セルヴとミーナの出会いー2
「いや」
セルヴは固まった。小さな女の子とはいえ、こんなにハッキリ女性に拒否されたのは久しぶりだった。
《ぶふっっっ》
《笑うな!》
主人の情けない顔にアルトは思わず吹き出した。ーーいやわざわざ念話送っている辺りわざとだ。それが分かっているセルヴは顔を赤くしてアルトに言い返した。
「なんで教えてくれないか聞いてもいいかな?」
セルヴはさらに笑顔を深めながら少女に問うと、少女は顔をしかめたまま答えた。
「おにいちゃんのおかお、きらい、そのわらったおかお、にせものだもの。」
偽物、確かにこれは作り笑いだ。気の置けない者に対しては怪しまれない程度の作り笑いが癖になっている。
セルヴは顔をひきつらせながら少女を見るが、少女は未だ顔をしかめたままだ。
《マスターの作り笑いを見抜くなんて子供の癖にやりますね。っぷ》
《おい、》
《精霊と友達?になれる子供ですよ?下手な小細工は通じないと思います。》
確かに精霊を友達と言うこの子はただ者じゃない。偽物の笑顔を見抜くなんて簡単なのかも知れない。
「ふーー、これでいいかな?ごめんな、お兄ちゃんお仕事であの顔しなきゃいけなくてまだ癖が抜けないんだ。」
作り笑いをやめ苦笑いを浮かべると、少女はキョトンとセルヴの目を見詰めてから。
「おにいちゃん、じゅうじんじゃないのに、わたしにごめんなさい、できるのね。」
少女は獣人が見下されているのを知っているのか、セルヴの態度に驚く。
「獣人の仲間が居てね、ここには今居ないけど大切な友人だよ。」
かつて共に戦場で戦った友を思い出して微笑むと、少女はセルヴを見つめ、頭を下げた。
「ごめんなさい、おにいちゃん、わるいひとじゃなかった。わたし、みーなっていうのよろしくね、おにいちゃん。」
「信じてくれるの?これも嘘かも知れないよ?」
頭を下げた少女に驚きながら問うと、少女は初めてセルヴに笑いかけた。
「みーな、うそかわかるもん、おにいちゃん、うそついてない、わかるから、おにいちゃん......そんなかなしいおかお、しないで?」
《驚きました、マスターの負けですね。》
《...俺はそんなにわかりやすい顔なのか?》
《そんな訳ないでしょう?この子供が特殊なんです。》
わかりやすい顔なんぞしていてはあんなに狸ばかりいる王宮では働けない。ましてやセルヴは魔術団団長だった男だ、セルヴ自身、自分が狸な自覚がある。だがこの子供を前にするとセルヴは不安になってしまった。
「おにいちゃん?おにいちゃんはもりになにしにきたの?」
危険がないとわかり、ミーナはセルヴ達に近寄り頭を傾げる。白くふわふわした耳が一緒に揺れた。
《.........この子供可愛いですね。》
《.....あぁ、って珍しいなアルト。子供を可愛いなんて初めて聞いたぞ。》
《いや、外見も可愛いですか、内面ですよ。頭も良いみたいですし。なりより獣人が下に見られているのを知っていてあの素直さ。中々いませんよこんな子。》
《そうだな、今時こんな心がきれいな子供は少ないか。》
王都の子供は打算的なやつが多いし、他の獣人の子供は幼い頃から拐われる危険性を聞かされてるせいか、同族以外には嫌悪感丸出しなやつばかりだ。
「俺達はね、この森に住みたくて場所を探してたんだよ。」
「ここにすむの?」
「そう、住みたいと思ってるんだけど精霊達はいやかなぁ?」
「んーーーみんな、どう?」
セルヴの提案に少しミーナは少し考えた後、顔を上げ何もない筈の空中を見回して、姿を消した筈の精霊達に問い掛けた。
《この子今は精霊達の姿は見えないはずだよな?》
《えぇ、まだ魔力の覚醒はしていないみたいですし。この子には驚かせて貰いっぱなしですね。》
姿を消している筈の精霊達の気配は魔力を探れば二人にはまだ近くにいることはわかる。しかし魔力の覚醒をしていないミーナには探る事は出来ない。
「ミーナちゃん、精霊達が見えてるの?」
セルヴがミーナに問い掛けると、
「みえないよ?でもみーながばいばいしてないからちゃんとちかくにいるもん。ーーねっ?」
ミーナが空中に向かって問うと、水色の羽が生えた精霊が一体姿を現した。
「ねっ?ちかくにいてくれるの。ミミちゃん、このおにいちゃんたちもりにすみたいんだって。......みーなはこのひとたちとおともだちになりたいな。」
精霊は言葉は喋らない。代わりに念話を使うが、ミーナにはまだ魔法は使えない。なのにミーナには精霊の目を見れば大体の事は分かるみたいだ。
ミーナの肩に止まっていた精霊は羽を羽ばたかせ、少しだけセルヴ達に近寄った。
《アナタタチ、モリニスミタイ、ホントウ?》
二人とも精霊に話しかけられたのが意外だったのか、目を見張る。
《あぁ、森に居を構えたいと思っている。貴方達の邪魔はしない。危害を加えるつもりもない。》
《私はマスターの契約精霊獣、マスターに従い、貴方達に危害を加える事はしないと約束します。》
精霊の目を見つめながら二人は誓う。
《ソゥ......ヒトツダケ、セイレイタチノダイヒョウトシテ、トイマス、ワタシタチセイレイハ、アナタタチニトッテ、ナニ?》
この質問は間違えてはいけない。答えによっては森に入る事も出来なくなる。精霊は森に愛された種族、森に入れなくすることなど容易い。
二人は、その質問に間を開けずに答えた。
《《森、そのものかな。(ですかね)精霊や精獣がいてこそ森は輝くからね。(ますからね)》》
二人の答えを聞いて初めて精霊は笑顔を浮かべた。
《イイコタエデス、ワタシタチセイレイハ、アナタタチヲカンゲイシマス。》
水色の精霊がそう言った途端、隠れていた他の精霊達が一斉に姿を現した。
《ヨロシク》
《ヨロシクネ》
《ヨロシクオネガイシマス》
二人の周りを飛びながら思い思いに挨拶をしてくる精霊達。
《すごいな、これもミーナちゃんのおかげかな?》
《でしょうね。マスターと私だけでしたらいつ精霊達に会う事が出来たのやら。あの少女が私達と友達になりたいと言ってくれたからこそですね。》
「よかったね、おにいちゃんたち、せいれいさんたちとおともだちになれて!」
満面の笑みでそれを見ていたミーナは急にモジモジし始めた。
「ミーナちゃん、どうしたの?」
「............あのね、おねがいがあるの。」
「なぁに?」
《なんだろうな、アルト、お願いだってさ。プルプルしてて可愛いぞ。》
《なんでしょうね。というかマスター、もうあの子にメロメロですねぇ。》
《メロメロって......アルトからそんな言葉聞くとは思わなかったぞ。否定はしないが。》
暫くプルプルしていたミーナは大きく息を吸って遥かに背が高い二人を見上げて......いや正確にはアルトを見つめた。
「あのっ!でっかいおおかみさん、もふもふしても、いーい?」
《はい?》
まさか自分にお願いが来るとは思わなかったのか、アルトは首を傾げた。
「ぷっモフモフだってさアルト。小さな姫はお前の体をご所望だ。」
《変な言い方しないでくださいマスター!自分の耳と尻尾を触るのじゃだめなんですかね。》
返事がないのを否定だと思ったのかミーナは耳を悲しそうに垂れ下げ、アルト見た。
「..................だめ?」
《っっっ!》
目を潤ませながらアルトを見るミーナは可愛すぎた。アルトは息を飲んだ後、諦めたようにミーナの目の前に進み、撫でやすいように伏せた。
「わーい!おおかみさん、ありがとう!」
アルトの頭に顔を埋めたミーナは嬉しそうにアルトの耳にスリスリしている。アルトは何やら複雑そうな顔をしているが。
《あっアルトが陥落した音がした。》
セルヴが笑いを堪えながらミーナの前に来る。
《うるさいですよ、マスター。これは精霊達に口利きをしてくれたお礼です。けしてミーナの泣き顔が可愛すぎた訳ではありません。》
《いや、可愛いって言ってるしな?いつの間にかミーナって呼んでるし。尻尾ぶんぶんだぞ?》
アルトの尻尾は感情を隠しきれなかったようでこれでもかと振られている。
《うるさいです。噛みつきますよ。》
《おぉ、こわい。》
二人がそんなやり取りをしているとは知らずにミーナは......
「もふもふ......かわいい......もふもふ。」
ひたすらアルトの体に擦り寄っていたのだった。