素直さと戸惑い
夕食をとり終えた者からそれぞれ仕事に戻ったり自室へ帰ったりし始めた。守護者たちはこの後は特に決まった仕事は無いため、食事を取り終えると自室へ帰る。同室どうし一緒に帰ればいいのだが、直行と幸樹はそれぞれ理由をつけてばらばらに帰ることが多い。対して清雅と梓門はほぼ毎日一緒に帰る。
いつもは幸樹たちも一緒に帰ればいいのに、と考える千秋も、今日ばかりはその状況に感謝した。幸樹の不満顔は時間を経るごとに酷くなっていったのだ。このままではいけない、と思い千秋は食事を終えて廊下に出た幸樹を追うように居間を後にした。
「幸樹くん」
後ろから声をかけるとむすっとしたで顔で幸樹が振り返った。幸樹は18歳で千秋より4歳年上である。それなのに彼と話していると同い年、あるいは年下と話している気分になるときがある。
「なに?」
不機嫌になると無愛想になる。いつもなら気を使ってくれるけれど、気を使おう、という気が使えなくなる。
「ありがとう。余興のとき私のこと気にかけてくれて」
ご機嫌取りをしないといけない、という念が働かなかったといえば嘘になる。ただそれだけではなく、刀から遠ざけようとしてくれたことに対するお礼は言わなくてはいけないとは思っていたので、都合がよかった。
「ううん、全然」
ご機嫌取りをしようという考えに気付かれたのだろうか、冷たい態度だ。あまり簡単に機嫌が直りそうに無い。こうなってしまえば、もしかすると明日の朝も不機嫌かも知れない。同室の直行はなだめるだとかそういうことに向いていない。幸樹は守護者の中で良くも悪くも雰囲気作りに大きな影響力がある。幸樹が不機嫌だと顔に出るため、周囲の者まで苛々することがある。そうなってしまえば、面倒なことこの上ない。たいていは清雅が何とかするが、今回は逆効果だろう。
きっと、幸樹は清雅がちやほやされていることが気に障ったのだ。千秋はこういうときうまく声をかけられるほど器用でないことを自覚しており、そして幸樹に対しては素直に言うのが一番だと思っている。
「怒ってる?」
幸樹は少し気まずそうな顔をして小さくため息をつき俯いた。
「怒ってるっていうか、何か、いらいらするって言うか」
自分でもはっきり言葉にできない感情のようだ。もしかすると自分でも理解できないということが不機嫌さを加速させる材料になっているのかもしれない。
「幸樹くんは、清雅様が嫌い?」
幸樹くんの不機嫌の原因は清雅様だろうな、と考えていたために出ていた言葉だった。深い考えがあったわけではなく、こう聞けば「嫌いじゃない」と返ってくると思っていた。
「そうかもしれない」
予想していた答えと違った。千秋は訊いてしまった自分を少し恨めしく思った。返す言葉は思いつかない。
「えっと」
言葉に詰まってしまい、何か言わなければならないと思っても、口を開いたところで言葉が浮かぶわけでもなく、意味の無い言葉が口からこぼれる。
「ごめん」
幸樹はそういうと俯いたまま背をむけて早足で歩き出してしまった。
幸樹と別れた後、呆然としたまま千秋は自室へ戻った。明かりをともす気にもなれず、真っ暗な部屋の中、床に座り込む。
―――幸樹くんが、清雅様のこと、嫌いなんて。
聞いてしまってから、どうすればいいかわからない。誰かに話すわけにはいかないと思う。ほかの守護者に話すなんてもってのほか。父にも母にも話すわけにはいかない。
幸樹本人にも、なんと声をかけていいのかわからない。明日会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
答えを出せないまま、ぐるぐると『どうしよう』だけが頭の中を駆け回る。