誠司と恵一の活躍
さて、誠司と恵一は研究所からでの協議の3日目の朝、1日20時間2日間の研究の結果、薄汚れた自らの身じまいをして出発する。紙ベースの資料はなくすべてマドンナ及び恵一のコンピュータ(マリア:恵一がつけたニックネーム)に入っているから、説明は相手が2人までだったら画面を見せて説明し、数が多いとプロジェクターを使うのだ。昨日すでに今日の朝、始業時間から1時間後に行くと伝えている。
シーラムム帝国ほどの進んだ社会では誠司は自動走路位はあるかなと思ったのだが、人々は出来るだけ歩くことを推奨されているので、そのようなものはないとの返事である。しかし、都市内の移動は車の代わりに台に小さな椅子をのっけたような移動台(地球人はコミュータと呼んでいる)が、建物ので入口に待っている。これは、乗って座り、目的地を言えばそこまで大体時速50km位の速度で、反重力により10cmほど浮いて走って行く。乗っている人は斥力の膜に包まれるので速度による風は感じない。惑星シーラムムでは気候はコントロールされているので、雨は夜決まった時間しか降らない。もっともこの斥力膜は雨についてははじくので問題なく濡れることはない。
誠司と恵一は2人乗りのコミュータの前後に乗るが、無論最初は地上に降りているので安定している。 乗って行先であるA003研究所の名前を言うと、翻訳機から翻訳した言葉が流れコミュータはすっと浮き上がって音もなくスムーズに走り始める。風切り音はわずかにするが、乗っている間にいわゆるバリヤーで包まれるので風は全く来ない。
まもなく、ここ首都であるシーラム帝都内では最も高い30階高さ100mの研究所の多彩色のビルが見えてきた。幅が100mで奥行き20mもある巨大なビルだが、壁面が曲がりくねってゆがみうねっているが、あちこちの壁面に樹木が植えられていることもあるのか、また視覚的な工夫もあるのであろうが、見ていて心地がよい。
玄関と教えられた位置にコミューターが止まるので、開け放しの入口をくぐって、エレベーターシャフトに入り表示板の3階の表示に触る。すると、体がすーと上がって行き、3階になると水平に移動して進行方向の手すりが開き、フロワーに移動して足が床を踏みしめると背後の手すりが閉じる。
外同様に建物内部も直線部が無く緩やかにうねっており、照明はあるのだろうが全体に明るい感じだが、男女のゆったりした服を着た人々がさすがに水平の床を悠然と歩いている。以前に訪れたシルギア・セマラスス女史と協議した会議室の前に立つと、ドアが自動的に開き机についていた彼女と他に3人が顔をあげる。
「セイジさん。本当に3日で来られましたね。どんなものが出来たか楽しみです。今日は私どもの研究の先駆者である、シムラン・ミカサム導師と、そのお弟子さん2人に来ていただいています。是非有意義な成果を聞かせて頂くことを期待しています」彼女の口調は皮肉に満ちている。
シムラン・ミカサム導師は導師という名前からして、権威者なのだろうが、温和な顔の丸々した男性だ。弟子と言う2人は細身の男性と、ふっくらタイプの女性でまだ若いようだ。
シムラン導師はにこやかに言う。「いや実際に期待しているだよ。我々が調べた結果、地球人と言う民族は極めて歴史は浅いが、この最近の短い期間に考えられないほどの技術的成果を出している。その結果、地球のような多くの民族を滅ぼした、ラザニアム帝国の更なる蛮行を止めさせる成果を出したのだ。 その殆ど全部の開発の中心になった人物が、このマキムラ・セイジ君であることも判っている。如何なる見地から検討しても、セイジ君のみでは達成不可能な結果を残していることから、何らかの外部的な助けがあったものと考えている。従って、その助けがあれば、すでに数百年以上研究してきて、我々がどうしても成しえなかった解決策を持ってきてくれたのではないかと期待している。どうか、成果を説明してくれたまえ」
「ええ!導師、本当にかれらは?」その言葉に、シルギアが驚くのに導師は彼女に語りかける。
「そうだよ。君は疑問を持っているようだが、間違いなくかれセイジは、地球人にほぼ独力で重力エンジンを始めとする技術、中でもとりわけ超空間エネルギー遷移の技術をもたらした開発者ということになっているのだ。だから今日は、我々が夢みてきた超空間と通常空間の相互関係の解明がなされるのではないかと私は胸を躍らせてきたのだ」
彼は誠司たちを振り返り言う。「さあ、見せてもらおうか。君たちが開いた世界を」
誠司と恵一は顔を見合わせてうなずく。
「では、説明しましょう。ああ。ここはこの壁面がプロジェクターになっているのですね」恵一が聞くとシルギアが答える。
「そうよ、今スイッチを入れたから、そっちのコンピュータで表示すればその画面を拾ってここに写すわ」
今日の説明は恵一に任せてあるので、恵一が自分のコンピュータを立ち上げる。これは、マドンナと違って能力が高い方が有利なので、市販のものに手を加えて現状でのノートパソコンとしては最高の能力
を持つようにしている。
画面が壁面に映し出されるが、さすがに先進国の技術で極めてクリヤーである。シーラムム帝国のコミュータからエレベータ、またこのプロジェクターなどの技術に、まだまだ見ていない様々な技術それぞれのノウハウたるや、カウントしようがないくらいだなあ、と思わず考えてしまう誠司であった。
まさに、生活に使うあらゆるものが、明らかに地球やその同盟国を含めても、大幅に進んで便利で、その元になっている技術が何なのか見当のつかないものもある。ぜひ取り入れなくては思う誠司であった。
恵一が説明を始める。「最初の部分は、お聞きの方には退屈かもしれませんが、まず超空間に関して過去解明されている部分の解説を簡単にさせて頂きます。超空間は、このイメージ図に示すように通常空間とはあり方が異なっており、その時間の流れ方、距離、方向の捉え方すべてで異なっています。
しかし、超空間タグが張り付けられることでわかるように、超空間の中での位置付けを行って追跡することは可能です。さらに、超空間ジャンプ及び通信などが実際に活用されているので、大エネルギーを投じて通常空間から物質を送り込み送り出すことも出来ます。
但し、どういうメカニズムでそれが出来るかははっきりわかってはいなかったのですが、経験的にこうすればできるということで実施されていたわけです。そして、貴シーラムム帝国の努力の結果、その構造について理論づけは完成してモデルも出来上がっておりますので、これらの正確な解明も進みますね。
現在この研究所で行われている研究は超空間と通常空間を重ね合わせようとするもので、いわゆる相互関係の厳密解を出そうとするものです。もしこれが完成すれば、通常空間から超空間の状態を完全に把握できこれは結局同様に操作もできるということです。
しかし、この厳密解を出すためには5次元の空間に係る方程式を確立することになり、それが故にその解明が進まない原因にもなっていたわけです。このイメージはこの図のような形として捉えられていますが、これを理論化しようとしたわけですね。
しかし、実用レベルで通常空間から超空間の状態を把握し、その操作をしようとするとき、そうした空間同士の関係を厳密に解く必要があるだろうかと疑問を持ったのが我々の出発点です。
超空間タグを張ることで点として通常空間と超空間の関係はわかるわけです。従って、ある程度の密度でそうした点を作ってその場合の通常空間と超空間の関係を解明することは今も可能で実際に実施しました。これが、我々が今まで観測した結果を理論化したもので、さらにこれがそれを図化したものであり、観測の密度が高ければ通常空間としてその近辺の相互関係の精度は十分出ます。
従って、観測とそのモデルへのインプットという手間は増えますが、実用上に支障はないと思いますよ。この成果は、この研究所で目指したものとは程遠いものかも知れませんが、目指されている目標のとば口も見えていない状態では、やむを得ないところだと思います」
恵一は、誠司とマドンナを使いながら試行錯誤して、結局選んだ方法による成果を、画面を見せながら説明していった。説明が終わったときミカサム導師は手を打ち鳴らして賞賛した。
「素晴らしい!期待以上だ。もともと、完全解は期待していなかった。完全解ついては、近い将来完成できると思えず、とりあえず実用できるものを求めていたのだが。すまない、さっきの映像をもう一度見せてもらいたい」
恵一は先ほどの解析結果の図を表示するが、ミカサム導師は「その観測点が多いところの解析結果を拡大してほしい」そう頼み、拡大された拡大された図をじっくり見る。
「うむ、この程度の精度だったら十分だろう。この手法の利点は、着目領域については観測点を増やすことで精度を上げられる点だね」
しかし、シルギアが不満を言う。「でも、こういう抜け道を探すような研究は認められませんよ。確かにこれも一定の研究成果ではありますが、私たちの進める研究とは全く異なったものです。私は彼らが課題を果たしたとは思えません」
「何を馬鹿なことを言っているのだ! 私は、この研究は早急に成果が求められているといったはずだ。 実際のところ、超空間からみと思われる深刻な問題が起こりつつあるのだ。君がそのまま研究していたとして、君の一生の間に何か成果は出たかね?まず、引退の日に『頑張ったが、完成できなかったので次代に継続を望む』ということで終わりだね」このミカサム導師の言葉にシルギアが言い返すことも出来ずに俯いてしまう。
誠司はシーラムム帝国人が顔色を変えるところを始めて見て、ほおっておられず、口をはさむ。
「導師殿、それは言い過ぎだと思います。我々は本当の意味で、ついこの間野蛮人の領域を抜けたばかりで気が短いもので、なかなか成果が出ずとも忍耐強く一つの道を追求することは出来ないのです。
まして、近年はラザニアム帝国の脅威にさらされており、どういうやり方でもとりあえず機能するものを作るということを強いられてきたのです。その中で、これはたまたま生まれた成果です」
誠司が言うがミカサム導師がなおも付け足す。
「いや、これは一時期は彼女を指導した私も含めた、この巨大帝国の研究開発全体の問題でもあるのだ。一つには、一つのテーマに仮に1000年かけても、いつか完成すれば実際の問題として困ることはなかったのだ。
しかし、この銀河の一部で憂慮しなければならないことが起こりつつあり、それに直接この研究に絡んでいると考えられているのだ。
実際の所、君たちの視察先をこの研究室に指名したのは私と数人の同僚だ。さらに、シルギアに君たちに行き詰っている部分の相談をするように指示をしていたのだ。
もしかすれば、君たちが何らかの打開の方向を出してくれるのではないかと淡い期待を持ってね。我々は、直感というものに従うということはそれなりに妥当性があると思っている。まさに期待以上だよ、この成果は。すぐに懸念した点の調査に使える」
「ええ、最初からお見通しですか」誠司が頭を掻きつつ言うが今度はシルギアが言う。
「正直に言って、そういうご指示は受けていましたが、あなた方にそんな力があるとは思っていませんでした。また、あなた方にそのように仕向けなくてはならないことに屈辱を感じていたことも確かです。
実は、あなた方の今の解法は検討されたことがあったのです。でも、精度がそこまで出ないだろうという見込みと、完全な解でないということ、さらにそれであっても実用の域に達するには数十年かかるだろうという見込みもあった捨てたのです。
それを、あなた方はわずか2日の作業で、2人でやり遂げた。発想の面で私たちは劣っているかもしれないかもしてませんが、どう考えてもいわゆる知能等も含めた研究者としたの能力について私たちがあなた2人に劣っているとは思えない。先ほど導師のお話もありましたが、あなた方はよほど優れた支援機能を持った存在にアシストされていますね」
「ええ、先ほど導師の言われた通りです。この場合は私個人が、そういう支援機能を持った存在にずっと助けられてきました。であればこそ、核融合発電とその原理を応用したバッテリー、さらには重力エンジンの理論構築と装置化に極めて短期間に成功したのです。
そこでそのそれらを完成して宇宙、と言っても同じ恒星系内ですが、そこに乗り出した結果、たまたまであったか仕組まれていたか知りませんが、そこで、巨大惑星人のスミラム帝国惑星調査艦ラムス323号艦長のジスカル3世という方に出会ったのです」
誠司が答えるのにミカサム導師が「おお、スミラム帝国!」と口をはさむので、誠司は驚いて聞く。
「導師は御存じなのですか、スミラム帝国を?」
「ああ、知っているというより我が恒星であるマズラの軌道の巨大惑星もスミラム帝国の版図だぞ。それに、さっき言った超空間からみの問題は巨大惑星人のみならず、塩素呼吸生物、エネルギー生物にも関係しており、かれらとも協議している」こう言うミカサム導師の言葉に誠司が話を続ける。
「スミラム帝国のジスカル3世に、我が地球がラザニアム帝国の侵攻が迫っていることを知らされ、彼に無理にお願いしたことで超空間通信の技術がもたらされたのです。
そのおかげで、超空間ジャンプの技術を開発できましたし、さらにのちには超空間通信でラザニアム帝国の本格侵攻に係る時期の想定と、超空間を通したエネルギー遷移の技術のヒントを貰ったのです。ジスカル3世はまさに地球の恩人です。これらの一連の経緯を考えるとこれらは何かに導かれていたとしか考えられません」




