5 メリザとバッグ
その日の夕方、雲行きが怪しくなり、辺りは夜のように暗くなっていた。メリザは地下鉄を去ったあと、バスを乗り継ぎ、出発した場所に戻ってきた。そこは雑草生い茂る広い敷地に、巨大な廃倉庫が佇んでいた。メリザは周囲に人がいないのを確認して倉庫内に入った。
倉庫の入り口にある巨大な扉を開いて中に入る。大分錆びついているが、手入れされているのでスムーズに開く。
中は薄暗いがメリザは構わず中に入る。広い倉庫の中央部にきたところで呼び止める声がした。
「そこで止まれ」
その声に従いメリザが足を止める。声の主は正面。さらに複数の気配が周囲を取り囲む。
「一体どういうつもりで戻ってきた。トラブルでも生じたのか」
声の主は暗がりにいて表情は分からない。だが、その手に握られた銃口がメリザを捉えている。
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「どういうことだ?」
「鈍いのね。どうせあなたたちもニュースで見たんでしょう? 今日、あの地下鉄で何があったのか」
「ああ。下らん連中の陳腐な救出劇だな。いかにもマスコミや大衆が喜んで食いつきそうなネタだ。それがどうした。計画にはなんの支障もなかったはずだ」
「確かにね。でも、あなたの言うところの陳腐な騒動に巻き込まれて、自分のやってることが、もっと陳腐に思えてきたのよ」
「それが失敗の弁解か。もう少しマシな理由は思いつかなかったのか」
「その口調というかね、やってることも、何かにかぶれたような態度とかも、何もかもが恥ずかしいのよ、あなたたちは。そのことにあなたたち自身気付いていない。いえ、ついさっきまでの私もそうだったわ。要するに憑き物が落ちたのよ」
「呆れたものだ。あんなもので志を失うとは。君は憑き物が落ちたんじゃない。憑かれたのだ。この腐った世界の、欺瞞に満ちた社会に毒されたのだ。どうやら君は世の真実を見抜く目が濁ってしまったようだ」
「そうね。あなたたちがそれを真実と言うなら仕方ないわ。でも、私は私が思ってた以上に、世界には優しさがたくさんあるって知った。つい昨日までの私や、今のあなたたちはそれを見ようとしてないだけ。その世界に生きる、何の関係もない人たちを傷つける行為に意味があるとはとても思えない。あるとすればそれはただの傲慢さよ。独りよがりと言っていいわ」
「達観しているつもりなのだろうが、君の言葉は虚勢にしか聞こえない。残念だよ。もう少し志のある女性だと思っていたが」
「あなたたちの志ってなに? 弱く、善良な市民を殺傷するのが志って言えるの? 少なくとも私は違う。昨日までの私は世の中を拗ねて、私はここにいる、誰か見てよ。相手にしてよ、してくれないからこんなことするのよ、そんな子供じみた感情であなたたちの計画に乗っただけ。でも、途中で気付いただけまだよかった。その程度の動機で、なんの関わりもないのに殺されたらたまったものじゃないわ。あなたたちはいつ、それに気付くのかしらね」
「言いたいことはそれだけか? 堕落した人間の言い逃れほど見苦しいものはない。大人しくここに戻ってきたことは賞賛に値するがな。最後にもうひとつだけ聞く。お前に渡した、我々の主張の箱はどうした」
「捨てたわ、あんなもの。なにが主張よ。無差別に人を巻き込んでなにを主張するって言うのよ。笑わせないで。主張したいことがあれば、堂々と出るべきところに出ればいいのよ。そんな気概もない者が志し云々言っても、薄ら寒いだけだわ」
「さよなら。メリザ。かつて同志だった女よ」
男の銃口が火を噴き、炸裂音が倉庫内に響く。メリザはその場に沈み、炸裂音が倉庫内に虚しくこだました。
数日後、無差別テロを計画した学生グループが一斉に逮捕された。逮捕の決め手は警察に匿名で持ち込まれた淡いオレンジのキャリーバッグだった。バッグに偽装した爆弾と共に、この爆弾を作った過激思想グループの名簿。そして地下鉄内で爆破させるというテロ計画を告発するメモが添えられていた。
~了~




