普通の男
桃果の歌が終わると、つばめは笑いながら拍手をして、残っていたライムサイダーを一気に飲み干した。
「アハハハッ!楽しかったぁ!」
興奮冷めやらぬ様子でオムライスを食べ終わった皿を暖簾の向こうへ持っていくつばめ。
俺も息があがってカウンターの席に座り、つばめと同じように残っていたライムサイダーを飲み干した。
「へっぴり腰だった」
おばあさんが苦笑しながらミラーボールや、ステージのイルミネーションのスイッチを切る。
「じゃあ、トーカ、この子を家まで送ってやりなさい」
歌い終わった後、ソファーやテーブルの位置を直していた桃果が、不満そうに肩をおとしだらりと立っていたが、やはり逆らえないようで俺に行くぞと顎で合図してきた。
「俺、一人で大丈夫ですけど……」
「あのね、連絡した意味を潰さないで、ただでさえ損してんだからさ」
おばあさんは無表情のまま、迷惑そうに言う。
「……はぁ……」
「分かったら帰りなさい」
「……ごちそうさまでした、お邪魔しました」
俺もなんとなくおばあさんに逆らえないまま、挨拶をして店を出た。
「時雨くん!また明日!」
暖簾の向こうからつばめが泡だらけの手を笑顔で振ってきた。
「ああ、おやすみ……」
俺はつばめを直視できず、目を合わさないまま扉を閉めた。
振り向くと、桃果がどっちだよ、と不機嫌に訊いてくる。
俺は家の方角を指で示し、歩きだした。
「……本当にヤったのか?」
しばらく無言のまま俺の後ろをついてきていた桃果が呟く。
「……ヤってねーよ」
俺は言い捨てる。
「つばめ、お前と付き合うって言ってきたけど、あいつの妄想だろ?」
「妄想じゃねーよ」
俺は立ち止まり、桃果の方を向いた。
驚くことに桃果は今にも泣き出しそうに顔を歪め、震えていた。
「……あいつはな、俺じゃないと駄目なんだよ……お前みたいな普通の男は扱えない女なんだよ……」
ガタガタと震えながら桃果が俺を睨む。
俺は言い返す言葉を探していたが、自分がもう死んでいることを思い出し、口を閉じた。
「俺から……つばめを……とるなよ……」
桃果は泣くまいと目に力を込めて、声も震える。
「………」
みっともないくらい必死な彼は、羨ましいくらいまっすぐにつばめを求めている。
「そんなに好きなら乱暴にするなよ」
俺は、髪を引っ張ったり、突き飛ばす桃果のガキ臭い行動を咎めた。
「……なんだよ、突然……話を逸らすな」
俺はなぜか可笑しくなって笑う。
「ふはははは!」
「笑うな!ふざけんな!」
笑い出してしまうと、止まらなくなって腹を抱えて笑い続ける。
無人の国道に俺の笑い声が響き渡った。
「くっくっ!くははははは!」
桃果は俺の理解不能な笑いにすっかり涙も引っ込んだようで、呆れた顔で俺を見ている。
桃果には俺は普通の男に見えるらしい。
実際、そうなんだろう。
でも、俺はこの恋に、つばめへの自分の想いが、唯一無二だと、俺とつばめの間には誰も分かりっこない愛があると、強く、強く、勘違いしていた。
きっと同じ想いの男が目の前にいる。
笑わなくてどうする。




