大丈夫なの?
薄い水色の空を無心で数秒間眺めて、現実へと頭を下ろす。
掛上は俺を目を見開いて見上げ、固まっていた。
鼻血は向かって右側からだけ流れている。
掛上のスカートと太ももで地面は隠れているが、きっと乾いたアスファルトは濡れているだろう。
「……大丈夫か?」
とりあえず声をかけてみる。
「……き、岸辺くん……が、岸辺くんの方は……大丈夫なの?」
「………」
「大丈夫なの?」
掛上はおかしいことを訊く、と思いたかった。
「これ、腰に巻けよ」
俺は手に持っていた体操着袋からジャージの上着を取り出した。
「……え、あ、いいよ。汚れる」
固まりきっていた掛上の瞳孔が、わずかにゆらめく。
「返さなくていいから。どうせ、もう……」
着れない、と言った方が自然かもしれない。
掛上が俺に大丈夫か訊いたみたいに。
「本当にいい!わ、私、帰るから」
今さら顔を真っ赤にして、掛上が自分の下半身を見下ろし、鼻を手の甲で慌てて拭う。
「帰るにしてもさ、家まで困るだろ」
手にしたジャージを掛上の頭にのせた。
周りの登校している生徒達の遠慮、無遠慮が入り交じった視線がそろそろ精神を汚染し始める。
掛上が漏らしたのは運良く誰にも目撃されていない。
俺は別だが……
「合図したら立ち上がれ……」
頭にジャージをのせたままの掛上に言う。
人が途切れたタイミングでこの場を去らないと、昨日の大雨が嘘のように何もかもが乾ききった晴天の今日、掛上の真下だけ地面が濡れていてはいけない。
「……ごめん、迷惑かけて」
掛上がジャージをつかむ。
その手は鼻血で染まり、まだうつむいたままの顔からは赤い雫がぽたぽたとこぼれていた。
「………なあ、俺を殺したか?」
俺はやっと自分の目的を口にする。
「………」
掛上が上を向いた。
ジャージが邪魔して目が隠れている。
鼻の下は血で汚れ、唇がそのせいなのか口紅でもぬっているみたいにやけに赤い。
くん、と口角が上がった気がした。
「岸辺くん、生きてるじゃない」
いつも調子のいい軽い声が、冷たく響く。
これ以上の追求を拒むような断ち切るような冷たい声。
誰にでもいい人ぶっているくせに………
どんな頼み事も断れないくせに………
「今だ、立て」
前方、後方共に人がいなくなった。
俺は掛上の腕をつかみ上げ、立たせた。
「ごめん、ありがとう」
焦って掛上は下半身に俺のジャージを巻き、腕の部分をベルトのようにしてくくり、口元を袖口で隠しながら走り去った。
俺は一瞬だけ、掛上が残したアスファルトの濡れた跡を見て学校へ向かった。




