異星人の侵攻と地球の風景
牧村洋子は複雑な思いであった。目の前を「平和を大切に」「命を守れ」などと書いたプラカードをもって、女性が多いデモ隊が通っていくが、西山市のような田舎町でもこんなデモが行われるようになったのだ。
主導しているのは、寸前まで死に体になっていた新進党であり、党の名前を掲げている。実際、昨日発表されたアンケートでは迎撃反対が42%までなって、賛成派の38%を上回っており、すっかり新進党や共産党が勢いついている。
医学を学ぶものとして、命の大切さは判っているつもりだが、これは違うだろうと思う。これは、言ってみれば悪い選択肢のどちらを選ぶかという問題であり、片や人類という種族全体が奴隷になるという選択であり、入ってくる情報からするとおそらく生きて行くだけの生活になるという選択であり、片方は強大な敵と戦って首尾よく勝てばいいが、こちらに犠牲が出ることは間違いなく、負ければ人類のみならず地球のほとんどの種全体が抹殺されるという選択肢だ。
しかし、過去に幾多の種族を絶滅させたというラザニアム帝国人が、どういうことを言ってくるかは判らないが、向こうだって戦わない方が楽だろうしコストもかからないから、それは甘いことを言ってくるだろう。
しかし、身を守る手段を放棄したあと後でどんなことを言われても何も抵抗できないわけだ。場合によっては、地球が気にいったのでお前らは邪魔だから抹殺すると言われれもどうしようもないことになる。
最大の問題は、彼らは他の種族の人権などさらさら考えておらず、さらに考えるふりもする必要がないという点だ。過去に日本は中国という仮想敵国があって(今でもそうだが)、彼らは核ミサイルという日本の大部分を滅ぼすことのできる武器を持っていた。
まあ、米国という同盟国があって、それに対して歯止めになっていた(実効は怪しいが)が、もし米国の歯止めが無くても中国が日本をその核ミサイルを使うのは難しいというか、あり得なかっただろう。
それは、まず日本を核で滅ぼした場合、他の国々がどう反応するかである。間違いなく世界を敵に回して、中国人は他の国とは付き合えなくなるであろう。さらに、大きな問題は日本の最も大きな魅力の元である経済力と技術力を破壊してしまうということだ。
しかし、ラザニアム帝国人の場合は、そんな制限はないのだ。洋子もクラスメートや他の学科の学生とこの問題は議論しているが、ラザニアム帝国相手に武装放棄はあり得ない、リスクは高くても迎撃するしかないというのが大部分のものの意見だが、この目の前の人々のお花畑の頭の中を見てみたいというのが正直なところである。
「兄さんは怒っているだろうな」洋子は思う。
誠司は、そういうお花畑の人々のことなど頭からとっくに振り払い、迎撃作戦の仕上げに必死である。迎撃作戦と言っても装備あってのことなので、重力エンジンなど主要装備のすべての開発にかかわっている誠司が、地球防衛軍の技術開発主任という立場で、主体的に装備の開発と使用する装備の選定に係るのは自然の流れであった。
結局、迎撃作戦の柱は今回の迎撃戦で有効性が確認された、宇宙戦闘機の大量投入である。中期装備の初期の段階で指摘があり、今までは、既存の戦闘機の改修でしのいできたが、中古とはいえ、新品では100億円からするF15の機体を切り刻むなど無駄なことであり、なにも高価なチタンなどの軽金属を使う必要はないのだ。
また鋼製で、長さ20m程度の機体を作ることは設計図さえあれば、そこらの町工場で出来る。そこで、方針が変更されて、現在、最初から重力エンジンを積み、大口径レールガンを収めた鋼製の機体、『ガーディアン』がすでに大量生産に入っており、3.5ヵ月後としているXデーまでに2千機が完成する見込みであるが、これは基本的に無人操縦式である。
今回の宇宙での戦いで分かったことは、相対速度が秒速100kmもの戦いでは、障害物や敵弾を躱す運動、敵機へ狙いをつけ撃つなどの判断と操作に人間の出る幕は殆どないのだ。幸い、戦闘機の無人化についてはアメリカ軍で殆ど完成して、すでに試験飛行を行っている所であり、その技術を誠司とコンピュータ技術者がマドンナを使って改良して完成したものだ。
現在、アメリカのシリコンバレーでこの頭脳部分はも昼夜なく生産に入っており、すでに400機分は届いて組み付け中だ。
問題は、今のところ5億から10億kmの宇宙空間を迎撃点にしようとしているが、そこまでどうやってこれらの機を運ぶかである。これについては、戦闘機が無人となった時点で、気密部分が大幅に減り、かつわずかな乗員の生命維持装置で良いため構造を大幅に簡易にしてなることになった。そのため、マドンナも駆使して設計を完了し、造船所でブロック工法によって24時間体制で建設していた宇宙母艦『マザー・ガーディアン』が続々と完成し始めていた。
これは長さ150m×幅50m×厚さ25mでガーディアンを200機積んで、宇宙に展開できるものであり、全部で10隻が作られることになっており、すでに2隻が完成している。このように、ガーディアンシリーズが完成するのに合わせて、戦闘宇宙艦も潜水艦改造型でないものの量産型が完成し始めていた。
これは、むらくも型の改良航宙艦の改『むらくも』型である、名前をあらためて『ホープ』型、またさらに恒星間宇宙艦になる超空間ジャンプが可能な『ギャラクシー』型であり、前者はXデーまでに20機、後者は2機作られることになっていた。
つまり、Xデーまでには、ガーディアン2千機とそれを収納できる母艦、むらくも型5艦、潜水艦改造型15艦にスカイラーク型母艦5艦、新造のホープ型20艦、ギャラクシー型2艦で揃うことになる。ガーディアンは1万機という景気のいい話もあったが、機体が出来ても、レールガンが揃わないということで、2千機に落ち着いたものだ。
しかしながら、これらはあくまで見込みであり、いずれも製造現場も3交代で作業を行って、何か問題があれば遅れるという綱渡りの連続である。
こうした、慌ただしい動きをしている岩木基地のある日曜日、正門ゲート前が騒がしいと思ったら、デモ隊が集まってハンドマイクをもって騒いでいる。女が多いようだが、2千人ほどもいるか。警察から許可がでなかったので無届けでやっているようだが、マスコミも数十人交じって、彼らは日曜も関係なしにやって来るトラックの前に立ち塞がって止めている。
基地司令のマイク・サンダース准将がマイクを握ってデモ隊に向けて大音量で言う。
「そこのデモ隊、ここはアメリカ軍と地球防衛軍の正門ですから、この付近でのデモは禁止されています。また、あなたたちは私たちの作業を邪魔しています。私たちは今1分を争う作業をしていますので、暇なあなたたちの相手はしておられません。5分以内に立ち去らないと音波銃で攻撃します」
「人殺し、お前たちが私たちと私たちの子供を殺すんだ!それ、人ごろし!」「人殺し!」とデモ隊はシュプレコールで騒ぎ始める。
「5分経ちました。では、音波銃を味わってください」キーンという音がデモ隊目がけて放たれる。それはまことに神経に触る音で、普通の人は10秒も耐えられない。
デモ隊はパニックになって逃げ始める。音は5秒で止んだが、止められていたトラックの運転手はあらかじめ渡されていた特別な耳栓によってほとんど影響なく、人がいなくなった正門に近づき次々に入っていく。
殆どのデモ隊のものは危ないと思って引き上げていったが、数十人は未練たらしく残っていたものの、もう交通妨害はしていないので放置されているが、どうもテレビカメラもいるようで、議員らしき女性がカメラに向かって一生懸命しゃべっている。
「告訴するわ!私たち一般国民に向かって音波銃ですか、あんなものを向けるなんて!」そこに正門から出てきて通りかかった若い男2人が言う。
「告訴でもなんでもすりゃいいじゃないか。無届でデモをやっていて、何を寝ぼけたことを言っているんだ。お前は、若宮玲子、なんにでもケチをつける目立ちたがり屋のおばはんか。お前は奴隷になるのが好きなようだが、人まで巻き込むな」
「なによ。ここから出てきたということは自衛隊員ね。自衛隊員が衆議院議員の私にそんな暴言を吐いていいと思っているの。名前を名乗りなさい。防衛大臣の言って首にして上げるわ」
若宮は首を逸らして偉そうに言う。
「俺の名前は瀬川英二だ。自衛隊員じゃない。学生だ。おれはここにボランティアで来ているんだ。お前みたいなのが議員でいるから、国会議員の評判が悪いんだ。どうせ、お前のいる新進党なんか、支持率5%以下のつぶれかけの党じゃないか。人気取りに、命が大事とかお花畑の連中をあおっているんだな。本当に役に立たない奴らだ」若者、瀬川はうんざりしたように言う。
「失礼な。お前もここの人殺しの仲間ね」さすがに面と向かってここまで言われたことがないのだろう。顔を真っ赤にして言い返す。
「人殺し?何を馬鹿なことを言っているんだ。ひょっとして、ラザニアム帝国人を殺したことか?」瀬川が信じられないという顔で聞き返す。
「そうよ、異星人も人には違いないわ。それを話し合いもせずに殺してしまうなんて」若宮が答える。
「おまえ、真正の馬鹿だな。あの時、あいつらの宇宙船をほおっておいたら、今頃お前も俺も死んでいたぞ。誰が相手でも、話し合いが通じるなんてのは、本当に頭がおかしい。ねえ、そこのテレビ!これを放映してみてくださいよ。皆がどう思うか聞いてみてください。僕は今少しでも地球を守るのに役立ちたいと思って地球防衛軍の手伝いをボランティアでしているのですよ。僕は学生ですけど、僕みたいなものが数百人います。僕たちが正しいのか、その地球防衛軍を邪魔しようとする、このおばさんが正しいのか皆に聞いてみたい」
瀬川がその光景を撮っていたテレビクルーに呼びかける。
「だめよ。勝手に放映したら許さないわよ。訴えるわ」若宮が騒いでいるが瀬川が言う。
「放映してみてよ。面白いと思うよ。このおばさん、プライバシーが尊重されるべき一般人じゃないじゃん。さっきの言葉は公衆の面前で言ったんだから、訴えても棄却だよね」
この場面は実際に放映されて、騒ぎをあおっている新進党が馬鹿であるという点は広まったが、どちらかというと迎撃反対の世論にはあまり変化はなかった。
こうして、大わらわで準備が行われている中で、ラザニアル帝国の連絡船がやってきた。
その時、太陽系の外周をパトロールしていた哨戒艦は、質量の突然の出現を捕らえ、それが1隻であることもすぐに掴んだ。
出現点は地球から5億kmの距離の点で、前回の艦艇出現点より大幅に近い。その艦は、測定結果からは小型艦であり、質量で言うと1万トン以下の艦であるが出現後から直ちに電波により英語で放送を始めた。
「われは、偉大なるラザニアル帝国の連絡艇サザン1025号である。帝陛下の声をお前たちに伝えるために来た。我に敵対的な行動をとってはならぬ。我を傷つけるか敵対的な行動をとったら、我が艦隊がお前たちを滅ぼすぞ」
それは、さらにラザニアム帝国の概要である100の植民惑星、30余りの支配種族、大艦隊等を映像付きで説明し、その支配種族の一つになるようにと呼びかける。このことから、巨大惑星人の情報が正しかったことが裏付けられた。
その艦は出現時点の速度100km/秒を保ったまま、地球に近づいてくるが、最接近点の1億5千万kmで再度加速を始めた。どうも、そのままフライパスして去って行くつもりらしいが、そこで最後の放送を始めた。
「これは、皇帝陛下の慈悲深きお言葉である。お前たちはこのお言葉にしたがうことで、わが栄光ある帝国に仕える種族の一つとなれる」その皇帝の話なるものが始まった。映像はなく誰がしゃべっているかもわからない。
「われは、ラザニアム帝国第102世皇帝のミスマム・ジスラム・ラザニアムである。お前たちの種族は、我が先遣隊の艦隊を退けることでわが帝国の支配を受ける資格を満たした。いまよりお前たちの時間で1月の後、わが帝国の艦隊がお前たちのただ一つの居住惑星に降り立つ。お前たちを支配するためである。この艦隊は、今後の帝国内のつまらぬ争いを避けるため、お前たちの軍備を解除する。お前たちは偉大なるわが帝国の被支配種族として生きることを許されたのだ。その特権をありがたく受け取るように」と放送は終わった。
その放送が、地上波で捉えられた時点で、迎撃反対派はたぶん圧倒的多数派になったであろう。その放送を見た、新進党の党首は「勝った!」と叫んだと伝えられており、後に「奴隷になった種族のそのまた一部の政権を取ったとしても何が勝ったの?大体、仮に選挙があるとしてもお前たちの仲間があれだけ馬鹿をさらして、お前たちの政党が多数派になるとでも思っているのか?」と揶揄されている。
しかし、地球防衛軍は用意周到であった。すでに、帝国の連絡船の航路はいくつもにシミュレーションをされており、一定の確率以上の航路にはすでに無人戦闘機を3機以上配置している。連絡船が地球から遠ざかろうとするその航路にはジャストポイントでやはり無人戦闘機が3機遊弋していた。
重力検知で、連絡船を感知した戦闘機は待機状態から、運転状態になり刻々と迫る船に戦闘機の軸線を合わせ、極力近づくように機動をかける。それぞれの相対速度は80km/秒~100km/秒で相対するように機をもって行く。ほぼ最近点で1機が射撃し、さらにもう1機が撃つ。残り1機はその2発は命中すると判断したが、あらかじめの命令通りさらに撃つ。
結局1発目が命中し、その結果、軌道がずれたので残り2発は外れ宇宙のかなたに飛び去った。しかし、一発で十分であった。相対速度80km/秒で船体に当たった10kgの弾は船体に当たって爆裂し、長さ70mのその船体をばらばらに切り裂いた。
「迎撃成功、ガーディアン211号、太陽系内に侵入した敵機を爆砕しました」迎撃に成功した機から地球に向けて平文で連絡がされたので、多くのステーションでこの連絡はキャッチされ、さらに、受信10分後には地球防衛軍から発表があった。




