帰宅
「おかえり、遅かったね。ご飯もうないよ」
台所のカウンターで母さんが発泡酒をあおっていた。
「は?」
俺は我が目を疑った。
どうして自宅に戻っているのだろう。
壁の時計は十時を指している。
夜の十時だ。
朝の十時から発泡酒をあおる母だったら、色んな意味で尊敬する。
「鳩が豆鉄砲くらったような顔して、さっさとお風呂に入ってよ」
母さんがうんざりしたようにピスタチオを口に放り込む。
「………あ、うん」
狐につままれたように茫然としながら浴室へ向かう。
制服を脱ぎ、どうせ最後湯だから浴槽に直行した。
ぬるい湯に冷えきった身体は鳥肌をたてた。
追い焚きボタンを押す。
「……………」
湯が順調に熱くなった。
身体もほぐれ、鳥肌も消える。
「いやいやいや!おかしい!おかしいだろ!」
俺はおもいっきり立ち上がって叫んだ。
「うるふぁい!きんじょめーわふ!」
洗面所で歯を磨いていた母さんが、浴室の扉をばんっと、開けた。
「ひゃあ!」
俺はさっきよりも勢いよく湯船にしゃがむ。
水しぶきがそこらじゅうに吹き飛んだ。
「ぎゃあ!馬鹿!あんたの裸なんて知ってるつーの!」
母さんが歯ブラシを振り回し、顔に散った水しぶきを汚ならしげにタオルで拭き、扉を閉める。
「はぁ………」
どっと疲労が肩にのしかかり、水面に顔を埋めた。
息を止めると、橋の下で確かに頭を殴打して、いや、されて、俺は気を失った場景が鮮明に浮かんだ。
まあ、こうして痛みもなく風呂に入れているのだから、大したことはなかったのだろう。
でも、どうやって帰ってきたのか………
掛上もいたよな……
息がそろそろ限界になった。
「ぷはっ」
顔を水面から上げ、両手でしずくを拭う。
「まあ、いっか……」
浴槽の縁に頭を預け、俺はゆったりと身体を伸ばした。
さっぱりして部屋に戻ると、俺のソファベッドに二人の女が座って、こちらを笑顔で見上げていた。