長い夜
「お座りください」
輪廻がソファベッドに促して、俺が腰掛けた足元に転生と共に座り込んだ。
「ほな、詳しい説明させてもらいます。よろしいでっか?岸辺時雨はん」
保険のセールスレディがごとく、転生は様々な書類をいつの間にかフローリングの床に広げていた。
「こっちが死亡後の生命処理が書かれとりますパンフレットです。まず、こちらを熟読いただきまして、次にこちらの天界、魔界統合化計画の説明書……それに伴う罰則や特典の改正……ええと」
転生は指を舐めながら書類の束を次々にめくる。
「俺、死んだのか?」
上の空で呟く。
「岸辺はん……」
指を止め、転生が顔をあげた。
「残念です」
輪廻が感情のない声で答える。
「……人間て死んだら皆、こんな説明を受けんの?」
輪廻の態度にいささかムッとして書類を指で弾く。
「いえ、本来ならフェードアウトしてそのまま無になります」
「なら、俺はどうして死んだのに生きてんの?」
「岸辺はん、これからその説明させてもらいたい言うてますやん、落ち着きなはれ」
転生が困ったように笑い、俺のいつの間にかやっていた貧乏ゆすりを咎めた。
「……岸辺時雨さん。あなたはこちらのミスで、生命処理が行われず、生きる屍となったのです」
「………」
屍、屍、何だ?
ゲームの文言?
「輪廻が説明せい言うて自分が一番スッとばかしとんやん。やれんわ、ほんま」
書類を魔法のようにどこかへ消し、転生がうんざりとこぼす。
「俺、ゾンビ?」
自分の両手を顔の前で眺める。
「ゾンビではありません。屍です。ただ──」
輪廻が言葉をつまらせる。
「はっきり言うたり。まずは説明して頭をこっち寄りにさせて受け入れさすなん無理やってん。こっちかて緊急事態いうのに」
「言えよ、どうせなに言われても理解できねえし」
輪廻と転生を交互に睨む。
怒ったように見せているが、頭の半分以上は自分が死んだことを受け入れ始めていた。
橋の下 大雨 頭痛 雷 そして、 掛上つばめの暗闇に映える目玉……
無かったことにするには、記憶が新しすぎる。
「正直に申しますと、調査中でして……こちらでも原因が分からず、ただ、天界と魔界の統合化に起因していることは確かだと思います」
輪廻の声はすまなそうだったが、表情がまったくの無表情で……怖かった。
黒目が底なしの沼みたいに何も映していない。
温度のない目、青白い頬。
───悪魔
そう呼ぶことが彼女に相応しく思えた。
「俺はどうなる?」
これが現実か夢なのか、それとも死んだ後の世界なのか、どれも俺のふに落ちるものではないけれど。
「まあまあ、そんな辛気くさい顔やめなはれ。こうして存在してはるやないですか。風呂にまで入らはって!輪廻も脅かさんといたって、かわいそうや」
明るい転生の声がむなしく響く。
よく見ると、転生の目は輝いていて頬は薔薇色に色づいている。
ふわふわとウェーブのかかった柔らかそうな髪の毛と相まって、まるで天使だ。
天使と悪魔
最初からそう名乗っていたのに、今さら納得する。
どっかでまだ二人を人間だと思い込んでいたのだろう。
しかし、こうしてこの二人と一緒にいればいるほど、俺が死んだ感じが現実味を帯びてきていた。
輪廻の冷たい説明、転生の拍車をかける慰め。
「脅かしてない。でも、転ちゃん後はお願い」
輪廻が目を伏せた。
「わかった……岸辺はん、不安やと思います。私らも全力で原因を探ってる最中です。今すぐ岸辺はんを連れて逝こう言うつもりあらしません」
俺を見上げ、天使のような微笑みを転生は向ける。
「──ただし、逝きとうなったらいつでも言うてください。苦しまず、眠るように逝かせますよってに」