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夜空の天井へ

ずぶ濡れで雨を浴びながら、掛上つばめは俺を見下ろしている。


「……今、つばめが近所の人に救急車呼んでもらったから……」


雨音が消えた俺の耳に、無感情な掛上の声がはっきりと届く。


「……ひひっ……向こうから見てたけど、悲惨だね」


掛上は変な笑い声をたてながら俺に近づいてくる。


「押さえててあげる」


俺のそばにしゃがんで掛上が制服をめくり、傷口を押さえ込んでくる。


「ぐあぁぁぁぁ!」


よみがえった痛みに俺は叫んだ。


「ひひっ……押さえないと血が、血が、ああ、止まらないね……死ぬの?死んじゃうの?私も死にたいのにずるいよ。だめだよ、だめ、岸辺くん、つばめが気に入ってるのに、死んだらだめ。岸辺くん、岸辺くん、もうすぐ救急車来るから、ほら、サイレンの音、聞こえてきた。岸辺くん、がんばって!大丈夫、大丈夫だから、死なないよ!ねえ、岸辺くん、しっかり、目を開けてて、閉じたらだめ………」


俺のイメージは、無表情に見下ろす掛上が段々と泣き出しそうに表情を歪ませた所で終わった。



「以上です」


輪廻が呟く。


「……結局、事故だったのか?俺がどんくさかったってこと?」


「……悲しい事故やったんです。弟さんと転んだときに、たまたま包丁が岸辺はんの腹に刺さって、転がり落ちたときにたまたま打ち所が悪かった……どんくさいとか、そうことやありまへん。人間はそれほど脆い生き物やっちゅうことですわ……」


転生が俺の肩に手を置きながら、しずかに説明する。


「……無理に包丁を抜かずに、壮に救急車を呼ばせたら、堤防の斜面を転がり落ちなければ命だけは助かったとか思っても、もう俺は死んでる……」


何だろう……


どうしてこんなに虚しいのだろう。


死なずにいられたかもしれない可能性を、見つけてしまえばしまうほど、虚しくなる。


「老衰以外で人が死ぬのは、きっと……もしかしたら……こうすれば……の連鎖的な思考がつきものです。それでも事実は、現実は死んでいます。受け入れることは人間に備わった心の機能では容易ではありません。だから、岸辺さん。無理に納得しなくていいのです」


輪廻が立ち上がり、俺の隣に寄り添うように座る。


「……納得しなくても、俺は死んでる……」


「はい。事実は変わらない。あなたに認めさせる言葉を誰も持っていない。持っていたとしても言えない。それが死です」


「………」


転生も輪廻と同じように俺の隣に座って、でも何も言わなかった。


俺は下を向いて、自分の膝を見つめ続けた。


壮を責めるつもりは毛頭ない。


責めるとすれば自分だけだ。


何でもっと腹を刺しても、頭を打っても死なない身体じゃなかったのか。


死んでしまったら周りを傷つけるだけだ。


壮を、両親を……どれだけ悲しませることだろう。


これは驕りではなく、真実だ。


あんな家族でも俺が死んだら、きっと悲しみに打ちひしがれる。


俺はそれを想像するだけでつらい。

他人事にした両親も、変人扱いしていた弟も、産まれてからこれまでずっと俺の家族だったのだ。


そんな皆を悲しませることが、自分が死んでしまったことよりもつらいかもしれない。


「岸辺はん……」


俺の思考を読んでいた転生が、悲しそうに俺を見つめた。


「……俺はずるいかな?」


「ずるくありませんよ。だって、こんなこと二度と起きませんから、あなたの選択は間違いではない」


「そうやで。選べるんやから、選んだらええんや」


俺の選択をすでに分かった輪廻と転生は大きく頷いてくれた。


「なあ、死んでからの俺の時間は余計な時間だったのか?」


色々と疑問が残ったままだったが、選択してしまった俺の身体と思考はふわふわと浮遊感に包まれ始めた。


諦めるのではなく、許すように何もかもを手離す感覚。

心が身体に溶け合うような、不思議な心地よさの中で、それでも俺は訊かずにはいられない。

死んでからの俺の気持ちは、俺にとって革命的で、これからだったのだ。

本来なら知らなかった気持ちばかりだ。


不条理な結末と片付けるには悲しすぎる。

浮遊感が濁ってしまう。


「余計なことあらしまへんよ。岸辺はん、まだ16でっせ!青春を輝かせて何が悪いん?」


転生が頬を膨らませ、俺を軽く睨む。


「確かに、あなたの死んでからの短い時間は輝いてました。眩しかった……」


輪廻が目を細め、手で額に日さしを作っておどける。


「はは……そうか……俺、青春の真っ直中だったのか」


「そうでっせ!」


「はい」


俺は二人に連れられてどんどん浮き上がり、夜空の天井へちゃんと、素直に身体を横たえた。



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