あふれた奇跡
よくある感情だよ。
どんな人でも持つことができる、特別じみた感情。
マジックの種明かしのように、桃果を見て俺は笑い続けた。
だって、俺も俺だけだと思ってたよ。
つばめを本当に好きになる男は俺だけだと。
「ふざけんな!」
桃果は唾を吐き、もと来た道を引き返そうとした。
「あっ……待てよ!」
息を整えながら、俺は桃果を呼び止める。
「っだよ!」
相当、苛立っているようで、桃果の目は殺気に満ちている。
「……俺、明日から消えるから、掛上を頼んだぞ」
「……はあ?」
「あんまり、乱暴にすんじゃねーぞ。心配しなくても掛上はお前を慕ってるよ」
「………」
「じゃーな」
オレンジ色の街灯に照らされて立ち尽くしままの桃果を、俺は置いて歩きだした。
何気ないふりして歩きながら、心の中は悔しくて、さっきの発言を取り消したくて、桃果につかみかかって、俺の代わりに死んでほしくてたまらなかった。
何で好きな女を諦めないといけねーんだよ!
桃果がつばめを抱き寄せる所を想像しただけで、俺の脳内に嫉妬の炎が燃える。
絶対に納得できない。
いっそのこと桃果を殺してしまおうか。
そうすれば、つばめは桃果の女にはならない。
違う!
桃果を殺したって、いつか、誰かがつばめを見つけてしまう。
桃果が囲っていたつばめを俺が見つけたように。
それに、俺や桃果がいくら好きだと縛ったって、鳥のつばめのように巣立っていくかもしれない。
そして、戻ってきたときは、ちゃんとつがいを連れてくるんだ。
でも、それも、どれも、俺は違う。
だって、俺は死んだ後につばめを好きだと分かったんだ。
生きている時は、つばめが気持ち悪くてたまらなかった。
死んで、初めてこの気持ちの正体を見つけられた。
今、俺の全身を支配しているつばめへの気持ちも、分からないまま俺は死んでいたのだ。
だから気づけたのは奇跡だったなんて絶対に思わない。
生き返るわけじゃない。
奇跡じゃない。
余計だった。
昨日の夜、家に帰った時点から、今まで、全て余計で余分で………
生きていることが当たり前すぎて、すぐに死に直したらよかったなんて思えなかったけれど。
余計な感情に気づき、余計な体験をした。
心が切り裂かれ痛い。
ここにいる、と痛みで心が訴えている。
死んでない、死んでない、生きている、生きている。
つばめをこれからもずっと好きでいたい。
つばめの笑顔を見ていたい。
つばめのつらさを聞いてあげたい。
つばめが無理に笑わなくていい世界をあげたい。
俺がつばめと生きていきたい。
いたい、いたい、痛い、痛い、居たい、居たい……
いたいけど、俺は死んだのだ。
全ては無かったことになるのだ。




