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藍微塵  作者: 依流かえる
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宴の準備

朝食を終え、居間を後にした千秋と守護者達はそれぞれの部屋へと帰った。ちなみに守護者は幸樹、直行と清雅、梓門がそれぞれ同室である。

千秋はとりあえず身なりを整えようと部屋の隅にある鏡の前に座り、化粧道具をたんすから引っ張り出して広げてみた。よく考えてみると化粧なんてろくにしたことはなかった。宴を主催することは年に1度か2度あるかないかで、屋敷は立地上町が遠く、出歩くこともそうそうない。侍女を呼ぶべきかと迷った挙句、紅を引くだけでも十分だろうと自己完結させ、着物を整えなおすことにした。

――整える程度なら一人でもできる、はず。

一通り整えた後、することがなくなってぼうっとしていたら扉の向こうから落ち着いた声が聞こえてきた。

「姫、少々よろしいでしょうか」

はい、と返事をすると扉がすっと滑らかに動き、清雅の姿が目に映る。

「なんですか?」

と聞くと、清雅の後ろからひょっこりと梓門が顔を出し「あ、準備は終わってるね」と千秋の格好を見ていい、すとんとたたみに腰を下ろした。清雅も腰を下ろし、一息つくと、いつもよりちょっと困ったような微笑を浮かべながら、お願いがあるのですが、前置きをしていった。

「姫にも余興に加わっていただきたいのですが、いかがでしょうか」

そういわれて千秋の口から出たのは

「えっ」

という疑問と戸惑いだった。

――いかがでしょうか、と言われても。

「えっと、何をなさるのですか?」

できれば参加したくない、という思いを心の片隅に持ちつつ訊く。

「なにも難しいことは頼みません。舞でも舞っていただけるのならそれはうれしいですが、いきなりはちょっと大変でしょうから。姫にやっていただきたいのは立っているだけの簡単な役ですので」

立っているだけ、と言われると難しいとは無いと思う。ただ、今回の余興は清雅が考えているのでもしかしたらただ「立っているだけ」でも大変なことかもしれない。

清雅は穏やかそうに見えて案外無茶をするときもあるのだと、千秋は長年一緒に居てよくわかった。

「でも、私人前に立つの苦手で」

何とかして回避しようとする。

「大丈夫。幸樹と一緒に、だから」

梓門に阻止された。

「幸樹くんがするなら私はしなくてもいいんじゃ」

「人が多いほうが派手に見える見世物です」

清雅にばっさり言われた。

「私、えっと、その…」

ついに言葉も思いつかない。

「やっていただけますか?」

清雅がダメ押しのように聞いてくる。

「…やってみます」

しぶしぶもいいところにうなずくと満足そうに笑って梓門が立ち上がった。

「じゃあ僕、直行たちに知らせてくる」

そういってぱたぱたと走っていった。


「では、今日の余興の内容をご説明いたします」

実はこの日のために準備していたのです、と言って説明が始まった。

まず、梓門が即興で踊り、その後に直行が野菜や魚を包丁や刀で捌く。ただ捌くといっても切るだけではなく空中に放った野菜を彫刻のように彫るのだと清雅は言う。この直行の出し物のときに幸樹と一緒に立っていることが千秋の役割だ。立っているといっても直立不動出はなく、『前に立つ』の意だと思って欲しいと清雅は付け加えた。幸樹が野菜を投げ、直行が彫った野菜を刀で受けとめる。千秋はその皿を幸樹から受け取って客人に見せればいいらしい。

「か、刀…」

直行が刀の扱いに長けていることは十分、十二分にわかっているつもりだ。そもそも空中に放った野菜を刀で彫るなんて普通はできない。それに彼の性格上、千秋に危ないことはさせないはず。

それでも、不安だ。

「大丈夫ですよ。野菜を持つのは幸樹がやります。姫は出来たものを客人に見せていただければ良いのです」

清雅に微笑みながら言われると、絶対大丈夫という安心とまだ何かあるんじゃないかという疑念が心に生まれる。

それでも引き受けてしまった以上やるしかないことはわかっているので「はい」と小声で返事をする。

返事を聞き取った清雅は満足そうにうなずいて

「それではちょっと練習をしてみましょうか」

と千秋を自分の部屋へと導いた。


「清雅!」

部屋に入るといきなり幸樹の怒った声が聞こえた。何事かと清雅の後ろから顔を出すと幸樹は驚いて「わっ」と声を上げて一歩さがった。

「お前なんで姫に直行のやつを手伝わせるんだよ!何かあったらどうするのさ!」

清雅に向き直って食ってかかるように言った。

「野菜を持つのはあなたですから。姫には出来たものをお客様に見せていただくだけですよ」

なにも危険なことはありません、といつものように微笑みながら清雅が答える。

「でも!万が一ってこともあるだろ」

幸樹がなおも食い下がる。

「俺も、姫には手伝わせられない」

直行も幸樹と同じ意見らしい。

「怪我をさせるつもりは無い。ただ、絶対は無い」

「さっきからこの調子。幸樹と直行が同じ意見なんて珍しいけど、これに関しちゃ納得」

梓門がちょっとあきれたように言う。

「直行なんてさっき、姫が怪我する危険が少しでもあるなら俺はやらない、なんて言い出したんだよ」

「ああ。やらない」

きっぱりと直行が言う。

さすがの清雅も演者二人にここまで反対されると強く出られずに居るのか、ちょっと困っているようだった。

誰も何も言わず、幸樹と直行は清雅をにらむように見ている。

「私がやるって言って…」

実際は逃げられなかっただけだが、沈黙に耐えかねて、小さな声ではあるが言うと、幸樹があからさまにぎょっとした顔になる。

「えっ。でも、危ないかもだよ?」

ややあわてている。

「危険があるのであれば、姫に手伝っていただくわけには…」

直行も戸惑っているようだ。そこてすかさずと言ったように清雅が声を発した。

「こうしている間にも時間はなくなっていますよ。直行、貴方の嫌いな無駄な時間、というやつでしょう?」

直行は何か反論しようとしたが、清雅と目があうと負けを認めるように視線を反らし言いかけた言葉を飲み込み「わかった」と言った。

「ちょっと直行、なんで!?姫が怪我したら…」

反論組が自分しか居なくなって心細くなったのか声が小さくなっていった。

「幸樹、貴方が姫に怪我をさせないように守ればよいのです。貴方にはその自信が無いのですか」

ぐっ、と言葉につまりたじろいでしまったところを清雅に掬われ、「貴方にはそれだけのことが出来ると思っていますよ」と言いくるめられるようにして、それではときり出されて千秋が余興に参加することが決定した。

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