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第2話

15歳になった。今年16になる。

サミュエル様の曲のイメージを描いた作品『虹』はセモナ美術大賞の佳作に入った。露の光る紅薔薇の周りを3人の妖精が座ったり飛んだりしているところを描いた。

あれから節気ごとにサミュエル様にお手紙を出しているけれど、返事があった事は一度もない。私にとっては初恋でファーストキスだったけど、サミュエル様にとってはただのお戯れだったのだろう。そう思うと胸を締め付けられるように悲しい。未練がましくお手紙を書いているけれど、もう6年もたった今となっては流石に返事は期待していない。最初からサミュエル様とは結ばれないってわかってたし?別に辛くなんてないし?うそ。辛い。やっぱり好きだよ。密かに描いたサミュエル様の肖像画を眺めてはため息をつく。幼い顔。サミュエル様はどんなふうに成長されただろう?お兄様のハロルド様の噂はよく耳にするのだけれど、サミュエル様のお噂は「ハントリー音楽祭で大賞を取られた」と言うもののみ。ハロルド様はどこそこのご令嬢と恋仲になっただとかどこそこのご令嬢を妊娠させただとか女好きの評に違わないワイドショーチックなものなんだけれど、サミュエル様はそれもない。

貴族子女ならもう婚約ぐらいしているであろう年齢だが、両親も私の気持ちを慮って婚約は勧めてこない。

16歳になれば社交界デビューもする。そうしたら嫌でも顔を合わせるだろう。私はお姿を見たいと思う気持ちもあるけれど、ストーカーだと思われてるだろうなあ…と陰鬱な気持ちにもなる。返事が無いのに6年も手紙を送り続けるとか私ならちょっと怖いと思うもん。会って嫌な顔をされたらどうしよう…辛くてその場で泣き崩れてしまうかもしれない。せめて控室までは我慢しよう…

年頃になる貴族子女が集められるパーティー、春風しゅんぷう祭。「羽ばたく若者たちを見届けよう」と言うお題目のパーティーだが実際は「どこの家の子供の出来がよくて、どこの家の子供の出来が悪いのか、保護者が見定める事」を主旨としたパーティーだと思う。事実上の社交界デビューだ。王宮の十二乙女宮で華々しく開催される。

滑らかで光沢のある藍色の生地に銀糸で緻密な刺繍を施したドレスを着る予定。銀糸の髪は遊びを持たせて緩く結って藍色の布で作った大きな薔薇の造花と真珠の髪飾りをつける予定だ。首飾りも3連に巻いた真珠のチョーカーで首の中心には周りを小粒のダイヤで囲まれたドロップ型のラピスラズリがくっついている。イヤリングもラピスラズリとダイヤだ。

パートナーは遠縁のヨハン・ハドソン子爵子息。現地集合の現地解散の予定。


「ティナちゃん。もうすぐ春風祭ね。」


お母様がお茶を飲みながら言った。


「そうですね。緊張します。」

「ふふ。きっとみんなティナちゃんに目が釘付けになるわ。ティナちゃんは見た目が美しいだけでなく所作が見惚れるほど綺麗だもの。声だって透明感があって、胸が締め付けられるように綺麗だわ。ダンスも上手だし。」

「そうだと良いのですが…」


この世界には学校のような所が無いから比較対象が無いし、今一つ自信が持てない。


「きっと翌日からは婚約の申し込み状だらけになるわ。……ティナちゃん、そろそろ新しい恋も選んでみたら?」


新しい恋か…もう頃合いなのかもしれない。


「春風祭で素敵な人を探してみます。」

「きっと見つかるわ。頑張って。」



***

春風祭当日。予定していた藍色の衣装に身を通して、薄くお化粧する。こちらのお化粧技術は結構発達している。肌に合った色のパウダーファンデーションでさっと粉を刷き、ベージュの少しパールが入ったアイシャドウとそれより濃いブラウンのアイシャドウで瞼に柔らかな陰影をつける。淡いチークを乗せて、ほんのり色味の入ったリップバームをつける。

姿見を見る。長い睫毛に囲まれた瑠璃の瞳はどこか物憂げで、胸元の広く開いた衣装は大きく膨らんだ丸みをおしみなく晒し、腰元はキュッとくびれている。上半身が酷く扇情的なのに対し、ふんわりと広がるスカートは慎み深く足元を隠している。どこもかしこも柔らかな少女の肢体である。


「ティナ。僕たちの天使。実に美しいね。お父様は鼻が高いよ。今日は精々娘の自慢をさせてもらうよ。」

「行きましょう。ティナちゃん。」

「はい、お父様、お母様。」


馬車に乗って王宮へ。十二乙女宮の前で待ち合わせしたヨハン様と合流する。十二乙女宮に入場したがシャンデリアが煌々と輝き、壁には12の乙女の石像が、天上には月の女神の誕生シーンの天井画が飾られている。美しい宮だった。

私と一緒に入場したヨハン様はそれはもう私にでれでれだった。


「あなたのような美しい女性のエスコートをさせてもらえるだなんて光栄です。」

「ありがとうございます。ヨハン様。」


入場して、ヨハン様とダンスを一曲踊った。そうしたら次から次へとダンスの申し込みが殺到した。顔と名前を一致させるのも一苦労だ。


「システィーナ嬢、あなたのような美しい女性は初めて見ました。」

「システィーナ嬢…ああ、女神のようだ。」

「声まで美しいなんて。その美しい声で僕の名前を呼んで欲しい。」

「なんて優雅な所作なんだ。美しいのは見た目だけにとどまらないのだね。」


賛辞に続く賛辞。みんなうっとり私の虜だ。でも私の他にも目立っている女性は2人いる。

1人はアンジェリカ・シェスカ公爵令嬢。その美しさは一級品。豪奢な金髪に少しつり目がちのエメラルドグリーンの瞳をしており、色白な中に一筋朱を刷いたような赤い唇をしている。顔立ちは少し意地悪そうなのだけど穏やかに微笑み、話す様子は、そんな事を気にさせないくらい魅力的だ。所作も実に優美である。その髪色からアンジェリカ様のことを「金色こんじきの乙女」私のことを「白銀はくぎんの乙女」と呼ぶ、呼び名が瞬く間に広がっていく。その勢いがちょっと怖いです。

もう1人はマリー・ハノワ男爵令嬢。栗色の髪に菫色の瞳の小動物的な印象の残る可愛らしい顔つきをされているが、この令嬢は礼儀作法が滅茶苦茶だ。苦笑するしかないほどの駄目駄目っぷりなのに、何故かそれが魅力的に見える不思議な令嬢だった。かなりアグレッシブな性格らしく、見目麗しい貴公子たちに積極的に声をかけている。件のハロルド様など骨抜きだ。でれでれとマリー様の隣に侍っている。他にも高位貴族が複数彼女に骨抜きにされている。アンジェリカ様は節度を守った接し方をするが、彼女はいちゃいちゃべたべたと人目を憚らない。ある意味天晴れである。


「システィーナ嬢は婚約者などおられるのですか?」


何度目かになる同じ問いかけ。


「いいえ。おりませんの。良い人を探している最中ですわ。」


出来れば春風祭で見つけたいんだけどサミュエル様を超える胸の高鳴りは未だにやってこない。どれも同じカボチャかジャガイモに見える。これって言う感じの素敵な人に巡り合いたい。

ふと入場してきた紳士に目を留める。サミュエル様だ。6年も経てばお顔も変わって見分けがつかなくなってるかも…と思ったがそんな事はまるでなかった。暗褐色の御髪に神秘的な灰色の瞳。高い鼻に形の良い唇。凛々しくも妍麗なお顔立ち。サミュエル様ならきっとこんな風に育っているのではないか、という予想を全く裏切らない御容姿をされている。サミュエル様は何かを探すように会場内を見まわした。そして私に目を留めた。

目、合った…ドキドキと胸が高鳴っている。嫌な顔されたらどうしよう。泣きそうに目が潤む。

サミュエル様がずんずんと近付いてきた。な、なんで近付いてくるの?なんかちょっと険しい顔をされてるし…怖い。どうしよう…

助けを求めるように周りに視線を彷徨わせた時名前を呼ばれた。


「ティナ!」


もう少年の声ではない、ずっと低いお声。手を掴まれてぐいっと引き寄せられる。サミュエル様はいきなり私にキスをした。ちゅっちゅと唇を食まれて、舌まで入れられた。濃厚でエロティックなキスだ。物凄く混乱してるけど、キスは気持ち良くて、でも衆人環視の中で、恥ずかしくて、でも気持ち良くて…かくっと腰が砕けた。でもがしっと片手で支えられてキス続行。みんなが息を飲んでじっと見てる中、じっくりたっぷり味わわれた。キスが終わる頃には私の息は上がっていてとろとろに潤んだ瞳でサミュエル様を見上げた。でもサミュエル様は冷たいお顔で言い放った。


「キズモノにされちゃったね?もうお嫁には行けないよ。」


ぴしゃりと冷や水を浴びせられた気持ちになる。衆人環視の中でキズモノにするためのキスだったなんて。私そんなに憎まれてたんだ…気持ち悪いって思われてるかも、とは予想してたけど憎悪までされてるとは思ってなかった。悲しくって涙が出た。バターンと遠くで何かが倒れる音がしたけどそれどころではない。化粧が崩れるがもう涙が止まらない。


「ティナは誰にもあげない。僕だけのものだ。」


何か不思議な事が聞こえた気がする。サミュエル様はほの暗く笑っている。


「愛してるよ、ティナ。君が僕の事を大嫌いでも気持ち悪くても顔も見たくもなくても。」


やっぱり愛してるって言ったよね?


「あ、愛してるならなぜこんなことをなさるんです…!疵物なんかにしなくったって普通に結婚を申し込めばいいではないですか。私、サミュエル様とだったら平民になったって良いと思っていたのに…!」

「…?」

「…?」

「ティナって僕の事好きなの?」


なんで今更それ。私はこくりと頷いた。


「じゃあ、何故手紙に返事をくれなかったの?お茶会に誘っても来ないし。」

「私…お手紙は頂いてませんけど?お茶会の招待状も。節気に手紙を出しましたけれど、お返事を下さらなかったのはサミュエル様では?」

「……。」

「……?」

「……あっの、くそ親父!」


サミュエル様はひとしきり呪詛を吐きだして向き直った。


「ごめん、ティナ。多分手紙はうちのお父様に全部没収されてる。だからティナの手紙も読んでない。僕、勝手にティナに振られたと勘違いしてて…」


申し訳なさそうに私に謝ってくれる。冷たい顔もほの暗い笑顔も霧散している。


「ではサミュエル様が私をお好きなのはお間違いないのですか?」

「うん。愛してる。」

「私もサミュエル様をお慕いしております。」

「こんなことしちゃったけど、まだ好きでいてくれる?」

「もう6年もお返事をいただけてないからいい加減諦めないと、と思って、今日春風祭で良い人を探していたんですが、駄目でした。サミュエル様じゃないと駄目みたいなんです。サミュエル様以外の方に疵物にされたなら自害ものですが、サミュエル様が相手なら問題ないです。」

「ティナ…会いたかった。」

「私もお会いしたかったです、サミュエル様。……あ、でも大分泣いてしまったのでお化粧直ししたいです…」

「本当にごめんね。すぐ会える?」

「ちょっとお化粧直したらすぐ戻ってきます。」


私は化粧室に引っ込んだ。お母様が影のようについてきた。


「そこまで崩れたら一回全部お化粧を落としてつけなおした方が早そうだわ。」


お母様は何故かクレンジングとお化粧セットを持ってきていた。


「何故そんな準備万端なんですの?」

「まーティナちゃんの事だから例の彼に出会ったらまずは泣いちゃうだろうなー…と思っていたのよ。こんな展開までは予想してなかったけど。」


クレンジングで化粧を落として、石鹸で顔を洗い、化粧水とクリームで肌を整え、再び化粧を施した。

再び綺麗な令嬢に戻りお母様も満足げだ。


「例の彼の家からなんか言ってくるかしら?」

「どうでしょう。手紙を全て没収されていたって言う事はロンソワ公爵には良く思われていないのでしょうし。」

「親としては目を三角につり上げて疵物にした責任を取れって怒鳴りこんでもいいシーンだと思うのよ。」

「相手の出方次第という事で。私はもうサミュエル様以外の伴侶は考えられないので。」

「ちょっと複雑な気持ちだわ。さっき、ロンソワ公爵なんて卒倒してたのよ?まさかご子息がやらかすとは思ってなかったみたいで。」

「ご愁傷様です。」


正直ロンソワ公爵様は自業自得だと思うけど。最初から相互に手紙が届いてれば晴れの社交界デビューの舞台でこんな滅茶苦茶な事は起こらなかったのだから。

会場に戻ってみると何故かマリー様とサミュエル様が言い合いをしていた。


「こんなのシナリオになかった!絶対おかしい!サミュエル様は愛する事を知らない寂しい人で、そこをこのヒロインが救ってあげるはずなのに!」

「意味わかんないし、気持ち悪い。僕は小さい頃からずっとシスティーナを愛してるし、寂しい人とか言われる筋合いない。」

「それがおかしいのよ!システィーナなんて聞いたことない。ただのモブでしょ!?なんでサミュエル様がモブ令嬢ごときに愛を囁いてるの?そのポジション私のだから。」

「モブ…?」


サミュエル様は言葉の意味がわからなかったようだ。と言うか、シナリオとか、ヒロインとか、モブとか…まるでゲームのようだね。そう言えば一時期ネット小説でも流行ってたっけ?乙女ゲーム転生とか。まあ、この世界が万が一乙女ゲームの世界だったとしてもシスティーナには関係ない。私にとってこの世界は現実で、セーブもリセットもないんだから。


「サミュエル様。」


声をかけるとサミュエル様が振りかえって甘やかに微笑んだ。


「ティナ、ダンスを踊ろう?それから何か食べよう?僕今日の事ずっと緊張してて碌にご飯も食べてないんだ。」

「それはいけませんね。お肉のローストしたものが美味しかったですよ。」


私はサミュエル様と踊り、一緒に美味しいものを食べていちゃいちゃした。もう盛大にサミュエル様が私の所有権を主張してしまったので、私に声をかける男性はいなくなった。



さくっとまとまりました。

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