その1
例えばの話し。
淑女諸君に問おう。
その人は無口で、どちらかといったら若干雰囲気怖くて、
たまたまその人と寒い冬、一緒に歩いていて、途中見えた自動販売機でその人が、自分に対して飲み物を買ってくれたら。
がしゃん、と落ちてきた飲み物をぽいっと投げて渡されて、
受け取ったそれが、暖かいブラックコーヒーだったら。
あなたは、どう感じるか?
「ちょっと、本当に整形外科で働いてたの?」
小児科のアルバイト先で、コンピュータ入力の途中、目が合ってぶつけられた言葉は、一瞬あたしを金縛りにした。
前のバイトをやめて4ヶ月、新しいアルバイト先は同じ医療関係ではあるものの、やはりあたしにとって勝手が違った。
あたしは前に働いていた整形外科の院長の顔を思い浮かべて、実はウソでしたなんて言おうかとさえ考えた。
こんなに出来ない人間が働いていると思われたら、以前お世話になった院長の顔に泥を塗るような気がしたからだ。
あたしは全身を強張らせたまま、曖昧にうなずいた。
大学四年生の6月。
就職活動もなんとか終えて、再びアルバイトを始める。
今のアルバイト先は、結構厳しく言う人が多い。
泣けないほどショックを受けたのは、久しぶりだった。
怖い顔で見下ろしているのは山口さん。彼女もその人間の一人だ。
目力が強く、すぐに逸らしてしまいたくなる。
シフトの関係で、山口さんと一緒に入るときが苦痛だった。
「こうでしょ」
ため息をつきながら言う。
あたしは小さくはい、と答える。
目を見れない。
怖くて見れない。
「単車は危ないからね。気をつけてね」
帰り際、原付でアルバイト先まで通っているあたしに申し訳程度に言う言葉は、本心から出ていると思えなかった。
山口さんはきっとあたしが嫌いで、めんどくさい子だと思ってて、
あたしも山口さんが苦手だった。
それでも何とか一週間が経ったある日、
まだ正式にシフトが決まっていないあたしに山口さんが聞く。
「次、いつ入るの?」
あたしは山口さんのシフトを見て、うまく避けたかった。
でも研修期間である以上、入れる日は入る、が鉄則だった。
「・・・・・・あさってです」
あたしは最低限の笑顔を浮かべて言う。
「よし。あたしもその時入るから」
勘弁して欲しい。
何でこうタイミングがいやに合ってしまうのか。
「やまぐっちゃんが認めなきゃいけないからね〜」
冗談で他の先輩が言う。別に山口さんがトップというわけではない。
あたしは最低限の笑顔を浮かべる。
あたしは山口さんが、苦手だった。