性や、逆に、評価されにくい個性だってある。
つまり「強い個性と弱い個性」が必ず存在する。
弱い個性は強い個性に消されてしまう。そう、俺は考えている。
強い個性に消された弱い個性は、もう、無個性なのではないかと。
無個性の俺は「自分」というものを持っていないのではないか、と。
☆
「学校だりぃぃぃぃ⋯⋯」
高校入学から一ヶ月が経ち、みんな学校に馴染み始めた今日この頃。俺こと、村上隆悟は、学生ならば誰しも一度は言うであろうセリフを、晴れた朝の通学路でひとり、呟いていた。
「なんで学校なんて行かねばならんのだ⋯⋯美少女がいるわけでもなし、放課後屋上に呼び出されて告白されるわけでもなし⋯まして⋯彼女がいるわけでもないのにっ⋯!!!!」
「まぁこんな、すべて上辺だけの無個性野郎に彼女がいたら、世界中の男共は全員彼女持ちだろうな⋯⋯トホホ⋯」
なんで俺には、何にも個性がないのだろうと、深く考えてしまう。
個性に限った話ではないが、この深く考えてしまって、周りが見えなくなるというのは、昔からの俺の癖だ。しかも、悲しいことに毎度毎度ネガティブな考えに傾いてしまうのだ。
「この癖を少しでも勉強に活かせたらなぁ⋯」
そう、この癖があるから勉強に集中できるだとか、頭の回転が速いだとかは、まったくない。
あまりの悲しさから涙ぐみそうになっていると、突然背中にバシン!と衝撃が走った。
「痛ってぇ!!!!!!」
「りゅーくん!おはよーさん!!」
「おはよーさん!じゃねぇよ!突然の衝撃と痛みで一瞬意識が飛んだわ!!」
「りゅーくんが死んだ顔して、ブツブツ呟いてるからだよー。あと置いていったから!ここ重要!」
「どっちもいつも通りじゃないか」
「いつも通りにしちゃダメなの!!!」
このうるさいのは、愛葉こころ。見ての通り本当によく喋る。顔はなかなか整っていて、髪型はショート。家が近所だったので、昔からよく一緒に遊んだり、登校したりしていた。いうなれば俺とこころは昔からの腐れ縁(こころいわく幼馴染らしい)関係なのだ。
大人しくしていれば、結構可愛いと思うのだが、性格がかなりスパークリングしているので、幼馴染や同級生というよりは、うるさい妹のような印象が強い。
だが、この性格でも一部の男子から猛烈な支持があるというからすごいと思う。
まぁもちろん性格も残念ではあるが、こいつの最も残念なところは⋯⋯そう⋯胸である!!!
この、Bに行きそうで、永遠のAという非情な胸は男の俺でも同情してしまいそうになる。可哀想に⋯。
どうすれば大きくなるのだろうか、とまるで自分のことのように俺は考えだす。
と、そこで視線に気づいたのか、こころが
「なに考えてんの!!」
「いでででで!! ごめんごめん!!」
片腕で無い胸を覆いながら、頬を思い切り引っ張られた。
「もーまったくぅ⋯⋯」
こころは頬を赤くして、恥ずかしそうにしながら、俺の頬を引っ張っていた手を離した。
俺はじんじんしている自分の頬を手でスリスリ撫でる。結構痛い。こいつは手加減というものを知らないのか、とこころを睨みつける。
すると、こころは急に少し真剣な表情になり、
「りゅーくん、最近あの癖多いよ⋯? なにかあった?」
「いや別に全然まったくなんにもないが、どーしたお前」
「その返しはひどいよ! 心配返せ!!」
こころは俺の胸をポカポカと叩いた。
「ごめんごめん。でも実際ほんとになんにもないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」
「う⋯うん! もしなにかあったら、わたしいつでも相談のるから!!」
「おう、サンキュ」
「うん!」
こころはすごく幸せそうな顔を俺に向けた。
俺は一瞬ドキッとしたが、すぐに気持ちが切り替った。
こんな幸せそうな顔されたら、ものすごくイタズラしたくなるじゃないか。
俺はカバンから、黒のボールペンを取り出した。
「なあ、こころ」
「なーに?」
「早速で悪いんだが、相談いいか?」
俺はものすごく真面目な形相でこころに問う。
「もっ、もちろんだよりゅーくん!! ⋯それで、相談って?」
「あぁ⋯、この英文を和訳してくれないか? 昨日からずっと考えているんだが⋯全然わからなくて⋯」
俺は手の甲に書いた英文をこころに見せる。
こころは、
「な、なーんだそんなことか! よし、この英語大好きこころちゃんに任せろ!」
ククク⋯かかったな馬鹿め⋯。と俺は内心で下衆な笑いをこぼす。
こころが俺の手の甲を、どれどれーとのぞき込んでくる。
「えーと、わたしのー、悩みは、胸が、小さいこ、と、で、す⋯? って⋯!なにさこれはー!!!」
「まあ、胸のことは気にするなってアドバイスさ。礼はいらねぇぜ」
「ふざけんなー!!!いっぺん死ねー!!!!」
「お前はレオ〇オ=パ〇ディナイトかよ」
「誰よそれぇー!!!」
グーパン一発入れられる前に俺は逃げた。
「待てこらーー!!!」
こころは憤慨した様子で、俺を捕まえるため追いかけてきている。
結局、この鬼ごっこは学校の教室の隅で、俺がこころに一発くらって終わった。
☆
朝のHRが終わり、こころにくらったパンチの痛みも消え、さあここから授業だ、と思うと、さっきまではなかった睡魔が、思い出したかのように襲ってきた。
「ねみぃな⋯」
ちなみに俺の席は、窓側の1番後ろという、まさにどうぞお眠りくださいと言わんばかりの、ラッキー睡眠ポイントなのだ。暖かいポカポカした日差しが当たるとなおよし。
さてと、一眠り⋯と思ったその瞬間だった。
ふと、誰かから視線を感じた。
正確に言えば、クラスの廊下側前方当たりから。
まあ俺も超能力者ではないので、そんなのただの直感に過ぎないのだが。
⋯だがその視線は、一日の授業が終わるまで続いた。
俺は帰りのHRで、思い切って視線がする方を凝視することにした。この時間であれば、大体の者は先生の方を向いているし、俺に視線を向ける人を特定できるはずだ。(俺の勘違いの可能性も十分にあったが)
俺は先生の話も聞かず、決心して目的の方を向いた。
すると⋯⋯⋯⋯合ってしまった。窓側一番前の女子と。目が。バッチリと。
数秒間見つめ合って、俺は視線を外した。
えーとあれは⋯⋯⋯誰だっけ? そーいや、入学してすぐの自己紹介の時も、俺考えごとしてて聞いてなかったな⋯。クズすぎだろ俺。
あいつ⋯名前なんて言うんだろうな⋯。入学してまだ一ヶ月だし、男子としか絡みなかったから(ましてや一番遠い席だし)知らなかったけど、あいつ、結構可愛いな⋯。髪も綺麗な黒のロングで、目はキリッとして意思が強そうだ。
あんな子と付き合えたら⋯こんな俺も変われるだろうか⋯。
⋯⋯いや、どうせ絡みゼロで終わるんだろうな。
そう考えたと同時に、先生の話が終わった。
☆
「結局誰だったんだあの子⋯」
そう呟きながら、俺は玄関にある下駄箱に向かっていた。
いつもは、こころと一緒に帰るのだが、今日はこころが部活のため一人だ。別に寂しくなんてないもん。
ちなみにあいつはソフトボール部に所属している。さらにいうとエースだ。さらにさらにいうと四番だ。強い。
こころとは同じクラスなので、教室で、部活頑張れよーと、一声かけてから俺は帰りの支度をした。こころはその言葉に、うん!ありがと!とニコニコ笑顔だったが、俺がもし逆の立場で、あんな気の抜けた頑張れよーを言われたら、てめぇが頑張れ!と言い返したくなるもんだ。
あいつは地味に凄いんだなぁと感心しながら、下駄箱の扉を開けると、パサッと白い物が落ちてきた。
「なんだこれ? 手紙⋯?」
それは、白い封を、ハートのシールで止めているという、いかにもな女の子の手紙だった。
シールが貼ってない面を見ると、そこには、
「村上隆悟くんへ」と書かれている。
少しの期待をしながら、俺は封から手紙を取り出し、読んだ。
「村上隆悟くんへ 話したいことがあるの。今日の放課後、屋上へ来てください。」
「え、これって、やっぱ、もしかして、あれだよねあれですよね、世にいうラブ&レターですよね。よ、呼び出されてるってこ、ことは、や、やっぱ、お、俺今日、お、女の子に放課後呼び出されて、こ、こ、告白されちゃうぅぅぅう!?!?!?」