ファーストコンタクト1
ようやく某国から帰りその後始末に忙殺されていました。
『きぼう』と『おおぞら』の航行性能と航法装置の説明をしておこう。
これらの推力は最大10Gであり、秒ごとに98m/秒の加速ができるから1時間連続して加速すると353km/秒(時速127万km)に達する。光速(30万km/秒、1億8百万km/時)に達するには850時間の連続加速が必要だが、そのためにはすでに459億km航行していることになり太陽系をはるかに超える。しかし、アインシュタインの理論によると光速に使づくと質量が無限に近づき、加速も鈍るとされるが果たしてどうなるのか。『きぼう』と『おおぞら』はこうして過去の航空機に比べ隔絶した性能をもっているので、その航法装置については防衛研究所と一緒に誠司もマドンナを駆使して懸命に工夫した。
いずれにせよ周辺の異物、障害物を探知する何らかの装置が必要だが、現状のレーダーを使った場合の到達距離がせいぜい1万kmにしかならず亜光速まで達する見込みの両船にとって、コンマ以下秒に到達する距離でしかしない。
そこで、マドンナを使い、重力エンジンの考え方を応用して重力波を探知する装置を開発することになり1カ月ほどの苦労の末に、戦闘機ほどの大きさなら1億km、惑星であれば10億kmのかなたで探知できる重力波精密測定器を完成した。また、重力波の伝播はアインシュタインの予言にもかかわらず事実上時間がかからないことがわかった。
こうした、探知装置に護衛艦と航空機の航法装置を組み合わせた『きぼう型航法装置』が『きぼう』と『おおぞら』には設置された。月への航行には艦長の青山一佐と操縦士の西村三尉に加え防衛研究所から派遣されている川上研究員とともに管制室にずっと付き添った誠司は、問題なく周辺の探知をしながら航行を行っているのを見て一安心をしたものだ。
火星向かう中で、誠司と准教授の狭山京子が話をしている。月から火星までの距離は最接近時で7千5百万kmであり、現時点では1.5億kmだが、10Gで10時間の加速を行った両宇宙船はすでに秒速約3500kmで時速127万kmに達している。すでに、火星までの42%の距離を飛行してきたので今は定速飛行をしており間もなく減速にかかるが、残り行程約11時間である。
結局月から火星まで1日強の飛行である。次の予定である、火星から距離約7億kmの木星では20時間の加速を行って2日間、火星から距離が15億kmの土星といえども5日あれば着く。
月までは慣れるために加速を1Gとして、ゆっくり来て1時間で着いている。太陽系内では10Gの加速が継続的に続ければ45億km離れた最も遠い惑星である海王星(冥王星は惑星でないとされた)でも、7日時間程度で着くので、それほど広大には思えない。
誠司が話しかけ、狭山が答える。
「狭山先生、月の資源はちょっと期待外れだったですね」
「ええ、でも、もともと月は火山などの活動がなかったから、余り期待していなかったのであんなもんでしょう。でも、まあ探査機の運用試験としてはなかなか良かったわ。火星は、月と違ってごく最近まで火山活動があったようだし、相当に水があったことも確かなようだから期待できるわよ。大体火星が赤いのは酸化鉄だし、直径は地球の半分で、面積は地球の1/4だけど水がないから露出した地面の面積は地球と一緒だから探しがいもあるわよ」
「そうですね。いずれ地球も資源も枯渇しますから何らかの資源の大鉱脈が見つかれば、重力エンジンのある今でしたら、日本にとっては採掘に来る値打ちはありそうですね。その場合は、採掘に来る人々のためにも水も見つかってほしいものです。ところで、火星でも同じ調査方法を取りますか?」最後に誠司が聞くのに狭山は頷く。
「基本的には2隻並んで3万mの上空を回るのは一緒よ。でも水は両極で氷が見つかる可能性が高いので、両極を含めた周回をするつもりよ。周回はやはり1回きりとします。どうせなら、すでに相当調べられていて事情が分かっている火星より、殆ど何もわかっていない木星を早く出来るだけ詳しく調べたいのが本音よ」
そういう、狭山の話の通り、火星の場合は南極、北極を通る上空を3万mの高さで2万kmを10時間で周回した。その結果、鉄について大規模な鉱床が発見され、これについての埋蔵量は数10億トンは固いと見られ、将来の鉄の市況によっては開発の可能性は十分あると見られた。ほかにも、マンガン、ニッケル、錫、クロム、金・銀の鉱床がそれなりに見つかっているのでより詳しい調査によっては十分開発の可能性はある。加えて、両極では大規模な氷の存在が確かめられており、両方で数百億トンはあるであろうという見込みである。
『きぼう』と『おおぞら』は木星に向かい、20時間の加速の後定速航行に入ったが、その時点で誠司は艦長の青山一佐から管制室に呼び出された。
「牧村さん、すみません、お呼びだてして申し訳ありません。重力波測定器ーの読みがおかしいのです。見て頂けますか?」
誠司が、管制室に入って測定器のスクリーンに見入っている艦長に歩み寄ると艦長がそういって、スクリーンの今の指示画面を予備画面いして大画面の時間を捲き戻す。
たしかに、画面にドットや線が連続してあらわれるが、何らかの規則性があることは明らかだ。それは10分ほども続き、一旦5分ほど途切れてまた現在も続いている。
「これは、人為的な信号ですね。重力波を信号に使うというのは距離に関係なく即時通信が行えるという意味では合理的です。こちらは、全力加速を続けていましたから、重力レーダーを持っているものには探知は容易でしょう。たぶん、木星の方向からの信号だと思います。この信号が入っている時間帯の入力信号をメモリーに入れてください。解析してみます」
誠司の言葉に青木艦長がメモリーに信号を落として誠司に渡す。誠司は、与えられている個室に入り、マドンナに状況を説明したうえでメモリーを挿入する。マドンナには珍しく、5分ほどの待ち時間の後回答がでてくる。
「これは、誠司の言う通り重力波による信号で、内容は以下の通りです。『こちら、スミラム帝国惑星調査艦ラムス323号艦長のジスカル3世である。我々が調査中のミル恒星系第5惑星に接近中の2艦はその目的を明らかにせよ。また、回答なく63分以内に減速を開始しない場合は攻撃する』63分というのは、水素原子の振動数かを元にした時間ですのでそれを換算しました。どういう武器かはわかりませんが、減速は直ちに始めた方がいいでしょう」
誠司はすぐに艦内電話で、艦長に事情を説明して減速に入るように依頼する。各部屋のモニター画面で減速に入ったことを確認しながら、さらにマドンナに聞く。
「重力波による通信器が必要だが、測定器の改造で行けると思うのだけど、どう改造するか教えてほしい」これは1分もかからず回答がでてくる。
「ありがとう。マドンナ」誠司は打ち込んで、回答をプリントして川上研究官を工作室に呼び出す。
川上洋介研究官は38歳の電子関係の操作機器等の専門家で、改F4のレーダーと制御機器をまとめた腕の持ち主だ。工作室には、必要になるかもしれないということでマドンナの提言でそろえた、工作機械、機材、機器が備えられており、マドンナの書いた設計図は当然それらの機器を使って完成できるようになっている。
これは、現在の重力精密測定器を重力エンジンの出力を使って発信も出来るようにして、測定器に組み付けてキーボードで日本語を打ち込むとスミラム帝国語に翻訳して発信し、受信すると日本語がスクリーンに浮かびあがる仕組みだ。心臓部の翻訳装置は、いつかくる異星人とのコンタクトということで、誠司が半ば趣味でマドンナと一緒に作っておいたもので、ソフトウエアをマドンナが書き換えると他言語と日本語または英語との通訳に使える。
しかし、もともと、重力波による通信は即時という大きなメリットがある反面、複雑な信号を送れるようになっておらず、距離も50億km程度が限度であるが、今後太陽系内の惑星開発が進むと、重要な通信を送る手段としては広く使われていくであろう。
多分、木星にいるラムス323号も数千万kmに近づけば、電波による通信が可能になるだろうと誠司と川上の予想である。重力波の通信装置は6時間後に完成し直ちに重力波レーダーに組み付けられた。
誠司は青木艦長に僚艦とともに減速を止めるように依頼して、通信を開始する。
「本船は、調査船であり戦闘艦ではない。貴艦のいる第5惑星の調査に向かっている」
誠司が打ち込むと、5分ほどで回答が返ってくる。
「お前たちは、この星系の第3惑星のものだな。しかし、第3惑星の原始的な酸素呼吸種族が完全動力と重力エンジンを完成しているとは思わなかった。しかも、この時間のうちにスミラム語で回答して来るとはな。まあよかろう。接近してくるがよい。しかし、敵対的な行動をとると直ちに撃破することを断っておくぞ」
回答の画面を見ていた、青木艦長に誠司が言う。
「艦長、この『きぼう』は全力加速を開始しましょう。しかし、万が一のことがありますから『おおぞら』にはここに残って貰った方がいいと思いますが」
「ううむ、あの感じだとこの艦も危ないと思うが。君とマドンナは何としても連れて帰る必要がある」青木艦長は前進することを渋る。
「しかし、あの回答の中で、彼は我々のことを酸素呼吸生物と言いましたよね。ということはすでに太陽系の一通りの調査は済ましており、人類のことも把握しているものと思います。
また、そのうえで無視しているわけですから、かれらは木星のような巨大衛星の住民だと思います。また、間違いなくその気になれば、かれらはすでにこの船を撃破できる武器を持っていると思いますよ。
しかし、彼らにとっては酸素呼吸生物及び地球型の惑星は興味の対象ではないでしょう。まあ、調査の一環で接触してもいいかな、という程度の思いだと思います。しかし、我々にとっては、彼らは間違いなく先進技術の持ち主だし、たぶん近隣の星系の事情にも通じていると思います。
我々からすればよだれがでそうな情報の持ち主です。それもありますが、これは人類にとってはファースト・コンタクトです」誠司が言うが青木艦長はなおも渋る。
「しかし、それなら、『おおぞら』に行かせればいいと思うが」
「『おおぞら』にはこの翻訳装置がありませんし、マドンナと私がいないのでいざと言うときの対応ができません」
誠司の言葉に渋々頷いた艦長は2隻のうちの先任士官として、『おおぞら』に残るように命じて、『きぼう』に重力レーダー上で何らかの異常があったら全速で地球に引き返すように命じた。
再度『きぼう』は全力加速を開始し、残りの距離を全力で減速して木星表面で速度がゼロになる点で加速方向を反転した。
減速を続けて木星に大体1億kmになったとき、電波による通信が入ったので、調整すると画像が入った。
それは、不思議な生き物であった。ほっそりしたふわふわと不定形のからだに手らしきものがあり、はっきり顔があるがやはりふわふわと揺れ動いている、その中で形を常に変える口らしき開口部と、これだけは殆ど形が変わらない2つの目は人間のようにアーモンド形であるが瞼が開閉できるようになっている。
そこは宇宙船の中であろうが、全体にぼんやりしていて、何かの液体で満たされているようだ。中には様々な形のものみえるが、我々の使う機器のようなかっちりしたものでなく、やはり形状を少しずつ変えているようである。また、正面を向いている生物の他に明らかに同種の10人(?)ほどの人が何かの作業をらしきことをしている。
きぼうでは管制室の中央のコントロール盤のまえに青木艦長と誠司が立ち、そこではカメラによる映像と音声を拾うことが出来るのでその送信を行う。
「おお、見えたぞ。私は、スミラム帝国惑星調査艦ラムス323号艦長のジスカル3世である。君らがこの星系の第3惑星の住民だな」
いきなり正面に映っている生物が口らしきものを動かすと英語が聞こえる。反射的に青木艦長が英語で答える。
「私は、この探査宇宙船の船長である青木です。そして、こちらはこの探険隊のアドバイザーの牧村です。すでにご存知のようですから隠してもしようがないので答えますが、そう私たちは第3惑星地球の住民です」
「牧村誠司です。ジスカル3世さん、それにしても英語を喋れるのですね」
誠司も言ってまず思った疑問点の質問をする。
「別に英語という言葉をしゃべっているわけではない。この翻訳機によって私が自国語でしゃべるとそちらの英語でそちらの可聴音声を発音するのだ。また、君らがしゃべったことは私の言葉に翻訳されて聞こえる」ジスカル3世が答えるのに誠司は尚も聞く。
「あなたの生まれ故郷はこの木星のような環境なのですね」
これに答えがあり、さらにかれこれ1時間ほどの質疑があった。ジスカル3世は別に何を隠すでもなく聞かれたことに殆ど素直に答えた。
どうもその理由は、酸素呼吸生物は、巨大惑星の濃厚な大気中を住みかとする彼らのような存在に殆ど興味を示さないらしくこうした出会いが珍しいことと、すでに『きぼう』を解析して脅威になるような武器をもっていないことを確認したことかららしい。
質疑を取りまとめると以下のような内容であった。
スミラム帝国のことは余り聞けなかったが、相当に規模の大きい星間帝国らしい。また、もともと巨大惑星は殆どの恒星系に存在しているため、かれら巨大惑星人にとっては資源や居住空間には困っておらず、その彼らが太陽系の木星を調査に来たのは、彼らのテリトリーの周辺の将来住居になるかもしれない惑星のデータベース化のためらしい。
また、彼らは木星のような高圧、かつ凄まじい風が吹きあれる惑星に適応するため不定形かつ強靭な体になり、さらに住居も定常でなく半ば液体で半固体の大気中を漂う生活になっているらしい。
彼らは、すでに超空間飛行(ジャンプ飛行)を実現しているそうで、その技術の延長で超空間通信も同様に実用化しているらしい。その技術を誠司はしつこく強請ったが、無論教えるわけもななかったが、結局そのもとになった理論というもののデータをくれた。
しかし、一方で酸素呼吸生物については気楽に教えてくれたが、その内容はあまりに重大な問題であった。




