死神
人間は実に様々な死に方をする生き物だ。病気や事故、自殺、家族に看取られながら、一人で人知れず死んでいったり......
小さな古いアパートの、錆びて今にも崩れてしまいそうな鉄の階段を上がると、二、三のこれまた古く小汚いドアが並んでいる。それらのドアの奥で人間が生活しているとは少し想像し難い。
私は、そのうちの一つのドアの前に立ち止まり、そのドアをゆっくりと開くと、奥へと入っていく。
虫か何かの断末魔のような高い音を立ながら軋む廊下を、歩き部屋へ向かった。
部屋の中は、雑誌やら飲みかけの缶ビールやらコンビニ弁当の残骸やらが四散していて、足の踏み場に少し困った。その四散したゴミに囲まれてぼんやりとテレビを眺めている男がいる。歳は40から50くらいだろう。薄汚いボロボロのティーシャツを着て、伸ばし放題の無精ひげの頬を掻き毟っている。脂ぎってボサボサになっている髪の毛からすると、ここしばらく風呂に入ってないようだ。
私は、ゴミとゴミの間に足を一歩一歩置きながら彼の部屋へと入っていった。
「お迎えに参りました」
私がかけた声に振り向いた男は、私の恰好を見て、少し驚いたような顔をしたが、すぐに元のつまらなさそうな顔に戻った。
「なんだ、人生ってこんな風に終わるのか。ご丁寧にこんな俺にお迎えまで来るなんてな」
「はい。あなたは二時間後に心臓発作で死にます」
「そうか、あと二時間か......少しだけ外に出よう。散歩だ。すまないがお前も付き合ってくれ」
私は、懐から懐中時計とお迎えする死亡者リストを取り出すと、それを交互に見比べた。どうやら時間には少し余裕がありそうだ。
「わかりました。ご一緒に参りましょう」
私と男は、河川敷に横に並んで座り、河の向こう側のビルの群れの奥に沈みかける夕日の赤い陽の光が河の流れに乱反射し、輝く様を眺めていた。
少し上流側の方にはグラウンドがあり、小、中学生らしい人影が野球をしていて、金属バットにボールが当たる音が遠く響いていたり、誰かが名前の知らない管楽器の練習をしていて、どこからともなく単調な旋律が聞こえてくる。
「俺は死ぬのなんて怖くない。それにこれから何がしたいなんてのもない」
そう呟く男の表情は、どこか寂しげで、その呟きは自分に何かを言い聞かせているようでもあった。
「何か心残りがおありですか?」
「そんなものはない。ただ、今までを振り返って、つまらない人生だったなと思っただけだ。青春時代も一人で過ごして社会に出ても仕事も見つけられないで、最後も結局一人で......なぁ、人生っていったい何なんだろうな......生きるってどんな意味があるんだろうな......」
男の眼は、ただ、赤色に映える河の流れをずっと眺め続けていた。
「さぁ、どうでしょうね......私には、生きていることに意味があるなんて思えませんね。生きていく先に確かなものなんて死しかありませんから。さぁ、そろそろ時間になります。帰りましょう」
「そうだな」
男は、ゆっくりと立ち上がると、赤色に染まった空を見上げた。